2028年から横浜FCに加入することが決まった、日本体育大学のGK原田眞透さん。
内定のコメントで「父の影響でサッカーを始めた」と話していて、お父さんがどんな人なのか気になった方も多いのではないでしょうか。
この記事では、公表されている情報だけをもとに、原田眞透さんの父について分かることと分からないことを整理しました。
・原田眞透さんの父の名前や職業が公表されているか
・横浜FC内定コメントで語った「父の影響」の中身
・実弟の原田琉煌さんを含めた家族とサッカーの関係
原田眞透の父は非公表!サッカーを始めたきっかけは父の影響
まずは一番気になる、お父さんの情報から見ていきます。
公表されている事実と、本人の言葉から読み取れることを分けて書いていきますね。
父の名前や職業は公表されていない
結論から書くと、原田眞透さんのお父さんの名前・職業・年齢は、2026年9月時点で公表されていません。
横浜FCの公式発表、Jリーグ公式サイト、ゲキサカやスポーツナビの記事を確認しましたが、お父さんを名前で紹介している記事は見つかりませんでした。
元サッカー選手なのか、指導者なのか、といった経歴についても、確かめられる情報は出ていません。
大学生アスリートの家族は一般の方であることがほとんどなので、名前が出ていないのは自然なことかなと思います。
つまり、原田眞透さんの父について確かなのは「サッカーを始めるきっかけをくれた人」だということだけです。
横浜FC内定コメントで語った父の影響
お父さんの存在が知られるようになったのは、2026年6月4日に横浜FCが発表した加入内定のお知らせです。
このときの本人コメントの冒頭で、原田眞透さんは自分がサッカーを始めた理由として、お父さんの影響を挙げています。
さらに同じコメントの中で、プロサッカー選手は幼い頃からの夢だったこと、そしてここまで支えてくれた家族への感謝も口にしていました。
プロ入りが決まった場面で、最初に名前を出したのがお父さんだった……なんか、じんわりしますよね。
このコメントはJリーグ公式サイトやゲキサカ、ライブドアニュース、横浜FCと日体大サッカー部のInstagramにもそのまま転載されました。
そのため「原田眞透 父」で検索すると、同じ一文が並ぶ状態になっています。
コメントから分かること・分からないこと
| 項目 | 分かること |
|---|---|
| サッカーを始めた理由 | 父の影響(本人コメント) |
| 家族への思い | 支えてくれた家族に感謝している(本人コメント) |
| 父の名前・職業 | 公表されていない |
| 父のサッカー歴 | 公表されていない |
「影響」がどんな形だったのか、たとえば一緒にボールを蹴っていたのか、試合を観に連れて行ってくれたのかといった具体的な話は、今のところ語られていません。
父の影響で始めたサッカーの歩み
お父さんの影響で始めたサッカーは、地元の静岡県で本格的になっていきます。
横浜FCが公表しているチーム歴は次のとおりです。
| 時期 | 所属 |
|---|---|
| 小学生年代 | 青城JFC、カワイ体育教室サッカークラブ |
| 中学生年代 | ジュビロ磐田U-15 |
| 高校 | 日本体育大学柏高等学校(千葉県) |
| 大学 | 日本体育大学(2026年9月時点で3年生) |
中学年代では、ジュビロ磐田のアカデミーでプレーしていました。
Jクラブの下部組織に入るのは簡単なことではないので、小学生のうちから家族ぐるみでサッカーに打ち込んでいたのかもしれません。
ただ、送り迎えや練習のサポートを誰がしていたかといった家庭の話は出ていないので、ここは想像の域を出ません。
高校からは静岡を離れ、千葉県の日体大柏高に進んでいます。
支えてくれた家族への感謝
内定コメントでは、お父さんだけでなく「これまで支えてくれた家族」への感謝も語られています。
静岡から千葉の高校へ進み、そのまま日本体育大学へと進学した原田眞透さん。
中学卒業後に地元を離れる決断は、本人だけでなく家族にとっても大きなものだったはずです。
父の影響で始めたサッカーを、家族全体で支えてきたことがコメントから伝わってきます。
原田眞透の父を調べる人向けの関連情報
ここからは、お父さんについて調べている人が一緒に気にしている情報をまとめます。
弟さんのことや、高校・大学での活躍ぶりも見ていきましょう。
弟の原田琉煌もサッカー選手
原田眞透さんには、実弟のDF原田琉煌さんがいます。
2025年4月のゲキサカの記事で、産業能率大学に入学した弟として紹介されていました。
琉煌さんは2006年11月9日生まれで、兄と同じジュビロ磐田U-15の出身です。
その後は群馬県の桐生第一高校に進み、背番号5をつけてディフェンスリーダーを務めました。
身長187cmのセンターバックで、兄の眞透さん(185cm)とほぼ同じくらい大柄なんですよね。
兄弟の比較
| 項目 | 原田眞透さん(兄) | 原田琉煌さん(弟) |
|---|---|---|
| 生年月日 | 2005年6月15日 | 2006年11月9日 |
| ポジション | GK | DF(センターバック) |
| 身長 | 185cm | 187cm |
| 中学年代 | ジュビロ磐田U-15 | ジュビロ磐田U-15 |
| 高校 | 日体大柏高(千葉) | 桐生第一高(群馬) |
| 大学 | 日本体育大学 | 産業能率大学 |
兄弟そろって磐田のアカデミーに入っているので、家庭の中にサッカーが当たり前にあったことがうかがえます。
眞透さんは同じ記事の中で、弟と試合をするのが目標だと話し、先にプロ入りを決めて背中で見せたいとも語っていました。
その言葉どおり、翌2026年6月に横浜FCへの加入内定が発表されています。
……有言実行、かっこいいですよね。
日体大柏時代は選手権初出場で8強
日体大柏高では、2年生のときに正GKの座をつかみました。
千葉県予選の決勝では市立船橋高を完封し、チーム史上初の全国高校サッカー選手権出場に貢献しています。
初出場だった全国大会でもベスト8まで勝ち進み、原田眞透さんは全4試合でゴールを守って、失点を大会通じて1点に抑えました。
高校2年で全国8強の守護神になったことが、大学・プロへの道を開いたといえます。
日本体育大では1年目から正GKで新人賞
2024年春に日本体育大学へ進むと、1年生ながら関東大学リーグ2部の開幕戦からスタメンで出場しました。
この年は2部で21試合に出場し、リーグ最優秀新人賞を受賞しています。
チームも2位で1部昇格を決めました。
2年生になった2025年の1部開幕戦では、前年王者の明治大を相手に好セーブを連発して0-0で引き分け、ゲキサカのマン・オブ・ザ・マッチに選ばれています。
本人は取材で、シュートストップを自分の武器と言えるものだと話していました。
横浜FCへの2028年加入内定と特別指定選手
2026年6月4日、横浜FCは原田眞透さんの2028年からの加入内定を発表しました。
横浜FCは原田さんを、左右両足の正確なキックでビルドアップに参加できるGKと紹介し、至近距離からのシュートブロックを強みに挙げています。
さらに2026年8月7日には、JFA・Jリーグ特別指定選手として承認されました。
この承認期間中は、大学に在籍したまま横浜FCのJリーグ公式戦などに出場できるようになります。
ただし、実際にどの試合に出るかはチームの判断で直前に決まるものなので、出場を前提にした話はできません。
原田眞透のプロフィール(2026年9月時点)
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 原田眞透(はらだ まなと) |
| 生年月日 | 2005年6月15日(21歳) |
| 出身地 | 静岡県 |
| 身長/体重 | 185cm/81kg |
| ポジション | GK |
| 所属 | 日本体育大学3年(横浜FC 2028年加入内定・特別指定選手) |
原田眞透の父のまとめ
- 原田眞透の父の名前・職業・年齢は2026年9月時点で非公表
- 父のサッカー歴についても確かめられる情報は出ていない
- 2026年6月4日の横浜FC加入内定コメントで「父の影響でサッカーを始めた」と語った
- 同じコメントで、支えてくれた家族への感謝も口にしている
- プロサッカー選手は幼い頃からの夢だった
- 小学生年代は静岡県の青城JFC、カワイ体育教室サッカークラブでプレー
- 中学年代はジュビロ磐田U-15に所属
- 高校は千葉県の日体大柏高に進学
- 高校2年で正GKとなり、チーム初の全国高校サッカー選手権で8強入り
- 日本体育大学では1年目から正GKとなり、関東2部の最優秀新人賞を受賞
- 2025年の1部開幕戦で明治大を完封し、ゲキサカのMOMに選出
- 2026年8月7日にJFA・Jリーグ特別指定選手として承認
- 実弟はDFの原田琉煌で、兄と同じジュビロ磐田U-15出身
- 弟の琉煌は桐生第一高を経て産業能率大学でプレー
- 兄弟での対戦を目標に語っていた

