もたいまさこさんの実家って、どこにあってどんな家だったんだろう。
そう思って調べ始めると、渋谷区の住宅街という話と、有楽町にお店を構えていたという話が並んで出てきます。
しかもその店には、あの倉本聰さんが通っていたというから驚きですよね。
ご両親がすでに他界した今、その家がどうなっているのかまで含めて、分かっていることを整理しました。
・もたいまさこの実家が東京都渋谷区のどのあたりにあるのか
・実家の家業と、有楽町にあった店「メッカ」の正体
・両親が他界した現在、実家がどうなっているのか
もたいまさこの実家は東京都渋谷区のパン屋
もたいまさこさんの実家がどこにあって、何を営んでいたのか。
ここが一番気になるところですよね。
出身地・家業・両親のこと・そして今の実家の様子まで、分かっている範囲を順番に整理していきます。
実家があるのは東京都渋谷区
もたいまさこさんの出身地は東京都渋谷区です。
これはWikipediaをはじめ、映画.comやナタリーなど複数のプロフィール媒体で共通して記載されている情報で、ほぼ確定と考えていい部分ですね。
本名は罇真佐子(もたい まさこ)さん、生年月日は1952年10月17日。
「罇」という漢字はなかなか見かけないので、初めて見て驚いた方も多いんじゃないでしょうか。
渋谷区といっても範囲は広く、スクランブル交差点のような繁華街から、代々木や参宮橋のような静かな住宅街までいろいろあります。
もたいさんの実家があったのは後者、つまり落ち着いた住宅地のほうだと伝えられています。
学校は実践学園中学・高等学校を経て、舞台芸術学院を卒業。
実践学園は中野区にあるので、渋谷区の自宅から通える距離ですね。
こうして並べてみると、生まれてから学生時代までずっと都心で過ごしてきた人だということが分かります。
もたいまさこさんの実家は、東京都渋谷区の住宅街にあった。
これが出発点になる事実です。
「渋谷区の一等地」と書かれる理由
複数のまとめ記事で、もたいさんの実家は「都内の一等地にある」という表現をされています。
これは資産評価が公表されているという話ではなく、渋谷区の住宅街という立地そのものを指した言い方でしょうね。
実際、渋谷区の住宅地は東京23区の中でも地価がかなり高い部類に入ります。
そこに一戸建てを構えていたということ自体が、家庭の経済状況を推し量る材料になっているわけです。
参宮橋の住宅街にあるという情報
もう一歩踏み込んで、渋谷区のどのあたりなのか。
これについては小田急線・参宮橋駅の近くだとする情報があります。
ただしこれは個人ブログ発の情報で、本人や事務所が公表したものではありません。
一次情報の裏づけがない点は、はっきりお伝えしておきますね。
参宮橋は代々木公園と明治神宮に挟まれたエリアで、駅前から少し歩くと戸建てや低層マンションが並ぶ静かな一帯になります。
新宿から電車で数分という立地でありながら、驚くほど落ち着いた空気が流れている場所です。
もたいさんの飄々とした佇まいを知っている人からすると、なんとなく納得してしまう街並みかもしれません。
住所そのものは当然ながら公開されていませんし、本人が現在も所有している私有地の話です。
参宮橋という具体的な地名はあくまで噂のレベルにとどまる、という前提で読むのが正しい距離感かなと思います。
家業は有楽町にも店があったパン屋
もたいまさこさんの実家はパン屋を営んでいたとされています。
これはWikipediaにも記載がある、比較的しっかりした情報です。
さらに、東京都千代田区有楽町に「メッカ」という名前の店を構えていたことも伝えられています。
つまり渋谷区の自宅とは別に、有楽町という都心中の都心に店舗を持っていたということですね。
面白いのは、この「メッカ」に脚本家の倉本聰さんが通っていたというエピソードが残っている点です。
『北の国から』で知られるあの倉本聰さんですよ。
文化人が足を運ぶ店だったというだけで、店の格のようなものが伝わってきますよね。
ただ、この「メッカ」の業態については情報が割れています。
パン屋だとする記事と、コーヒー店だとする記事の両方があるんです。
| 情報源のタイプ | 「メッカ」の業態 | 補足 |
|---|---|---|
| 百科事典系 | パン屋 | 実家=パン屋という記述とセット |
| まとめ記事系 | コーヒー店 | 父を「コーヒーの神様」と紹介 |
パンとコーヒーは同じ店で出していてもまったく不自然ではないので、実際には両方を扱う店だった可能性もあります。
時代的にも、昭和の有楽町には喫茶とベーカリーを兼ねた店が珍しくありませんでした。
家業は飲食業で、有楽町に店を構えるだけの規模があったという点は、どの情報源でも一致しています。
洗足の「ロンシェール」説について
もう一つ、実家のパン屋を目黒区洗足の「ロンシェール」というお店だとする説が出回っています。
ロンシェールは昭和7年に「洗足パン」として創業した老舗で、黒柳徹子さんのお父さんが愛用したフランスパンでも知られていた名店でした。
2019年に惜しまれつつ閉店しています。
ただ、この説を紹介している記事自体が「真偽不明」と明記しているんですよね。
もたいさんの実家は渋谷区、ロンシェールは目黒区と場所も離れています。
現時点でロンシェール説を裏づける材料は見当たらないので、噂として頭の片隅に置いておく程度がよさそうです。
父・罇広志は倉本聰も通った店の主人
お父さんの名前は罇広志(もたい ひろし)さんといいます。
有楽町の「メッカ」を切り盛りしていた人物で、一部の記事では「コーヒーの神様」と呼ばれていたとまで書かれています。
この呼び名の出どころは一つの媒体だけなので、そのまま鵜呑みにはできません。
ただ、倉本聰さんのような書き手が通う店を都心で長く続けていたのは事実として伝わっているので、それなりに知られた店主だったのは間違いないでしょうね。
もたいさんといえば、映画『かもめ食堂』でコーヒーをめぐる印象的な場面に立ち会う役どころを演じています。
作品と実家を安易に結びつけるつもりはありませんが、コーヒーが日常にある家で育った人があの作品に出ていたと考えると、なんだか不思議な巡り合わせだなと思ってしまいます。
広志さんはすでに他界されています。
亡くなった時期を明示した報道は確認できませんでしたが、複数の記事で「父はすでにいない」と共通して書かれています。
父・罇広志さんは、都心に店を構えた飲食店の主人だった。
これが実家像の中心にある事実です。
母は高齢で他界し両親ともすでにいない
お母さんについては、名前や職業を報じた情報は見つかりませんでした。
分かっているのは、高齢になってから亡くなられたということです。
亡くなった時期については記事によって書き方が違っていて、「2016年に93歳で」とするものと、「10年ほど前に」とするものがあります。
前者は一つの媒体にしかない情報で、後者は記事が書かれた年によって指す年が動いてしまう表現です。
どちらが正しいかを確定させる材料はありませんが、いずれにしてもかなりのご長寿だったことは共通しています。
長く実家に暮らし、娘の活躍をずっと見届けていたお母さんだったんだろうなと想像すると、少ししんみりしますね。
これで、お父さんもお母さんも他界されているということになります。
実家に暮らしていたご両親は、二人ともすでに亡くなっている。
だからこそ、今の実家の状態が話題になるわけです。
実家が金持ちと言われる理由
「もたいまさこ 実家 金持ち」という調べ方をする人がとても多いんですよね。
なぜこう言われるのか、材料を整理してみます。
| 言われる理由 | 内容 |
|---|---|
| 自宅の立地 | 渋谷区の住宅街に一戸建てを構えていた |
| 店舗の立地 | 有楽町という都心一等地に店を持っていた |
| 拠点の数 | 自宅と店舗で都内に複数の拠点を押さえていた |
| 客層 | 倉本聰のような文化人が通う店だった |
こうして並べると、確かに裕福そうに見えます。
とくに大きいのは、渋谷区の自宅と有楽町の店舗という二つの都心拠点を持っていた点でしょう。
昭和の時代であっても、この二か所を維持できる家は決して多くありません。
ただし、資産額や年商といった具体的な数字は一切公表されていません。
店舗が自己所有だったのか賃借だったのかも分かっていないので、金持ちという評価はあくまで立地から逆算した見方にとどまります。
材料をひととおり見た上で言えるのは、派手なお金持ちというより、都心で堅実に商売を続けてきた家庭という像のほうがしっくりくるということです。
娘が高校卒業後に自分でアルバイトをして進学資金を貯めているという話とも、そのほうが整合します。
進学資金は自分で稼いでいた
もたいさんは高校を出たあと、銀座三越のベビー用品売場で2年間働いて、舞台芸術学院への進学資金を自分で用意しています。
実家が裕福だったという話と並べると、ちょっと意外に感じませんか。
親に出してもらうという選択をしなかった、あるいはそういう家風だったということなのかもしれません。
このエピソードひとつで、実家のお金持ち像の解像度がぐっと上がる気がします。
今も本人が手入れに訪れる実家
ご両親が亡くなったあと、渋谷区の実家はどうなっているのか。
報じられているところによると、もたいさん本人はそこに住んでいません。
かといって手放したわけでもなく、家はそのまま残っているそうです。
近所の人の話として伝わっているのは、郵便物は近隣の方が預かって管理していて、もたいさん自身が時々やってきては駐車場を掃除したり、玄関の扉に季節ごとの飾りつけをして帰っていく、という様子です。
……なんか、いいですよね。
住んではいないけれど、季節ごとに飾りを替えに来る。
ご両親が暮らした家を、そういう距離感で守り続けているということなんでしょう。
もたいさんは36歳頃まで実家で暮らしていたとも言われています。
36歳といえば、ちょうど『やっぱり猫が好き』が始まって一躍人気者になった頃です。
売れてからしばらくは実家から通っていたことになりますね。
今の実家は、誰も住まないまま本人の手で整えられ続けている家。
これが最新の状況です。
もたいまさこの実家を調べる人向けの関連情報
実家のことを調べていると、本名や兄弟、結婚といった周辺の疑問も一緒に出てきますよね。
ここからは、あわせて検索されることの多いテーマをまとめて片づけていきます。
本名は罇真佐子で読み方は同じ
もたいまさこさんの本名は罇真佐子です。
読みは「もたい まさこ」で、芸名とまったく同じ。
つまり、ひらがなに開いただけの芸名なんですね。
「罇」は樽や酒器を意味する漢字で、日常でお目にかかることはまずありません。
読める人が少ないから、そのまま使うと毎回説明が必要になる。
ひらがな表記にしたのは実用的な判断だったのかなと思います。
苗字が珍しいぶん、有楽町の店「メッカ」と父・罇広志さんの名前がひもづきやすかったという事情もありそうです。
兄弟がいるかどうかは分かっていない
兄弟はいるのかという疑問もよく見かけますが、これについてははっきりした情報がありません。
本人が語ったこともなければ、報道で触れられたこともないというのが実情です。
一部のまとめ記事は、家業を継いだ人がいないことや実家に誰も住んでいないことから、兄弟はいないのではないかと見ています。
ただ、これはあくまで状況からの逆算にすぎません。
兄弟がいても家業を継がないケースは普通にありますし、別の場所に家庭を持っていればそもそも実家には住みませんよね。
兄弟の有無は、現時点では確認できないというのが正確な答えです。
結婚はしておらず独身を通している
もたいまさこさんは結婚歴がありません。
夫や子供の存在を報じたものも確認できず、独身を通してきた女優さんです。
熱愛報道の類もほとんど表に出ていません。
これだけ長く第一線にいた人としては、かなり珍しいタイプと言えるかもしれませんね。
実家に36歳頃まで暮らしていたという話や、その実家を今も自分で手入れしているという話と並べると、家族との距離の取り方が一貫している人なんだなという印象を受けます。
若い頃は銀座三越で2年働いていた
先ほども触れましたが、高校卒業後に銀座三越のベビー用品売場で2年間働いています。
目的は舞台芸術学院への進学資金づくりでした。
もともと女優志望というより、舞台の制作側に関心があったとも伝えられています。
その後1978年に、渡辺えり子さん(現・渡辺えりさん)らと劇団2○○を結成。
1980年に劇団3○○へ改名し、1986年に退団しています。
若い頃は短気で男勝りな一面もあったそうで、自動車教習所で教官と喧嘩して途中退所したというエピソードまで残っています。
え、そうだったの!?という感じですよね。
飄々としたイメージとのギャップが、なかなか強烈です。
| 年 | できごと |
|---|---|
| 1952年 | 東京都渋谷区に生まれる |
| 高校卒業後 | 銀座三越で2年間勤務し進学資金を貯める |
| 1978年 | 劇団2○○を結成 |
| 1980年 | 劇団3○○に改名 |
| 1986年 | 劇団を退団/金鳥「ゴン」CMが話題に |
| 1988年 | 『やっぱり猫が好き』でブレイク |
| 2007年 | 『それでもボクはやってない』で日本アカデミー賞最優秀助演女優賞 |
1986年の金鳥の防虫剤「ゴン」のCMで木野花さんと共演した際の「亭主元気で留守がいい」というフレーズは、その年の流行語大賞で銅賞を受賞しました。
覚えている方も多いんじゃないでしょうか。
現在は事実上の引退状態にある
もたいまさこさんの現在についても触れておきますね。
長く所属していた事務所シャシャ・コーポレイションが2024年12月末で解散し、これをもって事実上の引退状態と報じられました。
出演としては2021年のドラマが最後で、それ以降まとまった仕事はしていません。
コロナ禍の前から周囲に「もう仕事は続けたくない」と話していて、オファーはすべて断っているとも伝えられています。
ただ、完全に人前から消えたわけではないんですよ。
2024年10月には渡辺えりさんのインスタグラムに劇団3○○時代の仲間との集合写真が上がり、2025年6月には渡辺えりさん主演の舞台『少女仮面』の楽屋を室井滋さんと訪ねた写真も公開されています。
仕事からは離れたけれど、旧知の仲間との縁は続いている。
そういう今の姿が、実家の手入れに時々通っている話とも重なって見えてきます。
小林聡美とは同じ事務所の盟友だった
もたいさんとセットで語られることが多いのが小林聡美さんです。
きっかけは1988年の『やっぱり猫が好き』。
小林聡美さん、室井滋さんと三姉妹役を演じたあの作品ですね。
以降も『かもめ食堂』『めがね』など、小林さんが主演する作品に何度も一緒に出演してきました。
二人は同じシャシャ・コーポレイションに所属していて、その事務所が2024年末に解散。
小林さんは還暦を前に独立という道を選び、もたいさんは事実上の引退という形になりました。
同じ場所から出発した二人が、同じタイミングで別々の方向へ進んでいったことになります。
長く続いたコンビの区切りとしては、ちょっと寂しさの残る幕引きかもしれません。
もたいまさこの実家のまとめ
- もたいまさこの出身地は東京都渋谷区
- 実家は渋谷区の住宅街にあり都内の一等地と表現される
- 参宮橋駅の近くという情報もあるが個人ブログ発で裏づけはない
- 実家の家業はパン屋とされている
- 東京都千代田区有楽町に「メッカ」という店を構えていた
- 「メッカ」の業態はパン屋とコーヒー店で情報が割れている
- 「メッカ」には脚本家の倉本聰が通っていたと伝えられる
- 目黒区洗足の「ロンシェール」が実家という説は真偽不明
- 父の名は罇広志で「コーヒーの神様」と呼ばれたとする記事もある
- 父も母もすでに他界している
- 母の没年は2016年に93歳とする説と10年ほど前とする説がある
- 実家が金持ちと言われるのは自宅と店舗が都心にあったため
- 資産額など具体的な数字は一切公表されていない
- 高校卒業後は銀座三越で2年働き進学資金を自分で貯めた
- 36歳頃まで実家で暮らしていたとされる
- 現在は本人は実家に住まず時々手入れに訪れている
- 本名は罇真佐子で読みは芸名と同じ
- 兄弟の有無は確認できていない
- 結婚歴はなく独身を通している
- 2024年末の事務所解散により事実上の引退状態

