スターダスト☆レビューのボーカル・ギターとして40年以上走り続けている根本要さん。
あの人懐っこいMCとサングラス姿からは想像しにくいのですが、実家は埼玉県行田市で長く地域医療を支えてきた医院なんです。
しかも兄2人がその実家を継いでいて、要さんだけが音楽の道へ進んだと知ると、ちょっと見え方が変わってきませんか。
・根本要の実家が埼玉県行田市の「根本医院」であること
・父・母・兄2人・妹という家族が実家でどんな役割を担ってきたか
・実家で音楽に出会った経緯と、今も続く実家との距離感
根本要の実家は埼玉県行田市の根本医院
まずは根本要さんの実家がどこにあり、どんな家だったのかを整理していきます。
場所・診療科・家族それぞれの役割まで、順番に見ていきましょう。
実家は行田市駅の近くにある内科と小児科の医院
根本要さんの実家は、埼玉県行田市にある「根本医院」です。
最寄りは秩父鉄道の行田市駅で、駅からほど近い場所にあります。
診療科としては内科と小児科が中心で、いわゆる大病院ではなく、地域の人が体調を崩したときにまず駆け込む「まちのお医者さん」というタイプの医院ですね。
要さん自身は1957年5月23日生まれで、この行田市の生まれ育ちです。
ステージ上のあの軽妙なトークを見ていると、なんとなく都会育ちのイメージを持っていた方もいると思うのですが、実際は埼玉北部の街で、患者さんが出入りする家の中で育った人なんですよね。
つまり根本要さんの実家は、行田市駅そばで内科・小児科を掲げてきた開業医の家です。
医院は現在も行田市で続いている
根本医院は今も行田市で診療を続けています。
医療機関の情報サイトや厚生労働省の医療情報ネットにも掲載されており、地域の医療機関としてきちんと現役です。
芸能人の実家というと「昔はやっていた」で終わる話も多いのですが、ここは看板が下りていないところが少し珍しいところかなと思います。
父は医師で母は看護師という医療一家
実家が医院ということは、当然そこには医師がいます。
根本要さんの父親は医師で、母親は看護師として、夫婦で医院を切り盛りしていました。
父親はすでに亡くなられていますが、要さんが子どもだった頃の家は、両親がそろって医療の現場に立っている家庭だったわけです。
開業医の家というのは、生活空間と職場が地続きになりやすいんですよね。
診察が終わっても患者さんから連絡が入りますし、往診に出れば夜も関係ありません。
そういう家で育つと、親の背中を見る時間の質がちょっと独特になります。
要さんはのちに、父親と兄が医者として地元の患者さんを治しているのに対して、自分は音楽で日本中の人の心の健康に少しでも貢献できているんじゃないか、という趣旨のことを語っています。
……これ、なかなか言えないですよね。
医者の家に生まれて医者にならなかった人が、引け目ではなく役割分担として自分の仕事を語っている。
医療の家に生まれた要さんは、家業を継がない代わりに「心の健康」という別の担当を自分で見つけた人だといえます。
兄2人が継いだ根本医院と併設の歯科医院
根本要さんは4人きょうだいの三男で、上に兄が2人、下に妹が1人います。
そして家業である医院は、2人の兄がそれぞれ引き継いでいます。
ここ、きょうだいの人数と職業が一度に出てくるので、表で整理しておきますね。
| 続柄 | 名前 | 現在の立場 |
|---|---|---|
| 長男 | 和雄 | 根本医院の院長。行田市医師会の会長も歴任 |
| 次男 | 武雄 | 根本医院に併設された歯科医院の院長 |
| 三男 | 要 | スターダスト☆レビューのボーカル・ギター |
| 妹 | 非公表 | 行田市の酒と米の専門店に嫁ぐ |
長男の和雄さんは根本医院の院長で、行田市医師会の会長も務めた地元医療の中心人物です。
次男の武雄さんは、医院に併設された歯科医院の院長を務めています。
内科・小児科と歯科が同じ場所に並んでいて、それを兄弟で回している形ですね。
父親から受け継いだものを、2人で分担して守っているという構図になります。
兄はスタレビのライブに救護班として入ったことがある
面白いのが、長男の和雄さんがスターダスト☆レビューのライブに関わったことがある点です。
1日で100曲を演奏するという伝説的な「つま恋100曲LIVE」で、救護班として現場に入っていたといわれています。
弟のとんでもない企画に、兄が医者として保険をかけに来ているわけです。
……なんか、いいですよね、この距離感。
妹は行田市の酒と米の専門店に嫁いだ
末っ子の妹さんは医療の道ではなく、行田市内で酒と米を扱う専門店「リカリッシュ」に嫁いだとされています。
この店は行田市旭町にあり、行田市駅から歩いていける距離にあるお店です。
つまり要さんの実家まわりは、医院と酒店という形で、きょうだいがほぼ同じ町の中に固まっているんですね。
芸能の世界で全国を回っている人の家族が、地元でこれだけ密集して商売をしているというのは、なかなか珍しい構図だと思います。
地元ライブに届く花が全部同じになる理由
実家との距離感がよく分かるエピソードがあります。
スターダスト☆レビューが地元・行田市で公演を行ったとき、会場には実家の医院からも、妹さんの店からも花が届きました。
ところが要さんはステージ上で、みんな同じ花屋に頼んでいるから全部同じ花になっている、似ているのは顔だけじゃなくて花もだ、という趣旨の紹介をしたそうです。
地元が狭いからこそ起きる出来事で、それをそのままMCのネタにしてしまうところが、いかにも要さんらしいですよね。
実家とは離れて暮らしていても、関係が切れているどころか、ステージで笑い話にできるくらいの近さが続いているということです。
小学5年で母に買ってもらったギターが音楽の原点
医者の家からミュージシャンが出た理由を考えるうえで外せないのが、母親の存在です。
要さんが小学5年生のときに、母親がギターを買い与えています。
そしてそのギターを使って、兄弟3人でグループを組んで歌っていたといいます。
ここ、地味にすごい話だと思うんです。
医院を営む家庭であれば、子どもには勉強をしてほしいと考えるほうが自然な気がしますよね。
それなのに楽器が家に入り、しかも兄弟でバンドごっこができる空気があった。
実際、要さんは音楽好きだった2人の兄の影響で音楽に興味を持つようになったと語られており、家の中に音楽が当たり前にあったことがうかがえます。
ミュージシャン根本要のスタート地点は、実家のリビングにあったと言ってよさそうです。
学生時代は両親の往診の運転手をしていた
もう一つ、実家との関わりを示すエピソードがあります。
要さんは学生時代、両親が往診に出るときに車の運転手を務めていたそうです。
往診というのは、医師が患者さんの自宅に出向いて診察することです。
つまり要さんは、患者さんの家の前まで親を送り届け、診察が終わるのを待ち、また次の家へ運ぶという時間を過ごしていたことになります。
医療そのものには進まなかった人ですが、地域の患者さんと家族がどう向き合っているかを、助手席側からずっと見ていたわけですね。
のちに「自分は心の健康を担当する」という言い方が出てくる背景には、この時間があったのかなと個人的には感じます。
根本要の実家を調べる人向けの関連情報
ここからは、実家と合わせてよく調べられている学歴や結婚、体調面の話をまとめていきます。
実家の医療一家という背景と重なる部分もあるので、あわせて読んでみてください。
出身高校は埼玉県立不動岡高校
要さんの出身高校は、埼玉県立不動岡高等学校です。
埼玉県加須市にある県立の伝統校で、地元では進学校として知られています。
そしてこの高校時代に、のちのスターダスト☆レビューにつながるバンドを結成しています。
ベースの柿沼清史さんらと組んだバンドが、そのままプロにつながっていく流れですね。
中学時代には百貨店の屋上で行われたフォークロックコンテストで優勝したという話も残っており、学生のうちからすでに人前で鳴らす側の人だったことが分かります。
日本大学芸術学部を2年で中退した理由
高校卒業後は日本大学芸術学部の放送学科に進学しますが、2年で中退しています。
ここで面白いのが進学の動機です。
もともと大学に行くつもりはなかったのに、友達ができるからと兄に勧められて入学した、と語られています。
そして本人いわく、友達ができたので辞めた。
……理由が潔すぎませんか、これ。
医者の家で兄2人が医療に進んでいる中、大学を2年で辞めて音楽に張るというのは、当時としてはかなり思い切った選択だったはずです。
ちなみに在学中には「クレージー・パーティー」名義で、アニメ映画「がんばれ!!タブチくん!!」シリーズの主題歌を担当しています。
中退は投げ出したわけではなく、すでに音楽の仕事が動き出していたうえでの判断だったということです。
嫁は同郷の一般女性で子供はいない
結婚についても触れておきます。
要さんの奥さんは一般の女性で、同じ地元の1歳年上の方とされています。
一般の方なので顔写真などは公開されておらず、詳しいプロフィールも表には出ていません。
お子さんはいないと語られています。
実家が地元の医院で、奥さんも同郷。
全国を回るミュージシャンでありながら、根っこの部分がずっと行田にあるというのが、この人の面白いところだなと思います。
還暦の年に脳の血栓が見つかり緊急入院していた
実家が医療一家という話とつながる出来事として、要さん自身の入院があります。
体調不良を感じて検査を受けたところ、脳に小さな血栓が見つかり、そのまま入院となりました。
きっかけは唇のしびれだったと本人が説明しており、この違和感を放置しなかったことが早期発見につながっています。
治療は約2週間の点滴が予定され、症状は軽く回復も早いと伝えられました。
本人も、夏にはサイボーグ化した還暦少年を見せます、という趣旨のコメントを残しており、還暦を迎えた年の出来事だったことが分かります。
唇のしびれで受診するという判断ができたのは、医療が身近にある家で育った人ならでは、という気もしますよね。
健康に関わる話なので断定はできませんが、少しの違和感を軽く見なかったことが結果的に良かったのは確かです。
医者の家に生まれた自分の役割をどう語ってきたか
最後に、実家を語るときの要さんのスタンスをまとめておきます。
父と兄は医者として行田界隈の患者さんを治している、自分は音楽で日本中の人の心の健康に多少でも貢献できているんじゃないか。
この言い方には、家業を継がなかったことへの負い目がまったくありません。
同じ「人を元気にする」というゴールに対して、担当している場所が違うだけ、という整理の仕方なんですよね。
デビュー40年を超えても、気持ち的にはアマチュア感覚が抜けていない、自分は大したものじゃないと語る謙虚さがある一方で、こういう場面ではきちんと自分の仕事を肯定している。
医者一家で唯一ステージに立つ道を選んだ人が、そこに理屈をつけて胸を張れているというのが、根本要という人の実家との向き合い方です。
根本要の実家のまとめ
- 根本要の実家は埼玉県行田市にある「根本医院」
- 医院は行田市駅の近くにあり、内科と小児科が中心
- 根本医院は現在も行田市で診療を続けている
- 父親は医師で、すでに亡くなっている
- 母親は看護師で、夫婦で医院を営んでいた
- きょうだいは兄2人・妹1人の4人で、要は三男
- 長男・和雄が根本医院の院長を務めている
- 和雄は行田市医師会の会長も歴任したとされる
- 次男・武雄は併設の歯科医院の院長
- 妹は行田市内の酒と米の専門店に嫁いだとされる
- 地元公演では医院と妹の店から同じ花が届いた話をMCにしている
- 小学5年で母にギターを買ってもらったのが音楽の原点
- 音楽好きの兄2人の影響で音楽に興味を持ったとされる
- 学生時代は両親の往診で運転手を務めていた
- 父と兄は体を、自分は音楽で心の健康を担当していると語っている

