椹野道流の実家は兵庫県!名字の椹野が実家の地名ではない理由とは

椹野道流の実家は兵庫県!名字の椹野が実家の地名ではない理由とは

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小説家であり法医学の医師でもある椹野道流さんの実家が、どこにあるのか気になっている方は多いのではないでしょうか。

調べてみると出身地は兵庫県で一致していましたが、あの珍しい名字は実家とはまったく関係のない場所から来ていたんです。

祖母や母をめぐる家族のエピソードとあわせて、公表されている情報だけを丁寧にまとめました。

この記事を読むとわかること
・椹野道流の実家がある都道府県と、住所が非公開である理由
・名字の椹野が山口県の川から取られた本当のいきさつ
・祖母や母をめぐって本人が語っている家族エピソード

椹野道流の実家は兵庫県|家族と生い立ち

椹野道流さんの実家がどこにあるのか、家族はどんな人たちなのか。ここでは公表されている情報だけを丁寧に拾いながら、実家をめぐる話をまとめていきますね。

実家の場所は兵庫県とされている

椹野道流さんの実家がどこにあるのか、まずはここから見ていきましょう。

複数のプロフィール情報を確認すると、出身地は兵庫県で共通しています。

Wikipediaにも人物データベースにも兵庫県出身と記載されていて、この点はどのソースを見てもブレがありません。

一方で、市町村レベルの細かい住所や、実家の建物についての具体的な情報は出てきません。

椹野道流さんは小説家としては顔出しをほとんどせず、本名も生年も公表していない方です。

そういう方針の作家さんなので、実家の所在地をピンポイントで公開していないのは、むしろ自然なことかなと思います。

つまり実家は兵庫県にあるというところまでが公表されている範囲で、それより細かい場所は本人が明かしていない、というのが実態です。

ちなみに現在の住まいについては、インタビュー記事の中で兵庫県在住と紹介されています。

生まれ育った県から大きく離れずに暮らしている、ということになりますね。

淡路島出身と書いているサイトもあるが裏が取れない

ネット上の一部のまとめサイトには、兵庫県淡路島出身と書かれているものがあります。

ただ、この記述はWikipediaにも人物データベースにも見当たりません。

同じサイトはデビュー年についても2001年・1998年と書いていて、実際の1997年デビューとは食い違っています。

情報の精度がそもそも怪しいので、淡路島という具体的な地名は裏付けが取れない情報として扱うのが安全でしょう。

この記事でも、確認できる範囲の兵庫県までにとどめておきますね。

甲南女子高等学校で過ごした10代

実家がどのあたりなのかを考えるうえで、手がかりになるのが出身校です。

椹野道流さんは兵庫県の甲南女子高等学校の出身であることが公表されています。

こちらもWikipediaと人物データベースの両方に記載があり、確度の高い情報といっていいと思います。

甲南女子高等学校は兵庫県にある私立の女子校で、中高一貫の教育を行っている学校です。

高校時代を兵庫県内で過ごしていたということは、少なくとも10代のころの生活拠点が兵庫県だったことを裏づけています。

出身地が兵庫県という情報とも矛盾しませんよね。

実家の住所そのものは非公開ですが、出身校まで含めて見ると、兵庫県で育ったという線はかなりはっきりしています。

なお、大学については医学部を卒業していることが分かっていますが、どこの大学かは公表されていません。

その後の経歴に大阪医科大学の名前が出てくるので、進学以降は関西圏で活動していたことが読み取れます。

名字の椹野は実家の地名ではない

ここ、意外と勘違いされやすいポイントなんです。

椹野という珍しい名字を見て、実家がある土地の地名なのかなと思った方もいるんじゃないでしょうか。

でも実は違うんですよね。

椹野道流というのはペンネームで、椹野は山口県を流れる椹野川から取られたものです。

本人が対談の中で、その理由をはっきり語っています。

きっかけは詩人の中原中也が大好きだったこと。

中原中也から直接名前をもらうのは恐れ多すぎるので、代わりに中原中也の実家の横を流れている川の名前をもらおうと考えたのだそうです。

椹野川は山口県山口市を流れる二級河川で、中原中也の生まれた湯田温泉のあたりを流れています。

つまり椹野という字が指しているのは、椹野道流さん自身の実家ではなく、憧れの詩人の実家のそばにある川なんですね。

……なんだかロマンチックじゃないですか、これ。

名字から出身地を推測しても、椹野道流さんの実家にはたどり着けません。兵庫県の実家と山口県の川は、まったく別の話です。

ちなみに道流のほうは本名を少しもじって付けたと語られています。

苗字は憧れの詩人から、名前は自分自身から。ペンネームひとつにもちゃんと物語があるんですね。

両親の職業は公表されていない

実家の話でみなさんが気になるのは、やはりご両親のことだと思います。

ただ、椹野道流さんのご両親の職業や勤務先については、公表されている情報が見当たりません

父親についても母親についても、名前・年齢・仕事といった具体的な情報は明かされていない状態です。

医師になっているので医者の家系なのではと考える方もいるかもしれませんが、それを裏づける情報も出てきていません。

むしろ本人が語っている進路のいきさつを読むと、家業を継いだという雰囲気ではないんですよね。

理系に進んだ理由について、本人は化学はほどほど物理もほどほど、生物だけは強いっていうので理系に行っちゃったと話しています。

得意科目からの消去法で理系を選んだ、という語り口です。

大学院時代には定期が買えなくなって、お金がなさすぎてという時期があったことも明かしています。

あとはお前が生きろという感じで放り出された、とも語っていて、経済的にずっと恵まれた環境だったわけではなさそうです。

実家が医療関係の名家だったといった情報はなく、ご両親の職業は公表されていないというのが正確なところです。

このあたりは推測で書くと失礼にあたるので、公開されている範囲にとどめておきますね。

母を自宅で世話していた日々

ご両親の職業は非公開ですが、お母さんとの関係については本人がインタビューで語っています。

椹野道流さんは最近までずっと自宅でお母さんの世話をしていたと話しているんです。

作家として執筆を続け、医療系専門学校で教壇にも立ちながら、家では家族のケアもしていたということになります。

正直、これはかなり大変だっただろうと思います。

お母さんについては、後述するおばあさまに似た一面があるとも語られています。

尖ってくるところや気位の高さが似ているという表現で、親子の共通点を振り返っているんですね。

介護の過程については、最初シャキシャキしてた人がだんだんそうでなくなり、性格が尖鋭化してくるという変化があったとも話しています。

……これ、実際に家族の介護を経験した方なら、すごく分かる感覚じゃないでしょうか。

実家をめぐる話題のなかで、いちばん具体的に語られているのがこのお母さんとの時間です。

伯父たちがいる家族構成

家族構成については、母方に複数の伯父がいることが分かっています。

お母さんの兄弟にあたる方々で、後述するおばあさまのロンドン旅行を実現させるときにも、手配に関わったと紹介されています。

親族が集まって一つのことを進める場面が語られているので、親戚づきあいのある家庭だったことがうかがえますね。

祖母は茶道も華道も極めた人だった

椹野道流さんの家族の話で、いちばん有名なのがおばあさまのエピソードです。

エッセイ『祖母姫、ロンドンへ行く!』の題材になった方で、これがネットで大きな話題になりました。

おばあさまは80代のときに、一生に一度でいいからイギリスに行きたい、お姫様のような旅をしてみたいわとリクエストしたのだそうです。

持病もあるなかでのこの一言。ご家族は大変だったと思いますが、結果として孫娘である椹野道流さんとの5泊7日のロンドン旅行が実現しました。

このおばあさま、趣味の幅がとにかくすごいんです。

項目内容
年代80代でロンドンへ旅行
趣味・特技茶道、華道、謡、小鼓、人形作り
好んだもの能や歌舞伎の鑑賞、美しく豪華なもの
境遇祖父が早くに他界し、その後40年を趣味に生きた
性格思ったことをはっきり言う勝気な人

人形作りは個展を開けばと言われるレベルまで極めていたそうですから、相当な打ち込みようです。

子ども時代の椹野道流さんにとっては近寄りがたかった存在で、子どもにも一人の人間として接するタイプだったといいます。

美しいものしか許しまへんえという言葉も紹介されていて、独特の美学を持った方だったんですね。

ロンドン旅行中には、こんな言葉も残しています。

謙虚と卑下は違うものなの。自信がないから、自分のことをつまらないものみたいに言って、相手に見くびってもらって楽をしようとするのはやめなさい。

……かっこよすぎませんか、これ。

実家の家族像として最も鮮明に語られているのが、この祖母の姿です。

祖父は早くに他界していた

おばあさまが40年をひとりで過ごしたという話から分かるとおり、おじいさまは早い時期に亡くなられています。

つまりおばあさまは、長い年月をひとりで、しかも趣味を次々に極めながら生きてきたということになります。

その生き方が、孫である椹野道流さんの目にどう映っていたのか。エッセイが多くの読者の共感を集めたのも、そこに理由がありそうです。

実家の様子は本人のnoteとXに登場

実家の細かい住所は非公開ですが、実家での出来事そのものは、本人が発信しています。

椹野道流さんはnoteでちょいちょい書くかもしれない日記という連載を続けていて、その中に実家というハッシュタグの付いた記事群があるんです。

日記の本数は900本近くにのぼっていて、日常のあれこれが淡々とつづられています。

またX(旧Twitter)でも、実家に関する投稿がたびたび見られます。

実家の固定電話の配線を修理した話や、実家の自室でカマキリを見つけた話など、生活感のあるエピソードが並んでいます。

住所は明かさないけれど、実家で起きた出来事は隠さず書く。このバランスが椹野道流さんらしいところかなと思います。

実家の様子をもっと知りたい方は、まとめサイトを探すよりも、本人のnoteやXをさかのぼるほうが確実ですよ。

椹野道流の実家を調べる人向けの関連情報

実家のことを調べていると、プロフィールや経歴も気になってきますよね。ここからは椹野道流さんの基本情報を一気にまとめていきます。

プロフィールは2月25日生まれのO型

まずは基本のプロフィールから確認しておきましょう。

項目内容
名前椹野道流(ふしの みちる)
職業小説家、医師(法医学)、専門学校講師
出身地兵庫県
出身校甲南女子高等学校
誕生日2月25日(生年は非公表)
血液型O型
九星四緑木星
特技一弦琴

誕生日は2月25日と公表されていますが、生まれ年は明かされていません

年齢を非公表にしている作家さんは珍しくないので、この点も本人の方針でしょう。

特技として挙げられている一弦琴は、その名のとおり弦が1本だけの和楽器です。

茶道や華道を極めたおばあさまの影響なのかは語られていませんが、和の素養が家族に流れているようで、なんだか納得してしまいますよね。

本名は公表されていない

椹野道流というのはペンネームで、本名は公表されていません

先ほど触れたとおり、道流の部分は本名を少しもじったものだと本人が語っています。

つまり本名にはどこか近い響きがある、というところまでは分かりますが、それ以上は明かされていません。

医師でもある方なので、実名での活動と作家としての活動を分けておきたいという事情もあるのかもしれませんね。

デビューは1996年の佳作から

作家としてのスタート地点も見ておきましょう。

1996年、講談社の第3回ホワイトハート大賞エンタテインメント小説部門で人買奇談が佳作を受賞します。

翌1997年、同じ作品で講談社X文庫ホワイトハートからデビューを果たしました。

このときのエピソードとして、本人がパソコンがボロすぎて、ひと晩かかっても打ち出せなくてと語っています。

新人賞に応募するだけでもひと苦労だったわけですね。

デビュー後は奇談シリーズがロングシリーズとなり、法医学の経験を生かした鬼籍通覧シリーズ、貴族探偵エドワードシリーズ、最後の晩ごはんシリーズなど、次々とヒットシリーズを生み出しています。

2020年10月からは日本SF作家クラブの会員にもなっています。

佳作からのスタートでしたが、そこからロングセラーを何本も抱える作家になったわけです。

法医学の医師としての経歴

椹野道流さんのもうひとつの顔が、法医学を専門とする医師という経歴です。

医学部を卒業したあと、大阪医科大学の社会医学講座法医学教室で助手を務めていました。

法医学というのは、事件や事故で亡くなった方の死因を医学的に明らかにする分野です。

本人の説明によれば、扱うのは変死体が主なんですよとのこと。

裁判所とか警察とかの依頼を受けて、専門家としてやる仕事だと語っています。

この経験が、のちの鬼籍通覧シリーズなどのミステリー作品にそのまま生きているんですね。

臨床医ではなく法医学を選んだ理由

なぜ患者さんを診る臨床医ではなく、法医学を選んだのか。

本人はその理由を、かなり正直に語っています。

朝が弱いなって思って、臨床医は無理だったんですよ。

さらに痛がる人もダメなんですよとも話していて、他人が痛がっている場面に耐えられないタイプなのだそうです。

そこでこれは臨床、無理だなと判断して法医学の道に進んだ、という流れですね。

……こういうことをきちんと言葉にできる方って、なんだか信頼できる気がします。

現在は専門学校講師と作家の二足のわらじ

法医学教室を離れたあと、椹野道流さんは医療系専門学校で非常勤講師を務めながら執筆活動を続けています。

インタビュー記事でも、法医学が専門の医師でもあり、医療系専門学校で教壇に立っていると紹介されています。

作家業と教育の仕事、そして家族のケア。かなり多くのことを同時に抱えてこられた方なんだなと思います。

住まいは兵庫県。生まれ育った土地の近くで、今も執筆を続けているということになりますね。

保護猫ちびすけとの暮らし

最後に、少し肩の力が抜ける話題も。

椹野道流さんはちびすけという名前の保護猫と暮らしています。

SNSに投稿していた成長記録が人気を集め、フォトエッセイにもなりました。

本人はその反響に驚いたと語っています。

法医学、介護、執筆と重いテーマの多い方ですが、猫との日常もきちんと発信しているんですよね。

……なんか、いいですよね。

椹野道流の実家のまとめ

  • 出身地は兵庫県で、複数のプロフィール情報で一致している
  • 実家の市町村や住所といった細かい場所は公表されていない
  • 一部サイトにある淡路島出身という記述は裏付けが取れない
  • 出身校は兵庫県の甲南女子高等学校
  • 現在の住まいも兵庫県と紹介されている
  • ペンネームの椹野は山口県の椹野川に由来する
  • 川の名前を選んだのは中原中也の実家のそばを流れているから
  • 名字は本人の実家の地名とは無関係
  • 道流は本名をもじって付けたと語られている
  • 両親の職業や名前は公表されていない
  • 最近まで自宅で母の世話をしていたと本人が語っている
  • 母方には複数の伯父がいる
  • 祖母は茶道・華道・謡・小鼓・人形作りを極めた人物
  • 祖父は早くに他界し、祖母は40年を趣味に生きた
  • 実家での出来事は本人のnoteとXでたびたび発信されている

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