高須クリニックの”美しすぎる院長”として注目される高須英津子さん。
その若々しい容姿の秘密はもちろん、お母様が1975年に創業した美容サロンを引き継ぐという親子の物語や、大学時代に出会った夫・幹弥さんとの運命的なエピソードなど、知れば知るほど面白いんです。
実は医者を目指したきっかけが「中学2年生のときに見た医療ドラマ」だったというから、親しみやすさを感じますよね。
・高須英津子さんの生い立ちと医師を目指したきっかけ
・実家(母・山本雪代の美容サロン)と旧姓「山本」の詳細
・藤田医科大学での高須幹弥との出会いと結婚・家族の現在
高須英津子の生い立ちと医師になるまでの道のり
高須英津子さんの生い立ちを辿ると、幼い頃から美容医療と縁の深い環境で育ち、やがて自分自身が美容皮膚科医の道を歩むまでの、まるで必然のようなストーリーが見えてきます。
名古屋市生まれ、美容医療が身近な幼少期
高須英津子さんは、愛知県名古屋市のご出身です。
旧姓は「山本」で、生まれたときから医療と美容がごく身近にある環境で育ちました。
英津子さんのお母様は山本雪代さんという女性で、1975年(昭和50年)に名古屋市内で「ジュノメディカルエステティックサロン」を創業した、いわばその道のパイオニア的な存在です。
母・山本雪代の美容サロン
このジュノメディカルエステティックサロン、当時の時代背景を考えると、医療と美容を融合させるというコンセプト自体がかなり先進的だったと言えます。
1975年といえば、日本がまだ高度経済成長の余韻に包まれていた時代。その頃から地域に根ざした美容医療を提供し続けたこのサロンは、後に2015年(平成27年)に「高須クリニック栄院」としてリニューアルオープンすることになります。
つまり、英津子さんが皮膚科医として高須クリニック栄院の院長に就任したということは、「お母様が40年かけて作り上げたお店を娘が医師として引き継いだ」という、親子でひとつの夢を実現した素敵なストーリーでもあるんですよね。
ジュノの公式HPには「一人娘の英津子が皮膚科医となり、親子でのコラボレーションが実現」と記されており、読んでいてこちらまで温かくなりました。
英津子さんの趣味のひとつに「チャイナペインティング(陶器への絵付け)」がありますが、これもお母様の影響で身についたもの。雪代さん自身が30年以上続けるほど熱心な愛好家であり、その美的センスと手仕事への愛情が、娘である英津子さんにもしっかりと受け継がれています。
さらに、ご実家は名古屋市だけでなく、軽井沢に別荘を所有する裕福な家庭。こうした豊かな環境のなかで、英津子さんは美しいものへの感覚を自然と磨きながら幼少期を過ごしたのです。
つまり高須英津子さんの生い立ちは、母親が築いた医療と美容の世界の中で育ち、自らもその道を歩むことになった、必然と言える環境で始まっていたのです。
医者を目指したきっかけは中学2年生の医療ドラマ
幼少期から美容医療が身近にあった英津子さんですが、実際に「医師になろう」と決意したのは、中学2年生のときだったといいます。
その直接のきっかけとなったのは、当時流行していた医療ドラマ。テレビで医師たちが懸命に患者を救う姿を見て、「自分もこういう仕事がしたい」という気持ちが芽生えたのだそうです。
これ、なんか共感できませんか?医療ドラマって、見ているとなんだか自分も誰かの役に立てるような気持ちになりますよね。特に思春期のころの「将来の夢」って、意外とドラマや映画がきっかけだったりするもの。
英津子さんの場合、もともと美容医療に縁深い家庭で育っていたことで、ドラマのリアルな医師の姿が、より身近なものとしてストンと胸に落ちたのかもしれません。
こうして「医師になる」という目標を胸に、英津子さんは名古屋市内の高校を経て、医学部受験の道へと進んでいくことになります。高校については公表されていませんが、地元名古屋の高校に通っていたとみられています。
藤田医科大学で出会った運命と皮膚科への進路
医師になる夢を抱いた英津子さんが選んだのは、愛知県豊明市にある藤田医科大学(当時・藤田保健衛生大学)医学部でした。
医学部の偏差値は65で、愛知県内でもトップレベルの私立医科大学。医学部は6年制のため、学費も6年間で約3,000万円近くと言われており、これもご実家がいかにしっかりとした家庭だったかを物語っています。
そしてこの大学での出会いが、英津子さんの人生を大きく変えることになります。
皮膚科か内科か迷った経緯
医学部在学中、英津子さんは自分の専門をどこにするか悩んでいたといいます。候補として挙がっていたのは、救急医療や循環器内科といった分野でした。
しかし研修医として働く中で、ひとりの先輩医師と出会います。それが、後に夫となる高須幹弥さんです。
幹弥さんは英津子さんの2年先輩にあたり、同じ藤田医科大学医学部の出身。研修医時代から次第に距離が縮まり、いつしか恋愛関係に発展していきます。
研修医の終わりごろ、幹弥さんから「皮膚科に進んでみたら」とアドバイスを受けたことも、英津子さんが皮膚科の道を選ぶ大きなきっかけになったとされています。
……振り返ってみると、大学での出会いが専門分野の選択にまで影響するなんて、運命的ですよね。
研修医時代の経歴と高須幹弥との恋愛・結婚
2001年(平成13年)に24歳で藤田医科大学医学部を卒業した英津子さんは、社会保険中京病院の皮膚科で研修を開始します。
この研修期間中の2003年の論文・学会発表の記録には「山本英津子」という名前が残っており、当時の旧姓(山本)でしっかりと学術的な仕事をこなしていたことがわかります。
研修医として奮闘する傍ら、高須幹弥さんとの交際は続いていました。そして研修医を終えた2003年(平成15年)、英津子さんは幹弥さんと結婚。同年、藤田医科大学皮膚科への入局と高須クリニックへの勤務も始まりました。
翌2004年1月には長女も誕生し、英津子さんは医師・妻・母という3つの顔を持つことになります。
英津子さん自身のコメントによると、好きなタイプは「主人」だと堂々と公言しており、「自慢できることは優しい主人と可愛い3人の娘達」と語るほどの深い愛情が伝わります。こちらまで微笑ましくなるエピソードですね。
高須クリニック入職から銀座院長就任までの歩み
高須クリニックで勤務を開始した英津子さんは、3人の娘を育てながらも医師としてのキャリアをひたすら積み上げていきます。
その歩みをざっと振り返ると、以下のようになります。
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 2001年 | 藤田医科大学医学部卒業・社会保険中京病院で研修開始 |
| 2003年 | 藤田医科大学皮膚科入局・高須クリニック勤務・高須幹弥と結婚 |
| 2004年 | 長女誕生 |
| 2015年 | 高須クリニック栄院(元・ジュノメディカルエステティックサロン)院長就任 |
| 2020年 | YouTubeチャンネル「イエス!えっちゃんねる!!」開設 |
| 2022年 | 銀座高須クリニック院長就任 |
クリニックで働きながら、大学病院との共同研究も行い、レーザー治療の効果に関する学会発表も多数こなしてきた英津子さん。
その専門性の高さは、義父である高須克弥院長からもお墨付きをもらうほど。また他のクリニックのドクターがこぞって教えを請いに来るという話もあり、その技術力の評判は業界内でも広く知られています。
高須英津子さんは、子育てと医師のキャリアを20年以上にわたって両立させてきた、まさに現代のキャリアウーマンの理想形とも言える存在です。
高須英津子の生い立ちを調べる人向けの関連情報
英津子さんのプロフィールや生い立ちに加え、多くの人が気になっているその他の情報についてもまとめてご紹介します。
実家は1975年開業の名古屋の老舗医療サロン
英津子さんの実家について、もう少し掘り下げてご紹介します。
お母様・山本雪代さんが1975年に開業した「ジュノメディカルエステティックサロン」は、単なる美容サロンではなく、医療的な知識をベースにした先進的な施設でした。
当時、「医療」と「美容」を組み合わせるという発想はまだ一般的ではありませんでした。それにもかかわらず、名古屋の地で40年以上にわたって愛され続けたということは、雪代さんの先見の明と経営力の高さを示しています。
そして2015年に、娘の英津子さんが皮膚科医として院長に就任し、「高須クリニック栄院」としてリニューアルオープン。「一人娘の英津子が皮膚科医となり、親子でのコラボレーションが実現」という形で、長年の夢が叶いました。
また、雪代さんはチャイナペインティングの愛好家としても知られており、名古屋だけでなく軽井沢の別荘でも優雅な時間を過ごされているそうです。英津子さんが美的センスを持ち合わせているのは、こうした環境で育ったからこそと言えるでしょう。
ちなみに実家の旧姓は「山本」。2003年の社会保険中京病院の皮膚科業績論文に「山本英津子」という名前が残っており、結婚前の研修医時代から学術的な活動に積極的だったことがわかります。
3人の娘への愛情あふれる教育方針と家庭生活
英津子さんには、3人の娘がいます。高須幹弥さんのブログでかつて紹介された愛称は、長女「ぴぴ」、次女「らぶたん」、三女「あずにゃん」。パパの子煩悩ぶりが伝わってきますね(笑)。
2025年現在の年齢は、長女が大学4年生(22歳)、次女が大学1年生、三女が高校2年生とみられています。
娘たちの習い事と学校生活
英津子さんの娘たちはピアノやハープを習っており、芸術面での感性も大切にした教育方針が垣間見えます。
通学先については、ネット上では「南山大学付属」という説も出回っていますが、長女については医学部在籍(南山には医学部なし)であることが雑誌「ヴァンサンカン」の取材でも報じられており、少なくとも長女は地元の医科大学(藤田医科大学や名古屋大学などが候補)に通っているとみられています。
英津子さんの教育方針は「内面の美しさ」と「感性の育成」を重視したもの。家族で美術館巡りをする習慣を持ち、毎日手作りのお弁当を作り、お正月にはおせち料理も手作りします。
次女の大学受験期には、英津子さんがインスタグラムに「サポートをしっかりやるぞ」と宣言する投稿も。バランスの取れたお弁当とともに、母としての強い決意が伝わってきました。
バリバリのキャリア医師でありながら、毎日のお弁当作りを欠かさない英津子さんの姿は、多くの働く女性にとって本当に励みになりますよね。
プライバシーについては徹底しており、高須克弥院長(義父)の方針もあって、娘たちの顔写真はSNSには一切登場しません。幹弥さんがかつてブログに子供の写真を掲載しようとした際には、英津子さんから「目だけでなく顔を全部隠しなさい」と厳しく言われたというエピソードも残っています。
年齢不詳と言われるほどの若見えの秘訣
英津子さんといえば、その若々しい外見も大きな話題のひとつです。
2025年の誕生日(12月2日)で48歳になりますが、インスタグラムに投稿される写真を見て「40代後半とは思えない!」と驚く声は後を絶ちません。
その若さの秘訣はシンプルで、「美容皮膚科医としての専門知識を自分自身に実践していること」に尽きます。
サーマクールFLXやフラクセル2などのレーザー治療、ヒアルロン酸やボトックス注射など、クリニックで提供しているメニューを自らも継続的に受け、常にベストな状態の肌をキープしているのです。
また、英津子さんが開発したドクターズコスメ「ジュランツ」も日常のスキンケアに取り入れており、医学的に効果が実証された成分のみを使う徹底ぶり。趣味のテニスやゴルフでしっかり体を動かし、チャイナペインティングで心を整える生活習慣も、内側からの美しさを支えています。
一部ネット上では「老けてる」という声も見られますが、これは幹弥さんが実年齢よりも10歳以上若く見えるほど若々しいため、並ぶと相対的にそう感じてしまうだけというのが正直なところ。実際の英津子さんの肌のハリとツヤは、プロの目線から見ても十分に評価できるレベルだと言えるでしょう。
開発したドクターズコスメ・ジュランツの評判
英津子さんが手がけたドクターズコスメ「ジュランツ(Jullants)」は、彼女の医師としての知見と美容皮膚科医としての経験をフルに注ぎ込んだスキンケアブランドです。
最大の特徴は、EGF・FGF・IGFという3種の整肌成分(総称3GF)を配合していること。これらは肌の再生に関わる成長因子で、再生医療の分野でも注目されている成分です。
また、ヒト幹細胞培養液やエクソソームなど、最先端のエイジングケア成分も取り入れており、いわゆる「モデルが宣伝するだけの化粧品」ではなく、専門医が開発した根拠ある製品としての信頼感が口コミでも評価されています。
現在は公式サイトをはじめ、楽天市場やAmazon、さらにQVCのテレビ通販でも販売されており、広く一般に普及しているロングセラーブランドになっています。
英津子さん自身がトレーサビリティをしっかりと担保した上で開発に携わっている点が、患者さんやコスメファンから支持される理由のひとつと言えるでしょう。
高須幹弥との夫婦仲と家族への思い
英津子さんと高須幹弥さんの夫婦仲は、結婚から20年以上経った現在も非常に良好として知られています。
2人は同じ藤田医科大学出身の先輩後輩(幹弥が2年上)。英津子さんの研修医時代から交際が始まり、2003年に結婚。それ以来、同じクリニックグループの中で互いに院長として活躍するという、文字通り「仕事も人生もパートナー」の関係が続いています。
子供のプライバシーに関しては英津子さんの方がしっかりした方針を持っており、幹弥さんが子供の写真をブログに掲載しようとした際には「顔を全部隠しなさい」と強くアドバイス。その結果、幹弥さんが過去の投稿を泣く泣く削除したというほっこりするエピソードも語り草になっています。
英津子さんは好きなタイプについて「主人」と公言しており、「自慢できることは優しい主人と可愛い3人の娘達」と語っています。
多忙な医師生活の中でも、家族との時間を大切にしながら、軽井沢への家族旅行や美術館巡りを楽しむ。そんなバランスの取れた生き方が、英津子さんの若さと美しさの根底にある「幸せ」から来ているのかもしれません。
高須幹弥との結婚は、英津子さんの生い立ちと人生観を象徴する最高のエピソードと言えるでしょう。
高須英津子の生い立ちのまとめ
- 愛知県名古屋市生まれ、旧姓は山本
- お母様の山本雪代さんが1975年にジュノメディカルエステティックサロンを開業した医療・美容一家
- 幼少期から美容医療が身近な環境で育ち、チャイナペインティングなど美的センスも磨かれた
- 軽井沢に別荘を持つ裕福な家庭環境
- 医者を目指したのは中学2年生のとき、きっかけは医療ドラマ
- 藤田医科大学医学部へ進学(医学部偏差値65)
- 大学の先輩・高須幹弥と出会い、研修医時代から交際スタート
- 2001年に医学部を卒業後、社会保険中京病院で2年間研修
- 研修時代の名前は「山本英津子」として論文・学会発表に参加
- 2003年に藤田医科大学皮膚科入局、高須クリニック勤務開始、高須幹弥と結婚
- 2004年1月に長女(ぴぴ)を出産
- 2015年に高須クリニック栄院(元・母のサロン)の院長に就任
- 2020年にYouTubeチャンネル「イエス!えっちゃんねる!!」開設
- 2022年に銀座高須クリニック院長に就任
- ドクターズコスメ「ジュランツ(Jullants)」を開発・販売
- 3人の娘(大学4年・大学1年・高校2年)を持つ母でもある
- 長女は医学部在籍、将来の高須クリニック継承が期待される

