中日ドラゴンズで3年間プレーし、2026年9月に戦力外通告を受けた土生翔太さん。
そんな土生さんのお兄さんについて、気になって調べた方も多いのではないでしょうか。
実はお兄さんの名前はネット上に出ているものの、職業や年齢といった情報は表に出ていないんです。
・土生翔太さんの兄について分かっていることと、分かっていないこと
・兄の名前がどこから出ているのか
・兄を含む家族構成と、両親を説得した独立リーグ挑戦の話
土生翔太の兄はどんな人?3人きょうだいと家族の素顔
まずは、土生翔太さんのお兄さんについて分かっていることを整理します。
あわせて、お兄さんを含めた家族がどんな人たちなのかも見ていきましょう。
兄の名前は玄太と紹介されている
土生翔太さんのお兄さんの名前は、ネット上では「玄太さん」と紹介されています。
出どころは、2024年4月に公開された中日ファンの個人ブログです。
そのブログには、土生さんが3人きょうだいで、兄の玄太さんと姉の彩乃さんがいると書かれていました。
ただ、同じブログの中でも「お2人の情報は特に出ていない」と添えられています。
名前のほかに、お兄さんの人物像までは書かれていないんですね。
一方で、日刊スポーツ・中日新聞・Wikipediaなどを確認したところ、お兄さんの名前や経歴に触れた記事は見当たりませんでした。
「土生翔太 兄」で検索すると、同じ年に中日へ入団した日渡騰輝さんの兄弟の話が出てくることがあります。
日渡さんは野球3人兄弟の次男として紹介されていて、こちらは土生さんとは別の選手の話なので、混同しないよう気をつけたいところです。
お兄さんの名前は個人ブログで紹介されているだけで、大手の報道や球団の資料では確認できないというのが今の状況です。
兄の職業や年齢は公表されていない
お兄さんの職業や年齢、野球経験の有無は公表されていません。
土生さん本人はプロ野球選手ですが、お兄さんは一般の方とみられます。
家族の話題としてメディアに出てくるのは、主にお父さんの昌さんと、フィリピン出身のお母さんです。
土生さんが2001年3月10日生まれなので、お兄さんはそれより年上ということになります。
ただ、何歳上なのかを示す情報は見つかりませんでした。
お兄さんも野球をしていたのでは、と気になる方もいるかもしれません。
この点についても、本人やメディアが触れた記録は見当たりませんでした。
兄の職業・年齢・野球歴はいずれも公表されておらず、一般の方として表に出ていないと考えるのが自然です。
3人きょうだいの末っ子で姉は彩乃
先ほどの個人ブログによると、土生さんは3人きょうだいの末っ子です。
上から順に並べると、次のようになります。
| 続柄 | 名前 | 分かっていること |
|---|---|---|
| 兄 | 玄太さん | 名前のみ(職業・年齢は非公表) |
| 姉 | 彩乃さん | 名前のみ(職業・年齢は非公表) |
| 本人 | 土生翔太さん | 2001年3月10日生まれ・投手 |
お兄さんとお姉さんの名前は、どちらも同じ個人ブログにしか出てきません。
そのため、この表の兄と姉の欄は1つの情報源だけに基づくものとして読んでください。
年の離れた末っ子なのか、近い年齢のきょうだいなのかも分かっていないんです。
……とはいえ、上に2人のきょうだいがいる末っ子が、両親を説得して独立リーグに飛び込んだと考えると、なかなか芯の強い弟さんですよね。
土生さんは兄と姉がいる3人きょうだいの末っ子と紹介されていますが、上の2人の詳しい情報は出ていません。
父・昌は仙台商で甲子園に出た元球児
お兄さんとは対照的に、お父さんについてはある程度の情報が出ています。
お父さんの名前は昌さんで、宮城の仙台商業高校で甲子園に出場した経験がある方です。
2024年1月の中日新聞の記事では、当時72歳と紹介されていました。
同じ記事では、子どものプロ入りはお父さんにとっても長年の夢だったと伝えられています。
甲子園を経験したお父さんが、息子の挑戦を見守ってきたわけです。
指名を受けたとき、お父さんは「芯の強さがプロ入りに繋がった。よくあきらめずにここまで成長してくれた」と話したと紹介されています。
なんか、じんわりしますよね。
家族の中で野球の経歴がはっきりしているのは、甲子園経験のあるお父さんの昌さんです。
母はフィリピン出身で愛称ラモスの由来に
土生さんのお母さんはフィリピン出身の方です。
Wikipediaにも、日本人の父とフィリピン人の母の間に生まれたと書かれています。
個人ブログでは、お母さんの名前はマリテスさんと紹介されていました。
土生さんには「ラモス」という愛称があり、これはお母さん側の名前から来ています。
独立リーグの茨城アストロプラネッツ時代には、チームメイトからこの愛称で呼ばれていたそうです。
名前の由来が家族にあるというのは、なんだかいいですよね。
お兄さんは表に出ていない一方で、お母さんの存在は愛称という形で土生さんの野球人生に残っています。
両親を1年勝負と説得した独立リーグ挑戦
土生さんの家族の話で、いちばんよく知られているのがこのエピソードです。
桜美林大学の4年生だった2022年、土生さんはプロ志望届を出しましたが、ドラフトでの指名はありませんでした。
このとき社会人野球のチームから誘いがあり、両親も収入が安定した社会人に進んでほしいと考えていたそうです。
それでもプロをあきらめきれなかった土生さんは、「1年で指名されなかったらあきらめる」と両親を説得しました。
息子の覚悟を受け止めたお父さんは、独立リーグの茨城へ送り出したと伝えられています。
そして2023年、茨城で20試合に登板して90奪三振を記録し、その年のドラフトで中日から5位指名を受けました。
まさに約束どおり、1年で結果を出したわけです。
この話の中で、お兄さんやお姉さんがどう関わったのかは伝えられていません。
家族の中で記録に残っているのは、両親との「1年勝負」の約束と、それを1年で果たしたことです。
土生翔太の兄を調べる人向けの関連情報
ここからは、お兄さんのことを調べる人がよく一緒に気にしている話題をまとめます。
現在の状況や経歴を、いつの時点の話かを添えて整理しました。
現在は2026年9月に中日から戦力外通告
土生さんは2026年9月29日、中日から来季の契約を結ばないと通告されました。
同じ日に通告を受けたのは、福敬登さん・三浦瑞樹さん・尾田剛樹さんと、育成の川上理偉さん・津田啓史さんを合わせた6人です。
2026年の土生さんは育成選手として二軍で17試合に登板し、2勝1敗・防御率2.00の成績でした。
数字は残しましたが、支配下への復帰には届かなかったんです。
これは悔しかったでしょうね…。
中日スポーツによると、通告を受けた土生さんは球速の低下について「戻そうとやってきた」と悔しさを口にし、今後については「続けたいとは思っています」と話したそうです。
本人のInstagramでも、戦力外通告を受けたことを報告しています。
この記事を書いている2026年10月9日の時点では、次の所属先についての発表は見当たりませんでした。
2026年10月9日時点の土生さんは、中日を戦力外となり、現役を続けたい意向を示している段階です。
育成契約になった経緯と年俸
土生さんは2023年のドラフト5位で、支配下選手として中日に入団しました。
育成選手になったのは、プロ2年目の2025年のことです。
| 時期 | 出来事 | 年俸(推定) |
|---|---|---|
| 2023年11月 | ドラフト5位で仮契約(背番号48) | 720万円 |
| 2024年11月 | 一軍7試合登板を経て契約更改 | 792万円 |
| 2025年10月27日 | 戦力外通告と同時に育成での再契約を打診される | - |
| 2025年11月18日 | 育成選手として契約(背番号205) | 400万円 |
| 2026年9月29日 | 育成から戦力外通告 | - |
2025年は一軍で登板がなく、二軍で22試合・防御率5.09という成績でした。
そこで一度契約を外れ、育成選手として再出発した形です。
入団時の契約金は3500万円(推定)と報じられていました。
育成になったのは2025年オフで、2026年の年俸は推定400万円でした。
高校は横浜高校で3年間ベンチ外
土生さんの出身高校は、神奈川の名門・横浜高校です。
在学中、チームは3年連続で夏の甲子園に出場しました。
ところが土生さん自身は、3年間ともベンチ外だったんです。
3年夏の神奈川大会の前には、ベンチに入れなかった選手による引退試合で登板し、144km/hを記録しています。
同学年には、のちに日本ハムで活躍する万波中正さんがいました。
甲子園に出たお父さんと、甲子園のベンチに入れなかった息子という対比も、なんだか考えさせられますよね。
名門・横浜高校で控えのまま3年間を終えたことが、その後の大学・独立リーグでの挑戦につながっています。
出身地は横浜市戸塚区で中学は領家中
土生さんの出身地は、神奈川県横浜市戸塚区です。
野球を始めたのは、横浜市立鳥が丘小学校3年生のとき、坂本レッドジャガーズというチームでした。
中学は横浜市立領家中学校で、部活ではなく硬式野球のクラブチーム・横浜泉中央ボーイズでプレーしています。
小学校から中学、高校まで、ずっと地元の横浜で野球を続けてきたことになりますね。
出身は横浜市戸塚区で、中学時代は領家中に通いながら横浜泉中央ボーイズで硬式野球をしていました。
最速は154キロのストレート
土生さんの最速は154km/hです。
持ち球はストレートのほか、縦と横に曲がるスライダー、ツーシーム、カーブ、フォークです。
独立リーグ時代の2023年9月15日には、巨人の三軍との練習試合で150km/hを超える速球を投げ、注目を集めました。
ただ、2026年の戦力外通告の際には、球速が落ちたことを戻そうと取り組んできたと話しています。
最速154km/hが武器でしたが、2026年は球速を取り戻すことが課題になっていました。
土生翔太の兄のまとめ
- 土生翔太の兄の名前は、2024年の個人ブログで「玄太さん」と紹介されている
- 兄の名前は大手の報道や球団の資料では確認できない
- 兄の職業・年齢・野球歴は公表されていない
- 土生翔太は兄と姉の彩乃さんがいる3人きょうだいの末っ子と紹介されている
- 「土生翔太 兄」で出てくる3人兄弟の話は、同期の日渡騰輝の話
- 父の昌さんは仙台商業高校で甲子園に出場した経験がある
- 母はフィリピン出身で、愛称「ラモス」は母方の名前に由来する
- 大学卒業時、両親は収入が安定した社会人野球を望んでいた
- 本人は「1年で指名されなかったらあきらめる」と両親を説得した
- 独立リーグ茨城での1年目に、中日からドラフト5位指名を受けた
- 2025年オフに育成選手として再契約し、年俸は推定400万円
- 2026年9月29日に中日から戦力外通告を受けた
- 2026年10月9日時点で、次の所属先の発表は見当たらない
- 出身は横浜市戸塚区で、横浜高校では3年間ベンチ外だった
- 最速は154km/h

