MAG!C☆PRINCEのリーダーとして活動する平野泰新さん、実家がどこにあるのか気になっている方は多いのではないでしょうか。
調べてみると場所自体はハッキリしているのですが、ご家族の情報だけがまったく出てこないんです。
その代わり、本人が地元について語った言葉がたくさん残っていて、これが読んでいてなかなか面白いんですよ。
・平野泰新の実家がある市と、両親や兄弟の情報がどこまで出ているか
・実家で過ごした幼少期のエピソードと、新体操を始めた場所
・2019年に就任した地元での肩書と、本人が挙げる名物・推しスポット
平野泰新の実家は愛知県半田市にある
平野泰新さんの実家がどこにあるのか、まずはここからハッキリさせていきますね。
結論からいうと場所は分かっていて、ただ「家族のこと」となると話は別なんです。
実家があるのは知多半島の半田市
平野泰新さんの実家があるのは、愛知県半田市です。
Wikipediaをはじめ、複数のプロフィール系メディア、さらには半田市の公式ウェブサイトまでが出身地として半田市を挙げているので、ここは動きません。
半田市は愛知県の知多半島にある市で、名古屋市から南へ下ったところに位置しています。
江戸時代には海運業で栄えた土地で、黒壁の蔵が並ぶ半田運河の風景や、ユネスコ無形文化遺産に登録された亀崎潮干祭など、歴史と文化がそのまま生活に残っているエリアなんですよ。
本人も地元のことを、歴史や文化が生活に溶け込んでいるまち、程よく田舎で程よく都会、と表現しています。
観光メディアのインタビューで語った言葉です。
自分の生まれ育った場所をここまで具体的に説明できる芸能人って、そんなに多くないと思いませんか。
つまり平野泰新さんの実家は愛知県半田市にあり、本人もそれを隠さず公言しているということです。
なお、番地レベルの住所や実家の外観といった情報はどこにも出ていません。
これは当然といえば当然で、ご家族が一般の方である以上、そこまで踏み込んだ情報が表に出ることはまずないですよね。
両親の職業や兄弟は公表されていない
ここが検索している方の一番知りたいところかもしれませんが、正直に書きます。
平野泰新さんの家族構成は公式には公表されていません。
父親の職業、母親の職業、兄弟姉妹がいるのかどうか、いずれも本人・事務所からのアナウンスがないんです。
実際、平野泰新さんの家族を調べたことを明記しているブログもいくつかあるのですが、そのどれもが分からなかったという結論で終わっています。
複数のサイトが独立して調べて全部空振りしているということは、単に見つけにくいのではなく、そもそも外に出ていないと考えるのが自然でしょうね。
ここで一つ整理しておきたいのが、ネット上でときどき見かける実家がお金持ちなのではという見方です。
これは公表された事実ではなく、あくまで推測として語られているものになります。
根拠として持ち出されるのは、だいたい次の2点です。
| 推測の根拠 | 実際に確認できること |
|---|---|
| 中学から新体操を続けていた | 半田市内で新体操を習い始めたのは事実 |
| 高校で青森、大学で京都へ進学した | 青森山田高校・花園大学への進学は事実 |
たしかに、愛知の実家から青森の高校へ、さらに京都の大学へと進むには、学費だけでなく生活費や遠征費もかかります。
ただ、そこから裕福だと言い切ってしまうのは、材料が足りないと私は思います。
親元を離れて競技を続ける学生には、寮のある学校を選ぶ、特待生として招かれる、アルバイトで賄うといったルートもありますからね。
実家の経済状況について語れる確かな材料は、現時点では出ていないというのが実態です。
幼少期の原風景は市内の公園めぐり
家族の情報は出ていない一方で、実家で過ごした子ども時代の話は本人の口から出ています。
これがなかなか良いんですよ。
平野泰新さんが心に残っている原風景として挙げているのが、半田市内の公園での外遊びです。
しかも一つの公園でずっと遊ぶのではなく、1日に何カ所もの公園をハシゴして遊んでいたと語っています。
……なんか、いいですよね。
一日中外にいて、日が暮れるまで走り回っていた子ども時代が、そのまま浮かんでくる話だと思います。
本人は当時の環境についても、幼い時からこういう場所で過ごせたのはすごく貴重な経験だった、と振り返っています。
面白いのは、この感覚が外に出てから分かったものだという点です。
高校と大学で愛知を離れたことで、当たり前だと思っていた地元の風景が実は特別だったと気づいた、という話し方をしているんですね。
これ、地元を出た経験がある方なら分かるんじゃないでしょうか。
新体操を始めたのも地元の半田市
平野泰新さんといえば新体操ですが、この競技を始めた場所も実家のある半田市です。
きっかけについては、情報源によって少し書き方が分かれています。
| 情報源 | 新体操を始めた場所 |
|---|---|
| 芸能まとめ系メディア | 半田市内のスポーツジム |
| 辞書系サイトの検索結果 | 半田市立半田中学校の男子新体操部 |
どちらも中学時代に半田市内で始めたという点では一致しているので、地元で競技と出会ったことは確かでしょう。
ジムで習い始めて中学の部活でも続けた、という順序であれば両方の記述が成り立ちますしね。
また、新体操の前段階として小さい頃に器械体操をやっていたという記述もあります。
こちらは1つのサイトにしか見当たらなかったので、参考程度に受け取っておくのがよさそうです。
いずれにせよ、後にインターハイ団体優勝や跳び箱の世界記録につながる身体能力の土台は、半田市で作られたということになります。
新体操歴については9年間という数字を挙げているサイトもありました。
中学で始めて大学まで続けたと考えると、年数としてはおおむね辻褄が合いますね。
高校と大学で一度地元を離れている
実家は半田市にありますが、平野泰新さんは学生時代に一度そこを離れています。
進学先が、愛知からかなり遠かったんです。
| 時期 | 進学先 | 場所 |
|---|---|---|
| 高校 | 青森山田高等学校 | 青森県 |
| 大学 | 花園大学 日本史学科 | 京都府 |
高校は青森県、大学は京都府ですから、愛知の実家からは高校で東北へ、大学で関西へと移ったことになります。
青森山田高校を選んだ理由についてははっきりした説明があって、同校の男子新体操部の演技を見て衝撃を受けたから、というものです。
競技を続けたい一心で、中学生が県境どころか地方をまたいで進学先を決めたわけですよね。
これは相当な覚悟だったと思います。
そして高校では男子新体操部のキャプテンを務め、インターハイで団体優勝を果たしました。
個人でも2位に入ったという記録が、青森山田高校の公式サイトに掲載されていると紹介されています。
大学に進んでからも新体操は続けていて、全日本インカレに出場しています。
さらにこの大学時代に、芸能活動のスタートが重なるんですよ。
2015年1月、ワタナベエンターテインメントとCBCテレビの合同オーディションに応募し、約2,020人の中から選ばれてMAG!C☆PRINCEのメンバーになりました。
大学で新体操の大会に出ながら、グループのリーダーとしても動いていたことになります。
学生時代は実家から遠く離れた場所にいたわけですが、この間も競技と芸能の両方を走らせていたんですね。
現在も半田市に住んで地元をPR
ここが個人的に一番びっくりしたところです。
平野泰新さんは高校と大学で地元を離れたあと、現在は再び半田市に住んでいると語っています。
芸能活動をしている方の多くが東京へ拠点を移すなかで、地元に戻って生活しているというのは珍しいですよね。
ただ、これは所属グループの性格を考えると腑に落ちる部分もあります。
MAG!C☆PRINCEは東海地方を拠点とする男性アイドルグループで、活動の中心がそもそも東海圏なんです。
名古屋を軸に動くのであれば、半田市から通うという選択も十分に現実的でしょう。
実家のある半田市は、平野泰新さんにとって出てきた場所ではなく、今も暮らしている場所だということです。
半田市初のPR大使に就任している
地元との関わりを決定的にしているのが、この肩書きです。
平野泰新さんは2019年に半田市PR大使に就任していて、しかも半田市にとって初めてのPR大使にあたります。
自治体の公式ウェブサイトにも、PR大使として市の見どころを紹介する記事が掲載されています。
はんだ山車まつりに合わせたバスツアーに参加するなど、実際に地元のイベントにも顔を出しているんですよ。
就任から6年以上が経っても続いているので、単発の名誉職ではなく実務として動いていることが分かります。
ちなみに、東京2020オリンピックでは聖火ランナーも務めました。
地元でここまで信頼されているタレントさんって、なかなかいないと思いませんか。
本人が挙げる地元の名物と推しスポット
PR大使という立場もあって、平野泰新さんは半田市のスポットや名物について具体的に語っています。
これが実家周辺の暮らしぶりを想像するうえで、かなり良い材料になるんですよ。
観光ガイドの受け売りではなく、子どもの頃から食べていたといった生活者としての言葉が混ざっているのが特徴です。
生せんべいは実家で当たり前に食べていたおやつ
まず名物として挙げているのが、知多半島の特産品である生せんべいです。
老舗和菓子店の総本家 田中屋が販売しているもので、平野泰新さんはこれを子どもの頃から当たり前に食べていたおやつだと表現しています。
白と黒糖の2種類があるうち、本人は白のほうが好みだそうです。
そして面白いのがここからで、県外に出るまで生せんべいはどこにでもあるものだと思っていた、と語っているんですね。
……これ、すごく分かる話じゃないですか。
地元では当たり前だったものが、外に出た瞬間にうちの地域のものだったと分かる、あの感覚です。
実家で日常的に食べていたからこその発言なので、半田市での暮らしぶりがそのまま透けて見える一言だと思います。
もう一つ挙げているのが尾州早すしという郷土料理で、江戸時代のレシピをもとに復活させたものです。
1貫が現在の握り寿司の約2.5倍という大きさで、半田特産の粕酢で味付けされています。
本人も1〜2個でお腹いっぱいになるとコメントしていました。
半田運河や赤レンガ建物が地元の推しスポット
スポットとして最初に挙げているのが、半田運河です。
江戸時代の海運業で栄えた場所で、黒壁の蔵が建ち並ぶ街並みが残っています。
平野泰新さんはここを、気分をリフレッシュしたいときに行く場所だと紹介しています。
観光名所としてではなく、自分の日常の中にある癒しの場所として挙げているのがポイントですね。
次に半田赤レンガ建物です。
1898年にカブトビールの製造工場として建てられた建物で、現在は復刻されたカブトビールを味わうことができます。
本人はここを、大人は懐かしく子どもは新鮮さを感じる場所だと評しています。
三つ目が伊東合資という施設で、1788年創業の酒蔵を改装した複合施設です。
登録有形文化財の蔵を活かしたカフェやレストランが入っていて、気がついたら長い時間を過ごしているほど居心地が良いのだとか。
イベントについても、5年に一度のはんだ山車まつり、ユネスコ無形文化遺産の亀崎潮干祭、彼岸花が約300万本咲くごんの秋まつりを挙げています。
| 種別 | 名称 | 本人のコメント・特徴 |
|---|---|---|
| スポット | 半田運河 | 気分をリフレッシュしたいときに行く |
| スポット | 半田赤レンガ建物 | 大人は懐かしく子どもは新鮮 |
| スポット | 伊東合資 | 気がついたら長時間過ごしている |
| イベント | はんだ山車まつり | 31輌の山車が集まる光景は圧巻 |
| イベント | 亀崎潮干祭 | ユネスコ無形文化遺産 |
| イベント | ごんの秋まつり | 矢勝川沿いに約300万本の彼岸花 |
| 名物 | 生せんべい | 子どもの頃から当たり前に食べていた |
| 名物 | 尾州早すし | 1〜2個でお腹いっぱいになる |
実家の詳細は非公表でも、平野泰新さんがどんな土地で育ったのかは、本人の言葉からここまで見えてくるということです。
平野泰新の実家を調べる人向けの関連情報
実家のことを調べていると、学歴や同じ名字の芸能人との関係も気になってきますよね。
ここからは合わせて検索されやすいポイントをまとめていきます。
出身中学は半田中学校とされる
実家が半田市にあることから、小中学校も地元だったと紹介されています。
出身中学については、半田市立半田中学校だとするサイトがある一方で、公表されていないとする見方もあるんです。
後者の立場をとるサイトでは、半田市内には半田中学校・乙川中学校・亀崎中学校・成岩中学校・青山中学校の5校があり、そのいずれかだろうと書かれています。
半田中学校説の根拠になっているのは、同校の男子新体操部と結びつける記述です。
ただ、新体操を始めた場所については市内のスポーツジムだとする情報もあるので、ここは断言できないところですね。
半田市内の中学校であることは間違いないものの、どの学校かまでは確定していないというのが現状です。
小学校についても、地元の小学校としか書かれておらず、校名までは出ていません。
高校は青森県の青森山田高校
高校は青森県にある青森山田高等学校です。
サッカーや卓球で全国的に知られる学校ですが、平野泰新さんが進んだのは男子新体操部でした。
前述のとおり、同校の演技を見て衝撃を受けたことが進学の決め手だったと紹介されています。
在学中はキャプテンを務め、インターハイで団体優勝という結果を残しました。
愛知の実家から青森へ、というのはかなりの距離です。
寮生活だったのか下宿だったのかまでは公表されていませんが、いずれにせよ中学卒業と同時に実家を離れたことになりますね。
大学は京都の花園大学日本史学科
大学は京都府にある花園大学で、学部は日本史学科です。
新体操を続けるために選んだ進学先でありながら、専攻は競技とまったく関係のない日本史というのがちょっと意外ですよね。
大学でも新体操部に所属し、全日本インカレに出場しています。
そして先ほど触れたとおり、この大学時代にMAG!C☆PRINCEのオーディションに合格しました。
京都で大学と競技をこなしながら、東海地方を拠点とするグループのリーダーとして活動する、という生活だったわけです。
正直、スケジュールを想像するだけで大変そうだなと思います。
平野紫耀や平野歩夢との血縁関係はない
平野泰新さんを検索すると、必ずと言っていいほど一緒に出てくるのがこの2人です。
King & Princeを経て活動する平野紫耀さんと、スノーボード・スケートボードの平野歩夢さん。
名字が同じで、しかも3人とも見た目が整っているものだから、兄弟や親戚ではないかという説が繰り返し出てきました。
ただ、3人に血縁関係があるという事実は確認されていません。
まず出身地が全員違います。
| 人物 | 出身地 | 分かっている家族 |
|---|---|---|
| 平野泰新 | 愛知県半田市 | 非公表 |
| 平野紫耀 | 愛知県名古屋市 | 母・弟の平野莉玖 |
| 平野歩夢 | 新潟県村上市 | 父・平野英功、母・平野富美子、兄と弟 |
平野紫耀さんと平野泰新さんは同じ愛知県ですが、名古屋市と半田市で市が異なります。
平野歩夢さんに至っては新潟県ですから、そもそも地理的に離れていますね。
平野紫耀さんについては家族構成が知られていて、弟が平野莉玖さんであることも公表済みです。
そのため平野泰新さんが弟だという説はすでに成り立ちません。
いとこ説を唱えるファンもいるようですが、こちらは公式に確認された話ではないんですよ。
ファンの報告として、握手会で直接尋ねたところ本人が否定したという話も出ています。
同じ名字の3人に血のつながりがあるという裏づけは、どこにも出ていないということです。
跳び箱で番組公認の世界記録23段
平野泰新さんの名前を一気に広げたのが、テレビ番組でのモンスターボックスです。
番組公認の世界記録として23段・高さ3m06cmを達成しています。
しかもこれ、1回きりではありません。
2017年1月の放送と、2024年12月31日の放送で、2度成功させているんです。
7年以上の間隔をあけて同じ高さを跳べるというのは、ちょっと信じがたい話ですよね。
新体操で培った跳躍力と空中感覚が、そのまま活きている競技だと言えます。
今もトレーニングで筋肉を維持している
新体操自体は現在やめていると紹介されていますが、身体づくりは続いています。
世界記録を出せる状態を保つために、今もトレーニングに励んでいるとのことです。
2024年末に再び記録を出せたのは、地道に続けてきた結果ということになりますね。
30歳を過ぎてこのパフォーマンスというのは、素直にすごいと思います。
結婚や彼女の発表は出ていない
最後に、結婚や交際についてです。
こちらも公式な発表は一切出ていません。
結婚の報告もなければ、交際相手が報じられたこともないため、現時点では独身と見るのが自然でしょう。
家族構成が非公表であることと同様に、プライベートについても徹底して情報を出さないスタンスのようですね。
実家のことも私生活のことも語らない一方で、地元の魅力については誰よりも饒舌に話す。
そのバランスが、この方の面白いところだなと思います。
平野泰新の実家のまとめ
- 平野泰新の実家は愛知県半田市にある
- 半田市は愛知県知多半島にある市で、江戸時代に海運業で栄えた土地
- 実家の番地や外観といった詳細は公表されていない
- 両親の職業や兄弟の有無も公表されておらず、複数の調査サイトが不明としている
- 実家が裕福だという話は推測であり、裏づけとなる情報は出ていない
- 子どもの頃の原風景は市内の公園めぐりで、1日に何カ所もハシゴしていたと語っている
- 新体操を始めたのも半田市内で、中学時代がスタート
- 高校は青森県の青森山田高等学校で、男子新体操部のキャプテンを務めインターハイ団体優勝
- 大学は京都府の花園大学日本史学科で、全日本インカレに出場
- 大学在学中の2015年に約2,020人のオーディションを通過しMAG!C☆PRINCEに加入
- 高校・大学で愛知を離れたが、現在は再び半田市に住んでいると語っている
- 2019年に半田市初のPR大使に就任し、地元イベントにも参加している
- 生せんべいを子どもの頃から当たり前に食べていたおやつだと語っている
- 平野紫耀・平野歩夢との血縁関係は確認されておらず、出身地もそれぞれ異なる
- モンスターボックスで番組公認の世界記録23段・高さ3m06cmを2度達成している
- 結婚や交際に関する公式発表は出ていない

