横浜FCへの加入内定が発表された帝京高校のMF、渡辺莉太さん。
そのお父さんが、実は若い頃に南米でサッカーをしていたというから驚きですよね。
この記事では、お父さんがどんな人なのか、そして息子のサッカー人生にどんな影響を与えたのかを詳しく見ていきます。
・渡辺莉太さんの父親の名前や職業が公表されているか
・父親が若い頃にアルゼンチンでしていたサッカーとフットサルの話
・父の影響で憧れたリケルメと南米でプレーするという目標
渡辺莉太の父親は若い頃に南米でサッカーをしていた人
渡辺莉太さんのお父さんは、若い頃に南米でサッカーをしていた経験を持つ人です。
名前や職業は明かされていませんが、息子のサッカー観に大きな影響を与えたことが本人の言葉から分かっています。
父親の名前や職業は公表されている?
まず気になるのが、お父さんがどんな人なのかという点ですよね。
2026年9月時点で、渡辺莉太さんのお父さんの名前・年齢・職業はどのメディアでも公表されていません。
横浜FCの加入内定リリースやクラブ公式インタビュー、サッカー専門メディアの取材記事を見ても、家族の実名や顔写真は出てきませんでした。
元プロ選手や指導者として名前が出ているわけではないので、一般の方と考えるのが自然かなと思います。
| 項目 | 内容(2026年9月時点) |
|---|---|
| 名前 | 非公表 |
| 年齢 | 非公表 |
| 職業 | 非公表 |
| サッカー経験 | 若い頃に南米でプレー |
| 息子への影響 | 南米サッカーへの憧れのきっかけ |
ただ、名前は出ていなくても、お父さんの「サッカー歴」については本人がはっきり語っています。
つまり、父親の素性は非公表ながら、南米でサッカーをしていた人物だということは確かめられるんです。
父は若い頃アルゼンチンでサッカーとフットサルをしていた
渡辺莉太さんは、2026年5月に掲載されたFOOTBALL ZONEの取材で、お父さんについてこう話しています。
お父さんが若い時にアルゼンチンでサッカーやフットサルをしていた、という内容です。
同じ2026年4月のサッカーダイジェストWebの記事でも、「南米でサッカーをしていた経験がある父」と紹介されていました。
複数のメディアが同じ話を伝えているので、ここはかなり確かな情報といえそうです。
日本の高校生のお父さんが、若い頃に地球の裏側でボールを蹴っていた……これ、なかなか珍しい経歴ですよね。
アルゼンチンでの活動の詳細は明かされていない
一方で、お父さんがアルゼンチンのどのクラブにいたのか、何年ほど滞在していたのか、プロ契約だったのかといった具体的な話は出てきていません。
本人の言葉も「若い時に」「サッカーやフットサルを」という表現にとどまっています。
そのため、この記事では「若い頃に現地でプレーしていた」という事実だけを押さえておきますね。
お父さんのアルゼンチン経験が、渡辺莉太さんのサッカー人生の出発点になっているのは間違いなさそうです。
父の影響で憧れたリケルメとボカ・ジュニアーズ
お父さんのアルゼンチン経験は、息子の「好きな選手」にもそのまま表れています。
渡辺莉太さんは小さい頃から、アルゼンチンを中心に南米サッカーの映像をよく見ていたそうです。
そのなかで憧れるようになったのが、元アルゼンチン代表の「10番」フアン・ロマン・リケルメさん。
サッカーダイジェストWebでも、父の影響で憧れた元アルゼンチン代表の10番がアイドルだと紹介されています。
| 憧れの対象 | 本人が語っていること |
|---|---|
| リケルメ | タメの作り方や足裏の使い方が本当に良い |
| マラドーナ | 憧れる選手のひとりとして名前を挙げている |
| バルデラマ | 「あ、でもバルデラマも好きです」と付け加えている |
| ボカ・ジュニアーズ | 大好きなクラブ。本拠地ボンボネーラの雰囲気も凄いと語る |
ちなみにバルデラマさんはコロンビア代表の名手で、やはり南米の選手です。
欧州ではなく南米のスター選手ばかりが並ぶところに、お父さんと一緒に見てきた映像の影響が表れている気がしますね。
……なんか、親子でボカの試合を見ていた光景が浮かんできませんか?
渡辺莉太さんの「好き」の原点には、アルゼンチンでプレーしたお父さんの存在があるといえます。
父から受け継いだ南米スタイルのプレー
お父さんの影響は、憧れの選手だけでなくプレースタイルにもつながっているようです。
サッカーダイジェストWebは、渡辺莉太さんの細やかなタッチやアイデアについて、南米でサッカーをしていた父の影響もあると書いています。
実際、本人のプレーは相手の逆を取るドリブルや、左足からの精度の高いキックが持ち味です。
横浜FCも公式リリースで現代サッカーでは希少となったファンタジスタ系プレーヤーと紹介しています。
左足で蹴り、右足でドリブルする珍しいタイプ
面白いのが、ボールを蹴るのは左足なのに、ドリブルは右足のほうがやりやすいという点です。
本人いわく、小さい頃からボールは左足で蹴っていたものの、ドリブルは右足のほうが得意なんだとか。
この独特の感覚が、相手にとって読みにくいリズムを生んでいると評されています。
南米の映像を見て育ち、そこに東京ヴェルディで磨いた技術が合わさった……というのが、渡辺莉太さんらしさなのかもしれません。
お父さんから受け継いだ南米への憧れが、ファンタジスタと呼ばれるプレースタイルの土台になっているといえそうです。
父の話から生まれた南米でのプレーという目標
お父さんの影響は、将来の目標にもはっきり表れています。
渡辺莉太さんが掲げているのは、まず高卒でプロになって活躍し、その先で南米に挑戦するという目標です。
2026年5月の取材では、アルゼンチンやブラジルのスタジアムの熱狂的な雰囲気の中でプレーしたいと語っていました。
欧州ではなくアルゼンチンでプレーしたいという思いは、日本の若い選手ではかなり珍しいですよね。
多くの選手がまず欧州を目指すなかで、南米を夢に据えているのは、お父さんがかつてプレーした土地だからこそかなと思います。
「高卒プロで活躍する。これはマストだと思っています」という言葉からも、目標に向かう覚悟が伝わってきます。
父がボールを蹴った南米の舞台に、いつか息子が立つ……そんな未来を期待したくなりますね。
名前の莉太に込められた願い
渡辺莉太さんの「莉太(りた)」という名前にも、家族の思いが込められています。
FOOTBALL ZONEによると、この名前には「利他の精神を持ってほしい」という願いが込められているそうです。
さらに、世界のどこに行っても覚えやすく、親しみやすい名前にという思いもあるとのこと。
誰が名付けたのかまでは書かれていませんが、南米でプレー経験のあるお父さんがいる家庭らしく、最初から「世界」を意識した名前だったのが印象的です。
実際、横浜FCの公式インタビューでも、本人は「シンプルに『リタ』と呼んでもらえたら嬉しいです」と話しています。
名前の段階から世界で活躍する姿が思い描かれていた、というのはなんだかじんわりきますね。
本人が語った家族への感謝
2026年8月28日、横浜FCは渡辺莉太さんの加入内定を発表しました。
そのときのコメントで、渡辺莉太さんは支えてくれた人たちへの感謝を口にしています。
これまで自分を支えてくださった家族、指導者の方々、チームメイト、そして応援してくれたすべての人に心から感謝している、という内容です。
「幼い頃から目指してきたプロの舞台」という言葉もあり、小さい頃からプロを夢見て、家族と一緒に歩んできたことがうかがえます。
お父さんについて直接の言及はありませんが、南米サッカーを教えてくれた家族への思いが込められたコメントといえそうです。
プロ入りを決めたその日、最初に感謝を伝えた相手のひとつが家族だったんです。
渡辺莉太の父親を調べる人向けの関連情報
ここからは、お父さんのことを調べている方がよく一緒に気にしている、ヴェルディ時代や帝京高校でのポジションなどをまとめます。
東京ヴェルディで育ったジュニア・ジュニアユース時代
渡辺莉太さんは、小学3年生から中学3年生まで東京ヴェルディのアカデミーで育ちました。
横浜FCの公式プロフィールでも、チーム歴は東京ヴェルディジュニア、東京ヴェルディジュニアユース、帝京高校の順に記載されています。
| 時期 | 所属 |
|---|---|
| 小学3年〜小学6年 | 東京ヴェルディジュニア |
| 中学1年〜中学3年 | 東京ヴェルディジュニアユース |
| 高校1年〜(2026年9月時点で3年) | 帝京高校 |
| 2027年〜 | 横浜FC(加入内定) |
FOOTBALL ZONEによると、ヴェルディで育ったことで両足を使って相手の逆を突くドリブルや駆け引きが磨かれ、プレーも考え方もより南米型になっていったそうです。
サッカーダイジェストWebは、渡辺莉太さんのプレーに古き良き時代の“ヨミウリ”の匂いを感じると表現していました。
ただ、高校進学のタイミングでユースへの昇格はかなわなかったそうです。
これはきっと悔しかったはずですよね。
それでも、ヴェルディで身につけた技術が、いまの渡辺莉太さんの大きな武器になっています。
帝京高校を選んだ理由と背番号10
ユースに上がれなかった渡辺莉太さんは、複数の強豪校から誘いを受けたなかで帝京高校を選びました。
決め手は、近年で一番高卒プロが出ているチームで、サッカー的にも自分に合うと感じたことだったそうです。
帝京高校は高校サッカー選手権で6回の優勝を誇る伝統校で、先輩には高卒でJクラブ入りした選手もいます。
渡辺莉太さんは1年生の頃からトップチームに帯同し、3年生になった2026年度は背番号10を背負っています。
高卒プロに向けた体づくり
2026年8月のゲキサカの記事によると、渡辺莉太さんは最終学年になる前から、毎日1時間の筋力トレーニングを続けてきたそうです。
その結果、体重は7kg増えたとのこと。
もともと身体能力で勝負するタイプではなかったからこそ、プロに見てもらえる体をつくろうと自分で考えて取り組んだというから、意識の高さに驚きます。
なお、2026年夏のインターハイは東京都予選の準々決勝で敗退しています。
帝京高校での3年間は、高卒プロという目標から逆算して自分を磨いた時間だったといえます。
渡辺莉太のポジションはMF
渡辺莉太さんのポジションはMF(ミッドフィルダー)です。
ただ、実際にはかなり幅広い位置をこなしています。
| 時期 | 主な役割(報道時点) |
|---|---|
| 2025年度(2年時) | 2トップの一角 |
| 2026年度(3年時)【4-4-2】 | 右サイドハーフ |
| 2026年度(3年時)【3-4-2-1】 | インサイドハーフ(シャドー) |
| 2026年4月の桐蔭学園戦 | トップ下で先発 |
サイドハーフからインサイドハーフ、FWまで、攻撃的なポジションならどこでもこなせるのが強みです。
横浜FCの公式インタビューでは、同じシャドーのポジションにいる先輩選手からスタメンを奪うくらいの勢いでやりたい、と語っていました。
本人は、チャンスメイクやアイディアあふれるプレー、キックの精度を見てほしいと話しています。
攻撃ならどこでもできる万能型のMFというのが、渡辺莉太さんのポジションの特徴です。
横浜FC加入内定と特別指定選手
2026年8月28日、横浜FCは渡辺莉太さんの2027年からの加入内定を発表しました。
同時に、JFA・Jリーグ特別指定選手としても承認されています。
特別指定選手は、学校のチームに登録したままJリーグの公式戦などに出場できる制度です。
横浜FCによると、高校生の特別指定選手はクラブ史上初とのこと。
J1クラブからもオファーがあったなかで、一番自分を必要としてくれていると感じたのが横浜FCだったと話しています。
| 項目 | 内容(2026年8月28日の発表時点) |
|---|---|
| 生年月日 | 2008年11月29日 |
| 身長/体重 | 178cm/72kg |
| 出身地 | 東京都 |
| 背番号 | 70 |
| ポジション | MF |
超WORLDサッカー!の記事によると、2026年9月2日のルヴァンカップ1回戦・FC琉球戦では、横浜FCの先発メンバーに名を連ねて前半45分間プレーしたそうです。
高校生のうちからプロの公式戦を経験しているのは、本当にすごいことですよね。
渡辺莉太さんは、高校在学中からプロの舞台に立つ、世代注目のアタッカーなんです。
渡辺莉太の父親のまとめ
- 渡辺莉太の父親の名前・年齢・職業は2026年9月時点で非公表
- 父親は若い頃に南米でサッカーをしていた経験がある
- 本人談では、父はアルゼンチンでサッカーやフットサルをしていた
- 現地でのクラブ名や活動期間などの詳細は明かされていない
- 父の影響で小さい頃から南米サッカーの映像を見て育った
- 憧れの選手は元アルゼンチン代表の10番リケルメ
- マラドーナやバルデラマ、ボカ・ジュニアーズも好きと語っている
- 細やかなタッチやアイデアには父の影響もあると報じられている
- 将来の目標は高卒プロで活躍したうえでの南米挑戦
- 名前の莉太には利他の精神を持ってほしいという願いが込められている
- 横浜FC加入内定のコメントで家族への感謝を述べている
- 小3から中3まで東京ヴェルディのアカデミーで育った
- 帝京高校では背番号10を背負うMF
- 2026年8月28日に横浜FC加入内定と特別指定選手承認が発表された
- 高校生の特別指定選手は横浜FCのクラブ史上初

