長戸千晶の生い立ちを時系列で解説!碧井椿として大阪で音楽に打ち込んだ少女時代とは

長戸千晶の生い立ちを時系列で解説!碧井椿として大阪で音楽に打ち込んだ少女時代とは

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芦屋の豪邸800坪・愛車7台・エルメスのバーキンコレクションで話題のviviちゃんこと長戸千晶さん。

実は彼女は過去に「碧井椿」という芸名でGIZA studioからメジャーデビューした元歌手だって、ご存じでしたか?

中学時代から歌とダンスに情熱を注ぎ、コンテストで特別賞を受賞し、音楽業界の大御所・長戸大幸さんと39歳差で結婚するまでの生い立ちは、驚きの連続です。

この記事を読むとわかること
・長戸千晶(碧井椿)の幼少期から歌手デビューまでの生い立ち
・PINC INCのボーカルとして歩んだ歌手時代の全記録
・引退後に長戸大幸と結婚しチアキスを設立するまでの経緯

長戸千晶の生い立ちと歌手時代のプロフィール

長戸千晶さんの生い立ちを知ると、今のセレブな暮らしがどれほど波乱万丈な道のりの先にあるのかがよくわかります。

芸能ファンに「碧井椿(あおいつばき)」として知られた元歌手が、どのようにして現在のviviことビビちゃんになったのか。

幼少期から現在まで、その軌跡を順番に追っていきましょう。

大阪育ちの幼少期と家族構成

長戸千晶さんは1987年4月13日生まれ、大阪府出身です。

旧姓は「増井」で、現在は旦那の長戸大幸さんの姓を名乗っています。

血液型はB型で、妹が1人いることがWikipediaに記載されています。

幼少期の詳細なエピソードについて公式な発表はほとんどありませんが、幼いころからダンスや歌に親しんでいたことは複数の情報源から確認できます。

大阪という都市で育ち、芸能・音楽文化の豊かな環境のなかで感性を磨いていったのではないでしょうか。

最終学歴については現在も不明とされており、プロフィールの中でも謎の多い部分として残っています。

大阪府出身で現在は兵庫県芦屋市在住という経歴から、関西エリアで育ちそのまま関西を活動拠点にしてきたことがわかります。

地元へのこだわりは、のちにチアキスを大阪・南堀江で設立するという選択にもつながっているのかもしれませんね。

ダンスと歌に目覚めた中学時代

長戸千晶さんが本格的に歌とダンスを習いはじめたのは、中学に入ってからのことです。

これは単なる「習い事」というレベルではなく、将来を見据えた本格的なトレーニングでした。

中学生という年齢で、すでに自分の夢に向かって動き出していたというのは、なかなかすごいことですよね。

SUPER STARLIGHT CONTESTでの特別賞受賞

2002年、当時15歳の千晶さんは「SUPER STARLIGHT CONTEST」に出場し、特別賞を受賞します。

このコンテストはビーイング系アーティストの登竜門として知られており、ここで評価されたことが後のデビューへの大きな足がかりになりました。

コンテスト1回で終わらず、その後も数々のオーディションや音楽コンテストに積極的に参加し、受賞を重ねていった千晶さん。

15歳でこれだけの実績を積み上げていたというのは、読んでいてこちらまでワクワクしてきますよね。

才能だけでなく、ひたむきな努力があったからこそ積み重ねられた結果だと思います。

また日本テレビ系の「歌スタ!!」のオーディションにも参加し、オムニバスCD「すてき de パーク」でも音楽活動を続けていました。

中学・高校と音楽への情熱を絶やさずに活動を続けていた姿が目に浮かびます。

LITTLECATスクールとコンテスト受賞の軌跡

デビュー前の千晶さんが通っていたのが、大阪の音楽スクール「LITTLECAT(リトルキャット)」です。

このスクールでは歌やダンスを本格的に学ぶとともに、ダンスユニット「nude(ヌード)」を結成するなど、実践的な活動も行っていました。

2005年3月25日には、GIZA studioのhillsパン工場で行われた「CAT NIGHT」(LITTLECATの卒業生・在校生とCAT MUSIC COLLEGE専門学生・高等部学生との初共演イベント)に、奥村初音さんとともに出演しています。

このCAT NIGHTへの出演がGIZA studioとのつながりを強め、デビューへの扉を開くきっかけの一つになったと言われています。

LITTLECATというスクールはビーイング系アーティストを多数輩出しており、千晶さんが音楽業界のど真ん中でしっかりとした基礎を積んでいたことがわかります。

そして2007年3月8日には、hillsパン工場にて「THURSDAY LIVE 新人発掘しNIGHT vol.4」に初参加し、いよいよデビューが現実のものとなっていきます。

幼少期からダンスと歌に親しみ、スクールでの研鑽とコンテストでの実績を積み重ねたことが、長戸千晶さんの音楽キャリアの土台を作りました。

GIZA studioからメジャーデビューするまでの道のり

数々のオーディションやコンテストで実力を証明してきた千晶さんは、ついにGIZA studioからのメジャーデビューを掴みます。

GIZA studioといえば、B’z、ZARD、WANDS、大黒摩季、倉木麻衣といった日本を代表するアーティストを輩出してきたビーイングの傘下レーベル。

そのGIZA studioから声がかかったということは、業界内での評価がそれだけ高かったということですよね。

2007年3月8日にhillsパン工場でのライブイベントに参加したのち、同年4月11日、碧井椿(あおいつばき)という芸名でシングル「未来を」をリリースしてメジャーデビューを果たします。

この「未来を」は、なんと旦那となる長戸大幸さんがプロデュースした楽曲でした。

つまりこのデビュー曲の時点で、すでに2人の間には音楽的なつながりがあったわけです。

デビュー時の所属事務所はBLUE SPLASH。

芸名の「碧井椿」は当時から多くのビーイングファンに親しまれましたが、ソロ活動の期間は短く、翌年には新たな形での活動に移行することになります。

PINC INCのボーカルとして歩んだ歌手活動

ソロデビューの翌年、2008年3月19日に千晶さんはバンド「PINC INC(ピンクインク)」のボーカル兼ギターとして再デビューします。

バンド名の由来がかわいいんですよね。ボーカルの碧井椿さん自身がピンク色が大好きだったこと、そしてメンバーで名前を決めるときに机の上にたまたまピンク色のインクが置いてあったことが組み合わさって「PINC INC」という名前が生まれたんだそうです。

千晶さんのピンク好きは今も変わっていないようで、現在も持ち物にはピンク系のものが多いですよ。

主要ディスコグラフィー

PINC INCとして発表した主な作品は以下のとおりです。

発売日 タイトル 備考
2008年3月19日 デンジャラス・ラブ 1stシングル、メジャー再デビュー
2008年5月28日 キミにHUGされていたい 2ndシングル
2008年8月20日 週末大キライ 3rdシングル
2008年10月29日 So faraway 4thシングル、アニメ「ゴルゴ13」OPテーマ
2009年1月28日 もっとキミ色に染まりたい アルバム

最大ヒット曲は4thシングル「So faraway」で、アニメ「ゴルゴ13」のオープニングテーマとしてタイアップしたことで知名度が上がりました。

ビーイング系アーティストはアニメとのタイアップが多く、この「ゴルゴ13」タイアップも当時のビーイングらしい戦略でしたね。

PINC INCとしての活動期間はわずか約1年ほどで、2009年に活動終了が公式サイトで発表されました。

「売れなかった」という厳しい声もネット上では見られますが、ビーイングという日本有数の音楽会社からメジャーデビューを果たし、アニメタイアップまで実現したこと自体は、十分な実績だと思います。

引退から長戸大幸との結婚・チアキス設立へ

2009年のPINC INC活動終了から、長戸千晶さんの人生は大きな転換を迎えます。

歌手活動を終えた千晶さんは、その後まもなく長戸大幸さんと入籍したと言われています。

引退当時の2人の年齢は、長戸大幸さんが61歳、千晶さんはまだ22歳。39歳という年齢差は、当然ながら世間に大きな驚きをもたらしました。

ただ、千晶さんの身近な知人によれば「ほんとに好きなんだって」と話していたそうで、単なる「お金目当て」というわけではなかった様子です。

長戸大幸さんもプライベートを一切明かさないことで有名な方なので、2人の結婚がメディアで報道されることはありませんでした。

そして歌手を引退した後、長戸千晶さんは実業家への道を歩み始めます。

2012年、株式会社チアキスを設立し、大阪・南堀江に「CHIAKISS(チアキス)」をオープンします。

チアキスは、ヨガ・岩盤ヨガ・ホットヨガ・バレエ・ピラティス・トレーニングなどのスタジオに加え、痩身・マッサージ・マツエク・ネイルといったサロンメニューも揃えた「関西最大級の女性専用美容複合施設」。

旦那の財産に頼るだけでなく、自ら会社を立ち上げて経営するという選択をした千晶さんの行動力は、正直すごいと思います。

社長業・奥様業・母親業を同時にこなし、さらに朝4時に起床して家族の食事をすべて準備してから出勤するという規則正しい生活を送っているとのこと。

セレブな生活ぶりに目が行きがちですが、その裏には相当なエネルギーと努力があるんですね。

長戸千晶の生い立ちを調べる人向けの関連情報

長戸千晶さんの生い立ちを調べると、旦那さんのこと・子供のこと・現在の豪邸生活など、気になることがどんどん出てきますよね。

ここでは関連する情報をまとめてお届けします。

旦那の長戸大幸とはいつ・どこで知り合ったのか

長戸千晶さんの旦那である長戸大幸さんは、1948年4月6日生まれ。

B’z、ZARD、WANDS、大黒摩季、倉木麻衣、T-BOLANなど、日本の音楽シーンを代表するアーティストを次々とプロデュースしてきた音楽業界の大御所です。

2人の接点は音楽事務所にありました。

千晶さんが所属していたGIZA studioは、長戸大幸さんが創業したビーイングの傘下レーベル。

最初の接点は2005年にGIZA studioのhillsパン工場で行われたCAT NIGHTというイベントだったと言われています。

そして千晶さんの2007年のメジャーデビュー曲「未来を」は長戸大幸さんプロデュース。

プロデューサーとアーティストとして音楽を通じて親しくなっていくなかで、2人の関係は深まっていったようです。

実際、GIZA studioの主要株主として長戸大幸さんと碧井椿さん(増井千晶)の名前が確認されていることも、2人の深い関係を示す根拠のひとつになっています。

入籍時期については公式発表がないため正確には不明ですが、千晶さんが歌手活動を終えた2009年以降と言われています。

大幸さんが一切プライベートを公開しないスタイルのため、結婚報道は一切なく、噂や証拠の積み重ねによって婚姻関係が広く知られるようになりました。

プロデューサーとアーティストという立場で出会い、音楽を通じて育まれた関係が、39歳差という年齢を超えた結婚に結びついたのです。

子供は3人で家族はどんな生活を送っているか

長戸千晶さんと長戸大幸さんには子供が3人います。

子供 名前 情報
長女 ノコちゃん 海外留学中(年齢非公開)
次女 リコちゃん 2021年10月時点で9歳
長男 リキくん 2021年10月時点で7歳

千晶さんのインスタグラムやYouTubeには子供たちも度々登場しており、親子でおそろいコーデをした写真などがアップされることもあります。

「旦那様と子供が中心」と千晶さん自身が語っているとおり、家族を何より大切にしているのが伝わってきます。

朝4時に起きて家族の食事をすべて準備してから仕事に向かうというライフスタイルは、本当に頭が下がりますよね。

長女のノコちゃんが海外留学中というのも驚きですが、早い段階からグローバルな教育を受けさせているあたり、親としての教育方針も一般家庭とはスケールが違いますね。

現在のチアキスオーナーとしての活躍ぶり

歌手を引退した千晶さんが2012年に設立した「CHIAKISS(チアキス)」は、大阪市西区南堀江に本拠を置く関西最大級の女性専用美容複合施設です。

スタジオ部門ではヨガ・岩盤ヨガ・ホットヨガ・バレエ・ピラティス・トレーニングを、サロン部門では痩身・マッサージ・マツエク・ネイルを提供しており、女性の美容に関するニーズをワンストップで満たせる施設として人気を集めています。

「チアキスで美肌ヨガがよかった」「ここのヨガ本当にいい」という利用者の声もSNS上に多く見られ、サービス面での評価も高い様子。

2021年3月には自身のYouTubeチャンネル「vivichannel(ビビチャンネル)」を開設し、WANDSの上原大史さんとの「世界中の誰よりきっと」コラボ動画などを公開。

歌手時代の歌声も健在で、視聴者から驚きと感動の声が上がりました。

また、ヒカル(YouTuber)のチャンネルで大阪の美容サロン施設や芦屋の豪邸を公開したことで、ネット上での知名度が一気に上昇しました。

株式会社チアキスの代表取締役社長として、今も現役でビジネスを率いる長戸千晶さんは、単なる「音楽プロデューサーの嫁」という枠には収まらない実力派の実業家です。

芦屋の豪邸800坪が話題になった理由

長戸千晶さんが話題になる最大の理由のひとつが、兵庫県芦屋市の超豪邸です。

日本屈指の高級住宅街として知られる芦屋市のなかでも、千晶さんの自宅はひときわ目立つ存在として知られています。

千晶さんこだわりの新居は2019年3月に完成し、敷地面積は約800坪(以前の自宅は約500坪)。

石造りの外観はまるで美術館のようで、内装は白と茶色でまとめたシンプルモダンなデザインです。

自宅の主な設備は以下のとおりです:

  • 屋外・屋内プール+ジャグジー
  • トレーニングルーム
  • シミュレーションゴルフの機材
  • サウナ
  • ゲストハウス(プラネタリウム・ダーツ・ゲーム機・ビリヤード台完備)
  • 約90㎡の千晶さん専用クローゼット
  • 大きなガレージに高級車7台

「家族みんなが自然と顔を合わせられるように設計した。キッチンに立ったときに書斎で仕事をする旦那さんや子どもたちが遊んでいるのを見られるように工夫した」と千晶さんはコメントしており、豪華さの中にも家族への温かい思いが詰まっています。

愛車は7台で、ベントレー・ベンツ・ポルシェ・ジャガーなどがズラリ。千晶さんは特にベントレーを愛用しており、車体のフォルムの美しさと上質なレザーシートがお気に入りだそうです。

また、約90㎡の専用クローゼットにはエルメスのバーキン(特に25cmサイズ)が同じ種類だけで店舗以上の数が揃っていることもYouTubeで公開されており、そのコレクションぶりに驚いた視聴者のコメントが話題になりました。

妹の存在と長戸家の家族構成について

長戸千晶さんの兄弟についてはほとんど情報が公開されていませんが、Wikipediaには「兄弟は妹一人」との記載があります。

妹さんの年齢・職業・名前などの詳細については一切公表されておらず、現在どのような生活を送っているのかは不明です。

長戸千晶さん自身がプライベートのなかでも家族・兄弟に関する情報をほとんど公開していないため、大阪時代の家族背景はほぼ謎に包まれています。

幼少期の家庭環境が彼女の音楽への情熱や向上心を育んだことは間違いないでしょうが、具体的なエピソードはまだ明かされていません。

viviことビビちゃんと呼ばれるようになった経緯

長戸千晶さんは、芸能ファンやSNSユーザーの間で「vivi(ビビ)」「ビビちゃん」「viviちゃん」と呼ばれています。

この愛称は、千晶さんのInstagramアカウント名が「vivichan1325」であることや、YouTubeチャンネル名が「vivichannel(ビビチャンネル)」であることから定着したものです。

「vivi」という名前は千晶さん自身が使い始めたもので、いつ頃からこの愛称を使うようになったかについての詳細な説明はされていません。

ただ、歌手時代の芸名「碧井椿」から完全に離れ、「vivi」「チアキ」「長戸千晶」といった複数のアイデンティティを持ちながら活動してきた経緯を見ると、「vivi」は彼女にとってのプライベートな素顔に近い名前なのかもしれません。

SNSの普及とともに「viviちゃん」としての知名度が上がり、ヒカルのYouTube出演をきっかけにネットで一気に話題になったことで、「viviちゃん=長戸千晶」という認知が広まりました。

長戸千晶の生い立ちのまとめ

  • 1987年4月13日、大阪府生まれ。旧姓・増井千晶
  • 血液型B型、妹が1人いる
  • 中学入学後、本格的に歌とダンスのトレーニングを開始
  • 大阪の音楽スクール「LITTLECAT」に通い、ダンスユニット「nude」を結成
  • 2002年(15歳)にSUPER STARLIGHT CONTESTで特別賞を受賞
  • 日本テレビ「歌スタ!!」オーディションやオムニバスCDなど音楽活動を継続
  • 2005年、GIZA studioのCAT NIGHTイベントに出演し業界とのつながりを深める
  • 2007年4月11日、碧井椿名義でシングル「未来を」によりメジャーデビュー(長戸大幸プロデュース)
  • 2008年3月19日、PINC INCのボーカル兼ギターとして再デビュー
  • 代表曲は「So faraway」(アニメ「ゴルゴ13」OPテーマ)
  • 2009年にPINC INCの活動終了を発表
  • 歌手時代のプロデューサー・長戸大幸さんと39歳差で結婚(入籍は2009年以降とみられる)
  • 2012年に株式会社チアキスを設立。大阪・南堀江に関西最大級の女性専用美容複合施設をオープン
  • 子供は3人(長女ノコちゃん、次女リコちゃん、長男リキくん)
  • 現在は兵庫県芦屋市の約800坪の豪邸に在住(2019年完成)
  • 愛車はベントレーを中心に計7台所有
  • 2021年にYouTubeチャンネル「vivichannel」を開設
  • チアキスは大阪・南堀江の関西最大級の女性専用美容複合施設として高い人気を誇る

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