大黒堂ネロの生い立ちが衝撃!普通の子が全身タトゥーの古美術商になるまで

大黒堂ネロの生い立ちが衝撃!普通の子が全身タトゥーの古美術商になるまで

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「自分には何も特徴がない」——幼少期にそう思い悩んでいたのが、今や全身漆黒タトゥーで日本中を驚かせる古美術商・大黒堂ネロさんだと知ったら、驚きませんか?

耳ピアス世界一、ボディサスペンション世界一、そして免許証写真がSNSで大バズり。

「まだ始まりでしかない」と語るネロさんの生い立ちを、幼少期から現在まで丁寧に追っていきます。

この記事を読むとわかること
・大黒堂ネロさんが全身タトゥーになった生い立ちの経緯
・会社員から古美術商「すけべゐ屋」へ転身した理由
・耳ピアス世界一やボディサスペンション記録など驚きのエピソード

大黒堂ネロの生い立ちと全身タトゥーへの道のり

大黒堂ネロさんといえば、その強烈なビジュアルが真っ先に目に飛び込んでくる存在ですよね。

全身を覆う漆黒と赤のタトゥー、世界一の軟骨ピアス——でも実は、そこに至るまでの生い立ちが、めちゃくちゃ面白いんです。

「普通の子どもだった」「自分に特徴がなかった」という言葉から始まる、ネロさんの人生の軌跡を追っていきましょう。

大黒堂ネロのプロフィール・基本情報

まずはネロさんの基本情報から確認しておきましょう。

項目 内容
名前 大黒堂ネロ
年齢 34歳(2022年6月時点)
出身地 滋賀県
職業 古美術商(屋号:すけべゐ屋)、手縫い服職人
タトゥー歴 18歳〜現在
耳ピアス 軟骨拡張34mm(世界一)
趣味 お裁縫、ダンス、アニメ観賞
好きなアニメ スポンジボブ、クラナド、たまこまーけっと
好きな食べ物 自作パン、ハーブティー

滋賀県で生まれ育ったネロさんは、現在は地元で古美術商を営んでいます。

外見のインパクトとは裏腹に、物静かで丁寧な言葉遣いが印象的な人物で、インタビューを受けた人々は皆「話してみると本当にチャーミング」と口をそろえます。

全身タトゥーの古美術商という、唯一無二の存在感を放つネロさんですが、その生い立ちは「何の特徴もない普通の子ども」だったというから驚きですよね。

幼少期の「自分に特徴がない」という原点

ネロさんの生い立ちの原点は、意外にも「普通すぎた自分」への焦りにあります。

幼少期のネロさんは、「おかあさんといっしょ」や「天才てれびくん」を見て育った、どこにでもいる普通の子ども。

タトゥーに憧れていたわけでも、目立ちたがり屋だったわけでもなかったといいます。

でも、そんな「普通さ」がネロさん自身はどうしても嫌だったんだそう。

「特に趣味も好きなこともなかったです。自分に何も特徴がなくて、それが嫌で。何もない自分に何ができるかってことをすごく考えていました」

——これは文春オンラインのインタビューで語った言葉ですが、読んでいてなんかぐっときませんか?

今のあの圧倒的な存在感を誇るネロさんが、かつては「自分には何もない」と感じて悩んでいたんです。

そんな幼少期の経験の中でネロさんが気づいたのが、「自分にできることは同じことを何回も繰り返すこと」という強みでした。

「特別なことはできないけど、昔から何かに熱中することが多くて。同じことを何度も繰り返すことによって一つのことをいろんな角度から見れる。そうすると自分の思考力も高まる。その経験が今の自分の元になっていると思います」

「繰り返すこと」で思考力を磨くというこの気づきこそが、後の「人間の進化」を追求するネロさんの哲学の原点なのだということがわかります。

知れば知るほど、外見のインパクトの裏に、しっかりとした自己探求のドラマがある人なんですよね。

18歳で初タトゥー、通信制高校時代のきっかけ

ネロさんが人生で初めてタトゥーを入れたのは18歳のとき。通信制高校に在学中のことでした。

「高校を中退して、通信制に通っていたんですけど、その時にタトゥーを入れている人が周りにいて。それでカッコいいなと思って、軽いノリで入れました」

自分でも驚くくらい、きっかけはシンプルでした。

「幼少期から刺青が好きだったわけではない」「目立ちたくてこの姿になったわけでもない」と本人も語っているように、最初は本当に「カッコいい」という純粋な興味からだったんです。

最初のタトゥーの失敗と、運命の彫り師との出会い

最初に入れてもらったタトゥーは、腕全体に施した鯉とトライバルの文様。

3人がかりでたった2日間で彫り上げたという、かなりダイナミックな体験でした。

しかし——

「入れてもらった彫り師が失敗で、デザインが汚かったんです」

ネロさんいわく「ヘタクソで気に入らなかった」という最初の一作。でもこの失敗が、その後の出会いにつながります。

知り合いに別の彫り師を紹介してもらった20歳のとき、現在もネロさんが全身の彫りを託している彫り師さんと出会うことができました。

この20歳での出会いが、ネロさんの「進化」の歴史を本格的に動かすことになります。

そこからは和彫りを経て、全身を覆う「ファーストタトゥー」が完成。

ネロさんの言葉を借りれば、全身が完成して初めて「ファーストタトゥー」が完了するという、スケールの異なる世界観です。

会社員時代のダブルライフと2017年の転身

通信制高校を卒業したネロさんは、一般企業(生産技術系の会社)に就職。

この時期が、ある意味で最も「普通と普通でないもの」が同居した時代でした。

会社では普通の社員として勤務しながら、休日になると「侍」をイメージしたちょんまげスタイルに、全身和柄タトゥーというガチのいかつい姿に変身。

夏場でも長袖で出勤し、カツラをかぶって社内ではタトゥーを隠していたというから、そのギャップがすごいですよね……。

当時の写真は「一見さわやかな青年」そのものだったと言いますが、休日はもう完全に別世界の人物だったわけです。

でも、このダブルライフが2017年ごろに終わりを告げます。

会社を退職し、全身を黒く染め上げながら古美術商に転身。

そして2021年には、顔へもタトゥーを施すことを決断。

ここに至って、現在の「大黒堂ネロ」という存在が完成したのです。

全身ジェットブラックへの「進化」の経緯

ネロさんの全身タトゥーは、ある日突然こうなったわけではありません。

20歳から始まった和彫りのファーストタトゥー(全身)の上に、黒で覆う「セカンドタトゥー」を重ねた、二重構造になっています。

その外見の哲学が面白くて——

「僕が好きなのは(漫画家の)鳥山明先生。(鳥山氏の)『ドラゴンボール』と(車田正美氏の)『聖闘士星矢』の世界が融合された形」

「テーマは日本です。以前はちょんまげだったので、その続きで日本スタイルの進化を表しています」

現在の漆黒の全身タトゥーは、ただ「黒く塗りつぶした」のではなく、薄い黒からトリプルブラックと呼ばれる色まで、重ね彫りでムラをなくした芸術的な仕上がり。

現在の姿になるまでに数十年かかったというから、その執念というか情熱というか……読んでいてこちらまで圧倒されます。

そして今の黒はまだゴールではないと言うんです。

「この上から白いインクも入れられる、その上にまた違うインクを入れられるので、無限大に遊べる。いまの黒は、キャンバスの下地。まだ始まりでしかない」

サードタトゥー・フォースタトゥーの構想

友人のタトゥー系ブロガー・けんた店長氏によると、ネロさんにはすでにサードタトゥーやフォースタトゥーの構想があるとのこと。

最終形態の詳細は非公表ながら、その話を聞いた人が「頭の中に花火が上がるような感覚だった」と表現するほどのビジョンを持っているようです。

「完成は一生ない」——ネロさんの進化はこれからも続きます。

生い立ちを貫く哲学:痛みと人間の進化

ネロさんの生い立ちを語る上で、避けて通れないのが「痛みへの向き合い方」という哲学です。

タトゥーだけでなく、ネロさんはボディサスペンション(人体にフックを装着し、全身を吊り下げる行為)という領域でも世界記録を持っています。

最難関と言われる「ワンフックチェスト」(胸骨部分に1本のフックのみを刺して吊り下げるスタイル)で耐久記録世界一を達成しているんです。

……想像しただけで鳥肌が立ちませんか。

しかも一度はフックで皮膚が裂けて落下するという事態を経験しながら、回復後に再挑戦して記録を達成したというエピソードには正直、すごい、以外の言葉が見つかりません。

なぜそこまでするのか——その答えがまた深いんです。

「痛みって、自分の恐怖から始まるんですよ」

恐怖には様々な要素がある。五感、時間、周りの目、そして痛み。ネロさんは自分の恐怖を理解するために、「痛みを経験」し、「その記憶を正確に比べる」ことで「痛みを理解」し、「経験値を上げている」と言います。

その目的は——

「欲を抑制して弱さに気づくため」「本能ではなく理性を高めるため」「人間の進化をするため」

幼少期に「自分には何もない」と感じていた少年が、「痛みを理解することで自分を知り、人間として進化する」という壮大な哲学に行き着いた——そう考えると、なんか感慨深いものがありますよね。

ネロさんの全身タトゥーは、ただの「見た目のインパクト」ではなく、生い立ちから続く一貫した自己探求の産物だということがわかります。

大黒堂ネロの生い立ちを調べる人向けの関連情報

大黒堂ネロさんの生い立ちに興味を持ったら、現在の活動や周囲の反応も気になりますよね。

ここでは関連情報をまとめてご紹介します。

古美術商「すけべゐ屋」としての現在の仕事

ネロさんは現在、地元滋賀県で「すけべゐ屋」という屋号で古美術商を営んでいます。

主な仕事内容は、骨董市場を巡って目利きした品をインターネットで販売すること。

江戸時代の春画をはじめ、骨とう品・古本・玩具・コレクター品など、マニアックな美術品を多数取り扱っています。

古美術商に転身した理由も、ネロさんらしいエピソードがあります。

「古物商を始めたのは、もともと裁縫が好きだったことに端を発するんです。自分が着るための服を製作しながら、販売もしていました。ところが生計を成り立たせるためには自分が着るものばかりも作っていられませんよね。ちょうど古いものも大好きだったことから、古物商として生計を立てようと思いつきました」

お裁縫好きが古美術商へ——この意外なルートも、ネロさんらしいですよね。

古物市場での仕事は、全国古書籍商組合連合会の組合員となり、先輩たちとのつながりや信頼を築くことが非常に重要。

紹介でのみ入れる市場も存在するほど、業界のつながりを大切にしながら活動しています。

また、古美術商以外にもモデル活動をしたり、手縫いの服職人としてアトリエでオリジナルのウェア・小物を製作・販売したりと、マルチな活動を展開中です。

「同業者でもお客様でも、最初は僕の姿を見てぎょっとしますが、数分で違和感なくいろんな話をしてくれる。外観ではなくて中身を見ようとしてくれる人たちが好き」というネロさんの言葉が、なんかいいんですよね。

独自のライフスタイルと美的こだわり

ネロさんの日常生活も、とことん独自のこだわりに貫かれています。

スタイル維持のためのランチは、自作のココアレーズンパンと白湯のみ。

シンプルに聞こえますが、これを日課にしているというストイックさはさすがです。

タトゥーを入れてからはメイクにも目覚め、白のまつげエクステやネイルサロン、ヒゲ脱毛にも通い、「顔の色」へのこだわりは外側だけにとどまりません。

服装もカラフルが好きだったものの、全身の赤との調和を考えると「革ジャンは黒しか選べない」など、独自のルールで装いを整えています。

世界一の軟骨ピアス34mmとボディサスペンション

ネロさんが世界記録を持っているのは、全身タトゥーだけではありません。

耳ピアス(軟骨拡張)は34mmで、これがダントツで世界一の大きさ。

20代のときに、海外の民族の方が軟骨の穴に輪っかを通している写真を見て「かっこいい」と思ったことがきっかけでした。

軟骨の拡張は「問題がいっぱい起きるからNG」と業界でも言われている難易度の高い改造ですが、ネロさんは2mmずつ拡張を重ねて34mmに到達。失敗のたびに改善策を考え、自分なりの方法を模索しながら達成した記録です。

「世界一になってから結構経っているんですけど、いまだに超える人はいないですね」

現在はギネス記録への登録も検討中とのこと。クラウドファンディングかスポンサーを活用して申請を目指しているそうです。

タトゥーの無痛化思考法

さらに驚きなのが、「タトゥーの痛みを無痛化する」ことに成功しているという点。

無痛クリームなどの道具は一切使わず、純粋な思考法によって痛みをコントロールするようになったといいます。

これがネロさんの「痛みと向き合う哲学」の実践的な成果でもあるわけです。

SNSで大反響を呼んだ免許証写真のエピソード

ネロさんの名前が一般的に広く知られるきっかけとなったのが、2022年6月にX(旧Twitter)に投稿した運転免許証のビフォーアフター写真です。

更新前の「ちょんまげ姿」も十分インパクトがありますが、更新後の写真は頭部から目の周りにかけて赤・黒・青に彩られた、まさに目を疑うビジュアル。

「よく通ったな…」「エンターテイメント」「圧倒的」「第三形態かな」

SNSにはさまざまなコメントが殺到し、免許更新センター(滋賀県)でも係の方に「本当に落ちないんですか」と2度確認されたそうです。

本人にとっては「普通にツイートしたつもりだったので驚いています。あと今回のようなインタビューが来たことが一番の驚きです(笑)」という感覚。

この反響を受けてABEMA「ABEMA的ニュースショー」にも出演し、千原ジュニアをはじめとするスタジオの共演者から驚きの声が相次ぎました。

ちなみに次の更新時の予定を聞かれたネロさん、「そもそも免許証の写真は日常の姿でしかないので、特に意識はしていません。その時のありのままの姿で写るだけです」という答えが返ってきたそうです。

堂々たる回答、かっこいいですよね。

大黒堂ネロが古美術商になった理由

ネロさんが古美術商という職業を選んだ理由は、実は「お裁縫好き」という、意外すぎる出発点があります。

もともと服や小物を手縫いで製作することが大好きで、自作した服を販売もしていたネロさん。

しかし自分が着るものだけを作り続けるのでは生計が成り立たないと気づき、次の選択肢として「古いものが大好き」という自分の趣味を組み合わせた古物商へと転身しました。

古物商の仕事では、骨董市場での人脈やつながりが特に重要で、ネロさんは「見た目にぎょっとされながらも、数分で違和感なく話してくれる」人々とのつながりを大切に育てています。

現在の師匠である骨董店「レトロ京都」の切掛舎一氏はネロさんについてこう語っています。

「だいたいみんなビックリする。だけど見た目と違ってめちゃめちゃいい子。今時こんなピュアな子いないんじゃないか。私はものすごく評価している」

外見の強烈さと、中身の誠実さ・純粋さのギャップ——これがネロさんの最大の魅力なのかもしれません。

世間の声:外見と中身のギャップへの驚き

大黒堂ネロさんに触れた人々の反応は、ほぼ例外なく「外見と中身の差がすごい」というものです。

幼なじみの殿村敏孝さんは「日本にいるのはもったいないなと、ずっと前から思っていた。海外の方がウケるやろな」と語っています。

20歳ごろから知る古着屋「boro」オーナーの茨木教之さんは「別に顔に入れ墨を入れるその前も、ちょんまげとかしてたから、そんなに違和感はない。昔から興味あることに一直線になって、また次の興味あることに行ってみたいな性格だった」とコメント。

友人のタトゥー系YouTuberけんた店長さんは「外見だけ見るとなかなかに近づきがたいオーラを放っているが、話してみると本当にチャーミングで、優しくて、とっても魅力的な方」と絶賛しています。

免許証写真が話題になった際、SNSでは「よく通ったな…」「圧倒的」「第三形態かな」と驚きの声が続出。

その一方で、テレビ出演後はネロさんの哲学や誠実さに共感する人も多く、見た目だけではなくその生き方への関心が高まっています。

「外観ではなくて中身を見ようとしてくれる人たちが好き」と語るネロさん。

会ってみると「こんなピュアな子いない」と言われるほどの人柄——知れば知るほど、なんか好きになってしまいますよね。

大黒堂ネロの生い立ちのまとめ

  • 大黒堂ネロは滋賀県出身で、2022年6月時点で34歳
  • 幼少期は「おかあさんといっしょ」を見ていた普通の子どもだった
  • 「自分に特徴がない」という焦りが、現在の生き方の原点になっている
  • 18歳の時、通信制高校在学中に「軽いノリ」でタトゥーを初体験
  • 最初のタトゥーは失敗作(鯉とトライバル)で、20歳で現在の彫り師と出会った
  • 高校卒業後は一般企業(生産技術系)に就職、夏でも長袖・カツラでタトゥーを隠して通勤
  • 2017年ごろ会社を辞め、全身を黒く染め上げながら古美術商に転身
  • 2021年に顔へもタトゥーを施し、現在の「大黒堂ネロ」が完成
  • 現在の容姿のテーマは「日本」で、「ドラゴンボール」と「聖闘士星矢」の融合形をイメージ
  • 今の全身タトゥーは「キャンバスの下地」で、サードタトゥー・フォースタトゥーの構想もある
  • 古美術商「すけべゐ屋」として骨董品・春画などをネット販売、全国古書籍商組合連合会の組合員
  • 耳ピアス(軟骨拡張)34mmは世界一、ギネス登録も検討中
  • ボディサスペンション・ワンフックチェストで耐久記録世界一を達成
  • 「痛みを理解することが人間の進化につながる」という独自の哲学を持つ
  • タトゥーの痛みを思考法のみで「無痛化」することに成功している

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