鹿島アントラーズユースのキャプテンで、2027年1月からのトップチーム昇格が決まった大貫琉偉さん。
そんな大貫琉偉さんに兄がいること、そしてその兄もサッカーをしていることは、実は本人の言葉から分かっているんです。
中学3年の冬に日本一を決めた直後、真っ先に「兄」への思いを口にしていたと知ると、ちょっとじんわりしますよね。
・大貫琉偉の兄がサッカー選手であることが分かる本人の言葉
・兄とされる大貫翼さんの鹿島学園での経歴と大学での現在
・3学年差の兄弟の関係と、2人に共通する鉾田市・鹿島学園というつながり
大貫琉偉の兄はどんな人?サッカーでつながる兄弟
大貫琉偉さんの兄について、公式に分かっていることと、SNSなどで言われていることを分けて整理していきますね。
兄の経歴から現在、そして兄弟の関係まで順番に見ていきましょう。
兄がいることは本人の言葉で明らか
まず前提として、大貫琉偉さんに兄がいることは、本人のコメントとして公式に残っています。
2023年12月27日、鹿島アントラーズジュニアユースは高円宮杯 JFA 第35回全日本U-15サッカー選手権大会の決勝で大宮アルディージャU15を延長戦の末3-2で破り、21年ぶり2度目の優勝を果たしました。
この試合に背番号5のMFとして出場した大貫琉偉さん(当時中学3年)は、鹿島アントラーズ公式サイトのアカデミーレポートで次のように語っています。
ずっと支え続けてくれている家族と兄に優勝できたことを伝えたいです。兄を見て自分もサッカーを続けてきたので。
日本一を決めたその日に、真っ先に名前を挙げたのが「家族と兄」だったんですね。
しかも「兄を見て自分もサッカーを続けてきた」とまで言っているので、兄もサッカーをしていたことがこの一文から読み取れます。
つまり、大貫琉偉さんの兄はサッカーをしていた人で、弟がサッカーを続ける目標になってきた存在だということです。
一方で、アントラーズの公式発表や昇格リリースでは、兄の名前までは出ていません。
兄は鹿島学園で10番を背負った大貫翼とされる
では、その兄は誰なのか。
X(旧Twitter)では、大貫琉偉さんと鉾田市の少年団で一緒にプレーしていたという子どもの保護者の方が、2024年ごろに次のような趣旨の投稿をしています。
「鹿島アントラーズユースの1年生に、鉾田出身で低学年まで同じ少年団だった大貫琉偉がいる。
お兄さんは鹿島学園の10番を背負っていた大貫翼」
このほか、鹿島ユースの試合を追いかけているファンの方も「大貫兄弟推します」と投稿していて、ファンの間では兄は大貫翼さんとして知られているようです。
ここ、公式ソースではないので慎重に見たいところですよね。
ただ、後で詳しく触れるように、大貫翼さんも大貫琉偉さんと同じ茨城県鉾田市の出身で、年齢差も3学年と兄弟として自然な関係です。
公式には名前が出ていないものの、地元の関係者の投稿から、兄は鹿島学園高校で10番を背負った大貫翼さんとみられています。
兄・大貫翼のプロフィール
兄とされる大貫翼さんのプロフィールを、ゲキサカの選手名鑑や東京農業大学サッカー部の公式情報などからまとめると次のとおりです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 大貫翼(おおぬき・つばさ) |
| 生年月日 | 2005年9月27日 |
| 出身 | 茨城県鉾田市 |
| 身長・体重 | 164cm・63kg(ゲキサカの選手名鑑より) |
| ポジション | MF(大学の公式サイトではFW登録) |
| 経歴 | カシマアカデミージュニアユース → 鹿島学園高校 → 東京農業大学 |
生年月日は、ゲキサカの選手名鑑と、東京農業大学サッカー部が2024年9月27日に投稿した誕生日のお祝い投稿(当時1年生で19歳)の両方で一致しています。
2008年4月9日生まれの大貫琉偉さんとは3学年差ということになります。
身長は164cmで、本人もゲキサカの取材で「自分ちっちゃくて」と話していました。
小柄な体を運動量でカバーするタイプの選手なんです。
兄が歩んだカシマアカデミーから鹿島学園への道
大貫翼さんは、中学時代を「カシマアカデミー」のジュニアユースで過ごしています。
名前が似ていてまぎらわしいのですが、カシマアカデミーは鹿島学園高校の協力を得て、同校の施設で活動しているクラブで、鹿島アントラーズのアカデミーとは別の組織です。
ゲキサカの記事によると、家族のサポートもあって高校進学前から鹿島学園のグラウンドへ通い、高校では寮生活を送っていたそうです。
2年生で全国高校サッカー選手権のメンバー入り
日本サッカー協会(JFA)の第101回全国高校サッカー選手権大会(2022年度)のチーム紹介には、鹿島学園のメンバーとして2年生の大貫翼さんの名前が載っています。
2年生の時点で、全国大会の登録メンバーに入っていたんですね。
3年生で10番・副キャプテンとして優勝に貢献
3年生になった2023年は、公式戦で背番号10を背負い、副キャプテンも務めました。
同年7月の「ニューバランスカップ in 堺ユースサッカーフェスティバル」決勝では興國高校を2-1で破って優勝し、ゲキサカは大貫翼さんを「MVP級のパフォーマンス」と伝えています。
インターセプトやセカンドボールの回収を連発しながら「自分は目立たなくて良い」と黒子に徹していたそうで、主将が不在だったこの大会では、表彰式で優勝トロフィーを受け取ったのも大貫翼さんでした。
また、茨城県サッカー協会が2023年6月に公開した優秀選手一覧にも、鹿島学園のMFとして名前があります。
10番で副キャプテン、そして黒子役もいとわない。兄はチームのために走れる選手だったことが分かります。
兄の現在は東京農業大学サッカー部
鹿島学園高校を卒業した大貫翼さんは、2024年に東京農業大学へ進学し、農友会サッカー部でプレーを続けています。
ゲキサカの選手名鑑では、2026年度は3年生として登録されています。
大学の公式サイトでは背番号25のFWとして載っていて、高校時代の中盤から前線でもプレーするようになっているのかもしれません。
2025年には、東京農業大学サッカー部の公式Instagramで、鹿島学園の後輩と一緒にインタビュー動画にも登場していました。
指導者の道にも関心
高校3年のときのゲキサカの取材では、大学やその先のステージを目指してサッカーを続けたいと話す一方で、指導者になることにも興味があると語っていました。
記事では、数年後に鹿島学園やカシマアカデミーで育成に携わる可能性にも触れられています。
弟がプロの道へ進む一方で、兄は選手を続けながら、いずれ育てる側に回るかもしれない。
……なんだか、兄弟それぞれの道があっていいですよね。
「兄を見てサッカーを続けてきた」兄弟の関係
兄弟仲が分かるエピソードとして、いちばんはっきりしているのは、やはり先ほどのU-15日本一のときのコメントです。
中学最後の公式戦で日本一になった直後に「家族と兄に伝えたい」と話し、その理由として「兄を見て自分もサッカーを続けてきた」と付け加えていました。
3学年上の兄が鹿島学園で10番を背負っていたのは、ちょうど大貫琉偉さんが中学3年でこの決勝を戦った2023年のことです。
同じ年に、兄は高校の最終学年、弟は中学の最終学年を迎えていたことになります。
兄の背中を見ながらサッカーを続け、その兄への感謝を日本一の舞台で口にする。兄弟の仲の良さがよく伝わるエピソードです。
兄弟そろって鹿島学園高校に在籍
意外なつながりもあります。
鹿島アントラーズの昇格リリースによると、大貫琉偉さんは鹿島学園高校の3年生です。
鹿島アントラーズユースの選手は、チームとは別に高校へ通っていて、大貫琉偉さんが通っているのは兄と同じ鹿島学園高校なんですね。
所属チームは違っても、兄弟そろって同じ高校に籍を置いていたというのは、ちょっと面白いところです。
兄弟は3学年差で同じ鉾田市出身
兄とされる大貫翼さんは、ゲキサカの記事で、鹿島学園のある鹿嶋市の隣町・鉾田市の出身と紹介されています。
大貫琉偉さんも、鹿島アントラーズの昇格リリースでは「茨城県出身」とされ、少年団時代のチームメイトの保護者の投稿では「鉾田出身」とされています。
2人の生年月日を並べると次のとおりです。
| 兄・大貫翼さん | 弟・大貫琉偉さん | |
|---|---|---|
| 生年月日 | 2005年9月27日 | 2008年4月9日 |
| 出身 | 茨城県鉾田市 | 茨城県(鉾田市とされる) |
| 中学時代 | カシマアカデミーJY | 鹿島アントラーズJY |
| 高校時代 | 鹿島学園高校(サッカー部) | 鹿島学園高校に在籍(鹿島アントラーズユース) |
| 現在(2026年9月時点) | 東京農業大学3年 | 鹿島ユース3年・2027年トップ昇格内定 |
中学から先は所属が分かれていますが、どちらも鹿嶋周辺でサッカーを続けてきたことが分かります。
大貫兄弟を応援する世間の声
SNSでは、鹿島ユースの試合を観戦しているファンを中心に、兄弟そろって応援する声が見られます。
2025年4月には、鹿島アントラーズユースが前橋育英高校に3-2で勝った試合で大貫琉偉さんがゴールを決めたことを受けて、「これからも大貫兄弟推します」という投稿がありました。
同じファンの方は、流通経済大柏高校戦のあとにも「念願の大貫brother」と投稿していて、兄弟そろっての応援ぶりが伝わってきます。
少年団時代を知る保護者の方からは、代表に選ばれたことを喜ぶ投稿もあり、地元・鉾田からも温かく見守られている様子がうかがえます。
弟だけでなく兄もあわせて応援しているファンがいるのが、大貫兄弟の特徴と言えそうです。
大貫琉偉の兄を調べる人向けの関連情報
ここからは、大貫琉偉さんの兄を調べる人がよく一緒に気にしている、出身地や小学校時代、プロ入りについてまとめます。
出身は茨城県で鉾田市とされる
鹿島アントラーズの公式発表では、大貫琉偉さんは2008年4月9日生まれ、茨城県出身です。
市町村までは公式に出ていませんが、少年団時代のチームメイトの保護者による投稿では鉾田出身とされていて、兄とされる大貫翼さんも鉾田市出身と報じられています。
鉾田市は、鹿島アントラーズの本拠地がある鹿嶋市の隣にある町です。
地元クラブのアカデミーで育った、まさに地元出身の選手なんですね。
小学校時代は地元の少年団から鹿島ジュニアへ
大貫琉偉さんが通っていた小学校の名前は公表されていません。
ただ、先ほどの保護者の投稿によると、低学年のころは鉾田市の少年団でプレーしていたそうです。
その後、鹿島アントラーズジュニアに入り、ジュニア→ジュニアユース→ユースと、鹿島のアカデミーを一貫して歩んできました。
同じくトップ昇格が決まった平島大悟さんとは、ジュニアの小さいころからずっと一緒だったと、J SPORTSのコラムで本人が話しています。
2027年1月に鹿島アントラーズのトップチームへ昇格
2026年8月20日、鹿島アントラーズは、大貫琉偉さん・平島大悟さん・福岡勇和さんの3人が2027年1月からトップチームに昇格すると発表しました。
公式プロフィールは次のとおりです(2026年8月の発表時点)。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 生まれ | 2008年4月9日、茨城県出身 |
| サイズ | 169cm、66kg |
| ポジション・利き足 | MF・右 |
| 経歴 | 鹿島アントラーズジュニア → ジュニアユース → ユース |
| 代表歴 | U-16、U-17、U-18日本代表 |
クラブは「鋭いボール奪取と推進力で、攻守に絶対的な存在感を放つボランチ」と紹介しています。
本人は「幼い頃からプレーしてきたこの歴史あるアントラーズというクラブでプロサッカー選手としてキャリアをスタートできることを、非常にうれしく思います」とコメントしました。
なお、昇格はあくまで2027年1月からで、どの試合に出場するかは今後の話です。
代表歴はU-16からU-18日本代表まで
大貫琉偉さんは、世代別の日本代表にも継続して選ばれてきました。
J SPORTSのコラム(2026年4月)によると、2025年のU-17ワールドカップではメンバーから外れる悔しさを味わったものの、2026年3月には「J-VILLAGE CUP」に臨むU-18日本代表に招集され、決勝で先制ゴールを決めて大会制覇に貢献しています。
2026年1月にはトップチームのキャンプにも参加していて、プロの基準を肌で感じていたそうです。
鹿島ユースではダブルキャプテンを務める
2026年の鹿島アントラーズユースでは、平島大悟さんとともにダブルキャプテンに指名されました。
本人は「大悟がキャプテンで、自分が副キャプテンかなと思っていた」と明かしつつ、「自分は基本的に熱いプレーや、走るところでチームを鼓舞できたら」と話しています。
走ってチームを鼓舞するスタイルは、高校時代に運動量で10番の役割を果たした兄の姿とも重なって見えますね。
兄を見て続けてきたサッカーで、いまは弟が鹿島ユースの先頭に立っています。
大貫琉偉の兄のまとめ
- 大貫琉偉には兄がいることが本人の公式コメントで分かっている
- 2023年12月のU-15日本一の直後に「家族と兄に伝えたい」と語った
- 「兄を見て自分もサッカーを続けてきた」とも話しており、兄もサッカーをしていた
- 兄の名前は公式には出ていない
- 地元関係者の投稿では、兄は鹿島学園高校で10番を背負った大貫翼とされる
- 大貫翼は2005年9月27日生まれで、弟とは3学年差
- 大貫翼は鹿嶋市の隣町・鉾田市出身と報じられている
- 大貫翼はカシマアカデミーJYから鹿島学園高校へ進学し、寮生活を送った
- 2022年度の全国高校サッカー選手権で2年生ながらメンバー入り
- 2023年は10番・副キャプテンとしてNBC in 堺ユースフェス優勝に貢献
- 大貫翼は2024年に東京農業大学へ進み、2026年度は3年生
- 高校時代の取材では指導者の道にも興味を示していた
- 大貫琉偉も鹿島学園高校に在籍しており、兄弟で同じ高校に籍を置く
- 大貫琉偉は2027年1月から鹿島アントラーズのトップチームに昇格する
- ファンの間では兄弟そろって応援する声がある

