アビスパ福岡への加入が内定している中央大学のストライカー、北浜琉星さん。
「お兄さんはいるの?」「兄弟もサッカーをしているの?」と気になって調べた方も多いのではないでしょうか。
実は、兄については公式発表でも報道でも触れられていないのですが、本人が内定コメントやブログで家族への思いをはっきり言葉にしていて、そこがグッとくるんです。
・北浜琉星の兄について公表されていること・いないこと
・内定コメントや部員ブログで語った家族への感謝
・長住SSCからアビスパ福岡U-18、中央大学までの経歴
北浜琉星の兄について分かっていること
北浜琉星さんの兄について、公式プロフィールや報道からどこまで分かるのかを整理しました。
あわせて、本人が家族について語った言葉も紹介しますね。
兄がいるかどうかは公表されていない
まず結論からお伝えすると、北浜琉星さんに兄がいるかどうかは、2026年9月時点で公表されていません。
アビスパ福岡が2025年12月19日に出した加入内定のお知らせには、生年月日・身長体重・出身地・経歴・ポジションが載っていますが、家族構成の記載はありません。
Jリーグ公式サイトや西日本スポーツ、ゲキサカといったスポーツメディアの記事も、プレーや進路の話が中心で、兄弟について触れたものは見当たりませんでした。
中央大学サッカー部の公式note(部員ブログ)でも、本人が兄弟について書いた部分はありません。
「兄もサッカー選手なのでは?」と気になる方もいると思いますが、ここは今のところ判断できる材料がない、というのが正直なところです。
つまり、北浜琉星さんの兄については「いる」とも「いない」とも公表されていない、というのが現状です。
公式プロフィールに載っている情報
参考までに、アビスパ福岡の公式発表に載っているプロフィールを表にまとめておきます。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 北浜琉星(きたはま りゅうせい) |
| 生年月日 | 2004年7月15日 |
| 身長/体重 | 180cm/75kg |
| 出身地 | 福岡県福岡市 |
| 経歴 | 長住SSC → アビスパ福岡U-15 → アビスパ福岡U-18 → 中央大学 |
| ポジション | FW |
西日本スポーツの記事では、出身は福岡市南区と紹介されています。
家族に関する項目はこの中にはなく、兄弟の情報は出ていないんですね。
内定コメントで感謝を伝えた家族
兄弟の情報こそありませんが、北浜琉星さんが家族を大切にしていることは、本人の言葉から伝わってきます。
2025年12月19日、アビスパ福岡が2027シーズンの加入内定を発表したとき、北浜さんはコメントの中で支えてくれた人たちへの感謝を語っています。
その中で真っ先に挙げたのが「家族」でした。
ここに至るまで支えてくれた家族、チームメイト、スタッフ、応援してくれる人たちへ恩返しができるよう精進する、という趣旨のコメントです。
アビスパ福岡のアカデミーで6年間育ち、大学を経て「自分を育ててくれたクラブ」に戻るという道のりですから、その間ずっと見守ってきた家族への思いはひとしおだったのかなと思います。
……なんか、じんわりしますよね。
家族の具体的な顔ぶれは明かしていないものの、プロ内定という節目で家族への感謝を一番に口にしていることは確かです。
部員ブログにつづった家族への思い
もうひとつ、北浜琉星さんが家族について触れた文章があります。
中央大学学友会サッカー部の公式noteに、2024年6月、当時2年生だった北浜さんが「覚悟」というタイトルで部員ブログを書いているんです。
ブログでは、大学1年の春先から夏まで怪我で離脱し、その後も思うようにプレーできなかった時期を振り返っています。
試合に出られない時期こそ自分を見つめ直すチャンスだ、という考え方がつづられていて、読んでいて胸が熱くなりました。
そのうえで、人は一人では生きていけず、家族はもちろん、友達やチームメイトの存在が見えない後押しをしてくれている、という趣旨の一文を書いています。
出会いや出来事の一つ一つに感謝し、その恩返しのつもりでサッカーを続け、3年後には仕事にしたい、とも書いていました。
このブログから1年半ほどで、実際にプロ内定をつかんだわけですから、有言実行ですよね。
兄弟について具体的には書かれていませんが、家族の支えを力に変えてきたことがブログからも伝わってきます。
名前の読み方と「北浜流星」との表記ゆれ
北浜琉星さんの名前は「きたはま りゅうせい」と読みます。
検索では「北浜流星」と、「琉」ではなく「流」の字で調べている人も多いようです。
西日本スポーツの記事では、俳優の横浜流星さんと名前の響きがそっくりだと紹介されていて、爽やかな笑顔でサポーターの注目を集めているとも書かれていました。
ちなみに記事の見出しには「博多の国宝級FW」という言葉も使われています。
横浜流星さんが映画「国宝」で話題になったことにかけた表現で、ちょっと笑ってしまいますよね。
兄弟を調べるときは「北浜琉星」の正しい表記で検索すると、本人の記事にたどり着きやすくなります。
北浜琉星の兄を調べる人向けの関連情報
ここからは、北浜琉星さんの兄と一緒によく調べられている中学時代・高校時代・大学での経歴やプレースタイルを紹介します。
学年や所属は、いつ時点の情報かもあわせて書いておきますね。
中学時代は長住SSCからアビスパ福岡U-15へ
北浜琉星さんのサッカーの出発点は、地元のクラブチーム・長住SSCです。
そこから中学年代でアビスパ福岡U-15に加わりました。
通っていた中学校の名前は公表されていません。
ゲキサカの選手名鑑には、2019年にU-15日本代表候補に入った経歴が載っています。
アビスパ福岡の公式サイトに残っている2018年9月のU-15の試合レポートでは、FW27番の北浜さんが前半1分と8分に得点したことが記録されていて、この頃から点を取る選手だったことが分かります。
中学年代からアビスパ福岡のアカデミーで育ち、年代別代表の候補にも入る存在でした。
高校時代はアビスパ福岡U-18で14ゴール
高校年代はアビスパ福岡U-18でプレーしました。
在籍していた高校の名前は公表されていません。
ゲキサカによると、U-18の3年生のときには高円宮杯プリンスリーグ九州で16試合14ゴールを記録しています。
トップチームへの昇格もあり得る活躍でしたが、北浜さん自身は大学進学を選びました。
きっかけは3年生の夏にトップチームのキャンプに参加したことで、当時の主力FWだった山岸祐也選手やルキアン選手のレベルを目の当たりにし、「もし上がったとしても無理だな」と感じたそうです。
正直、自分の立ち位置をここまで冷静に見られる高校生ってなかなかいないですよね。
高校時代は結果を残しながらも、プロで通用する力をつけるために大学進学を選んだのです。
中央大学での経歴と成績
中央大学では経済学部に在籍し、2026年9月時点で4年生です。
入学直後は出場機会をなかなか得られず、1年生の春先から夏までは怪我にも苦しみました。
西日本スポーツの取材では、初めて壁にぶつかったこの時期に「腐るのではなく、自分で考える力がついた」と振り返っています。
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 2025年12月19日(3年) | アビスパ福岡への2027シーズン加入内定を発表 |
| 2026年1月(3年) | アビスパ福岡の宮崎キャンプに参加し、練習試合で1得点 |
| 2026年2月20日(3年) | JFA・Jリーグ特別指定選手に承認 |
| 2026年3月(3年) | 大学日韓定期戦の全日本大学選抜に選出 |
| 2026年5月31日(4年) | 関東大学リーグ第10節の日本大戦で肉離れ、全治3か月 |
| 2026年9月23日(4年) | 第12節の明治大戦で約4か月ぶりに公式戦復帰 |
内定のオファーを受けたときは「声をかけていただいて即答でした」と語っていて、大学経由で地元・福岡に戻ることは進学時から思い描いていたそうです。
2026年シーズンは関東リーグの得点王を目標に掲げていましたが、5月に肉離れで長期離脱。
9月23日の明治大戦で後半17分から出場し、約4か月ぶりにピッチへ戻りました。
試合後には、同世代で得点ランキング首位を走る国士舘大の本間凜選手の名前を挙げて「負けていられない」と話しています。
なお、加入は2027シーズンからの内定で、それまでに公式戦へどれだけ出場するかは決まっていません。
怪我を乗り越えながら、大学ラストシーズンでエースとして結果を残そうとしているのが今の北浜琉星さんです。
プレースタイルはシュートを武器にするストライカー
北浜琉星さんは180cmのFWで、本人が「自分の得意とするプレーはシュート」と話しているストライカーです。
大学で出場機会に恵まれなかった時期に得意なプレーを見つめ直し、周りから「やめろ」と止められるまでシュート練習を繰り返したそうです。
2026年1月の宮崎キャンプの練習試合では、味方のプレスでこぼれたボールを予測して収め、落ち着いてゴールに流し込みました。
「数字が求められるポジションなので、そこはこだわってやっていきたい」という言葉からも、点を取ることへのこだわりが伝わってきますよね。
2026年9月の復帰戦では、フリーキックに頭で合わせる場面もありました。
シュート練習を積み重ねて磨いた決定力と、ゴール前での予測が北浜琉星さんの持ち味です。
北浜琉星の兄のまとめ
- 北浜琉星に兄がいるかどうかは2026年9月時点で公表されていない
- アビスパ福岡の公式プロフィールに家族構成の記載はない
- スポーツメディアの記事でも兄弟に触れたものは見当たらない
- 2025年12月19日の内定コメントで家族への感謝を語った
- 2024年の部員ブログで家族やチームメイトの後押しに触れている
- 名前の読みは「きたはま りゅうせい」で、北浜流星と表記ゆれで検索されることが多い
- 俳優の横浜流星と名前の響きが似ていると報じられた
- 2004年7月15日生まれ、福岡市出身で180cm・75kg
- 長住SSCからアビスパ福岡U-15に進んだ
- 2019年にU-15日本代表候補に入った経歴がある
- アビスパ福岡U-18の3年時にプリンスリーグ九州で16試合14ゴール
- トップチームのキャンプを経験して大学進学を選んだ
- 中央大学経済学部に在籍し、2026年9月時点で4年生
- 2026年5月に肉離れで離脱し、9月23日に約4か月ぶりに復帰した
- アビスパ福岡への加入は2027シーズンからの内定

