お笑いコンビ・阿佐ヶ谷姉妹の妹役として親しまれている木村美穂さん。
あのふんわりした空気感の人が、どんな家で、どんなふうに育ったのか。気になって検索した方も多いのではないでしょうか。
調べてみると、実家は神奈川県相模原市。両親と本人だけの3人家族で、一人っ子として大事に育てられた様子が見えてきました。
お父さんはすでに亡くなられていて、今はお母さんとの距離がぐっと近い……そこまで知ると、木村さんのあの柔らかさの理由が少しだけ分かる気がします。
・木村美穂の実家がある場所と、いつまで実家で暮らしていたのか
・両親との関係と、一人っ子として育った家庭の様子
・音楽科に通わせた実家の教育環境と、そこから芸人になるまでの道のり
木村美穂の実家は神奈川県相模原市
まずは一番知りたいところ、実家の場所と家庭の様子から見ていきましょう。
公表されている情報は多くありませんが、複数の媒体をつき合わせると、家族の形はかなりはっきり見えてきますよ。
実家があるのは相模原市内
木村美穂さんの実家は神奈川県相模原市にあります。
本人のプロフィールでも出身地は「神奈川県」とされていて、より細かくは相模原市と紹介されることがほとんどです。
相模原市は神奈川県の北部、東京都町田市と隣り合った政令指定都市。
都心のベッドタウンとして発展した街で、駅前は栄えている一方、少し離れると住宅街と畑がゆるやかに混ざり合う、生活のしやすいエリアです。
いわゆる「芸能人の実家」で連想しがちな豪邸エリアや高級住宅街ではなく、ごく普通の暮らしの延長にある土地、という表現がしっくりきます。
そして木村さんは、短大時代まで実家で暮らしていたとされています。
つまり小学校から短大卒業までの約18年間、生活の拠点はずっと相模原だったということですね。
芸人としてのイメージが強いので「ずっと東京の人」と思われがちですが、木村美穂さんのルーツは、相模原で過ごした長い実家暮らしの時間にあります。
実家を離れたのは短大を卒業してから
短大卒業後、木村さんは東京都内の髙島屋に就職しています。
勤務先が都内になったことで、生活の中心も少しずつ東京へ移っていきました。
その後は劇団の養成所に入り、さらに阿佐ヶ谷姉妹としての活動へ。
2011年頃からは相方の渡辺江里子さんと東京・杉並区の阿佐谷で同居し、2017年末に同居は解消したものの、今も同じアパートの隣同士に住んでいるとされています。
実家を出たあとの住まいの話まで含めると、「相模原の実家 → 都内勤務 → 阿佐谷」という、わりと分かりやすい一本道なんですよね。
生まれは町田市南町田という記載も
ここ、少しややこしいポイントです。
出身地は神奈川県相模原市とされる一方で、略歴には東京都町田市南町田で生まれたという記載も見られます。
一見矛盾しているようですが、相模原市と町田市はぴったり隣接していて、市境をまたいだ生活圏はほぼひと続きです。
南町田から相模原市内までは車で20分ほど。買い物や通院で市をまたぐのも日常茶飯事のエリアなんですね。
実際、「東京都町田市で生まれ、神奈川県相模原市で育った」と整理している媒体もあります。
生まれた場所(あるいは出産した病院の所在地)と、その後に暮らした家が違う、というのはよくある話です。
生まれの記載が町田市、育った実家が相模原市。この2つは矛盾ではなく、隣り合った街だからこそ生まれた表記の揺れと考えるのが自然でしょう。
ただし、どちらが正確なのかを本人が語った発言は確認できませんでした。ここは「そういう記載が併存している」という事実だけ押さえておくのがよさそうです。
家族構成は両親と本人の3人
木村美穂さんの家族構成は、父・母・本人の3人。
兄弟姉妹はおらず、一人っ子として育っています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 家族構成 | 父・母・本人の3人 |
| 兄弟姉妹 | なし(一人っ子) |
| 父親 | すでに他界 |
| 母親 | 健在。本人と仲が良い |
| 実家の所在 | 神奈川県相模原市 |
「阿佐ヶ谷姉妹」という名前から、相方の渡辺江里子さんを実のお姉さんだと思っていた方もいるかもしれません。
ですが2人に血のつながりはなく、コンビ名は阿佐谷の鰻屋さんで「姉妹みたいだね」と店主に言われたことがきっかけで付いたものです。
木村さんは普段から渡辺さんを「お姉さん」と呼んでいるそうで、一人っ子だった人が大人になってから姉のような存在に出会った、と考えるとなんだかじんわりしますよね。
実家に兄弟はいませんが、芸人になってから本当の姉妹のような相方を得た。それが木村美穂さんの家族の物語です。
父親はすでに他界している
お父さんについては、すでに亡くなられていると伝えられています。
職業や人柄について具体的に語られた記録は見当たらず、亡くなった時期も公表されていません。
芸人としてブレイクしたのは2016年以降ですから、その姿を見てもらえたのかどうかも分からないままです。
……ここは正直、想像するだけで少し胸が締めつけられます。
一人っ子として両親の愛情を一身に受けて育ったと言われている木村さん。
お父さんの存在が語られる機会は少ないものの、相模原の家で3人で過ごした時間があったからこそ、今のあの穏やかさがあるのだろうと感じます。
なお、家庭の事情や死因に関わる部分は本人が公にしていません。この記事でも、確認できる範囲を超えて踏み込むことはしません。
母親とは今も仲が良い
一方、お母さんは健在で、今も実家から野菜などを送ってもらっていると紹介されています。
売れてからはお母さんと2人で旅行に出かけることもあるそうで、親孝行ぶりが伝えられているんですね。
実家からの仕送りが「野菜」というのが、なんとも相模原らしいというか、生活の匂いがして好きなエピソードです。
芸人としての知名度が上がっても、実家との距離感が変わっていない。
木村美穂さんにとっての実家は、今も母親とつながり続けている現在進行形の場所だと言えます。
ちなみに、相方・渡辺江里子さんの家族とも親交があるとされていて、阿佐ヶ谷姉妹の関係が仕事の枠を超えていることが分かります。
音楽科への進学から見える実家の教育環境
実家の経済状況について、本人が語った情報はありません。
ただ、進路をたどると家庭の雰囲気はある程度うかがえます。
木村さんは幼少期からピアノを習い、私立の洗足学園高校 音楽科へ進学。そのまま洗足学園短期大学の音楽科へ進んでいます。
ピアノは楽器の購入だけでなく、レッスン料・調律・発表会と、長期にわたって費用がかかる習い事です。
そのうえで私立高校の音楽科、さらに短大の音楽科まで進ませているわけですから、子どもの音楽教育に相応の投資ができる家庭だったと考えるのが自然でしょう。
実家が資産家だとか金持ちだという情報はどこにもありませんし、そう断定できる材料もありません。
分かるのは「裕福かどうか」ではなく、娘のやりたいことに長く付き合ってくれる両親だった、ということです。
ピアノの先生を目指していた時期があると紹介されている点も、その教育環境を裏づけていると言えそうですね。
木村美穂の実家を調べる人向けの関連情報
ここからは、実家と合わせて検索されることの多い学歴・若い頃・プロフィールをまとめていきます。
相模原の実家からどうやって阿佐ヶ谷姉妹になったのか、その道のりが見えてきますよ。
出身中学は相模原市立弥栄中学校
木村美穂さんの出身中学は、相模原市立弥栄中学校とされています。
小学校も同じ学区の相模原市立弥栄小学校と紹介されており、実家が相模原市内にあるという情報とも矛盾しません。
ただしこれらは1つの媒体にしか記載がなく、本人や学校側が公表したものではない点は添えておきます。
中学時代のエピソードとしてよく紹介されるのが、担任の先生が黒板にクラス全員の名前を書いたとき、自分の名前だけ抜けていたという話です。
……そりゃ地味にショックですよね、それは。
後年「ポンコツ芸人」と呼ばれるキャラクターの片鱗が、すでにこの頃からあったのかもしれません。
子ども時代はかなりおてんばな少女だったとも紹介されていて、今の物静かなイメージとはずいぶん違います。
高校と短大は洗足学園の音楽科
高校・短大の進学先は、いずれも神奈川県川崎市にある洗足学園です。
| 学校 | 学科 | 備考 |
|---|---|---|
| 相模原市立弥栄小学校 | – | 実家の学区内(単独情報) |
| 相模原市立弥栄中学校 | – | 実家の学区内(単独情報) |
| 洗足学園高等学校 | 音楽科 | ピアノ専攻。ギター部にも所属 |
| 洗足学園短期大学 | 音楽科 | 現・洗足こども短期大学。卒業 |
高校ではピアノを専攻しながら、ギター部にも所属していたそうです。
音楽漬けの学生生活だったことがよく分かりますね。
そして高校時代からお笑いを好きになり、そこから舞台女優志望へと気持ちが動いていったと紹介されています。
音楽の道を歩いていた高校生が、同じ時期にお笑いへ惹かれていた。ここが後の人生の分岐点だったと言えます。
ピアノの道を断念した経緯
短大でもピアノを専攻していた木村さんですが、プロのピアニストになる夢は短大時代に断念しています。
理由について本人は、あまり練習しなかったと語っているそうです。
幼少期から続けてきた道をやめる決断って、本当はもっと重いはずなんですよね。
それを「練習しなかったから」とさらっと言ってしまえるところが、木村さんらしいというか、なんだか好きになってしまいます。
ピアノの先生という進路もあったなかで、結果的に選んだのは別の道でした。
とはいえ音楽の素養が消えたわけではなく、阿佐ヶ谷姉妹といえば歌ネタというイメージを持つ方も多いはず。
実家が与えてくれた音楽教育は、ピアニストではなく芸人という形で今も生きています。
若い頃は高島屋の布団売り場に勤務
短大を卒業した木村さんが最初に就いた仕事は、東京都内の髙島屋にある布団店(布団売り場)での接客でした。
音楽科を出て百貨店の寝具売り場、という流れも、なかなか予想しづらいですよね。
ただ本人は接客にあまり向いていないと感じたそうで、この仕事はおよそ1年で辞めたと伝えられています。
この「1年で退職」の部分は1つの媒体にしか記載がないため、参考程度に受け取ってください。
ピアノを諦め、就職した会社も1年ほどで離れる。
20代前半のこの時期、実家を出て東京で働きながら、進む方向を探していたのだろうと想像できます。
阿佐ヶ谷姉妹を結成するまで
転機は劇団東京乾電池の研究所でした。
1994年、研究所に在籍していた木村さんは、そこで相方となる渡辺江里子さんと出会います。
ただし、入所した時期を22歳頃とする記載もあり、年の部分は媒体によって差があります。ここは幅を持って見ておくのがよさそうです。
出会いからコンビ結成までは、なんと13年。
阿佐ヶ谷姉妹の結成は2007年、コンビとしてのデビューは同年10月22日です。
コンビ名の由来は、阿佐谷の鰻屋を訪れた際、姉妹のように似ていることから店主に「阿佐ヶ谷姉妹」と名付けられたこと。
その後、2016年にフジテレビ「第22回細かすぎて伝わらないモノマネ選手権」で優勝し、2018年には「女芸人No.1決定戦 THE W」で優勝しました。
THE Wでは、得意の歌ネタをほぼ封印したコントで勝負しての優勝でした。
出会いから優勝まで24年。相模原の実家を出た一人っ子の女性が、ここまで長い時間をかけて芸人としての居場所を作ったわけです。
身長やプロフィールの基本情報
最後に、木村美穂さんの基本プロフィールを整理しておきます。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 木村美穂(きむら みほ) |
| 生年月日 | 1973年11月15日 |
| 出身 | 神奈川県相模原市(東京都町田市南町田生まれとの記載もあり) |
| 身長 | 156cm |
| 血液型 | A型 |
| 学歴 | 洗足学園高校 音楽科 → 洗足学園短期大学 音楽科 卒業 |
| コンビ | 阿佐ヶ谷姉妹(妹役) |
| デビュー | 2007年10月22日 |
| 趣味・特技 | 仏像鑑賞、ねこ探し、ピアノ、ゼリー作り |
身長は156cm。
趣味に仏像鑑賞とねこ探しが並んでいるあたり、もう説明不要の説得力がありますよね。
寝ながら歯磨きをするという逸話も紹介されていて、ポンコツ芸人と呼ばれるゆるさは日常にもしっかり出ているようです。
木村美穂の実家のまとめ
- 木村美穂の実家は神奈川県相模原市にある
- 短大時代まで実家で暮らしていたとされる
- 略歴には東京都町田市南町田で生まれたという記載もある
- 相模原市と町田市は隣接しており、生活圏はほぼひと続き
- 家族構成は父・母・本人の3人
- 兄弟姉妹はおらず一人っ子として育った
- 父親はすでに他界しており、職業などは公表されていない
- 母親は健在で、今も実家から野菜などが届くという
- 売れてからは母親と2人で旅行に行くこともあるとされる
- 幼少期からピアノを習い、私立の音楽科へ進学している
- 実家が資産家という情報はなく、金持ち説を裏づける材料もない
- 出身小学校・中学校は相模原市立弥栄小・中とされる(単独情報)
- 短大卒業後は都内の髙島屋の布団売り場に勤務した
- 1994年に劇団東京乾電池の研究所で渡辺江里子と出会う
- 2007年に阿佐ヶ谷姉妹を結成し、2018年にTHE Wで優勝した

