ジュビロ磐田への加入が決まったU-17日本代表DF・岩下雄飛さん。
父親はどんな人なのか、同じ名字の元日本代表・岩下敬輔さんと関係があるのか、気になっている方は多いのではないでしょうか。
実は「岩下雄飛 父」で検索して1位に出てくるのは、まったく別の親子の記事なんです。
・岩下雄飛さんの父親について公表されていること
・元日本代表・岩下敬輔さんと親子だとする報道があるか
・検索すると三都主アランさん・伊東昊輝さんの父子の記事が出てくる理由
岩下雄飛の父について分かっていること
ジュビロ磐田への加入が決まった岩下雄飛さんの父親がどんな人なのか、2026年9月時点で分かっていることを整理しました。
名前や職業だけでなく、大阪から静岡へ渡ったサッカー歴や、検索すると別の親子の記事が出てくる理由もあわせて見ていきます。
父の名前や職業は公表されていない
まず結論からお伝えすると、岩下雄飛さんの父親の名前・職業・年齢は、2026年9月時点で公表されていません。
ジュビロ磐田の加入内定発表(2026年6月28日)や、翌29日に東海大翔洋高で開かれた内定会見を伝えたスポーツ報知・静岡新聞・ゲキサカの記事を読みましたが、家族についての記述は見当たりませんでした。
U-17日本代表に選ばれた際のインタビューや、1年生のころの試合後の取材記事でも、話題はプレーや目標の選手のことが中心です。
本人が父親について語った記事も、父親が元サッカー選手だと報じた記事も、確認できませんでした。
高校生のアスリートの場合、家族は一般の方であることが多く、名前や顔が出ないのはごく自然なことかなと思います。
ここ、気になっていた方には少し物足りないかもしれませんね。
ただ、分かっている事実をつなぐと、岩下雄飛さんがどんな環境でサッカーを続けてきたかは見えてきます。
下の表は、公表されているプロフィールです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 岩下雄飛(いわした・ゆうと) |
| 生年月日 | 2009年2月20日 |
| 出身地 | 大阪府 |
| 身長・体重 | 179cm・72kg(2026年6月のクラブ発表時点) |
| ポジション | DF(センターバック) |
| 経歴 | 摂津ベアーズ→高槻myd FC→東海大静岡翔洋高 |
| 進路 | ジュビロ磐田(2027年1月加入予定) |
大阪の摂津ベアーズから始まったサッカー歴
ジュビロ磐田が発表した経歴によると、岩下雄飛さんのサッカー歴は大阪の摂津ベアーズから始まっています。
その後、同じ大阪の高槻myd FCに進み、高校から静岡の東海大静岡翔洋高へ移りました。
小学生から中学生までの年代を、ずっと地元の大阪のクラブで過ごしてきたことになります。
Jクラブの下部組織ではなく、地域のクラブで力をつけてきたという点は、ちょっと意外に感じる方もいるかもしれません。
小中学生のころのサッカーは、練習や試合への送り迎えなど家族の支えが欠かせない時期です。
具体的なエピソードは公表されていませんが、大阪で長くクラブ活動を続けられた背景には、家族の協力があったと考えるのが自然でしょう。
ちなみに、小中学生のころから目標にしてきたのは、リバプールのセンターバック、フィルジル・ファン・ダイク選手です。
岩下雄飛さんは、地元・大阪の街クラブで育ったセンターバックです。
大阪から静岡の高校へ進んだ理由
大阪で育った岩下雄飛さんが、なぜ静岡の高校を選んだのかも気になるところですよね。
ゲキサカの取材(2025年3月)によると、中学時代は大阪府のトレセンメンバーに入ることができず、地区のトレセンで活動していたそうです。
そのうえで、高校進学の理由を「静岡って強いじゃないですか。激戦区でやってみたくて」と話しています。
高槻myd FCの先輩が東海大翔洋にいたことも、進学先を決めるきっかけのひとつだったようです。
府のトレセンに選ばれなかった選手が、自分から激戦区の静岡へ飛び込んだというのは、なかなかできる決断ではないですよね。
15歳で地元を離れて県外の高校へ進むには、家族との話し合いもあったはずです。
どんなやり取りがあったのかは公表されていませんが、その後の歩みを見ると、この選択は大きく実を結んでいます。
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 高校1年の夏 | 東海大翔洋でレギュラーに定着 |
| 高校1年の3月(2025年) | U-16静岡県選抜でキャプテンを務める |
| 高校2年の秋(2025年) | 国民スポーツ大会で静岡県選抜として準優勝 |
| 高校3年の春(2026年) | 東海大翔洋の主将に。U-17日本代表に初選出 |
| 2026年6月 | ジュビロ磐田への加入内定が発表 |
大阪で選抜に入れなかった悔しさから、わずか2年あまりで世代別の日本代表まで駆け上がったことになります。
内定コメントで語った周囲への感謝
2026年6月28日、ジュビロ磐田を通じて出したコメントの中で、岩下雄飛さんは次のように話しています。
「子供の頃からの夢であったプロサッカー選手としてのキャリアを、伝統のあるジュビロ磐田というクラブでスタートできることを大変嬉しく思います」
そして「これまでの人生で関わってくれた全ての方々に感謝をし、恩返しできるよう一生懸命がんばります」と続けました。
父親や母親の名前を直接出してはいませんが、「子供の頃からの夢」を支えてきた人たちへの感謝を、真っ先に言葉にしているんですね。
……なんか、じんわりしますよね。
翌29日の会見には、中等部と高校のサッカー部員およそ300人が集まったそうです。
太田恒治監督は「これから多くの仲間や後輩が背中を追いかける。お手本になれるように、サッカー選手としても人としても成長していってほしい」とエールを送っています。
家族について語った言葉は公表されていませんが、周りへの感謝を忘れない人柄はコメントからも伝わってきます。
岩下雄飛の父で検索すると別の親子の記事が出てくる理由
岩下雄飛さんの父を検索すると、1位に静岡新聞アットエスの記事が出てきます。
ただ、この記事に岩下雄飛さんは登場しません。
2024年9月に掲載されたこの記事は、東海大翔洋に在籍していた元日本代表の息子2人を紹介したものです。
| 選手 | 父親 |
|---|---|
| 三都主アランさん(当時3年) | 三都主アレサンドロさん(元日本代表、W杯2度出場) |
| 伊東昊輝さん(当時2年) | 伊東輝悦さん(元日本代表、アトランタ五輪「マイアミの奇跡」のメンバー) |
同じ東海大翔洋のサッカー部で、しかも「父」について書かれた記事なので、検索結果で混ざってしまっていると考えられます。
え、そうだったの!?と思った方もいるかもしれませんね。
岩下雄飛さんも同じ高校の選手なので、父親も元選手なのでは、と連想した人がいるのかもしれません。
ただし、この記事の「父」は三都主アランさん・伊東昊輝さんの父親で、岩下雄飛さんの父親ではありません。
岩下雄飛の父を調べる人向けの関連情報
ここからは、岩下雄飛さんの父と一緒によく検索されている話題をまとめました。
同じ名字の元日本代表との関係や、名前の読み方、中学時代のクラブなどを見ていきましょう。
岩下敬輔との親子関係を示す報道はない
岩下雄飛さんを検索すると、同じ名字の元日本代表・岩下敬輔さんの名前がよく一緒に出てきます。
どちらも名字が同じで、しかもポジションは同じセンターバックです。
そのため、父親が岩下敬輔さんなのでは、と考えて調べる方が多いようです。
結論から言うと、岩下敬輔さんと岩下雄飛さんが親子だと伝える報道は、2026年9月時点で見当たりません。
Wikipediaの岩下敬輔さんのページにも家族についての記述はなく、岩下雄飛さんを取り上げた記事にも岩下敬輔さんの名前は出てきません。
岩下敬輔さんのプロフィールは次のとおりです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 生年月日 | 1986年9月24日 |
| 出身地 | 鹿児島県伊集院町(現:日置市) |
| 出身高校 | 鹿児島実業高 |
| 主な所属 | 清水エスパルス(2005〜2012年)→ガンバ大阪→アビスパ福岡→サガン鳥栖 |
| 代表歴 | 2009年に日本代表に初選出 |
| 引退 | 2020年 |
岩下敬輔さんが1986年生まれ、岩下雄飛さんが2009年生まれなので、年の差は22歳です。
年齢だけ見れば親子でもおかしくはありませんが、それを裏づける情報は何もありません。
仮に元日本代表の父親がいれば、高卒でプロ入りが決まった時点で、スポーツ紙が「二世選手」として大きく取り上げたはずです。
実際、同じ東海大翔洋の三都主アランさんや伊東昊輝さんは、父親の名前とセットで記事になっています。
岩下雄飛さんの内定記事ではそうした紹介がされていないので、少なくとも公にされた関係はないと見てよさそうです。
一緒に検索されている岩下敬輔さんの嫁や子供についても、公表された情報はありませんでした。
伊東昊輝の父は元日本代表の伊東輝悦
岩下雄飛さんと一緒に名前が検索されている伊東昊輝さんは、東海大翔洋サッカー部にいた選手です。
伊東昊輝さんの父親は、元日本代表の伊東輝悦さんです。
伊東輝悦さんは1996年のアトランタ五輪で、ブラジルを破った「マイアミの奇跡」のメンバーとして知られています。
静岡新聞アットエスの2024年9月の記事によると、伊東昊輝さんは当時2年生で左サイドバック。
父親と誕生日が同じ8月31日で、「笑い方と走り方は『似ているね』とよく言われます」と話していました。
……なんか、いいですよね。
岩下雄飛さんは2009年早生まれで、高校では伊東昊輝さんの1学年下にあたります。
検索で岩下雄飛さんと伊東昊輝さんが並ぶのは、同じ東海大翔洋のサッカー部で、父親を話題にした記事があるためと考えられます。
岩下雄飛の読み方は「いわした・ゆうと」
岩下雄飛さんの名前は、「いわした・ゆうと」と読みます。
「雄飛」は「ゆうひ」と読みたくなる字なので、迷った方も多いのではないでしょうか。
ジュビロ磐田の発表や、スポーツ報知の会見記事でも「ゆうと」と読みがなが振られています。
名前の読み方は「ゆうひ」ではなく「ゆうと」です。
出身は大阪府で中学時代は高槻myd FC
岩下雄飛さんの出身は大阪府です。
中学時代は大阪の高槻myd FCでプレーしていました。
中学時代は大阪府のトレセンには選ばれず、地区のトレセンで活動していたことを、本人が取材で話しています。
いまはU-17日本代表になった選手でも、中学生のころは府の選抜に入れなかったというのは、ちょっと驚きですよね。
高校は、高槻myd FCの先輩もいた静岡の東海大静岡翔洋高へ進みました。
岩下雄飛さんは大阪府出身で、中学は高槻myd FC、高校から静岡の東海大翔洋でプレーしています。
岩下雄飛のサッカー選手としての実績
最後に、岩下雄飛さんのサッカー選手としての実績をまとめておきます。
ポジションはセンターバックで、最終ラインの複数のポジションをこなせるのが特徴です。
ジュビロ磐田は、対人守備と空中戦の強さ、そして正確なロングフィードやクロスを評価しています。
U-17日本代表に追加招集されアジア杯優勝
2026年4月、負傷した選手に代わる追加招集で、U-17日本代表に初めて選ばれました。
5月のAFC U17アジアカップ(サウジアラビア)で、日本は優勝し、岩下雄飛さんもそのメンバーの一人です。
招集された当時は「最初は全然名前も知らなくて喋れなかったけど、今ではみんな話せるようになって」と、チームに溶け込んでいく様子を話していました。
ジュビロ磐田のスカウトの評価
磐田の金園英学スカウトは、「1年生のときに初めて見たけれど、立ち姿がきれいでボール扱いもスムーズ。練習参加したときも、物おじしないメンタリティーがよかった」と話しています。
岩下雄飛さん本人は、オファーを受けたときの気持ちを「ビックリしました。目の前のチャンスをつかもうと思った」と振り返りました。
加入は2026-27シーズンで、2027年1月からプロとしてのキャリアが始まります。
プロでどんな活躍を見せるのか、これからが楽しみな選手です。
岩下雄飛の父のまとめ
- 岩下雄飛の父親の名前・職業・年齢は2026年9月時点で非公表
- 本人が父親について語った記事は見当たらない
- 父親が元サッカー選手だと報じた記事も確認できない
- 読み方は「いわした・ゆうと」で2009年2月20日生まれ
- 出身は大阪府で、摂津ベアーズ→高槻myd FC→東海大静岡翔洋高と進んだ
- 中学時代は大阪府のトレセンに入れず地区トレセンで活動していた
- 静岡の高校を選んだのは「激戦区でやってみたかった」から
- 東海大翔洋では1年夏からレギュラーで、3年時は主将
- 2025年の国民スポーツ大会で静岡県選抜として準優勝
- 2026年4月にU-17日本代表へ追加招集され、5月のアジア杯で優勝
- 2026年6月28日にジュビロ磐田への加入内定が発表され、加入は2027年1月から
- 内定コメントで「これまでの人生で関わってくれた全ての方々」への感謝を語った
- 元日本代表・岩下敬輔と親子だとする報道は見当たらない
- 検索1位に出るのは三都主アランと伊東昊輝の父子を紹介した別の記事
- 伊東昊輝の父は元日本代表の伊東輝悦

