競馬YouTuberとして人気の義英真さん、名前の読み方も字面も珍しいので「もしかして日本人じゃないの?」と気になった方も多いのではないでしょうか。
結論から言うと、各媒体のプロフィールでは国籍は日本と記載されていて、出身も鹿児島県鹿屋市です。
実は「義」という名字そのものに、鹿児島ならではのルーツがあるんですよ。
この記事を読むとわかること
・義英真さんの国籍がどう記載されているか
・名字「義」が多い地域と、国籍が検索される理由
・騎手を引退した理由と、現在の予想の評判
義英真の国籍は日本?出身地と名前のルーツ
義英真さんの国籍について、プロフィールの記載・本人の発信・出身地・名字の由来の順に整理していきます。
なぜこれほど国籍が検索されるのか、その理由もあわせて見ていきましょう。
国籍はプロフィール上「日本」と記載されている
まず答えから。
義英真さんの国籍は、Wikipediaや競馬情報サイトのプロフィールで「日本」と記載されています。
Wikipediaの人物欄には、騎手情報とYouTuber情報の2か所に国籍の項目があり、どちらも日本です。
競馬予想の検証サイトが載せているプロフィール表でも、出身地の鹿児島県と並んで国籍は日本とされています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 義英真(よし えいしん) |
| 生年月日 | 1995年10月13日 |
| 出身地 | 鹿児島県鹿屋市 |
| 国籍(各媒体の記載) | 日本 |
| 職業 | 元JRA騎手・競馬YouTuber |
ここまで複数の媒体で記載がそろっていると、ひとまず安心できますよね。
プロフィールを載せている媒体は、いずれも国籍を日本と記載している、というのが現時点で確認できる事実です。
本人が国籍について語った発言は見つからない
一方で、義英真さん本人が「自分の国籍は日本です」とはっきり語った発言や、公式サイトでの記載は、今回調べた範囲では見つかりませんでした。
ある競馬サイトは「幼い頃からずっと日本で暮らしていることが明言されている」と書いていますが、その発言がいつ・どこでのものかは示されていません。
騎手時代のインタビュー記事でも、話題の中心は競馬を始めたきっかけや中学時代の思い出で、国籍に触れたものは確認できませんでした。
国籍は各媒体の記載としては日本ですが、本人の口から語られた一次情報は確認できていない、という状態です。
わざわざ説明する必要がないくらい当たり前のこと、と本人は受け止めているのかもしれませんね。
出身は鹿児島県鹿屋市でスポーツ少年だった
義英真さんの出身地は、鹿児島県鹿屋市です。
小学生のころはバレーボール、中学ではソフトテニスに打ち込んでいたスポーツ少年でした。
騎手時代のインタビューでは、自分のことを良くも悪くも九州男児と表現していたそうです。
鹿児島県鹿屋市の出身で、小中学校時代はスポーツに打ち込んでいたのが義英真さんの少年時代です。
名字の「義」は鹿児島に多い一字姓
義英真さんの国籍が気になる一番の理由は、やはり「義」という名字でしょう。
「義(よし)」は実在する日本の名字で、名字の由来を調べるサイトによると、主に鹿児島県に分布しています。
とくに鹿児島県の奄美群島に見られる一字姓のひとつとされていて、鹿児島県内の人数はおよそ80人、全国でも数百人ほどという珍しい名字です。
読み方は「よし」のほか「ぎ」もあります。
鹿児島出身の義英真さんが、鹿児島に多い名字を名乗っているのは自然な話ですよね。
ただし、義英真さんのご家族が奄美群島にルーツを持つかどうかは、公表されていません。
「義」は鹿児島に根づいた日本の名字で、名字そのものが外国籍を示すものではありません。
国籍が検索される理由は珍しい名前にある
では、なぜ「義英真 国籍」と検索されるのでしょうか。
理由として考えられるのは、一字の名字と「英真(えいしん)」という名前の組み合わせが、日本人の名前として見慣れないことです。
漢字一文字の名字は中国や韓国の姓を連想させやすく、初めて見た人が「外国の方かな?」と感じるのは無理もないかなと思います。
実際、競馬サイトでも「名前の珍しさから国籍が日本ではないと噂された」と紹介されています。
国籍が検索されるのは、名字「義」と名前「英真」の珍しさが理由で、出自に関する具体的な報道があるわけではありません。
騎手を目指したきっかけと競馬学校30期
義英真さんが騎手を志したのは、母親の同級生に、同じ中学の先輩でもある幸英明騎手のお姉さんがいたことがきっかけでした。
その縁で幸騎手と対面し、騎手の道を意識するようになったそうです。
競馬の知識は「じゃじゃ馬グルーミン★UP!」などの漫画から得ていたというのも、なんだか微笑ましいですよね。
2011年に競馬学校の30期生として入学し、同期には松若風馬騎手や石川裕紀人騎手がいました。
入学時は乗馬未経験でしたが、運動神経を生かして同期の中でも目立つ成長を見せたといいます。
鹿屋で育ったスポーツ少年が、地元の先輩騎手との出会いから競馬の世界に入ったのが義英真さんの原点です。
義英真の国籍を調べる人向けの関連情報
ここからは、義英真さんについて一緒に検索されることの多い話題をまとめます。
騎手を引退した理由や、YouTubeでの予想の評判が気になる方はチェックしてみてください。
騎手を引退した理由はモチベーションの低下
義英真さんは2014年3月にデビューし、初騎乗の翌日に同期一番乗りで初勝利を挙げました。
1年目から17勝を挙げる活躍で、期待の若手として注目されていたんです。
ところが2019年10月10日付で、23歳の若さで騎手を引退しています。
引退の理由について本人は、モチベーションの低下が原因で後悔はない、中途半端に続けても迷惑をかけるだけだと思って決断した、という趣旨のコメントを出しています。
引退直前にあった体重超過の騎乗停止
引退の直前、2019年10月5日の新潟6Rで、公表された負担重量55kgに対して0.5kg超過の55.5kgで騎乗してしまいました。
この体重調整の不備で、30日間の騎乗停止処分を受けています。
騎手時代には落馬による骨折や肺気胸での長期休養もあったと複数のサイトが伝えていて、こうした積み重ねもあったのかもしれません。
| 年 | 主な出来事 |
|---|---|
| 2011年 | 競馬学校30期生として入学 |
| 2014年 | 栗東・崎山博樹厩舎からデビュー、初年度17勝 |
| 2018年 | フリーに転向 |
| 2019年 | 体重超過で騎乗停止、10月10日付で引退 |
| 2020年 | YouTubeチャンネルを開設 |
| 2025年 | オンラインサロン「義英真 競馬スクール」を開設 |
通算成績は中央と地方あわせて64勝で、引退理由は本人が語ったモチベーションの低下です。
義英真の予想は当たらない?回収率の評判
YouTubeでは元騎手の視点から重賞レースの予想を発信していて、チャンネル登録者数は27万人を超えています。
ネット上では「予想が当たらない」という声もありますが、実際の成績は検証する期間によってかなり違います。
ある予想検証サイトが2025年の重賞予想をワイドボックスで検証したところ、的中率53%・回収率93%という結果でした。
一方、別のサイトが2024年の一部レースで検証した数字では、的中率8%・回収率67%とされています。
買い方や期間が違えば数字も大きく変わるので、あくまで一つの目安として見ておくのがよさそうです。
検証結果は期間によってばらつきがあり、「当たらない」と言い切れるほどの材料はない、というのが実際のところです。
YouTubeのメンバーシップの値段と内容
義英真さんのYouTubeチャンネルには、月額制のメンバーシップがあります。
2024年時点の情報では月額2,390円で、競馬予想のライブ配信などを見られる内容だと紹介されていました。
料金や特典は変わる可能性があるので、加入を考えている方はチャンネルの最新情報を確認してくださいね。
また2025年には、オンラインサロン「義英真 競馬スクール」も開設しています。
無料の動画に加えて、有料のメンバーシップやスクールでも予想を発信しているのが現在の活動スタイルです。
wikiにある引退後の経歴
引退後の義英真さんは、まず飲食店の経営を表明し、京都市内でラウンジバーを経営していました。
その後、2020年にYouTubeチャンネル「義英真 Eishin Yoshi」を開設し、予想動画を中心に発信を続けています。
X(旧Twitter)のアカウント名には「日本一周中」とあり、競馬以外の活動も楽しんでいる様子がうかがえます。
騎手時代はテレビ番組のイケメンジョッキーランキングで1位になったこともあり、当時から女性ファンの多い騎手でした。
騎手、飲食店経営を経て、いまは競馬YouTuberとして活躍しているのが義英真さんの経歴です。
義英真の国籍のまとめ
- 義英真の国籍はWikipediaや競馬サイトのプロフィールで日本と記載
- 本人が国籍について語った一次情報は確認できず
- 一部サイトは幼い頃から日本で暮らしていると本人が明言したとするが出典は示されていない
- 出身は鹿児島県鹿屋市
- 生年月日は1995年10月13日
- 小学校でバレーボール、中学でソフトテニスに打ち込んだ
- 名字「義(よし)」は鹿児島県に多い実在の日本の名字
- 奄美群島に見られる一字姓とされる
- 家族のルーツが奄美にあるかは公表されていない
- 国籍が検索されるのは名字と名前の珍しさが理由とみられる
- 幸英明騎手との対面をきっかけに騎手を志した
- 2011年に競馬学校30期生として入学
- 2014年デビュー、2019年10月に引退、通算64勝
- 引退理由は本人が語ったモチベーションの低下
- 2020年からYouTubeで競馬予想を発信している

