あのさんの生い立ちに、ずっと気になっていた方も多いのではないでしょうか。
幼稚園の不登園にはじまり、小学校でのいじめ、給食で牛乳を13本飲んで全部吐いてしまった壮絶なエピソード、中学・高校での引きこもり生活——そんなつらい学生時代を経て、今やトップアーティストとして活躍するあのさんの「ここまでの道のり」を、この記事ではできる限り詳しくまとめました。
この話、知ったらきっとあのさんのことがもっと好きになると思います。
・あのちゃんの本名・出身地・家族構成などプロフィールの詳細
・幼稚園不登園から高校中退まで壮絶な学生時代のエピソード
・ゆるめるモ!加入のきっかけとソロアーティストとしてのブレイク経緯
あのちゃんの生い立ちと壮絶な学生時代
あのさんの生い立ちは、幼稚園の頃から続く「集団に馴染めない」という経験の連続でした。いじめ、不登校、引きこもり……そんな壮絶な学生時代を乗り越えて、今の「あの」というアーティストが生まれています。
本名は志水彩乃、出身地は千葉県柏市
あのさんの本名は志水彩乃(しみずあやの)といいます。
ただし、これはあくまでファミタイムなどのメディアが掲載している情報であり、Wikipediaをはじめとする一部の情報源では「本名非公開」とされています。公式に本名を公表したことはないようなので、確定情報として断定するのは難しいのですが、多くのメディアではこの名前が使われています。
出身地については、千葉県柏市というのが有力です。通っていた酒井根中学校や柏日体高校がいずれも柏市にあること、また雑誌「HR」に「私立柏日体高1年」として掲載された記録があることからも、柏市在住だったと考えるのが自然です。
芸名の「あの」は本名「彩乃(あやの)」が由来と言われており、そのまま短くなった形ですね。ソロ活動では英語表記の「ano」も使われています。
年齢・生年非公開の理由
生年月日については「9月4日生まれ」ということは公表されていますが、生まれた年は公式には非公開です。ただし、SNSの発言や出演したテレビ番組での発言、ゆるめるモ!加入時の年齢などを総合すると、1997年生まれ(推定)という見方が広まっています。2013年に16歳でゆるめるモ!に加入したという情報と照らし合わせると、確かに1997年生まれの計算が合います。
なぜ生年を非公開にしているのかについてははっきりした理由を語っていませんが、芸能界では年齢を非公開にするケースは珍しくありません。あのさんの場合はもともとミステリアスなキャラクターで知られていることもあり、あえてプロフィールをすべて公開しないスタイルを取っているのかもしれません。
幼稚園も不登園だった幼少期のエピソード
あのさんの「学校に馴染めない」という経験は、実は幼稚園時代からはじまっていたようです。
幼稚園で不登園になった理由が、また独特でして——「女の子たちに取り合いされるのが嫌だった」からだといいます。「仲良くしたい」と言ってくる子のことをずっとにらんでいたと本人が語っており、幼い頃からとにかく「みんなと仲良くしなきゃいけない」という空気が苦手だったんですね。
これはちょっと普通の子どもとは違う感覚ですよね。普通は「取り合いされる」というのは嬉しい状況のはずなんですが、あのさんにとってはそれがプレッシャーになってしまっていた。この感覚は、後の学校生活でのしんどさにもつながっていると思います。
普段はとにかく無口な子どもだったそうで、ほとんどしゃべらなかったそうです。おしゃれへの興味だけは早くからあり、当時から服が大好きだったというのはいかにもあのさんらしいエピソードです。
そろばん教室でのでんぐり返しエピソード
習い事はそろばん・ピアノ・習字・水泳と、なかなかたくさん経験していました。そのなかで有名なのが、そろばん教室での話です。
授業についていけず、教室の後ろででんぐり返しをしながら数を数えていたら、気がついたら「一から無量大数まで」を自然と覚えてしまったというエピソードがあります(小学2年頃のこと)。無量大数といえば10の68乗という途方もない大きな数ですが、それを体を動かしながらいつの間にか頭に入れてしまったというのがなんとも独特。普通に座って勉強するより、自分なりの方法でやったほうが頭に入るというのが、このエピソードだけでなんとなく伝わってきます。
小学校でのいじめと給食の壮絶体験
あのさんの学校生活の中で特につらかったのが、小学校時代のいじめです。
小学3年生頃からいじめが始まったといいます。文房具を隠される、自分のせいにされるなど、じわじわと続く嫌がらせが続いていたようです。読んでいて胸が痛くなりますよね、こういう話は。
さらに追い打ちをかけたのが給食でした。あのさんはもともとひどい偏食で、給食がほとんど食べられなかったそうです。そこで牛乳だけを大量に飲んで時間を乗り切ろうとしていたところ、ある日牛乳を13本飲んで全部吐いてしまうという出来事が起きます。そのあとクラスの目が変わり、給食を別室で食べるようになり、次第に学校に行くこと自体が難しくなっていったといいます。
餅トラウマと体調の話
また、あのさんには食に関するトラウマがもうひとつあります。小学生のとき、餅が喉に詰まってしまったことがあり、その際に父親が逆さまにして振るなどして対応したそうなのですが、それ以来「飲み込む」ことへの恐怖が残り、食生活に大きく影響したといいます。極端な偏食の一因にも、このトラウマ体験があるのかもしれません。
また、体が弱く小学生時代には入院した経験もあります。入院中に、たまごっちを5個持ち込んで遊んでいたというエピソードが残っています。体調が不安定な中でも自分なりのペースで過ごしていた姿が目に浮かびます。
さらに、水泳の授業中に転倒して歯を傷つけてしまい、矯正生活が始まったことで「笑顔コンプレックス」を抱えるようになったとも語っています。あのさんの独特のポーカーフェイスや無表情なビジュアルイメージの背景に、こういった経験があったんですね。
中学時代に引きこもり、それでも美術の成績は5
中学校は千葉県柏市立酒井根中学校に進学しました。ちなみに同校の卒業生には長谷川京子さんや嗣永桃子さんもいるそうで、なかなかそうそうたるメンバーが揃っている学校です。
入学当初はバスケ部に入部したそうですが、やる気がないように見られて怒られてしまい、それが嫌になって不登校になったといいます。中学2年頃からは本格的な引きこもり生活になっていったようです。
不登校のきっかけとなった出来事の一つが、クラスでのいじめを目撃したことです。前の席の男子がカッターナイフで攻撃されるような場面を目の当たりにしたあのさんは、ブチ切れて教室を荒らしてしまい、親が学校に呼ばれることになりました。それ以降はほぼ不登校になっていきます。
ただ、ある日いじめっ子の腕をつかんで「それやめないと、おまえの席がなくなるからな!」と一喝したことでいじめが沈静化したというエピソードもあり、あのさんのまっすぐな性格の一端が見えます。
そんな厳しい状況の中でも、美術の成績だけは5だったというのがすごいですよね。家で作品を制作して提出できたことが評価につながったようで、美術の先生が給食の時間にわざわざ会いに来てくれたというエピソードも残っています。誰かが自分の才能を認めて歩み寄ってくれる経験が、あのさんにとってどれほど救いになったか——想像するだけで胸が温かくなります。
不登校については「学校は必ず行くべきとは思ってない」という持論を持っており、この考え方は今も変わっていないようです。
高校を中退しアルバイトも3日で辞めた
中学を経て進学したのは、千葉県にある柏日体高校(現・日本体育大学柏高等学校)です。雑誌「HR」に「私立柏日体高1年」として掲載された記録があり、進学したこと自体は確かなようです。運動神経は良かったようですが帰宅部で、とにかく集団の中に馴染むのが難しかったといいます。
入学後すぐに学校に通えなくなり、高校1年生の早い段階で中退しています。「自分の部屋しか居場所がなかった」と振り返っており、昼は引きこもって夜中に一人で外を散歩するという生活を送っていたそうです。不登校の持論について「逃げることも行動だ」と語っているあのさんの言葉は、同じような経験をしてきた人にとって、大きな意味を持つ言葉だと思います。
高校を辞めたあと、スーパーマーケットのレジ打ちアルバイトを始めます。レジ打ちのスピードは褒められるほど得意だったそうなのですが、問題は接客でした。「いらっしゃいませ」が言えなかったり、客に対して逆ギレしてしまったりと、接客業との相性が壊滅的だったようで、結局3日で辞めることになります。
そのアルバイト中に、パートの人から「アイドルになればいいのに」と言われたというエピソードが残っています。これが直接的なきっかけになったわけではないでしょうが、振り返ってみると少し運命的な一言ですよね。
ゆるめるモ!加入からブレイクまでの経緯
高校を中退して引きこもり生活を送っていたあのさんが、ゆるめるモ!に加入することになった経緯はかなりゆるやかなものでした。
2013年、Twitterのリツイートでゆるめるモ!のメンバー募集を偶然見かけたのがはじまりです。「音楽が好きな人、お笑いが好きな人」という募集要項に惹かれて応募したといいますが、その後のメールを長い間無視し続けたそうです。何度も連絡が来るので、最終的にライブ会場に足を運んでみることにしました。
そのライブは、お客さんも少なく演奏もお世辞にも上手とは言えないものだったそうですが、あのさんには「ゼロから始める方が自分に合う」と感じられました。プロデューサーから「一緒にやりたい」と言われたことが純粋にうれしかったと語っており、当時の自分には「他にやることがなかった」という正直すぎる加入の動機は、なんとも彼女らしいですよね。歌唱オーディションなしで、プロデューサーとの顔合わせのみで合格し、2013年9月、16歳でゆるめるモ!3期生として加入しました。
加入後はグループ内でカリスマ的な存在感を発揮し、SNSのフォロワー数もメンバーの中で際立って多く、「あのちゃんギャル」とよばれるファンも続出。地下アイドル界では「ネット界のカリスマ」として知られる存在になっていきます。さらに「水色界隈」という新しいファッションジャンルを確立したことでも注目を集めました。
2019年9月30日にゆるめるモ!を脱退し、翌2020年9月4日には「ano」名義でソロデビューを果たします。2021年8月にはバンド・I’sを結成し、ボーカルとギターを担当。ブレイクのきっかけとなったのも2021年で、「ラヴィット!」への出演とその直後の「水曜日のダウンタウン」での特集がきっかけとなり、一気に全国的な知名度を得ることになりました。2022年にはアニメ「チェンソーマン」のエンディングテーマ「ちゅ、多様性。」が大ヒットし、2023年のNHK紅白歌合戦にも初出場するなど、今やトップアーティストの一人として活躍しています。2025年9月には日本武道館でのワンマンライブを開催し、約1万2000人を動員しました。
受賞歴もめざましく、MTV VMAJ 2023 最優秀邦楽新人アーティストビデオ賞、第65回日本レコード大賞 特別賞などを受賞しています。
あのちゃんの生い立ちを調べる人向けの関連情報
あのさんの生い立ちに関連して、家族構成や実家の環境、そしてプロフィール情報についてもまとめました。ファンならではの視点で読んでいただければと思います。
家族構成と父親・母親・兄のエピソード
あのさんの家族は、父親・母親・4歳年上の兄・あのさんの4人家族です。祖父母はすでに他界されており、あのさんは紅白初出場を報告したかったと語っています。
各メンバーのキャラクターが非常に立っていて、それぞれにエピソードが豊富なのがあのさんの家族の特徴でもあります。
母親の特製スープと不登校への向き合い方
あのさんのお母さんについてのエピソードで特に有名なのが、特製スープのお話です。幼少期のあのさんは固形物をあまり食べられない子どもだったため、お母さんが毎日野菜入りの特製スープを作り続けてくれたといいます。この「かーちゃん特製のスープ」がきっかけで、あのさんは汁ものが好きになったそうです。
2014年の生誕ライブでは、お母さんが手紙を朗読したというエピソードも残っています。「生まれてきてくれてありがとう!お味噌汁を作っていつでも応援しています」という言葉が、会場にいたファンの心にも刺さったようです。読んでいてこちらまで温かくなりました。
また、あのさんが不登校だったとき、お母さんは「学校に行け」とは強制しなかったそうです。「車を出すから学校に行く?」と聞きつつも、行けなければそれ以上は何も言わなかった。学校の前まで行ったけれど結局入れずに帰ってきて、マクドナルドのポテトを食べたというエピソードが残っており、このシーンはCM曲「スマイルあげない」の歌詞にも反映されているといわれています。哲学の本や引きこもりに関する本を家に置き、あのさんを理解しようとしていたというお母さんの姿勢は、今思えばすごく大切なことをしてくれていたんだなと感じます。
兄のエピソード(教師・昆虫・関ジャニ∞)
4歳年上のお兄さんは現在教師をされているそうで、すでに結婚もされています。ただ結婚式にはあのさんは呼ばれなかったそうで、そのあたりはあのさんらしい淡々としたコメントが残っています。
趣味がなかなかユニークで、カブトムシやクワガタといった昆虫の愛好家で、関ジャニ∞のファンでもあるといいます。あのさんも一緒に関ジャニ∞のライブに参加したことがあるそうで、なかなかほほえましいきょうだいのエピソードですよね。ZARDも好きで、音楽活動の経験もあるとのこと。きょうだいで音楽好きというのも、音楽一家らしいつながりを感じます。
実家はお金持ち?文化的に豊かな家庭環境
あのさんの実家が「お金持ちなのでは?」という話題は、ファンの間でもよく話題になります。
結論からいうと、豪邸や富裕層の暮らしを示す具体的な情報はなく、「経済的に裕福」というよりも「文化的・精神的に豊かな家庭」だったと見るのが適切です。
ただ、「お金持ち説」が出てくる背景には、いくつかの要素があります。まず、私立の柏日体高校に進学していること。公立高校より学費がかかるため、ある程度の経済的余裕があったことは確かでしょう。また、家にギターやアンプ、ピアノが揃っていたという話もあり、音楽環境が整っていたことは伝わります。
さらに注目すべきは、不登校のあのさんに対してお母さんが哲学の本やひきこもりに関する本を揃えてくれたというエピソードです。「学校に行け」と圧力をかけるのではなく、子どもを理解しようと書籍を揃える姿勢——これは経済的な豊かさというより、精神的・知的な豊かさを感じさせます。
父親が元バンドマンで、現在はサラリーマンとして働いているとみられており、特段の資産家というわけではなさそうです。「お金持ち」というよりは、子どもの個性を尊重し、音楽や文化に触れる環境を整えてくれた家庭だったと言えるのではないでしょうか。
音楽の才能に影響した父親のバンド活動
あのさんが音楽の道に進む上で、父親の存在は欠かせないものだったようです。
あのさんのお父さんは、かつてバンド活動をしていた元バンドマンです。バンド名や活動の詳細は明かされていませんが、家にはギター、アンプ、ピアノが揃っており、幼稚園の送り迎えの車の中では常にロックやヘビーメタルが流れていたといいます。幼い頃は「うるさいな」と感じていたものの、次第に音楽に興味を持つようになったそうです。
特に大きかったのが、父親からギターを直接教えてもらった経験です。あのさんが使っていたのはGibsonのメロディーメーカーというギターで、これをお父さんが手取り足取り教えてくれたといいます。あのさん自身も「パパがいなかったら、もしかしたら音楽をやってなかったかも」と語っており、今のあのさんの音楽活動の根っこにお父さんの影響があることは間違いなさそうです。
現在のお父さんとの関係は少し疎遠になっているようで、紅白出場時も特に連絡はしなかったとのこと。ただ、あのさんが東京に行ったときはオムライスを作ってあげると言っていたり(ケチャップでいたずらしても気付かない、というほっこりエピソードつき)、LINEを溜める・電話に出ないというところがあのさんとそっくりだったりと、どこか似た者同士のような親子関係がうかがえます。なんか、いいですよね、こういう距離感。バイク好きで大型バイクに乗って東京に来ることもあるそうで、そういったところもあのさんの自由な感性に影響を与えているのかもしれません。
「秩父」というあだ名でお父さんを呼んでいるのも独特で、「父」が「秩父」に変化したという説明が本人からされています。
年齢・身長・血液型などのプロフィール
最後に、あのさんの基本的なプロフィールをまとめておきます。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 芸名 | あの(ano) |
| 本名 | 志水彩乃(しみずあやの)※一部メディア掲載情報 |
| 生年月日 | 1997年9月4日(推定・生年は非公開) |
| 出身地 | 千葉県柏市(推定) |
| 身長 | 166cm |
| 体重 | 44.4kg(2024年8月時点) |
| 血液型 | A型(※単独情報) |
| 一人称 | ぼく |
| 職業 | 歌手、タレント、女優、モデル |
| 所属レーベル | TOY’S FACTORY |
生年については本人が公表しておらず、あくまで推定です。SNSや番組での発言、ゆるめるモ!加入時の年齢などを総合した情報であることをご承知おきください。
身長は166cmで、複数のソースで一致しています。血液型のA型については、一部のメディアが掲載している情報ですが、公式発表ではありません。
一人称が「ぼく」というのも、あのさんのキャラクターを表す一つのポイントです。ゆるめるモ!時代から確立していたこの「ぼく」という一人称は、あのさんの中性的・ボーイッシュなイメージにもつながっています。
偏食については特筆ものの多さで、苦手な食べ物は親子丼・ゆでたまご・バナナ・そば・牛丼・カレー・オムライス・メロンなど多岐にわたります。米・肉類・魚類も食べられないというのはなかなか驚異的ですが、逆に好きな食べ物は汁もの・エビ・お菓子とのこと。幼少期のお母さんの特製スープが好きな食べ物の原点になっているのが、なんとも微笑ましいですね。
趣味についても独特で、人の歯を見ることが趣味で、特に歯並びの悪い人が好きだという発言が残っています。また本田圭佑さんの大ファンで知られており、女優の本田翼さんと仲が良いことも有名です。
あのちゃんの生い立ちのまとめ
- 芸名は「あの」(ano)、本名は志水彩乃とされるが公式には非公開
- 生年は非公開だが1997年9月4日生まれと推定されている
- 出身地は千葉県柏市と推定(通っていた学校の所在地から)
- 幼稚園では取り合いされるのが嫌で不登園に
- そろばん教室でのでんぐり返し中に一から無量大数を自然と覚えた
- 小学3年頃からいじめが始まり、牛乳13本を飲んで吐く事件で孤立
- 給食を別室で食べるようになり不登校へ
- 小学生時代に餅トラウマ・入院経験・水泳での転倒による笑顔コンプレックスを抱えた
- 中学は酒井根中学校に進学、バスケ部を経て中学2年頃から引きこもり
- いじめを見てブチ切れた後はほぼ不登校になったが美術の成績だけは5
- 高校は柏日体高校に進学したが1年生の早い段階で中退
- スーパーのアルバイトはレジ打ちが得意だったが接客が苦手で3日で辞めた
- Twitterのリツイートでゆるめるモ!の募集を発見、2013年16歳で3期生として加入
- 2019年9月30日にゆるめるモ!を脱退、翌年9月4日にanoとしてソロデビュー
- 2021年のラヴィット!・水曜日のダウンタウン出演でブレイク
- 家族は父・母・兄(教師)の4人家族、父は元バンドマンで音楽環境が豊か
- 父親からGibsonのメロディーメーカーでギターを教わり、音楽の道のきっかけに
- 実家は「経済的なお金持ち」というより「文化的・精神的に豊かな家庭」と推測される
- 身長166cm、血液型A型(単独情報)、一人称は「ぼく」

