若ノ勝の両親は格闘技好きで空手が入口!母・恵さんが語った息子の決意とは

若ノ勝の両親は格闘技好きで空手が入口!母・恵さんが語った息子の決意とは

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宇都宮出身の力士・若ノ勝さんが2026年5月場所で新入幕を果たし、地元の栃木では大きな話題になりました。

そこで気になるのが、あの分厚い体と回転の速い突っ張りを育てた若ノ勝さんの両親です。

実は若ノ勝さんが相撲に出会ったきっかけも、幼稚園で空手を始めたことも、すべて格闘技好きだった両親の影響なんですよ。

この記事を読むとわかること
・若ノ勝の両親がどんな人で、なぜ格闘技を習わせたのか
・母・竹田恵さんが新入幕のときに語った言葉
・父親の情報がほとんど出てこない理由と、家族が支えた越境通学

若ノ勝の両親は格闘技好きの一般人

まずは若ノ勝さんの両親がどんな人たちなのか、公表されている範囲で整理していきます。

父親と母親それぞれの情報量には、かなり差があるんですよね。

父親は名前も職業も公表されていない

先に結論から書いておくと、若ノ勝さんの父親については、名前も職業も公表されていません。

力士の家族がメディアに登場することはそれなりにありますが、若ノ勝さんの場合、新十両・新入幕という節目の報道でも父親のコメントは見当たりません。

親が取材に応じるかどうかは、あくまでその家庭の判断です。

若ノ勝さんの実家は相撲一家でも芸能関係でもない一般家庭なので、名前が出てこないのはむしろ自然なことかなと思います。

ちなみに若ノ勝さんの本名は竹田章一郎(たけだ しょういちろう)さんです。

日本相撲協会の公式プロフィールにもこの本名が記載されているので、父方の姓が竹田であることは確かな情報として扱えますね。

「父親も相撲経験者なのか」は確認できない

両親がそろって格闘技好きだったという記述は複数のメディアに出てくるものの、父親自身が空手や柔道、相撲の選手だったという情報は確認できませんでした。

「格闘技が好き」と「競技経験がある」はまったく別の話なので、ここは断定せずに置いておくのが正確です。

母は竹田恵さん 新入幕に「心配」も

一方の母親については、名前もコメントも公表されています。

若ノ勝さんの母親は、竹田恵(たけだ めぐみ)さんです。

2026年4月、夏場所の番付発表で若ノ勝さんの新入幕が決まったとき、恵さんはとちぎテレビの電話インタビューに応じています。

そこで語られたのが、次の言葉でした。

「素直にうれしい気持ちと、半分ちょっと心配、不安な部分…母親ならではの心配が出てきてしまいました。中学生の時に大相撲に行くことを決めて、その気持ちを貫いてやってきたのは、親として『すごいな』と思っています」

喜びを語りながら、同じ口で「半分は心配」と言ってしまうところ……なんだか、すごく母親らしいですよね。

幕内は取組の相手が一気に強くなる場所で、けがのリスクも上がります。

若ノ勝さん自身、2025年5月場所では途中でけがをして幕下まで落ちた経験があるので、恵さんの「不安」は大げさな心配ではなく、実際に見てきた現実の話なんです。

空手を習わせたのは格闘技好きの両親

ここが、若ノ勝さんの両親を知るうえで一番大事なところだと思います。

若ノ勝さんが最初に始めた競技は、相撲ではなく空手でした。

格闘技好きの両親の影響で、幼稚園のころから空手を習っていたと各メディアが伝えています。

幼稚園児が自分から「空手をやりたい」と言い出すケースは、そう多くありませんよね。

格闘技を見るのが好きだった両親が道場へ連れて行った、という流れが自然かなと思います。

日本相撲協会の公式プロフィールの運動歴欄にも、空手の道場として正道会館・士正館の名前が挙がっています。

つまり若ノ勝さんの格闘技人生の入口は、両親の趣味だったわけです。

小学校で相撲と柔道も始めた幼少期

空手だけで終わらないのが若ノ勝さんの幼少期です。

小学校に上がると、そこに相撲と柔道が加わります。

つまり小学生の時点で、空手・柔道・相撲という3つの競技を同時に経験していたことになりますね。

公式プロフィールの運動歴には、柔道の宇都宮旭南柔道クラブ、相撲の宇都宮陽南相撲道場という名前が並んでいます。

相撲道場に通い始めたのは小学3年生ごろからという記述もありますが、これは1つのメディアだけが伝えている情報なので、参考程度に見ておくのがよさそうです。

時期 取り組んでいた競技 関係する道場・クラブ
幼稚園 空手 正道会館・士正館
小学校 空手・柔道・相撲 宇都宮旭南柔道クラブ/宇都宮陽南相撲道場
中学校 相撲一本 大田原市立若草中学校の相撲部

掛け持ちの習い事は、送り迎えをする側の負担がとても大きいものです。

3競技を並行して続けられたということは、それだけ家族の協力があったということでもあります。

片道1時間の越境通学を支えた家族

中学時代の話には、正直かなり驚かされました。

宇都宮市の実家の近くには相撲部がある中学校がなかったため、片道1時間以上かけて大田原市立若草中学校に通っていたんです。

宇都宮市から大田原市までは、栃木県内でもかなり距離があります。

中学生がその距離を3年間通い続けるとなれば、家族の同意と協力がなければ成り立ちませんよね。

相撲を続けるために、相撲部のある学校を選んで送り出す。

この選択そのものが、両親が息子の競技をどれだけ本気で応援していたかを物語っています。

越境通学の結果は全国3位

この通学は結果にもつながりました。

若ノ勝さんは中学3年のとき、全国都道府県中学生相撲選手権と全国中学校相撲選手権の両方で個人3位に入っています。

片道1時間の毎日が、全国3位という形で返ってきたわけです。

……これは、送り出した側もうれしかったでしょうね。

中学で決めた大相撲入りを見守った母

母・恵さんのコメントには、もう一つ大事な情報が入っていました。

「中学生の時に大相撲に行くことを決めて」という部分です。

つまり若ノ勝さんは中学生の段階で、プロの力士になると決めていたということになります。

実際、2019年2月、中学卒業を控えた時期に千賀ノ浦部屋へ出稽古に出かけ、そこで当時の貴景勝さんへの憧れが芽生えたと伝えられています。

その後は貴景勝さんと同じ埼玉栄高校に進み、高校卒業を見込んだ2022年1月場所で初土俵を踏みました。

中学生のときの決意から、初土俵までおよそ3年。

恵さんが「その気持ちを貫いてやってきた」と語ったのは、この一本道のことなんですよ。

両親が日本人かハーフかという話

検索すると「ハーフなのでは」という話題も出てきます。

ここについては、はっきり書いておきますね。

若ノ勝さんの両親の国籍やルーツについて、本人や協会が公表した情報はありません。

ハーフ説の根拠として挙げられているのは、鼻筋が通っている、顔が小さく見えるといった外見の印象がほとんどです。

ただ、これは見た人の感想の域を出ませんし、外見だけでルーツを語るのはかなり乱暴な話ですよね。

公表されている確かな事実は、本名が竹田章一郎さんで、栃木県宇都宮市の出身だということだけです。

ここから先は本人と家族のプライバシーの領域なので、この記事でも推測を重ねることはしません。

若ノ勝の両親を調べる人向けの関連情報

ここからは、若ノ勝さんの両親を調べている方があわせて気にしている項目をまとめていきます。

兄弟の有無から学歴、四股名の由来まで、順番に見ていきましょう。

兄弟に関する情報は出てこない

検索候補には「兄弟」という語も並びますが、若ノ勝さんの兄弟について報じた記事は確認できませんでした。

相撲界には兄弟で力士になる例があるので、若ノ勝さんはどうなのかと気になる方が多いのだと思います。

ただ若ノ勝さんの場合、新十両・新入幕という取材が集まる場面でも兄弟の話は出ていません。

家族が一般の方である以上、公表されていない情報を追いかけるのは避けたいところなので、ここは「情報がない」で止めておきますね。

出身小学校と中学校はどこ?

学校名については、実は情報が分かれています。

中学校は大田原市立若草中学校で、こちらは複数のソースが一致しています。

一方の小学校は、日本相撲協会の公式プロフィールの出身校欄に宇都宮市立平石北小学校と記載されているのに対し、宇都宮市立陽南小学校だと紹介しているサイトもあるんです。

陽南という名前は、若ノ勝さんが通っていた宇都宮陽南相撲道場と共通しているので、道場名と学校名が混同された可能性も考えられます。

確実に言えるのは、公式に記載があるのは平石北小学校のほうだということです。

高校は貴景勝と同じ埼玉栄高校

高校は、相撲の強豪として知られる埼玉栄高校です。

ここは偶然ではなく、憧れていた貴景勝さんと同じ高校を選んだと伝えられています。

埼玉栄高校では1年生のときに国体の個人で16強、2年生のときに元日相撲の個人2位という成績を残しました。

栃木の実家を離れて埼玉の高校へ進む選択も、やはり家族の理解があってこそですよね。

湊川親方(元貴景勝)との師弟関係

若ノ勝さんを語るうえで欠かせないのが、師匠との関係です。

若ノ勝さんは2022年1月場所で貴景勝さんの内弟子として常盤山部屋に入門し、貴景勝さんが引退するまで付け人を務めました。

その貴景勝さんは2024年9月に引退して湊川親方となり、2026年1月26日には部屋の名称が常盤山部屋から湊川部屋に変わっています。

つまり若ノ勝さんは、憧れて追いかけた相手の内弟子になり、そのまま正式な弟子になったわけです。

取り口も師匠の影響を強く受けていて、アマチュア時代は四つ相撲が中心だったところを、貴景勝さんの指導で突き押しへと改造しました。

新入幕が決まったとき、湊川親方はこう語っています。

「自分の新入幕の時よりもうれしい。十両と幕内では目指す位置、相撲が変わってくる。土台作りからまずスタートして、よくついてきてくれた」

育てた側の言葉としては、これ以上のものはないんじゃないでしょうか。

四股名の若ノ勝は2人の力士から

若ノ勝という四股名の由来も、なかなか面白いんですよ。

「若」は、師匠の常盤山親方(元小結・隆三杉さん)が入門したときの師匠である初代若乃花さんから。

「勝」は、兄弟子の貴景勝さんと隆の勝さんから一字ずつもらったものだと伝えられています。

つまり四股名の2文字に、部屋の系譜と兄弟子2人がまとめて入っているんです。

下の名前にあたる部分は「栄道(えいどう)」で、四股名の全体は若ノ勝栄道となります。

実家のある宇都宮と地元の応援

最後に、実家がある宇都宮周辺の反応にも触れておきます。

新入幕は、地元にとってかなり大きなニュースでした。

というのも、栃木県出身力士の幕内入りは戦後5人目で、2019年名古屋場所の貴源治さん以来7年ぶりだったからです。

十両優勝のときには地元から祝福が相次ぎ、新しい化粧まわしも贈られています。

若ノ勝さんには浅勝會という後援会もあり、地元と結んだ関係がそのまま土俵の後ろ盾になっている印象ですね。

なお実家の詳しい場所などは公表されていませんし、家族が一般の方なので、そこは追わないでおきましょう。

時期 できごと
2003年8月22日 栃木県宇都宮市で誕生(本名・竹田章一郎)
幼稚園 両親の影響で空手を始める
小学校 相撲と柔道も始める
中学校 片道1時間以上かけて大田原市立若草中学校へ/3年時に全国大会で個人3位
2019年2月 千賀ノ浦部屋への出稽古で貴景勝への憧れが芽生える
2022年1月場所 貴景勝の内弟子として常盤山部屋に入門し初土俵
2025年3月場所 新十両
2026年1月場所 12勝3敗で十両優勝
2026年1月26日 部屋が常盤山部屋から湊川部屋へ
2026年5月場所 新入幕(東前頭十六枚目)

若ノ勝の両親のまとめ

  • 若ノ勝の両親は芸能関係でも相撲一家でもない一般家庭
  • 父親の名前・職業はいずれも公表されていない
  • 父方の姓は本名の竹田章一郎から竹田だと分かる
  • 母親は竹田恵さんで、とちぎテレビの電話インタビューに応じている
  • 恵さんは新入幕に「うれしい気持ちと、半分ちょっと心配」と語った
  • 両親は格闘技好きで、その影響で幼稚園から空手を始めた
  • 小学校では相撲と柔道も加わり、3競技を並行していた
  • 公式の運動歴には正道会館・士正館、宇都宮旭南柔道クラブ、宇都宮陽南相撲道場の名がある
  • 中学は相撲部のある大田原市立若草中学校へ片道1時間以上かけて通学
  • 中学3年時に全国大会2つで個人3位
  • 大相撲入りは中学生のときに本人が決めたと母が明かしている
  • 両親の国籍やハーフ説を裏づける公表情報はない
  • 兄弟についての報道は確認できない
  • 高校は貴景勝と同じ埼玉栄高校で、2022年1月場所に初土俵
  • 2026年5月場所で新入幕し、栃木県出身では戦後5人目の幕内力士となった

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