哲学者の朱喜哲さんについて、国籍が気になって検索した方は多いのではないでしょうか。
読み方は「ちゅ・ひちょる」で、本人いわく「ふつうに本名」だそうです。
公式プロフィールから本人の発信まで一次情報だけを当たってみたところ、はっきり分かることと、どうしても分からないことがきれいに分かれました。
・朱喜哲の国籍が公式プロフィールに記載されているかどうか
・読み方「ちゅ・ひちょる」と名前の由来について本人が語っていること
・出身地の表記と実際に育った街のずれ
朱喜哲の国籍は公表されているのか
「朱喜哲」という名前を見て、まず国籍が気になった方は多いと思います。
ここでは公式プロフィールや本人の発信など、たどれる一次情報だけを並べて、どこまでが確認できてどこからが確認できないのかを整理していきますね。
公式プロフィールに国籍の記載はない
先に結論からお伝えします。
朱喜哲さんの国籍を記した公式プロフィールは、確認できませんでした。
哲学者として活動している方なので、経歴が載っている場所はたくさんあります。
研究者データベースのresearchmap、勤務先である電通の公式メディア「ウェブ電通報」、著書を出している講談社と文藝春秋の著者ページ、そして全国大学生協連のインタビュー。
どれも本人か所属先が管理している、いちばん信頼できる種類の情報です。
そのすべてに目を通しましたが、国籍を示す記載は一箇所もありませんでした。
| 確認した媒体 | 種別 | 国籍の記載 |
|---|---|---|
| researchmap | 研究者データベース(本人管理) | なし |
| ウェブ電通報 | 勤務先の公式メディア | なし |
| 文藝春秋PLUS 著者ページ | 出版社 | なし |
| 講談社 現代新書の著者紹介 | 出版社 | なし |
| 全国大学生協連のインタビュー | 公的団体 | なし |
ここ、地味に大事なポイントです。
「載っていない」のではなく「そもそも扱われていない」のですね。
研究者のプロフィールは学歴・所属・専門分野を書く場所なので、国籍を書く欄自体がありません。
一次情報にあるのは1985年大阪生まれだけ
では、出自に関して公式に出ている情報は何もないのかというと、そうではありません。
1985年に大阪で生まれたという一点だけは、複数の媒体で共通して記載されています。
講談社の著者紹介では「1985年、大阪府生まれ」、文藝春秋PLUSでも「1985年大阪生まれ」。
出版社が本人の確認を経て載せる著者略歴なので、ここは信頼していい情報です。
ただ、そこから先がありません。
両親の出身、家族の来歴、国籍や民族的なルーツについて触れた記述は、公式なプロフィールにはひとつも出てきませんでした。
つまり公表されているのは「1985年・大阪生まれ」までで、そこから国籍を導くことはできない、というのが今の状況です。
読み方はちゅ・ひちょるで本名だと明言
国籍が気になる理由のかなりの部分は、名前の読み方にあるのではないでしょうか。
朱喜哲さんの読みは「ちゅ・ひちょる」です。
漢字を日本語の音で読むのではなく、朝鮮語の音で読む形になっています。
ローマ字表記も本人が「JU Heechul」を使っていて、researchmapの英語表記もこれに揃えられています。
X(旧Twitter)のアカウント名も「朱喜哲(ちゅ・ひちょる/JU Heechul)」で、読みとローマ字を自分から併記しているんですね。
そして名前そのものについて、本人がこう書いています。
サイン会で「The 哲学(Philo-sophy)で、芸名みたいな名前ですね」と言われたことに触れて、「ふつうに本名です」とはっきり答えているんです。
哲学者が「喜哲」という名前なので、ペンネームだと思われることがあるようです。
言われてみればたしかに、できすぎた名前ではありますよね。
名づけ親の父が同じ氏族にちなんで命名
同じ投稿の中に、名前の由来についての説明も続きます。
本人によると、名づけ親は父親で、同じ氏族にあたる人物にちなんで付けられた名前だそうです。
氏族というのは、同じ姓と本貫(一族の発祥地)を共有する血縁集団のこと。
朝鮮半島に由来する姓の文化圏で使われる考え方で、日本の名字の感覚とは少し違います。
つまり、名前の付け方そのものにその文化の背景があることを、本人が自分の言葉で説明しているわけです。
ただし、ここでも国籍そのものは語られていません。
名前の由来は本人が明かしていますが、それは国籍を明かしたことにはならない、という線引きは大事だと思います。
命名の文化と国籍はイコールではありませんし、本人もそこには触れていないので、こちらが勝手に埋めるべきではないですよね。
大阪生まれと書く理由を本人が説明している
これがいちばん面白かった発信です。
本人はXで、プロフィールに「大阪生まれ」と書くことが多い理由を、自分から説明しています。
その意図は「日本語ネイティブ」という含意が主なものだ、と書かれているんですね。
出身地を示すためというより、どの言語で育った人間かを伝えるために置いている、ということです。
言語哲学を専門にしている方らしい、と言ってしまえばそれまでなんですが……個人的にはすごく印象に残りました。
肩書きのひとことに、そこまで意識的なんですね。
「大阪生まれ」という表記は、出自の説明ではなく言語的な自己紹介として選ばれている。
そう本人が言っている以上、この一行から国籍を読み取ろうとするのは、そもそも筋が違うということになります。
父が牧師で4つの街を移り住んだ子ども時代
同じ投稿では、その「大阪生まれ」が実態と少しずれることについても説明されています。
父親が牧師で転居が多かったため、実際に大阪で暮らしたのは生後数か月だけだったそうです。
本人が挙げている移動の経路は次の通りです。
| 時期 | 暮らした場所 |
|---|---|
| 生後数か月まで | 大阪 |
| 〜幼稚園年中 | 愛媛県新居浜市 |
| 〜小学5年の春 | 岐阜県岐阜市 |
| 〜高校3年 | 北九州市小倉 |
| 大学以降 | 再び大阪 |
本人はこの経歴を「漂泊の民」と表現しています。
生まれた街に数か月しかいないのに「大阪生まれ」と名乗り続けている、というのはなかなか独特ですよね。
そのうえで大学から現在まで大阪に腰を据えているので、結果として大阪との縁がいちばん長い人ではあります。
国籍を断定するページに裏づけが見当たらない
検索していて気になったことがひとつあります。
「朱喜哲 国籍」で検索すると、上位に外国語ドメインの不自然なページがいくつか出てきます。
タイトルには名前と「国籍」が入っているのに、中身は本人と関係のない文章が並んでいるだけ、という自動生成らしきページです。
当然ながら、出典も裏づけもありません。
国籍を言い切っている情報源が、どこにも見当たらないというのが実際のところです。
名前の読み、ローマ字表記、氏族の話。
ここから「おそらくこうだろう」と想像することはできますが、それは推測であって事実ではないですよね。
国籍は、本人が明かすか公的な記録で確認できるかのどちらかでなければ、確かめようがない種類の情報です。
この記事でも、確認できたことと確認できなかったことを分けたまま置いておきます。
朱喜哲の国籍を調べる人向けの関連情報
ここからは、朱喜哲さんについて一緒に検索されている項目をまとめていきます。
出身や読み方、肩書き、著書まで、プロフィールをひと通り押さえられる内容にしました。
出身は大阪だが育ったのは新居浜・岐阜・小倉
「朱喜哲 出身」は国籍の次に多く検索されている項目です。
プロフィール上の出身地は大阪ですが、前の章で見た通り、育った場所は愛媛県新居浜市・岐阜県岐阜市・北九州市小倉と移り変わっています。
小学5年の春から高校3年までを過ごした北九州市小倉が、いちばん長く暮らした街ということになりますね。
いわゆる「地元はどこですか」に一言で答えづらいタイプの経歴です。
何人かを示す公的な記録は確認できない
「朱喜哲 何人」というサジェストも出ています。
国籍と同じ関心ですが、こちらも答えは同じです。
本人が明かした発言も、公的な記録も確認できませんでした。
哲学の研究者で、ヘイトスピーチの学際研究に関する発表もある方なので、出自と結びつけて語られやすい立ち位置ではあります。
ただ、それは本人が国籍を語ったこととは別の話です。
推測でどちらかに寄せるのは避けたいところですね。
プロフィールは阪大招へい准教授と電通の二足
肩書きが少し複雑なので整理しておきます。
大阪大学 社会技術共創研究センター(ELSIセンター)の招へい准教授であると同時に、株式会社電通の社員でもあります。
電通では第6マーケティング局でチーフ・リサーチ・ディレクターを務め、データビジネスの倫理的な課題を扱っているそうです。
Forbes JAPANの記事では「企業内哲学者」と紹介されていました。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 生年・出生地 | 1985年・大阪 |
| 学歴 | 大阪大学文学部(2009年)→大学院文学研究科 博士前期課程(2011年)→博士後期課程修了・博士(文学)(2019年) |
| 所属 | 大阪大学 社会技術共創研究センター 招へい准教授/株式会社電通 |
| 専門 | プラグマティズム、言語哲学、その思想史 |
修士を出て電通に入り、社会人4年目から働きながら博士課程に進んで2019年に博士号を取った、というのがこの方の経歴の芯です。
会社員をしながら哲学の博士号まで取り切るというのは、率直にすごいですよね。
wikiに単独項目は見当たらない
「朱喜哲 wiki」もよく検索されています。
調べたところ、日本語版Wikipediaに単独の項目は確認できませんでした。
有志が運営する別のウィキサイトには項目がありましたが、出典の裏づけが取れないため、この記事では内容を採用していません。
経歴を確かめたいときは、本人が管理しているresearchmapを見るのが確実だと思います。
書籍はローティ研究と〈公正〉を乗りこなす
著書もいくつか出ています。
代表作は『〈公正(フェアネス)〉を乗りこなす 正義の反対は別の正義か』。
ほかに『NHK100分de名著 ローティ「偶然性・アイロニー・連帯」』、『バザールとクラブ』、『人類の会話のための哲学』があります。
共著では『信頼を考える』(勁草書房・2018年)、『在野研究ビギナーズ』(明石書店・2019年)に参加しています。
ローティ研究が専門でNHKの番組テキストも
専門はアメリカの哲学者リチャード・ローティを中心としたネオプラグマティズムです。
2019年の博士論文も、ローティの哲学を歴史的にどう評価するかをテーマにしたものでした。
研究の中心にあるのは、立場の違う人同士がどう会話を続けるか、という問いです。
NHK「100分de名著」ではローティの『偶然性・アイロニー・連帯』を担当しました。
朱喜哲の国籍のまとめ
- 朱喜哲の国籍を記した公式プロフィールは確認できない
- researchmap・ウェブ電通報・出版社の著者ページのいずれにも国籍の記載がない
- 公式に共通して出ているのは1985年・大阪生まれという情報だけ
- 読み方は「ちゅ・ひちょる」、ローマ字表記はJU Heechul
- 名前は本名だと本人がXで明言している
- 名づけ親は父親で、同じ氏族にあたる人物にちなんだ命名だと説明している
- 名前の由来は語られているが、国籍そのものは語られていない
- プロフィールに「大阪生まれ」と書くのは「日本語ネイティブ」という含意が主だと本人が説明
- 父親が牧師で転居が多く、大阪にいたのは生後数か月だけ
- 育ったのは愛媛県新居浜市・岐阜県岐阜市・北九州市小倉で、大学から再び大阪
- 検索上位には裏づけのない自動生成らしきページが混ざっている
- 国籍を断定できる一次情報は現時点で確認できない
- 肩書きは大阪大学 社会技術共創研究センター招へい准教授と電通社員の二足
- 会社員を続けながら博士課程に進み、2019年に博士(文学)を取得
- 専門はリチャード・ローティを軸としたプラグマティズムと言語哲学

