「がんになっても箱根を目指したい」——そんな言葉をnoteに残し、21歳でこの世を去った皆渡星七さん。
そんな星七さんには、笑顔が素敵なお母さんと大人びた妹さん、そして頼もしいお兄さんがいます。家族は父・母(里香さん)・兄・本人・妹(星良さん)の5人です。
家族それぞれのエピソードや、闘病中にお母さんが語った「弱音を吐かなかった」という言葉——知れば知るほど、星七さんの人間性が伝わってくるはずです。
・皆渡星七さんの家族構成(父・母・兄・妹)と各メンバーのエピソード
・お母さんが語った「弱音を吐かなかった」「誰のせいでもない」という言葉
・妹・星良さんや兄など家族全員が星七さんを支えた背景
皆渡星七の家族構成は5人!父・母・兄・妹それぞれのエピソード
皆渡星七さんの家族について調べている方へ。ここでは、星七さんの家族構成と家族それぞれにまつわるエピソードを詳しくお伝えします。
家族は父・里香さん(母)・兄・本人・妹(星良さん)の5人
皆渡星七さんの家族構成は、父・母・兄・本人・妹の5人家族です。
| 続柄 | 詳細 |
|---|---|
| 父 | 詳細は非公表 |
| 母 | 里香さん(大阪在住) |
| 兄 | 誕生日は8月1日と本人がInstagramで公表 |
| 本人 | 皆渡星七(みなわたりせな) |
| 妹 | 星良さん(中学生) |
家族の詳しい職業などは公表されていませんが、星七さんがSNSやnoteに記した言葉や、友人が訪問した際のエピソードから、家族の温かい雰囲気が伝わってきます。
星七さんは大阪府豊中市出身で、家族は引き続き大阪に暮らしています。
家族構成はわかる範囲でこの5人で、それぞれが星七さんの人生に深く関わっていたことが様々なエピソードから見えてきます。
お母さんの人柄と闘病中の支えとなった存在
皆渡星七さんのお母さんの名前は里香さんといいます。
料理上手で、笑顔が素敵な大阪人気質のお母さんとして、星七さんの友人たちからも深く慕われた方です。
2025年8月に青学陸上部の元男子マネージャーが友人たちと星七さんの実家を訪問した際には、星七さんが好きだった料理をテーブルいっぱいに並べて迎えてくれたそうです。その日のメニューはイチジクと梨とチーズのサラダ、味の濃いキンパ、スペアリブなど……読んでいるだけでお母さんの愛情が伝わってくるようですよね。
話し上手で笑いあり涙ありの会話が夜遅くまで続き、訪れた友人たちは翌朝まで家に泊めてもらったといいます。
「弱音を吐かなかった」という言葉が胸に刺さる
里香さんは訪問した友人たちに、星七さんの闘病中の様子を語ってくれたそうです。
里香さんが言うには、星七さんは闘病中、ほとんど弱音を吐かなかったとのこと。
唯一の例外が、亡くなる直前に行きつけのお店の店主へ送った最後のLINEだったといわれています。病気の影響でスマホのキーボードをもう感覚で押すような状態になっていたため、誤字だらけのメッセージだったそうです。その内容は、「もう死にたい」という気持ちを伝えたものだったと里香さんは話しています。
あれだけ前向きなメッセージをnoteに綴り、「がんになっても箱根を目指したい」と発信し続けた星七さんが、最後にそれだけ追い詰められていたと思うと……正直、胸が痛くなります。
「誰のせいでもない」という言葉
星七さんは病気について、里香さんに「誰のせいでもない」と言ったそうです。
若くしてがんと診断され、夢だった箱根駅伝出場を目前にして病に倒れたとなれば、誰かを恨んでも不思議ではない。それでも家族や誰かを責めることなく、前を向き続けた星七さんの人間性が、この一言に凝縮されているように思います。
里香さんも含めた家族にとって、これほど強く優しい息子だったということが改めて伝わってくるエピソードです。
お母さんの里香さんは、星七さんが愛した料理でおもてなしをする温かい方であり、闘病中もそばで支え続けた存在でした。
妹の星良さんは「大人びた中学生」と称された
皆渡星七さんには、妹の星良さんがいます。
星良さんは星七さんより7〜8歳年下の中学生(2025年当時)で、訪問した友人たちからは「中学生とは思えない落ち着いた雰囲気」「大人びた中学生」と驚かれていたそうです。
2025年8月の訪問では、星良さんも食卓に加わり、友人たちと話が盛り上がったといいます。受験を控えた忙しい時期にもかかわらず、笑いながら話に付き合ってくれた星良さん。……なんか、星七さんの妹らしいなあって思いますよね。
また、星良さんは星七さんが亡くなった後、本人のInstagramアカウントで「ななつぼしマラソン」という大会の開催案内を投稿しました。
その投稿には「田中先輩主導でななつぼしマラソンが開催されます!星七が小学生の頃、所属していたHRJのコーチや友人達の協力のもと準備しています。皆さんのご参加お待ちしております! 星七の妹 星良より」とつづられていました。
お兄さんの思い出をしっかり受け継ぎ、関わってくれた人たちへの感謝を伝えようとする姿に、星七さんへの深い愛情が感じられます。
妹の星良さんは、落ち着いた大人びた雰囲気を持つ中学生で、お兄さんの意志を引き継ごうとする優しさあふれる存在です。
お兄さんについてSNSで明かした誕生日エピソード
皆渡星七さんには兄がいることを、本人がInstagramの投稿で明かしていました。
投稿には「#今日は兄貴が生まれた日」というハッシュタグが添えられており、お兄さんの誕生日は8月1日であることが分かります。
お兄さんについての詳しい情報は公表されていませんが、このような形でSNSに投稿していたということは、兄弟仲が良かったことが伝わってきますよね。
星七さんは大阪の実家で家族に囲まれて育ち、そのあたたかさが性格にも影響しているのかもしれません。
小学校から家族に応援されてきた陸上人生
皆渡星七さんは、小学生の頃からジュニアクラブ(HRJ)に所属して陸上競技を始めていました。
地元・大阪の豊中市立第四中学校では陸上に打ち込み、その後は関西大学北陽高校でも競技を続けて関西屈指のランナーへと成長しました。
そして青山学院大学に進学して、箱根駅伝を目指す選手として活躍するまでに至りました。
妹の星良さんが「ななつぼしマラソン」の告知で「星七が小学生の頃、所属していたHRJのコーチや友人達の協力のもと」と書いていたことからも、地元のコミュニティ全体が星七さんを温かく見守ってきたことが伝わります。
小学生の頃から家族やコーチたちに囲まれて育った皆渡星七さんの陸上人生は、まさに多くの人の愛情に支えられたものでした。
皆渡星七の家族構成を調べる人向けの関連情報
皆渡星七さんの家族構成だけでなく、本人のプロフィールや闘病記録、青学での活躍についても知りたい方向けに関連情報をまとめました。
悪性リンパ腫と診断されるまでのプロフィール
まず、皆渡星七さんの基本的なプロフィールから確認しておきましょう。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 氏名 | 皆渡星七(みなわたりせな) |
| 生年月日 | 2004年2月2日 |
| 出身地 | 大阪府豊中市 |
| 出身中学 | 豊中市立第四中学校 |
| 出身高校 | 関西大学北陽高校 |
| 大学 | 青山学院大学 経営学部 |
| 趣味 | 料理・レコード集め |
| 好きな音楽 | レゲエ・HIPHOP・テクノ |
| 5000m自己ベスト | 13分51秒38 |
| 10000m自己ベスト | 28分49秒30 |
2004年2月2日、大阪府豊中市に生まれた星七さんは、小学生の時から陸上を始め、地元・豊中市立第四中学校でその才能を磨いていきます。
高校は関西大学北陽高校へ進学。在学中は大阪府高校駅伝でチームの主力選手として活躍し、注目を集めました。
2022年には青山学院大学経営学部に進学。原晋監督率いる箱根駅伝の強豪チームの一員として、日々トレーニングに励みました。5000mで13分51秒38、10000mで28分49秒30という自己ベストを記録し、次世代の主力として期待されていた選手です。
趣味は料理とレコード集めで、料理については低温調理器の購入を検討していたとSNSで書くほどの熱の入れようでした。よく聴く音楽はレゲエ・HIPHOP・テクノなど幅広く、治療でしんどいときはEXPRESSの「もぐらの唄」で力をもらっていたとnoteに綴っていました。
皆渡星七さんは料理好きの音楽好きという多彩な顔を持ち、陸上一筋でありながら人間的な豊かさにあふれたランナーでした。
闘病中にnoteで発信した「がんになっても箱根を目指したい」
2024年11月、皆渡星七さんは悪性リンパ腫と診断されます。
リンパ系のがんで、一般的には抗がん剤による治療が行われる病気です。診断を受けた星七さんはしばらく公表せずに治療を続け、翌2025年1月になってから自身のnoteで病気を明かしました。
2025年1月19日に投稿した「【自己紹介】がんになっても箱根を目指したい」というnoteの冒頭にはこう書かれています。
「初めまして!わたりと申します。来年の箱根駅伝優勝を目指す、がんサバイバーとしてこれから話していきたいと思います。」
そして、noteで発信したい理由として二点を挙げています。ひとつは、がんと闘うアスリートへの「道しるべ」として、治療や復帰リハビリの記録を残したい。もうひとつは、自分のポジティブ思考と内面的な成長をアウトプットしたい、ということです。
なぜnoteを始めたのか
2025年1月21日には「なぜnoteをはじめたのか」という2本目の投稿もしています。
そこには「駅伝界の池江(里)佳子選手になれるかもしれないと思ったから」という言葉がありました(noteには「白血病の」という記述があることから、競泳の池江璃花子選手のことと思われます)。
白血病を乗り越えて競泳のトップに返り咲いた池江選手の姿を、同じがんに苦しみながら星七さんは目指していたのです。
「これから私が書いていこうと思っている事は、多くの人にとって関係のない事かもしれません。しかし、一部のがんやがん以外と闘うアスリートの一つの”道しるべ”のようなものに出来たらと思っています」
治療の苦しさの中で、それでも他者のために発信し続けようとした星七さんの姿勢には、本当に頭が下がります。
皆渡星七さんは病気を公表してからわずか2本のnote投稿を残し、2025年2月に21歳でこの世を去りました。
チームのムードメーカーとして愛された人柄とエピソード
青山学院大学陸上競技部の中でも、皆渡星七さんは特別な存在でした。
関西出身の明るい性格で、誰とでも屈託なく話せる人柄からチームのムードメーカーとして全員から慕われていたといいます。
同学年で特に仲が良かった荒巻朋熙選手はこう語っています。
「星七は基本、みんなとすげえ仲が良かったので、オレの方が仲が良いよと言うヤツもいると思います。ただ、僕にとっては、思ったことをちゃんと言い合えた相手はあいつしかいなかった。本当に長い付き合いになると思ってたんですけどね」(Number Web)
荒巻選手と星七さんの出会いは、最初こそ「最悪だった」といいます。高校時代、自分の殻に閉じこもりがちだった荒巻選手と、誰とでも明るく話せる星七さん——正反対の性格だったからこそ、荒巻選手は星七さんに惹かれていったのかもしれません。
「高校の時、僕は寮の外に出たことがないような生活をしていて、それこそコンビニにも自由に行けなかった。だから、大学で同じ寮に入って、同じ1年生でこんなにもいろんなことを知っている同級生がいるんだなって。面白いヤツっていうのが最初の印象です」
……なんか、分かりますよね。真逆の人に惹かれる感覚。星七さんが周りの人をいかに引きつけていたかが伝わってきます。
また、第101回箱根駅伝(2025年)直前には、入院先からリモートでチームミーティングに参加して仲間を励ましたとも伝えられています。
皆渡星七さんの明るさと人間的な魅力は、チームメイトたちの記憶に深く刻まれています。
箱根駅伝で体に「★7」と刻んだ仲間たちの想い
2026年1月に開催された第102回箱根駅伝。青山学院大学が史上初の「2度目の3連覇」を達成したこの大会で、選手たちの体に描かれた「★7」の文字が話題を呼びました。
これは前年2月に亡くなった皆渡星七さんの名前——「星七(ほしなな)→★7」を表したものです。仲間たちが星七さんを胸に刻んで走ったのです。
入院中、星七さんはチームのミーティングにリモート参加してエールを送り続けました。そんな星七さんへの思いは、チーム全体の力になっていました。原晋監督も「前回の箱根駅伝優勝は間違いなく皆渡の力があった」と話しています。
当日変更で出走できなかった荒巻選手も、復路の給水係という形でチームを支えながら、「星七の分まで」という思いで仲間を送り出したといいます。
4年生の塩出翔太選手、佐藤有一選手ら同期生が「星七の分まで優勝したよ」という思いを胸に走り、優勝を届けました。
「★7」の文字は、星七さんがいかにチームに欠かせない存在だったかを示す証でした。
21歳で逝去した星七に寄せられた世間の声
2025年2月、青山学院大学陸上競技部の公式サイトで皆渡星七さんの訃報が発表されました。21歳という若さでの突然の知らせに、SNS上では多くの悲しみの声が広がりました。
訃報を受けた主な声としては、「あんなに誠実そうな若者が…つらすぎる」「早すぎる」「あんなに前向きに闘っていたのに」という言葉が多く寄せられました。
青学陸上競技部は公式サイトで「大切な仲間の旅立ちに寄せて」というタイトルのコメントを発表しています。
「昨年度の箱根駅伝や今年度の全日本大学駅伝のエントリーメンバーとして共に戦ってきた皆渡星七が永眠致しました。彼は私達にとって欠かせない存在であり、その活躍と情熱に心からの感謝と敬意を表します。突然の別れに、深い悲しみと喪失感を抱いておりますが、彼が残してくれた思い出を胸に、これからも前進してまいります。」(青山学院大学陸上競技部)
原晋監督は「『がんになっても箱根を目指したい』という皆渡をチーム全員が応援していました。残念です。早すぎます」と追悼のコメントを出し、「君と出会えて本当に良かった」「後世に伝え続けていく事を約束」と語りました。
note「がんになっても箱根を目指したい」を知った人たちからは「こんなに強い心を持った人がいたのか」「読んで泣いてしまった」「同じ病気と闘っている人に勇気をもらえる」という声も多く届いていました。
21歳での早すぎる逝去に多くの人が悲しみ、星七さんの前向きな生き方に感動したという声が絶えませんでした。
皆渡星七の人生と家族に関するまとめ
- 皆渡星七さんは2004年2月2日生まれ、大阪府豊中市出身の陸上長距離選手
- 豊中市立第四中学校→関西大学北陽高校→青山学院大学経営学部と進んだ
- 家族構成は父・母(里香さん)・兄・本人・妹(星良さん)の5人家族
- お母さんの里香さんは料理上手で大阪人気質の明るい方で、友人たちからも深く慕われた
- 妹の星良さんは「大人びた中学生」と評されており、お兄さんの意志を受け継ごうとしている
- お兄さんの誕生日は8月1日で、本人がInstagramに投稿していた
- 小学生の頃からジュニアクラブHRJに所属し、陸上を始めた
- 5000m自己ベスト13分51秒38、10000m自己ベスト28分49秒30という実力者だった
- 趣味は料理とレコード集め、好きな音楽はレゲエ・HIPHOP・テクノと多彩な面を持つ
- 2024年11月に悪性リンパ腫と診断され、2025年1月に自身のnoteで公表した
- note「がんになっても箱根を目指したい」でがんと闘うアスリートへの道しるべを目指した
- チームでは関西出身の明るいキャラクターでムードメーカーとして全員に愛された
- 闘病中も「弱音を吐かなかった」「誰のせいでもない」と家族に語ったとされる
- 2025年2月、21歳という若さでこの世を去り、多くの人に惜しまれた
- 第102回箱根駅伝では仲間たちが体に「★7」と書いて走り、星七さんへの思いを届けた

