日本ハムの抑え投手として活躍する柳川大晟さんに、兄弟はいるのか気になっている方は多いのではないでしょうか。
実は母・春愛さんがテレビの取材で「お兄ちゃん」について話していて、大晟さんが弟だということが分かっています。
しかも、実家の焼肉店での兄弟の反応がまるで正反対で、読んでいて思わず笑顔になるエピソードなんです。
・柳川大晟さんの兄弟構成と兄の存在が分かった経緯
・兄の名前や職業が公表されているかどうか
・実家の焼肉店で見えた兄弟の性格の違い
柳川大晟の兄弟は兄がいる!母が語った兄弟の素顔
柳川大晟さんには、お兄さんがいることが母・春愛さんの言葉から分かっています。
ここでは、兄弟の構成と、実家の焼肉店で見えた兄弟の違いを順番に見ていきます。
兄弟構成は兄と大晟さんの男兄弟
まず結論からお伝えすると、柳川大晟さんにはお兄さんがいます。
これは、2026年8月15日に日テレNEWS(STVの取材)が公開した実家の焼肉店への密着記事で、母・春愛さんが口にした言葉から分かります。
春愛さんは、幼稚園のころの大晟さんについて「お兄ちゃんは恥ずかしがるけど、『大晟ちょっと行ってきて!』って言ったら紙を持って注文取りに行っていました」と話していました。
「お兄ちゃん」と「大晟」を並べて語っているので、大晟さんは弟の立場ということになります。
ここ、けっこう意外に感じた方も多いのではないでしょうか。
191センチの長身で、プロでは試合の最後を任される抑え投手なので、なんとなく「長男っぽい」イメージがありますよね。
ただし、公表されているのは「お兄さんがいる」という点までです。
兄弟が2人なのか、ほかに姉や妹がいるのかといった、きょうだいの人数までは明かされていません。
| 項目 | 分かっていること(2026年9月時点) |
|---|---|
| 兄の有無 | いる(母・春愛さんの発言より) |
| 大晟さんの立場 | 弟 |
| きょうだいの総数 | 公表されていない |
| 情報の出どころ | 日テレNEWS(2026年8月15日公開・STV取材) |
つまり、確かなのは「兄と大晟さんの男兄弟がいる」ところまで、というのが現状です。
兄の名前や職業は公表されていない
次に気になるのが、お兄さんがどんな人なのかですよね。
結論から言うと、お兄さんの名前・年齢・職業はどれも公表されていません。
大晟さん本人のインタビューや、球団の選手名鑑、各スポーツ紙の記事を見ても、お兄さんについて詳しく触れたものは見つかりませんでした。
お兄さんは芸能活動やプロスポーツをしているわけではなく、一般の方だと考えられます。
一般の方の個人情報が表に出ないのは自然なことなので、ここは無理に探らないほうがいいかなと思います。
兄も野球をしていたのかは不明
弟の大晟さんがプロ野球選手になっているので、「お兄さんも野球をやっていたのでは?」と気になる方もいるはずです。
ただ、お兄さんの野球歴についての情報も今のところ出ていません。
大晟さんが野球を始めたきっかけは、幼稚園のころにテレビで見た甲子園の試合で、今宮健太さんのプレーに感動したことだと語られています。
少なくとも公表されている話の中では、兄の影響で野球を始めたというエピソードは出てきていません。
お兄さんについては、名前も職業も非公表の一般の方と見ておくのが正確です。
兄弟の子ども時代は焼肉店の手伝いで違いが見えた
兄弟のエピソードとして唯一語られているのが、実家の焼肉店での「注文取り」の話です。
柳川家は、大分県日出町で焼肉店「元山(げんざん)」を営んでいて、両親が2人で切り盛りしています。
お店が忙しいとき、母の春愛さんは子どもたちにお手伝いを頼んでいたようです。
そのときの兄弟の反応が、見事に分かれていました。
| お兄さん | 大晟さん | |
|---|---|---|
| お客さんの注文取り | 恥ずかしがる | 紙を持って注文を取りに行く |
| 時期 | 大晟さんが幼稚園のころ | 大晟さんが幼稚園のころ |
恥ずかしがるお兄さんと、頼まれたらすっと動く弟という対比、なんだか目に浮かびませんか?
……なんか、いいですよね。
大晟さん本人も2023年の『週刊ベースボール』のインタビューで、「小さいころは注文を聞きにいったりとか、お店の手伝いもしていました」と振り返っています。
母の話と本人の話がきちんと一致しているので、家族の中でもよく覚えられている思い出なのだと思います。
マイペースな一面は母とのけんかにも
一方で、大晟さんは自分のことを「マイペースな性格」だと話しています。
中学時代は、朝の支度が遅くて母から「早く準備をしなさい」と注意され、言い合いになることもあったそうです。
お店の手伝いには積極的なのに、朝の準備はのんびり、というギャップもちょっと微笑ましいですね。
兄弟の性格の違いがいちばんよく分かるのが、この焼肉店での注文取りのエピソードです。
弟の大晟は実家の駐車場で壁当てに打ち込んだ
弟の大晟さんが、どうやってプロの投手になったのか。
その原点が、兄弟が育った実家の焼肉店の駐車場です。
2024年5月26日の道新スポーツの記事によると、大晟さんは幼稚園のころから1日1時間ほど、店の駐車場の大きな壁に向かってボールを投げ続けていたそうです。
昼間は駐車場が空いていたので、でっかい壁に思いっきり投げては捕って、を繰り返していたと本人が語っています。
父・和広さんも2026年の日テレNEWSの取材で、店の外を指して「ここから投げてって感じですね。
毎日やりよったな」と話し、野球の原点は「ここからですね」と答えていました。
お客さんの車に当てて怒られたことも
幼い大晟さんのことなので、当然うまく捕れないこともあります。
後ろにそらしたボールがお客さんの車に当たってしまい、めっちゃ怒鳴られたこともあったと、本人が笑いながら振り返っています。
それでも守備や捕球が好きで、長身の今でも守備には自信があるそうです。
この壁当てが、最速159キロのストレートを投げる右腕の土台になったわけです。
兄弟が育った実家の駐車場は、弟・大晟さんにとってプロ野球選手としての出発点でもあります。
兄弟を育てた父・和広と母・春愛
兄弟を育てたのは、父・和広さんと母・春愛(はるえ)さんです。
2人は大分県日出町で焼肉店「焼肉の駅・元山」を営んでいて、店のタレは53年受け継がれてきた秘伝のタレだと父の和広さんが話しています。
| 家族 | 分かっていること |
|---|---|
| 父・和広さん | 実家の焼肉店「元山」を切り盛り |
| 母・春愛さん | 日中は介護福祉士、夜は店で父を手伝う |
| 兄 | 名前・年齢・職業は非公表 |
| 本人・大晟さん | 日本ハムの投手(2003年8月21日生まれ) |
| 祖母たち | 別府市内で同じ店名の焼肉店を営業(2023年時点の本人談) |
大晟さんによると、祖母たちも別府市内で同じ「元山」という名前の焼肉店をやっていて、2023年の時点で両親の店と合わせて2店舗あったそうです。
家族ぐるみで焼肉店を営んできた一家なんですね。
父・和広さんが語った「昔っからの大晟」
父の和広さんは、テレビで活躍する息子について「親から見たらそういう風には見えないんですよね。
昔っからの大晟そのままなので」と話していました。
プロの抑え投手になっても、親にとっては昔のままの息子。
読んでいてこちらまで温かくなりました。
焼肉店を営む両親のもとで、兄と大晟さんの兄弟は育ってきました。
柳川大晟の兄弟を調べる人向けの関連情報
ここからは、柳川大晟さんの兄弟について調べている人がよく一緒に検索している実家・母・高校・年俸などの情報をまとめます。
実家は大分県日出町の焼肉店・元山
柳川大晟さんの実家は、大分県速見郡日出町にある焼肉店「元山(げんざん)」です。
本人も「実家は焼き肉屋をやっているので、勝負メシは焼き肉ですね」と話していて、実家にいたころは試合に勝ったら好きな肉を食べさせてもらっていたそうです。
中学時代はタンをよく食べていたのが、2023年ごろにはハラミにハマっていると語っていました。
実家の味がエスコンフィールドの球場グルメに
2026年7月31日からは、エスコンフィールド北海道で柳川投手プロデュースの「焼肉まかない丼」が販売されています。
牛肉とタマネギを炒めて秘伝のタレをかけた、お店のメニューにはない「まかない」で、大晟さんが子どものころから食べてきた思い出の味です。
タレは大分のお店から直送されていて、お店がタレを外に卸すのはこれが初めてだったと父の和広さんが話していました。
実家のお店の一角には大晟さんのグッズが並び、2024年8月7日のプロ初セーブのボールも飾られているそうです。
兄弟が育った実家の焼肉店の味は、いまや北海道のファンにも届いています。
母は介護福祉士として働く優しい人
柳川大晟さんの母・春愛さんは、日中は介護福祉士として働き、夜は実家の焼肉店で父の手伝いをしているそうです。
2026年5月10日のスポーツ報知の「母の日」企画で、大晟さんは「母はとにかく優しい人です」と話していました。
高校で福岡の寮に入るとき、母とはけんか別れのような形で家を出たそうです。
ところが後日、母から「野球頑張ってね。
応援しているよ」という手紙が届き、感極まったといいます。
……じんわりきますよね、これ。
今では仕事やお店が忙しい中でも、大分からエスコンフィールドまで応援に来てくれていると、大晟さんはうれしそうに語っていました。
母・春愛さんは、兄弟を育てながら働き続けてきた、家族思いの優しいお母さんです。
高校は九州国際大学付属高校
柳川大晟さんの出身高校は、福岡県の九州国際大学付属高校です。
小学生のころに甲子園を見て「ずっと行きたかった」という憧れの学校で、スカウトを受けて即決したそうです。
小学2年で地元の川崎ジャイアンツで野球を始め、日出中学時代は日出ボーイズに所属し、中学2年で捕手から投手に転向しました。
中学時代には全国のトップ選手が集まる野茂ジャパンにも選ばれています。
高校では1年秋からベンチ入りし、2年夏にはコロナ禍で甲子園が中止になった代わりの「がんばれ福岡2020」北九州地区大会で優勝投手になりました。
3年夏は福岡大会の準々決勝で敗れ、その年の8月に右ひじの手術を受けています。
そして2021年10月11日のドラフト会議で、日本ハムから育成3位で指名されました。
高校時代はケガにも苦しみましたが、育成指名からプロの道が開けました。
現在は日本ハムの抑え投手として活躍
柳川大晟さんは現在、北海道日本ハムファイターズの抑え投手です。
育成選手として入団し、2024年5月10日に支配下登録。
同じ年の8月7日の楽天戦でプロ初セーブを挙げ、球団で育成出身の選手がセーブを記録したのは柳川さんが初めてでした。
2025年は37試合に登板して防御率1.02と好成績を残し、背番号は2026年から47に変わっています。
2026年は9月21日のオリックス戦でシーズン50試合目の登板を果たし、27セーブ目を挙げました(2026年9月21日時点)。
本人は「50試合を目標にしていた。
達成できてうれしい」と話しています。
育成出身から、チームの最後を任される投手にまで成長したのが現在の柳川さんです。
年俸は2026年で3400万円
柳川大晟さんの年俸は、2026年で推定3400万円です。
育成選手だったころからの推移を見ると、伸び方がよく分かります。
| 年 | 推定年俸 | 立場 |
|---|---|---|
| 2022年 | 260万円 | 育成選手 |
| 2023年 | 260万円(現状維持) | 育成選手 |
| 2024年 | 330万円 → 支配下登録で540万円 | 育成から支配下へ |
| 2026年 | 3400万円 | 抑え投手 |
※金額はすべて報道による推定額で、あくまで目安です。
育成時代から見ると、年俸は10倍以上に伸びています。
年齢は2026年9月時点で23歳
柳川大晟さんは2003年8月21日生まれで、2026年9月時点で23歳です。
身長191センチ、体重87キロの右投げ右打ち。
ストレートの最速は159キロで、変化球はスライダー、カットボール、フォーク、チェンジアップを投げます。
同じ日本ハムの福島蓮投手とは長身コンビとして「ツインタワー」と呼ばれ、道新スポーツで対談企画も組まれていました。
23歳という若さで、すでにチームに欠かせない投手になっています。
柳川大晟の兄弟のまとめ
- 柳川大晟にはお兄さんがいる
- 兄の存在は母・春愛さんが日テレNEWS(2026年8月15日公開)で語った言葉から分かる
- 大晟は弟の立場にあたる
- きょうだいの総数は公表されていない
- 兄の名前・年齢・職業は非公表で、一般の方とみられる
- 兄が野球をしていたかどうかは分かっていない
- 幼稚園のころ、兄は注文取りを恥ずかしがり、大晟は紙を持って注文を取りに行った
- 大晟は実家の駐車場で1日1時間ほど壁当てを続けていた
- 父は和広さん、母は春愛さんで、大分県日出町で焼肉店「元山」を営む
- 母は日中は介護福祉士として働き、夜は店を手伝う
- 祖母たちも別府市内で同じ名前の焼肉店を営んでいた(2023年時点の本人談)
- 実家の味は2026年7月からエスコンフィールドで「焼肉まかない丼」として販売されている
- 高校は九州国際大学付属高校で、2021年に日本ハムから育成3位指名
- 2026年は50試合登板・27セーブ(9月21日時点)
- 2003年8月21日生まれの23歳で、2026年の推定年俸は3400万円

