ハンソヒさんの生い立ちが「壮絶」と言われる理由、気になっている方は多いのではないでしょうか。
5歳で両親が離婚し、祖母のもとで育った幼少期から、母親の指名手配で1年間学業を中断し、デビュー後も約200万円の借金を肩代わりするまで…。
波乱続きの半生でありながら、現在はアジアを代表する女優の一人として輝いているハンソヒさんの半生を、この記事で徹底解説します。
・ハンソヒの生い立ちが壮絶と言われる理由
・年齢を1歳サバ読みしていた本当のワケ
・現在も続く母親の問題とハンソヒさんの対応
ハンソヒの生い立ちが壮絶!幼少期から女優になるまで
ハンソヒさんの生い立ちは、一般的な女優・モデルのそれとは大きく異なります。
幼少期から数々の困難を乗り越えてきた背景があり、それが現在の彼女の強さや演技力につながっているとも言われています。
5歳で両親が離婚し祖母に育てられた幼少期
ハンソヒさんは、韓国・江原特別自治道原州市(ウォンジュ)で生まれました。
しかし、ハンソヒさんが5歳のとき、両親が離婚します。
多くの場合は父親か母親のどちらかに引き取られることが多いですが、ハンソヒさんの場合は少し異なりました。
両親のどちらでもなく、母方の祖母のもとで育てられることになったのです。
幼いころから両親のいない環境で育ってきたハンソヒさんにとって、祖母は何よりの支えとなりました。
インタビューでは「おばあちゃんが私のすべて。私が頑張れる原動力」と語っており、運動会をはじめとした学校の行事には、毎回祖母が駆けつけてくれたそうです。
……なんか、じんわりしますよね。両親がいなくても、それ以上の愛情を注いでくれる存在がいたこと。それがハンソヒさんの根っこにある強さを支えているのかもしれません。
祖母との絆を物語るエピソード
ハンソヒさんはSNSでも祖母の写真を「私の全て」というコメントとともに投稿しており、その親密さは現在も変わらないようです。
また、高校入学に際して母親の暮らす蔚山(ウルサン)に転校した後も、ハンソヒさんはずっと祖母と一緒に暮らし続けたと語っています。
10歳で強制転居・1年間の学業中断を経験
順調とは言えなかったとはいえ、祖母のもとで安定した生活を送っていたハンソヒさんに、思いがけない試練が訪れます。
小学4年生になる年齢のとき、母親が指名手配される事態となったのです。
この出来事により、ハンソヒさんは祖母と暮らしていた原州(ウォンジュ)を離れ、強制的に蔚山(ウルサン)へ引っ越すことを余儀なくされました。
そして、その後1年間は学校にも通えない状況が続きます。10歳という、友人関係や学びがとても大切な時期に、家の中だけで過ごすしかなかったのです。
これはきつかったでしょうね……。同級生たちとの時間を奪われ、慣れない土地で過ごすしかなかった幼いハンソヒさんを想像すると、胸が痛くなります。
その後、母親が拘束・収監されたのを機に、ハンソヒさんは再び原州(ウォンジュ)へ戻ることができました。そして、中断していた小学4年生として、改めて学業を再開することになります。
所属事務所の9atoエンターテインメントは、この経緯を後に公式に説明しています。
「(小学校)4年生になる時期に母が指名手配されて、強制的に蔚山(ウルサン)に引っ越すことになった。その後、学業を中断した状態で1年間家で過ごし、母が拘束、収監された後に再びに原州(ウォンジュ)に来て4年生として再入学することになった」
年齢を1歳サバ読みしていた本当の理由
長年、ハンソヒさんは1994年11月18日生まれとして芸能活動をしていました。ところが2024年10月31日、所属事務所を通じて「実際は1993年生まれ」であることが明かされ、ネット上では大きな話題となりました。
知ったときびっくりしませんでしたか?年齢を詐称していたとなると、通常はイメージダウンにつながりそうなものですが……その理由を聞くと、誰もが「そりゃ仕方ない」と感じると思います。
実は、この1歳の差の原因こそが、先ほどご説明した「10歳のときの学業中断」にあります。
しかし、母親の指名手配による転居・学業中断によって1年間のブランクが生まれ、4年生として「再入学」したため、学年が1年ずれてしまったのです。
同窓生からは「彼女は独りで育ったも同然」という言葉でハンソヒさんを擁護する声も上がっており、この告白に対してSNS上では同情や応援の声が相次ぎました。
年齢のサバ読みは意図的な嘘ではなく、壮絶な幼少期の副産物だったと言えます。
転校した蔚山の芸術高校がターニングポイントに
原州(ウォンジュ)で小・中学校を卒業したハンソヒさんは、その後、母親が暮らしていた蔚山(ウルサン)の高校へ進学します。最初は蔚山女子高等学校に入学しましたが、その後、芸術高校(美術科)へと転校しています。
美術という表現の世界に足を踏み入れたこの時期が、後の女優・モデルとしてのキャリアにも影響を与えていると感じます。ちなみに、この蔚山時代も、ハンソヒさんは引き続き祖母と一緒に暮らしていたそうです。
母親の借金を背負い1日12時間働いた過去
高校を卒業したハンソヒさんは、夢を抱いてソウルに上京します。当初はアルバイトをしながら生計を立てており、その中で広告モデルの仕事を手がけたことをきっかけに芸能事務所に所属。2016年にはSHINeeのMVに出演し、芸能界デビューを果たします。
しかし、スタートを切ったばかりの頃に、またも母親が引き起こした問題に巻き込まれることになります。母親がハンソヒさんの名義を無断で使い、多額の借金を作っていたことが発覚したのです。
その金額は、日本円にして約200万円にのぼるものだったと言われています。ハンソヒさんはこの借金を返済するため、週6日・1日12時間のアルバイトをこなし続けたというから驚きです。
ちょっとひどいですよね、これは……。自分では作っていない借金を、自分の名前がついているからという理由で返し続けなければならない理不尽さ。それでも母親を見捨てず、返済する道を選んだハンソヒさんの強さと優しさに、複雑な気持ちになります。
壮絶な生い立ちに対する世間の声
2020年に母親の借金問題が初めて表面化した際、ハンソヒさんの同窓生たちがSNSで次々と彼女を擁護するコメントを発信しました。「彼女は独りで育ったも同然」という言葉が象徴するように、幼少期からいかに過酷な状況にあったかを知る人々が、声を上げてくれたのです。
そして2024年に本当の年齢が公表された際も、「そんな事情があったなら仕方ない」「むしろかわいそう」「応援し続ける」といった声が大勢を占めました。
壮絶な生い立ちでありながら、それを乗り越えてトップ女優となったハンソヒさんへの共感と応援の声は、今も絶えることがありません。
ハンソヒの生い立ちを調べる人向けの関連情報
生い立ち以外にも、ハンソヒさんについて気になる情報がいくつかあります。プロフィールの基本情報からデビューの経緯、代表作まで一通りまとめました。
本名・身長・血液型などの基本プロフィール
まずは、ハンソヒさんの基本的なプロフィールを整理しておきましょう。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 芸名 | ハン・ソヒ(한소희) |
| 本名 | イ・ソヒ(이소희 / 李韶禧) |
| 生年月日 | 1993年11月18日 |
| 出身地 | 韓国・江原特別自治道原州市 |
| 血液型 | AB型 |
| 身長 | 165cm |
| 学歴 | 蔚山芸術高校(美術科)卒業 |
| 所属事務所 | 9atoエンターテインメント |
本名は「イ・ソヒ」ですが、芸能界では「ハン・ソヒ」として活動しています。現在、母親とは絶縁状態にあるとされており、本当の家族と言えるのは「祖母と妹」という状況に近いかもしれません。
妹について
2歳年下の妹も存在しており、姉妹の仲は良好とされています。ハンソヒさんがソウルで芸能活動を続ける中でも、家族としての絆は保たれているようです。
デビューのきっかけとなった広告モデル活動
高校卒業後、夢を持ってソウルに上京したハンソヒさんでしたが、最初から順調だったわけではありません。当初はアルバイトをしながら生活費を稼ぐ日々が続きました。
そんな中で、広告のモデルをつとめたことがきっかけとなり、芸能事務所の目に留まることになります。そして2016年、SHINeeの楽曲「Tell Me What To Do」のミュージックビデオに出演し、芸能界デビュー。翌2017年にはSBSのドラマ「ひと夏の奇跡 〜Waiting for you」で女優デビューを果たします。
2018年には人気時代劇「100日の郎君様」に出演し、正室キム・ソヘ役を演じて知名度をさらに高めていきます。モデルからのステップアップという経緯は珍しくはありませんが、ハンソヒさんがここまでの実力派女優に成長したことは、多くの人を驚かせています。
夫婦の世界での大ブレイクから現在の活躍まで
ハンソヒさんのキャリアにおいて、最大の転換点となったのが2020年の「夫婦の世界」です。JTBCのドラマ「夫婦の世界」で不倫相手・ヨ・ダギョン役を演じたことで、ハンソヒさんの名前は韓国のみならず日本でも一躍有名になりました。
ブレイク後の受賞歴も輝かしく、「第56回百想芸術大賞 TV部門新人女優賞」「APANスターアワード 新人女優賞」など、数多くの賞を受賞しています。
| 年 | 作品・出来事 |
|---|---|
| 2021年 | 「わかっていても」(JTBC)・「マイネーム: 偽りと復讐」(Netflix)主演 |
| 2022年 | 「サウンドトラック#1」(Disney+)主演、オメガ グローバルアンバサダー就任(韓国女優初) |
| 2023〜2024年 | 「京城クリーチャー」シーズン1・2(Netflix)主演 |
| 2026年 | 第79回カンヌ国際映画祭出席 |
2022年にはスイスの高級腕時計ブランド「オメガ」のグローバルアンバサダーに韓国女優として初めて抜擢されるなど、その存在感はグローバルなレベルにまで達しています。
壮絶な生い立ちを経て、いまやアジアを代表する女優の一人にまで登り詰めたハンソヒさんの軌跡は、まさに努力と才能の証と言えるでしょう。
現在も続く母親の問題と本人の対応
残念ながら、母親との問題はハンソヒさんのデビュー後も続いています。2020年に借金問題が浮上した際、ハンソヒさんは公式の謝罪文を発表しました。
ハンソヒさんの母親が、違法賭博場を複数箇所運営していた疑いで拘束・逮捕されたことが報道されたのです。
事務所は「ハンソヒ本人も記事を通じてその内容を知ったため、悲痛な心境を語ることができない。今回の事件は、ハンソヒとは全く関係がなく、母親の独断で行われたことを改めて申し上げる」とコメントしています。
それでも表舞台では変わらない姿を見せ、カンヌ映画祭への出席や新作への出演を続けているハンソヒさんを見ると、彼女の芯の強さを感じずにはいられません。
ハンソヒの生い立ちのまとめ
- 1993年11月18日生まれ、韓国・江原特別自治道原州市(ウォンジュ)出身
- 本名はイ・ソヒ(이소희)、芸名はハン・ソヒ
- 身長165cm・血液型AB型、所属事務所は9atoエンターテインメント
- 5歳のとき、両親が離婚し母方の祖母に引き取られた
- 祖母のことを「おばあちゃんが私のすべて。私が頑張れる原動力」と語り、深い絆がある
- 10歳のとき、母親の指名手配により蔚山(ウルサン)へ強制転居・1年間の学業中断を経験
- 1年後に原州(ウォンジュ)へ戻り、小学4年生として再入学した
- この学業中断が原因で学年が1年ずれ、長年「1994年生まれ」として活動
- 2024年10月31日、所属事務所が本当の年齢(1993年生まれ)を公式に発表
- 家族構成は父・母・妹の4人家族だが、育ての親は祖母
- 現在、母親とは絶縁状態にある
- 高校は蔚山女子高等学校から蔚山芸術高校(美術科)へ転校
- 高校卒業後ソウルへ上京し、広告モデルをきっかけに事務所に所属、2016年にSHINee MVでデビュー
- デビュー後、母親が名義を無断使用した借金(約200万円)を週6日・1日12時間のアルバイトで返済
- 2020年の「夫婦の世界」で大ブレイクし、2022年にはオメガのグローバルアンバサダーに就任

