金田正一の家系図はプロ野球一家!一族600勝の内訳と甥が金田姓を継がなかった理由

金田正一の家系図はプロ野球一家!一族600勝の内訳と甥が金田姓を継がなかった理由

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プロ野球史上ただ一人の400勝投手、金田正一さん。

その記録の凄まじさは知られていても、金田正一さんの家系図をたどると、もう一つの驚きが出てきます。弟が3人ともプロ野球選手で、甥も、そして息子までもがそれぞれの世界で名前を残しているのです。

ただ、金田家は「野球一家」の一言では片づきません。愛知県稲沢市で在日韓国人2世として生まれた出自、2度の結婚、そして甥が金田の名字を継がなかったこと。家系図の線と線のあいだには、そうした事情がいくつも挟まっています。

この記事では、金田正一さんの家系図を血縁ごとに整理しながら、一族が積み上げた通算勝利数の内訳まで見ていきます。

この記事を読むとわかること

  • 金田正一さんの家系図に並ぶ、弟3人・甥・息子・娘たちの顔ぶれ
  • 金田一族がプロ野球で積み上げた通算600勝の内訳
  • 甥の金石昭人さんが金田姓を名乗らなかった理由

金田正一の家系図|弟3人と甥までつながる「野球一家」の全体像

金田正一さんの家系図でまず目を引くのは、同じ世代に4人のプロ野球選手が並ぶことです。しかも下の世代にも野球人がいます。ここでは出自から順に、血縁のつながりを一本ずつたどっていきます。

金田正一の家系図をひと目で|プロ野球選手が4人並ぶ一族

金田正一さんの家系図を、野球に関わった人物を中心に並べると次のようになります。

  • 本人:金田正一さん(1933年8月1日生まれ/2019年10月6日死去・86歳)
  • 弟:金田高義さん(元プロ野球選手)
  • 弟:金田星雄さん(元プロ野球選手)
  • 弟:金田留広さん(元プロ野球投手/1946年11月17日生まれ・2018年10月2日死去)
  • 姉の息子(甥):金石昭人さん(元プロ野球投手)
  • 長男:金田賢一さん(俳優)
  • 長女:正子さん/次女:幸子さん

兄弟4人がそろってプロ野球の世界に入り、さらに姉の息子までがプロ入りしている家系です。金田正一さんから見て、金石昭人さんは甥、金田賢一さんは息子。金石さんから見れば、金田正一さんが伯父、金田留広さんが叔父という関係になります。

家系図の縦と横がこれだけ野球で埋まっている一族は、日本のプロ野球史でもそう多くありません。

出自は愛知県稲沢市|在日韓国人2世として生まれた

金田正一さんは1933年、愛知県稲沢市で在日韓国人2世として生まれ、名古屋市北区で育ちました。金田家のルーツをたどるとき、ここは避けて通れない部分です。

その後、終戦の頃に日本国籍を取得しています。この帰化にまつわる話として、金田正一さんはロッテ監督時代の担当記者に「書類に実年齢より2歳若い数字を書いて出したら、そのまま受理された」と語っていたと伝えられています。もしこれが事実なら、金田正一さんの生年は1933年ではなく1931年だったことになります。

実際、名古屋電気高校(現・愛工大名電高校)から享栄商業高校(現・享栄高校)へ編入した時点で、記録上は14歳。本来なら高校に入れない年齢でした。2歳のサバ読みがあったと考えれば、この不自然さは解消されます。ただし本人がすでに亡くなっている以上、確かめる手立てはありません。

金田正一の父親|死去の翌年から3年間、調子が戻らなかった

金田正一さんのご両親について、詳細な記録はほとんど残っていません。ただ、父親の死去に関しては本人が繰り返し語ったエピソードがあります。

1958年のオフ、金田正一さんは父親を亡くしました。金田正一さんはシーズンオフの休養を何より重視する選手で、オフは完全に体を休めてコンディションを整えるのが常でした。ところがこの年は父親の死去でまとまった休養が取れず、その影響が以後3年間続いたといいます。

実際、1959年は6月25日に13勝目を挙げてから2か月勝ち星が止まり、8連敗。1960年は残り4試合でようやく20勝に届いたものの、7年ぶりに勝率5割を切りました。1961年も途中で11連敗を喫しています。それでも毎年20勝はしているのですから常識外れではありますが、金田正一さん本人の基準では「戻らなかった3年間」でした。

父親の死が、日本記録を積み上げ続けた投手の歯車を狂わせた——家系図の上ではただの一本の線ですが、その線には重みがあります。

弟・金田高義と金田星雄|プロ入りしたが一軍出場はなかった

金田正一さんには弟が3人いて、全員がプロ野球選手になりました。ただ、そのうち金田高義さんと金田星雄さんの2人は、一軍出場がないまま引退しています。

兄が400勝投手という状況で、同じ世界に飛び込むこと自体が相当な覚悟だったはずです。「金田」という名字を背負ってマウンドに立てば、比較されるのは避けられません。それでも2人はプロの門をくぐりました。

記録に残る数字はゼロですが、金田正一さんの家系図を語るとき、この2人を飛ばすわけにはいきません。兄弟4人全員がプロ入りしたという事実そのものが、この一家の異様さを物語っているからです。

弟・金田留広|最多勝2回・MVP、兄とのオールスター兄弟対決も実現

3人の弟のなかで、頭一つ抜けた成績を残したのが末弟の金田留広さんです。

愛知高校から愛知学院大学に進むも中退し、社会人の日通浦和へ。1968年のドラフト4位で東映フライヤーズに入団し、兄と同じ背番号34を着けました。1年目の1969年にいきなり18勝を挙げますが、新人王は有藤通世さんに敗れています。このとき兄の金田正一さんは組織票疑惑まで持ち出して激怒し、「ワシは弟がかわいそうや」と語りました。

同じ1969年のオールスターでは、打席に立った兄・正一さんと弟・留広さんの兄弟対決が実現しています。結果は留広さんが正一さんを二塁フライに打ち取りました。

1970年に24勝、1972年に20勝を挙げて最多勝。そして1974年、兄・正一さんが監督を務めるロッテオリオンズへ移籍すると16勝を挙げて2度目の最多勝とパ・リーグMVPを獲得し、チームの日本一に貢献しました。兄が指揮官、弟がエース。金田家の名前がもっとも輝いた1年です。

金田留広さんは2018年10月2日に亡くなりました。兄の正一さんが亡くなる、ちょうど1年前のことです。

姉の息子・金石昭人|広島入団の裏に伯父と叔父の口添えがあった

家系図をもう一段下ると、金石昭人さんが出てきます。金田正一さんの姉の息子、つまり甥にあたる人物です。

PL学園高校時代は1978年の夏の甲子園で優勝を経験していますが、登板機会はありませんでした。それでもその年のオフ、ドラフト外で広島東洋カープに入団します。この入団について金石さん自身が、伯父の金田正一さんと叔父の金田留広さんの口添えがあったと後に述べています。

入団から3年間は一軍登板ゼロ。プロ4年目の1982年にようやく一軍初登板を果たし、1985年に一軍定着、1986年には195センチの長身から落ちるフォークを武器に12勝を挙げてリーグ優勝に貢献しました。日本ハムへ移籍した1992年には自己最多の14勝。伯父の力で入った選手が、自力で二桁勝利投手になっています。

金石昭人が「金田家の人間じゃない」と言った理由

金石昭人さんの名字が「金田」ではないことに、引っかかった方もいるかもしれません。姉の息子なので名字が変わるのは当然なのですが、この違いが決定的な意味を持った場面があります。

1997年10月、金石さんは日本ハムから戦力外通告を受けました。このとき伯父の金田正一さんは「福岡ダイエーホークスに入団した方がまだプロで生き残れる」と、行き先まで指定してきます。

それに対して金石さんが返したのが、「私は金田家の人間じゃなく、金石家の人間です。自由にさせてくれ」という言葉でした。そして自分の意思で1998年の巨人の春季キャンプにテスト生として参加し、合格して入団しています。

入団のときは伯父のコネクションに頼り、終わり方は自分で決める。金田正一さんの家系図に連なりながら、どこかで線を引いた人物がいたということです。

金田一族の通算600勝|正一400勝・留広128勝・昭人72勝

金田家の凄さがもっとも分かりやすく出るのが、一族の通算勝利数です。

  • 金田正一さん:400勝
  • 金田留広さん:128勝
  • 金石昭人さん:72勝

合計でちょうど600勝。「金田ファミリー600勝」として、いまも語り草になっている数字です。

もっとも、その3分の2は正一さん1人が占めています。400勝という記録は、通算敗戦298、通算奪三振4490、通算完投365、通算投球回5526回3分の2といったNPB記録の山とセットになっており、後続がまず届きません。一族で600勝という数字の内側にも、やはり圧倒的な非対称があります。

金田正一の家系図に残る妻と子どもたち|2度の結婚と3人の子

ここまでは血のつながった兄弟・甥を見てきました。ここからは金田正一さんが自分でつくった家族——2人の妻と、3人の子どもたちを追います。家系図の下半分は、野球とはまた違う顔ぶれになります。

最初の妻・榎本美佐江|歌手引退と帰化を経て1960年に結婚

金田正一さんは生涯で2度結婚し、1度離婚しています。

最初の相手は歌手の榎本美佐江さん。1955年3月から同棲生活に入り、榎本さんの芸能活動引退と、金田正一さんの帰化・日本国籍取得を経て、1960年に正式に結婚しました。同棲から入籍まで5年かかっている点に、当時の事情がにじみます。

ただし、この結婚は長くは続きませんでした。2人のあいだに子どもはおらず、1963年8月に正式離婚しています。金田正一さんの家系図で、榎本美佐江さんから下に伸びる線はありません。

2番目の妻・雅章子|元宝塚の女優、夫を追うように2020年に死去

2番目の妻となったのが、元宝塚歌劇団(35期生)の雅章子(みやび のりこ)さん、本名・金田敏子さんです。

順番としては、榎本美佐江さんとの結婚生活が続いているあいだに雅さんとの関係が生じ、1961年に長男の賢一さんが誕生。そして1963年8月に榎本さんとの離婚が成立したのち、賢一さんを伴った雅さんと再婚する、という流れでした。長男の誕生が入籍より2年早いことになります。

雅章子さんは1960年に宝塚歌劇団を退団し、その後は女優として活動しました。そして2019年10月に金田正一さんが亡くなったあと、2020年1月21日の「お別れの会」を見届けるようにして、翌2月27日に89歳で亡くなっています。夫の死から、わずか4か月あまりでした。

長男・金田賢一|俳優として活動、父のユニフォームで始球式

金田正一さんと雅章子さんの長男が、俳優の金田賢一さんです。1961年生まれ。父は400勝投手、母は元タカラジェンヌという家庭に育ち、映画やテレビに数多く出演してきました。

野球ではなく芝居の道を選んだ人ですが、父との縁が切れたわけではありません。2026年6月7日、神宮球場でのヤクルト対日本ハム戦では、父が60年前に実際に着ていた国鉄時代のユニフォームを身につけて始球式のマウンドに立っています。

また金田賢一さんは、音楽家の丸尾めぐみさんと「朗読三昧」というユニットを組んで朗読の活動も続けています。マウンドではなく声で立つという選び方に、この家系図のなかでの立ち位置が表れているようにも見えます。

長女・正子と次女・幸子|次女は資生堂のCMでタレント活動

金田正一さんと雅章子さんのあいだには、賢一さんのほかに長女の正子さんと次女の幸子さんがいます。

このうち次女の幸子さんは、1980年代の一時期にタレントとして活動していました。資生堂の洗顔料「エクボ洗顔フォーム」のCMに出演し、父・正一さんとの父娘共演や、兄・賢一さんとの兄妹共演もしています。1984年には資生堂「エクボレモンフレッシュ」のCMに単独で出演しました。

長女の正子さんについては、公の場に出た記録がほとんどありません。金田正一さんの家系図のなかで、もっとも表に出てこなかった一人です。

家系図の外にいた「東京のおじいちゃん」|ブルゾンちえみとの交流

金田正一さんの周辺を調べていくと、家系図には載らないのに家族のように扱われた人物が出てきます。ブルゾンちえみ、現在は本名の藤原史織さんとして活動しているタレントです。

2人の出会いは2015年頃。ワタナベエンターテインメントカレッジを卒業したばかりで芸人の仕事がなく、金田正一さんの行きつけのレストランでアルバイトをしていた藤原さんを、金田正一さんが気に入ったのがきっかけでした。勤務中の藤原さんを一緒に座って食べるよう誘うこともあったといいます。

藤原さんが芸人だと知ると、金田正一さんはライブやネタを気にかけるようになります。そして藤原さんがキャリアウーマンのネタの話をしたとき、金田正一さんはそれまでと違う様子でそのネタを褒めました。藤原さんは「これで勝負できる」と手応えをつかみ、その後のブレークにつながります。

2018年12月2日放送の日本テレビ『行列のできる法律相談所』で共演した際、金田正一さんは自分のことを「東京のおじいちゃん」と表現しました。57歳差の交流は、金田正一さんが亡くなる直前まで家族ぐるみで続いています。

まとめ:金田正一の家系図から見えるもの

金田正一さんの家系図を整理すると、次のようになります。

  • 愛知県稲沢市に在日韓国人2世として生まれ、終戦の頃に日本国籍を取得
  • 弟3人(高義さん・星雄さん・留広さん)が全員プロ野球選手。ただし一軍に出たのは留広さんのみ
  • 姉の息子が金石昭人さん。伯父・叔父の口添えで広島入りし、のちに「金石家の人間」として自分で進路を決めた
  • 一族の通算勝利は600勝(正一400・留広128・昭人72)
  • 結婚は2度。最初の妻は榎本美佐江さん、2番目が元宝塚の雅章子さん
  • 子どもは長男・賢一さん(俳優)、長女・正子さん、次女・幸子さん

野球選手が4人並ぶ家系図でありながら、そこに刻まれているのは記録の連なりだけではありませんでした。国籍をめぐる出自、兄の影と弟たちの沈黙、名字を理由に線を引いた甥、そして血のつながらない「孫」。

金田正一さんの家系図は、400勝という数字だけでは見えてこないものを、静かに書き残しています。

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