元「水曜日のカンパネラ」のコムアイさん、国籍が気になって検索した方も多いのではないでしょうか。
調べてみると、韓国人説も中国人説も、出どころはたった一つのあるものでした。
本人が自分をどう表現しているのか、そして家族のルーツまで、公表されている情報だけを並べて整理していきますね。
・コムアイの国籍について公表されている情報がどこまであるか
・韓国人説・中国人説が広まった本当のきっかけ
・父・母・母方の祖父から見えてくるコムアイのルーツ
コムアイの国籍は日本の可能性が高い理由
コムアイさんの国籍について、まずは公表されている情報がどこまであるのかを整理していきますね。
そのうえで、なぜ「韓国人では?」という声が出てきたのかも、順番に見ていきます。
国籍を示す公的な記載は確認できず
最初に、いちばん大事なところをはっきりさせておきます。
コムアイさんの国籍を公的に示す資料や、本人・所属側からの公式な発表は確認できませんでした。
日本語版のWikipediaにもプロフィール欄はありますが、そこに国籍の項目はありません。
出演媒体のプロフィールでも、生年や出身地は載っていても、国籍まで書かれているものは見当たらないんですよね。
これ、少し意外に感じるかもしれません。
ただ、日本の芸能人やアーティストは、そもそも国籍をプロフィールに明記しないほうが普通なんです。
生年月日・出身地・血液型までは書いても、国籍欄がある事務所プロフィールというのはほとんど見かけません。
つまり「載っていない=隠している」ではなく、そもそも公開する慣習がない項目だということです。
ここを踏まえたうえで、本人が語っている言葉と、公表されている生い立ちから読み解いていきます。
本人はブラジルで暮らす日本人として語っている
公的な記載がない一方で、本人の言葉としてかなり近いところに触れているものがあります。
カルチャーメディア「NiEW」が2025年4月25日に公開したインタビューです。
このなかでコムアイさんは、ブラジルで自分がどう文化と向き合っているかを話す流れで、こんな言い方をしています。
「アフロ・ブラジル史に敬意を示すことは、ブラジルで暮らす日本人として私にとって非常に重要」
自分のことを「ブラジルで暮らす日本人」と表現しているわけです。
このインタビューでは、アフリカから奴隷として連れてこられた人々の労働と、日本からブラジルへ渡った移民が強いられた労働は深く関わっている、という話もしています。
つまり「日本から来た側」として、自分の立ち位置を語っているんですね。
もちろん、これは法的な国籍を公表した発言ではありません。
「日本人」という言葉は、国籍の意味でも、育った文化の意味でも使われますから、そこは分けて考える必要があります。
それでも、本人が自分を日本の側に置いて語っているという事実は、国籍を考えるうえでいちばん近い一次情報です。
海外では自分をマイノリティ側だと話している
もうひとつ、本人の言葉があります。
大和ハウス工業のオウンドメディアが2025年5月29日に公開したインタビューで、多様性について聞かれたときの発言です。
「海外で暮らすと、マイノリティとして緊張したり、肩身の狭い思いをしたりすることはあります。トラブルがあれば追い出されるかもしれない」
海外にいる自分は、その社会のなかで少数派の側だという実感を語っています。
日本での暮らしについても「働き方という点で私はマイノリティだと思います」と続けていて、保育園の仕組みが会社員家庭を前提に作られていると感じる、という話につながっていきます。
ここ、けっこう大事だと思うんです。
自分がどの社会でマジョリティになり、どこでマイノリティになるかを、行ったり来たりしながら考えている人なんですよね。
国籍という一点だけで語られることを、いちばん嫌がりそうなタイプだなと感じました。
生まれは神奈川県川崎市で本名は輿美咲
生い立ちのほうも見ていきます。
コムアイさんは1992年、神奈川県川崎市の生まれです。
本名は輿美咲(こし みさき)さん。
「コムアイ」という名前は、本名の名字と名前の頭文字「コ」と「ミ」をローマ字にして「KOMI」にしようとしたところ、すでに使われていたためアンダーバーを入れて「KOM_I」にした、という由来が広く紹介されています。
つまり芸名そのものが、日本語の本名から作られているということです。
育った環境についても、本人がかなり具体的に話しています。
生まれ育ったのは東京郊外のベッドタウンで、父は大学を出てから定年退職まで1社に勤め続けた会社員、母は専業主婦。
「絵に描いたような会社員と専業主婦の家庭でした」と振り返っていて、友達の家も似たような家族構成だったそうです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 本名 | 輿美咲(こし みさき) |
| 生年 | 1992年 |
| 出身地 | 神奈川県川崎市 |
| 学歴 | 慶應義塾大学 環境情報学部 |
| 活動 | 2012年に水曜日のカンパネラ結成、2021年9月に脱退 |
| 現在の拠点 | 日本とブラジルの2拠点 |
学歴は慶應義塾大学の環境情報学部。
中学から慶應義塾湘南藤沢に通っていたとする情報もありますが、こちらは出どころが1つのため参考程度に見ておくのがよさそうです。
韓国人説の出どころは珍しい名字の輿
では、なぜ国籍が検索されるのか。
いちばん大きな理由が、「輿」という名字の珍しさです。
複数のまとめサイトが、韓国人説の出どころとして共通してこの名字を挙げています。
「輿」の一文字を見たときに、韓国や中国の姓のように感じた人がいた、というのが噂のはじまりというわけですね。
たしかに、日常でまず出会わない名字です。
全国でおよそ600〜700人ほどしかいないとされていて、長野県に多い名字だと紹介されています。
ただ、ここが肝心なところで、「輿」は古くから日本にある名字だと説明されています。
珍しいことと、外国由来であることは、まったく別の話なんですよね。
日本の名字はおよそ10万種類以上あるといわれていて、数百人規模の名字は決して例外的な存在ではありません。
「見慣れない=外国の名前かも」という連想だけが、独り歩きしてしまった形です。
Yahoo!知恵袋にも同じ疑問が投稿されている
この噂がどれくらい広がっているかというと、Yahoo!知恵袋にも「この韓国人は誰ですか?」という形でコムアイさんの名前を挙げた質問が投稿されています。
検索結果の上位にこうしたQ&Aが並ぶことで、疑問を持った人がさらに検索する、という流れができているんですね。
ただし知恵袋の回答は、あくまで一般の利用者による見解です。
公的な裏づけがあるものではないので、そこは分けて受け取っておきたいところです。
中国人説も名字の見た目から広がった
同じ理由で、中国人ではないかという声も出ています。
こちらもきっかけは名字で、「輿」という漢字一文字の姓が中国の姓のように見える、という点が挙げられています。
漢字一文字の姓は中国に多いですから、連想としては分からなくもありません。
ただ、日本にも一文字の名字はいくらでもあります。
林さん、原さん、東さん、南さん……挙げていけばきりがないですよね。
韓国人説も中国人説も、根拠として示されているのは名字の見た目だけで、本人や家族が語った事実にはたどり着いていません。
父の輿亮は富士通のアメフト解説者
家族についても見ておきます。
父親は輿亮(こし まこと)さん。
富士通に勤務し、アメリカンフットボールチーム「富士通フロンティアーズ」の副部長を務め、NHKでアメフトの解説もしている方です。
日本のアメフト界ではよく知られた存在で、名前も経歴も表に出ています。
コムアイさんが「父は大学を出てから定年退職するまで1社に勤め続けていて」と語っていたのは、この経歴と重なりますね。
出身は東京都世田谷区とする情報もありますが、こちらは出どころが1つのみです。
母親は一般の方で、公表されている情報はほとんどありません。
なお、父親が韓国出身であるといった情報は、どの媒体にも見当たりませんでした。
母方の祖父は広島の被爆者で本人は被爆3世
そして、国籍の話をするうえで外せないのが、母方のルーツです。
コムアイさんの母方の祖父は、広島で被爆しています。
コムアイさん自身は被爆3世にあたり、この立場については本人が繰り返しメディアで語っています。
2023年のG7広島サミットの際には中国新聞の取材に応じ、2025年の被爆80年にあたっては広島テレビの取材にも応じています。
読んでいて、正直こちらの胸も重くなりました。
祖父は家族に対しても、詳しい被爆体験を語らないままだったそうです。
そして2023年ごろに亡くなりました。
広島テレビの取材で、コムアイさんはこう話しています。
「結局亡くなるまで、おじいちゃんにちゃんと証言を聞かせてもらうことなかったんですけど、もっと詰め寄ったらよかったかな?」
「被爆証言されてる方って、ものすごい段階を経て、そのブラックボックスを開けてるんだなって思いますね。すごい痛みだと思います」
「絶対に、本当にこんなこと繰り返してはだめだ。核廃絶はもう絶対に必要なことで、ちゃんと終わりにして、閉じてしまわなきゃいけない」
被爆3世だと意識したきっかけは母の死
被爆3世という立場を強く意識するようになったきっかけについても語られています。
高校2年の夏、NGOピースボートに参加して被爆者の証言を初めて聞いたときは、まだ自分が3世だという意識は薄かったそうです。
意識が変わったのは、母親をガンで亡くしたあとでした。
コムアイさんが19歳、大学生のときです。
自分にも被爆の影響があるかもしれない、と考えるようになったといいます。
母方の祖父が広島で被爆し、その孫として発信を続けている——これは、家族が日本で戦後を生きてきたことそのものを示す事実です。
国籍を証明する書類ではありません。
それでも、公表されている生い立ちを並べていくと、日本にルーツを持つ家族の姿がはっきり浮かび上がってきます。
生まれは神奈川県川崎市、名字は日本に古くからある「輿」、父は富士通に勤めたアメフト解説者、母方の祖父は広島の被爆者、そして本人は自分を「ブラジルで暮らす日本人」と表現している。
公的な確認はできないものの、日本国籍である可能性が高いと考えるのが自然です。
コムアイの国籍を調べる人向けの関連情報
ここからは、国籍と一緒によく検索されている家族や現在の活動について見ていきます。
海外での出産や2拠点生活など、話題になった出来事もまとめました。
母親は大学生のときにガンで死去
母親については、公表されている情報がほとんどありません。
分かっているのは、コムアイさんが19歳・大学生のときにガンで亡くなっているということです。
専業主婦だったことは、本人が家庭環境を振り返るなかで触れています。
そして前の章でも書いたとおり、この母親の死が、自分は被爆3世なのだと意識するきっかけになりました。
19歳で母を見送るというのは、想像するだけで胸が締め付けられます。
そこから「自分の身体にも祖父の被爆が関係しているかもしれない」と考えるところまで進んだというのは、相当な重さだったはずです。
母親についての情報は少ないのですが、その死がコムアイさんの活動の軸のひとつを作ったことは、本人の言葉からはっきり読み取れます。
弟のkoshiは音楽ユニットcadodeのボーカル
弟も音楽の道に進んでいます。
弟は音楽ユニット「cadode」のボーカルを務めるkoshiさんです。
姉弟そろってボーカルというのは、なかなか珍しいですよね。
ただ、コムアイさん自身は「水曜日のカンパネラ」に誘われる前は一切音楽活動をしていなかったと語っています。
中学では音楽の部活に入っていたものの、演奏技術を高めることより、社会の役に立つことをしたいという気持ちのほうが強かったそうです。
家庭が音楽一家だったから2人とも歌っている、という単純な話ではなさそうですね。
旦那はいないがパートナーは太田光海
「旦那」「夫」で検索している方も多いのですが、ここは整理が必要です。
法的な意味での夫はいません。
パートナーは、映画監督で文化人類学者の太田光海(おおた あきみ)さんです。
太田さんは、コムアイさんの妊娠から出産までを追ったアート・ドキュメンタリー『La Vie Cinématique 映画的人生』を制作しています。
胎児の視点から見た世界を映像化する、という試みだそうです。
なお、2人の関係の呼び方は媒体によって表現が分かれています。
| 媒体 | 表現 |
|---|---|
| 大和ハウス(2025年5月) | 事実婚を選択 |
| Wikipedia | 婚姻の予定はない |
| NEUT Magazine | 事実婚とも違う「恋人同士」 |
この違い、たぶん本人たちの考え方そのものが表れているんだと思います。
コムアイさんは大和ハウスの取材で「自分の立場や役割を特定するのが好きではない」「断言や役割を固定化される場面を避けようとしている節がある」と話しています。
呼び名がひとつに定まらないのは、当人たちがそれを望んでいないから、と読むほうが自然かもしれませんね。
子供はアマゾンのワンピス族の村で出産
第1子の出産は、大きな話題になりました。
2023年7月、ペルーのアマゾンに暮らすワンピス族の村で、男の子を出産しています。
現地の村での出産という選択に、驚いた方も多かったのではないでしょうか。
子どもにはミドルネームが付けられていて、太田さんが公表した内容によると、ワンピス語で「火」を意味する「ヒ」だそうです。
日本語とワンピス語の両方で同じ意味になる言葉として選ばれた、と説明されています。
言語をまたいで同じ意味を持つ音を名前にする——このあたりの発想は、2人らしいなと思います。
なお、お子さんの国籍については公表された情報がありません。
出生地はペルーですが、そこから国籍を推し量ることはできませんので、ここは触れないでおきます。
現在は日本とブラジルの2拠点生活
現在の活動についてもまとめておきます。
2021年9月に水曜日のカンパネラを脱退したあとは、ソロのアーティストとして国内外で活動しています。
そして2024年3月にブラジルへ移住し、バイーア州のサルバドールに住んでいます。
現在は日本とブラジルの2拠点生活です。
活動の幅も広くて、アーティストとしての表現に加え、俳優としての出演、執筆、そして水資源の課題を考えるプロジェクト「HYPE FREE WATER」の主宰まで手がけています。
気候変動をはじめとする社会問題の発信も続けていますね。
日本での子育てについては、けっこう率直な感想も語っています。
保育園の申請書類の複雑さや、持ち物ひとつひとつへの名入れといった事務作業に悪戦苦闘していて、「ブラジルでは必要とされなかったものがほとんど」だそうです。
2つの国で暮らしているからこそ見える「ほころび」を、社会が変わるチャンスとして捉えたい、という話につながっていきます。
学歴は慶應義塾大学の環境情報学部
学歴は慶應義塾大学の環境情報学部です。
在学中に「水曜日のカンパネラ」のボーカルとしてデビューしました。
ただ、学生時代の活動は音楽以外のほうがずっと目立ちます。
中学3年生くらいから学校の外へ出るようになり、地雷撤去のための募金活動に参加したり、土日に農作業をしたり。
高校2年の夏にはNGOピースボートで5カ国ほどを巡り、高校3年のときには同級生2人でキューバへ渡っています。
キューバへ行った理由も、本人の言葉が残っています。
「東京では、街じゅうが何かを売るための広告であふれていて、”情報に酔う”感覚に陥って、嫌だったんです。資本主義とは違うイデオロギーの国に行ってみたかった」
高校生2人だけで行ききったことが自信になった、とも話しています。
……行動力が桁違いですよね。
海外への関心は、デビューよりずっと前、10代のうちにできあがっていたということです。
コムアイの国籍のまとめ
- コムアイの国籍を示す公的な資料や公式発表は確認できない
- 日本語版Wikipediaのプロフィールにも国籍の記載はない
- 日本の芸能人は事務所プロフィールに国籍を書かないのが一般的
- 本人はインタビューで自分を「ブラジルで暮らす日本人」と表現している
- ただしこの発言は法的な国籍の公表ではない
- 生まれは1992年の神奈川県川崎市で本名は輿美咲
- 芸名KOM_Iは本名の頭文字「コ」「ミ」に由来するとされる
- 韓国人説の出どころは「輿」という珍しい名字の見た目とされている
- 「輿」は全国で600〜700人ほどの少数派だが古くから日本にある名字
- 中国人説も同じく漢字一文字の姓という見た目が理由とされる
- 父は富士通フロンティアーズ副部長でNHKアメフト解説者の輿亮
- 母は専業主婦で、本人が19歳のときにガンで死去
- 母方の祖父は広島の被爆者で、本人は被爆3世として発信を続けている
- 公表されている生い立ちからは日本国籍である可能性が高いと考えられる
- 現在は日本とブラジルのサルバドールで2拠点生活を送っている

