元Jリーガーで、現在はジュビロ磐田のコーチを務めている増嶋竜也さん。
ネット上では「実家が金持ちらしい」という話がずっと流れていて、気になって検索した方も多いのではないでしょうか。
調べてみると、そう言われるようになった理由がちゃんとあって、しかもその中心にいるのは本人ではなく兄と弟だったんです。
・増嶋竜也の実家が金持ちと言えるのかどうかの結論
・金持ち説が生まれた3つの見方と、実家がある千葉市の立地
・両親と兄弟がどんな人たちで、いまどこで何をしているのか
増嶋竜也の実家は金持ち?父母と生い立ちの実像
まずは「実家は金持ちなのか」という一番知りたいところから見ていきます。
結論だけ先に言うと断定はできないのですが、そう言われるようになった背景には、けっこう納得できる3つの見方がありますよ。
実家は千葉市で蘇我のスタジアムから近い
増嶋竜也さんは1985年4月22日生まれ、千葉県千葉市の出身です。
2026年8月現在で41歳、身長179cm・体重76kgという、センターバックらしい体格の持ち主でした。
実家の場所として語られているのが、ジェフユナイテッド千葉のホームスタジアム「フクダ電子アリーナ」がある蘇我エリアの近くです。
2018年にジェフへ移籍した際、練習場まで実家から5分ほどという距離だったと伝えられています。
プロのクラブの本拠地が生活圏にあるというのは、子ども時代にサッカーへ触れる機会が多かったことを意味しますよね。
実際に増嶋さんが最初に入ったのも、地元の少年団である生浜FCでした。
ちなみに、実家そのものの番地や建物といった細かい情報は公表されていません。
わかっているのは「千葉市内で、蘇我の競技場に近いエリア」というところまでです。
両親の職業は公表されていない
ここが今回のテーマの核心なのですが、増嶋竜也さんのご両親については、名前は伝えられている一方で職業が明かされていません。
まとめ媒体で共通して出てくるのが、父・義嗣さん、母・由美子さんというお名前です。
ただ、勤務先や役職、まして年収や資産といった話になると、本人のインタビューにも公式プロフィールにも出てきません。
お子さんがプロ選手になったからといって、親御さんの職業まで公表する義務はないので、これはごく自然なことだと思います。
つまり「金持ちかどうか」を判定する材料そのものが、そもそも表に出ていないんですよね。
増嶋竜也さんの実家が金持ちだと断定できる公的な根拠は、現時点では見当たりません。
逆に「裕福ではなかった」と言い切れる材料もないので、どちらにも振り切れないというのが正直なところです。
金持ち説が生まれた3つの見方
では、なぜ噂だけが独り歩きしたのでしょうか。
調べていくと、次の3つが重なって「あの家はしっかりしている」という印象につながったと考えられます。
| 見方 | 内容 |
|---|---|
| ①兄弟の進路 | 兄は海外で会社を設立、弟はクラブの監督。三兄弟そろってサッカーの世界で生きている |
| ②実家の立地 | Jクラブの本拠地がある蘇我エリアの近く。都市部で生活圏が整っている |
| ③少年期の環境 | 三兄弟全員が少年団でサッカーを続けられた。用具代や遠征費は決して安くない |
とくに大きいのが①だと思います。
兄弟3人がバラバラに別の仕事をしているのではなく、そろって同じ競技の中でキャリアを築いているんです。
これを外から見ると「教育にも進路にもお金と手間をかけられる家だったのでは」という連想が働きやすいですよね。
③も見落とせません。
ジュニア年代のサッカーは、スパイクもユニフォームも成長に合わせて買い替えが必要ですし、遠征のたびに費用がかかります。
それを三人ぶん、しかも長期間にわたって支え続けたわけですから、家計にそれなりの余裕がなければ難しかったはずです。
ただしこれらはあくまで状況からの推測であって、収入や資産を示す数字が出てきたわけではありません。
2016年に開いたお好み焼き店の存在
金持ち説とセットで語られることが多いのが、飲食店の話です。
増嶋さんは現役中の2016年に、千葉市緑区古市場町でカフェ&お好み焼きの店「Spotlight」をオープンしたと伝えられています。
その後、千葉市中央区今井にも蘇我店があるとされています。
ここで注意したいのは、これは実家の家業ではなく、本人が現役中に始めた事業だという点です。
「実家が飲食店を経営していて裕福」という形で紹介されることもありますが、時系列で見ると順番が逆なんですよね。
プロとして稼いだお金を元手に、引退後を見据えて店を持ったという読み方のほうが自然だと思います。
父と祖父は野球経験者の野球一家
ここ、個人的にいちばん面白いところです。
柏レイソルの公式インタビューによると、増嶋さんの家は父と祖父がともに野球経験者という野球一家でした。
家には野球道具が一式そろっていたそうです。
サッカー選手の実家に、バットもグローブも当たり前のように置いてあったというのは、なんだか想像すると微笑ましいですよね。
本人もこう振り返っています。
「多分、親は野球をやらせたかったと思うんです。でも俺、サッカーに行っちゃったんですよね」
親の期待とは違う道を選んだのに、そのまま日本代表まで行ってしまったわけですから、結果としては大正解でした。
そして注目したいのは、それでも家族が止めなかったという事実です。
やりたいと言った競技を三人ぶん最後まで続けさせた家庭だった、というところに増嶋家の空気が出ています。
兄の入団がサッカーを始めたきっかけ
サッカーとの出会いは、増嶋さんが小学2年生のときでした。
2歳上の兄が「俺はサッカーをやる」と言って地元の生浜FCへ入団し、それを追いかける形で増嶋さんもボールを蹴り始めます。
兄の一言が、家全体の進路を変えてしまったことになりますね。
生浜FCに入ってからの増嶋さんは、あっという間にチームのエース格になったと伝えられています。
のちに市立船橋高校で全国3冠を経験する選手ですから、少年団のレベルでは相当に目立っていたはずです。
そして最終的に、兄は指導とビジネス、弟は指導者、本人はプロ選手というルートに分かれていきました。
きっかけをつくったのは兄で、そこから三人ぶんのキャリアが枝分かれしていったわけです。
小6でジェフに落ちて地元の公立中学へ
順風満帆に見える経歴ですが、実は早い段階で一度つまずいています。
小学6年生のとき、増嶋さんはジェフ千葉のジュニアユースを受験して不合格になりました。
すぐそばに本拠地があるクラブの下部組織に入れなかったというのは、当時の少年にはこたえたと思います。
その後は地元の生浜中学へ進学しました。
本人はこの中学について「本当に普通の公立中学」だったと振り返っています。
強豪校の英才教育コースを歩いたわけではなく、地元の公立で3年間を過ごしたということですね。
ここは「実家が金持ち」というイメージとは、少し違う手ざわりのある話です。
お金で環境を買い揃えて上がっていったタイプではなく、落ちたところから積み上げて市立船橋にたどり着いた、という順番になります。
中学時代の経歴を見るかぎり、特別に恵まれた進学ルートを用意された形跡はありません。
実家が金持ちかどうかへの世間の見方
ネット上の受け止め方は、大きく2つに分かれています。
ひとつは「兄弟3人ともサッカー関係で食べているなんて、相当しっかりした家だったんだろう」という見方です。
もうひとつは「両親の職業も出てきていないのに、金持ちと決めつけるのは早い」という慎重な見方ですね。
この2つ目の指摘は、まとめ媒体の側もはっきり書いています。
実家の経済状況については公的な情報がなく判断できない、としたうえで、三兄弟がそろってサッカーを続けられた点から「ある程度は余裕があった可能性も否定できない」という書き方に落ち着いているんです。
妻である潮田玲子さんの自宅に関する話題でも、ジェフ移籍当時に実家の近くで生活していたのではという推測が出ていました。
ただ、これも家の規模や資産を示すものではありません。
結局のところ、金持ちかどうかを裏づける数字は誰も持っていないというのが実態です。
増嶋竜也の実家が金持ちか調べる人向けの関連情報
ここからは、実家の話とセットでよく検索されている周辺の情報をまとめます。
とくに兄弟2人の現在地は、金持ち説の出どころそのものなので必見ですよ。
兄・義己はドイツでKM Sportsを設立
増嶋竜也さんは三人兄弟の次男で、上に兄・義己さんがいます。
義己さんは市原八幡高校から仙台大学へ進み、選手としてプレーしていました。
大学卒業後はドイツへ留学し、現地の日系企業で働いたのち、2011年に有限会社「KM Sports」を設立したと伝えられています。
事業内容として挙げられているのは、ヨーロッパ在住の日本人サッカー少年に向けたスクールの運営、コーチング、日本企業向けの通訳、留学のコンサルティングなどです。
海外に出て、自分で会社を立ち上げてしまうわけですから、行動力がすごいですよね。
この「兄は海外で起業家」という一点が、家全体のイメージを押し上げているのは間違いないと思います。
弟・真也はディオッサ出雲FCの監督
弟の真也さんも、やはりサッカーの世界にいます。
2011年に名古屋商科大学のコーチとなり、2012年から2017年までは兄弟の母校でもある市立船橋高校でコーチを務めました。
その後は藤枝MYFC、ロアッソ熊本でも指導者としてキャリアを重ねています。
そして現在は、女子クラブのディオッサ出雲FCで監督を務めているとされています。
兄は海外で起業、弟はクラブの監督、そして本人はJリーガーからコーチへ。
三兄弟がそろってサッカーを職業にしているという状況が、実家への関心を集める最大の理由になっています。
現役時代の年俸はピークで3000万円
実家の経済力より確かな数字が出ているのが、本人の年俸のほうです。
推定値として伝えられている推移を並べると、次のようになります。
| 年 | 所属 | 推定年俸 |
|---|---|---|
| 2004年 | FC東京 | 480万円 |
| 2005年 | FC東京 | 600万円 |
| 2006年 | FC東京 | 800万円 |
| 2008年 | 京都サンガ | 900万円 |
| 2009年 | 京都サンガ | 1500万円 |
| 2011年 | 柏レイソル | 2300万円 |
| 2013年 | 柏レイソル | 2800万円 |
| 2014年前後 | 柏レイソル | 3000万円 |
| 2018年 | ジェフ千葉 | 2000万円 |
ピークは柏レイソル時代の3000万円ほどとされています。
柏がJ1を制した2011年にレギュラーとして戦った選手ですから、この水準は納得ですよね。
なお、これらはあくまで推定として出回っている数字で、クラブが公表したものではありません。
引退後の年収についても600万円から1000万円程度という試算が出ていますが、同じく目安として見ておくのが無難です。
現在はジュビロ磐田のトップチームコーチ
増嶋さんは2020年12月20日に現役引退を発表しました。
そして2026年6月18日、ジュビロ磐田がトップチームコーチへの就任を発表しています。
クラブを通じたコメントでは「ジュビロ磐田の勝利のために、秋葉監督を全力で支えてまいります」と語りました。
実家の話題で検索されがちな人ですが、現在地はJ1クラブのコーチという第一線です。
市立船橋高とSHIBUYA CITY FCでの指導歴
磐田に来るまでの歩みも見ておきましょう。
引退直後の2021年に母校・市立船橋高校サッカー部のコーチへ就任し、2022年まで務めました。
2023年からは関東サッカーリーグ1部のSHIBUYA CITY FCで監督を務めています。
2025年12月には2026シーズンの契約更新が発表され、「このクラブで3シーズン連続の昇格を狙うことこそ、自分にとって最大の価値」とコメントしていました。
また、その直前の2025年12月8日にはJFA Proライセンスを取得しています。
J1クラブの監督を務められる資格ですから、指導者としての本気度がうかがえますね。
妻・潮田玲子との馴れ初めは引退パーティー
増嶋さんの妻は、元バドミントン日本代表の潮田玲子さんです。
2人が出会ったのは2011年、元スピードスケート選手・大菅小百合さんの引退パーティーの席だったと伝えられています。
面白いのが、潮田さんの第一印象があまり良くなかったという点です。
「チャラそう」と感じて距離を置いていたそうなのですが、大菅さんの「すごくいい人だから」という後押しで食事の場が設けられ、そこで印象が一変したといいます。
2011年秋に交際がスタートし、2012年9月30日、潮田さんの誕生日に入籍しました。
誕生日を入籍日にするあたり、なんだかいいですよね。
子供は一男一女で名前は非公表
増嶋さんと潮田さんの間には、男の子と女の子の2人のお子さんがいます。
お名前については公表されていません。
ご両親と同じで、家族に関する情報は必要以上に出さないという姿勢が一貫していますね。
2021年の元旦には、潮田さんが自身のInstagramで家族4人の写真とともにYouTubeチャンネル「増嶋家ちゃんねる。」の開設を報告しました。
現役引退の発表からわずか10日ほどでの動きです。
引退から次の一手までの切り替えの早さが、この家族らしさだと思います。
増嶋竜也の実家が金持ちかのまとめ
- 増嶋竜也は1985年4月22日生まれ、千葉県千葉市の出身
- 実家はジェフの本拠地がある蘇我エリアの近くとされる
- ジェフ移籍時は実家から練習場まで5分ほどの距離だったと伝えられる
- 父は義嗣、母は由美子という名前が伝えられている
- 両親の職業は公表されておらず、金持ちかどうかは断定できない
- 金持ち説の背景には兄弟の進路・実家の立地・少年期の環境という3つの見方がある
- 父と祖父は野球経験者で、実家には野球道具一式がそろっていた
- サッカーを始めたのは小学2年時で、2歳上の兄の入団がきっかけ
- 小学6年でジェフのジュニアユースに不合格となり、地元の生浜中学へ進学
- 兄・義己はドイツ留学を経て2011年にKM Sportsを設立したとされる
- 弟・真也は市立船橋高コーチなどを経てディオッサ出雲FCの監督とされる
- 2016年に千葉市でカフェ&お好み焼き店をオープンしたと伝えられる
- 現役時代の推定年俸は柏レイソル時代の3000万円ほどがピーク
- 2020年12月に現役を引退し、2026年6月にジュビロ磐田のコーチへ就任
- 妻は潮田玲子で、子供は一男一女だが名前は非公表

