工藤遥の実家は埼玉県川口市!弟2人と暮らした家を出たのは18歳の冬

工藤遥の実家は埼玉県川口市!弟2人と暮らした家を出たのは18歳の冬

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元モーニング娘。で俳優の工藤遥さんの実家がどこにあるのか、気になっている方は多いのではないでしょうか。

調べてみると、11歳11か月で加入してから18歳で卒業するまで、工藤遥さんはずっと実家から現場に通っていたことが分かります。

その毎日を支えていたのがお父さんの車だったというから、なんだかじんわりしてしまいますよね。

この記事を読むとわかること
・工藤遥の実家が埼玉県川口市にあるとされる根拠
・父・母・弟2人との5人家族の暮らしと家族仲のエピソード
・実家を出て一人暮らしを始めた時期とそのきっかけ

工藤遥の実家は埼玉県川口市の5人家族

まずは一番知りたいところから。工藤遥さんの実家がどこにあって、どんな家族が待っている家なのかを、本人の発言をたどりながら整理していきますね。

実家は埼玉県川口市にある

工藤遥さんのプロフィールで公表されている出身地は埼玉県です。

オリコンやWikipediaといった基本的なプロフィール欄では、そこから先の市区町村までは書かれていません。

ただ、学歴をたどっていくと場所はかなりはっきりします。

出身小学校・中学校として名前が挙がっているのがどちらも川口市内の公立校で、複数の媒体が同じ内容を伝えているんですね。

つまり工藤遥さんの実家は埼玉県川口市にあるとみられます

川口市は埼玉県の南端で、荒川をはさんで東京都北区と向かい合っている街です。

赤羽まで一駅、上野や東京駅までも30分かからない立地なので、通勤・通学で都内に出る人がとても多いエリアなんですよ。

小学生でハロプロエッグに入り、11歳でモーニング娘。に加入した工藤遥さんが、寮ではなく自宅から活動を続けられたのは、この距離の近さが大きかったはずです。

実家の詳しい住所は公表されていない

念のため書いておくと、番地レベルの住所や家の外観といった情報は一切公表されていません。

ご家族は一般の方なので、ここから先を探しにいくのは筋が違いますよね。

この記事でも、公表されている範囲と本人が話した範囲だけを扱います。

通った小学校と中学校は地元の公立校

実家の場所を裏づけているのが学歴です。

出身小学校は川口市立前川東小学校、出身中学校は川口市立上青木中学校とされています。

どちらも私立や芸能コースのある学校ではなく、地元の公立校なんですよね。

小学生のうちにハロプロエッグへ入り、中学に上がってすぐモーニング娘。のメンバーになった人が、そのまま近所の公立中学に通っていた。

なんだか、いいですよね。

高校は通信制の鹿島学園高校に進んでいます。

芸能活動と学業を両立させるための選択で、ここで初めて地元の学校から離れる形になりました。

区分 学校名
小学校 川口市立前川東小学校(埼玉県川口市)
中学校 川口市立上青木中学校(埼玉県川口市)
高校 鹿島学園高校 通信制課程
大学 進学せず

小学校から中学校までを地元の公立校で過ごしているという事実が、実家が川口市にあることの一番の根拠になっています

家族構成は両親と弟2人の5人家族

実家で暮らしていた家族は、父・母・工藤遥さん・弟2人の5人家族です。

工藤遥さんは3人きょうだいの長女ですね。

弟さんはそれぞれ2歳下と5歳下と伝えられています。

つまり工藤遥さんがモーニング娘。に加入した11歳のとき、下の弟さんはまだ6歳ということになります。

家じゅうがまだ小さい子どもだらけの時期に、長女がテレビや武道館のステージに立ち始めたわけです。

ご両親の職業について、父親は会社員、母親は専業主婦とする記述が個人ブログ系のサイトに見られます。

ただ、これは公式に発表されたものではありません。

ご両親ともに一般の方で、職業も含めた詳細は公表されていないというのが正確なところです

弟2人とは今も仲がいい

きょうだい仲についてはエピソードが残っています。

外出しにくかった時期には弟さんたちとトランプをして過ごしたり、一緒に映画を観に行ったり、作品のロケ地をめぐったりしているそうです。

下の弟さんが小学校に上がるころにはもう家を空けることが多かったはずなのに、大人になってから一緒に遊びに出かける関係なんですよね。

個人的にすごく好きなエピソードです。

父は仕事の送り迎えを担当していた

実家の話でいちばん具体的なのが、お父さんの送り迎えです。

工藤遥さん本人が自動車雑誌のインタビューで、10代のころの移動について詳しく語っています。

仕事には父親が車で送り迎えをしてくれていたとのこと。

しかも近所の駅までという話ではありません。

地方でライブをした帰りには東京駅や品川駅まで迎えに来て、郊外でミュージックビデオを撮影するとなれば現場まで来てくれていたそうです。

想像してみてください。

平日は仕事をして、娘のライブが地方であれば到着時刻に合わせて東京駅で待つ。

撮影が郊外なら、自分の休みを使ってそこまで運転する。

これを中学・高校の6年間ずっと続けているわけです。

工藤遥さんは人生で一番車に乗っていた時間がモーニング娘。在籍中の10代だったと振り返っていますが、その助手席の時間はほぼお父さんとの時間だったことになりますね。

実家の車と父親の運転が、11歳でアイドルになった少女の活動を物理的に支えていたわけです

母の教育方針は「やらないだけ」

お母さんについては、料理と教育の両面で本人の証言が残っています。

工藤遥さんは自身のポジティブさについて、母の教育の賜物だと話しています。

お母さんは、できないことに対して容赦がなかったそうです。

できないものなんてないんだよ、やらないだけというのが口ぐせだったといいます。

言葉だけ見ると厳しく感じますが、実際にやっていたのは、とにかくいろいろなことに挑戦させて「できない」を一つずつ減らしていくことでした。

持久走大会のときには何位以内という目標と、達成したときのごほうびの金額まで具体的に決めていたそうです。

目標と報酬をセットで提示するあたり、なかなか実務的なお母さんですよね。

小学生時代に習っていた水泳が今も特技として挙げられているのも、この「まずやらせる」方針の延長線上にあるのかもしれません。

工藤遥さんの物おじしない性格は、実家でのこの育て方から来ていると本人が認めているわけです

週末の朝食は父が名づけた砂糖バターパン

実家の食卓の話も、けっこう具体的に語られています。

まず工藤家はパン派で、ホームベーカリーをよく使っていたそうです。

しかもバターではなくマーガリン派。

そして週末の朝に出てくる定番メニューが、食パンにマーガリンと砂糖をたっぷり塗ってトースターで焼いたものでした。

この料理には名前がついていて、砂糖バターパンといいます。

名づけ親はお父さんです。

バターではなくマーガリンなのに砂糖バターパン、というところがまた家庭料理っぽくて好きなんですよね。

お母さんの料理観についても本人が話しています。

食べるならおいしい方がいいという方針で、インスタントラーメンを食べるときですら野菜炒めをのせたり調味料を足したりして、少しでもおいしくしようとする人だったそうです。

ありもので済ませない家だった、ということですね。

工藤遥さんが後に料理好きになる下地は、この実家の食卓で作られていました

18歳の冬に実家を出て一人暮らしへ

実家で暮らしていた期間には、はっきりした区切りがあります。

2017年12月11日、日本武道館でのコンサートをもってモーニング娘。を卒業し、その同じ冬に一人暮らしを始めているんです。

つまり11歳11か月で加入してから18歳で卒業するまで、アイドル期間はまるごと実家から通っていたことになります。

寮生活ではなく、川口の自宅から現場へ。

送り迎えをするお父さんがいて、帰れば家族5人の食卓がある状態で、あのスケジュールをこなしていたわけですね。

一人暮らしを始めた当初について、本人はこう振り返っています。

最初は料理をする気なんて全然なかったけれど、目の前に自分専用のキッチンがあると何かしたくなって、完全に目覚めた、と。

実家ではやりにくかった工夫、たとえばマヨネーズやチーズをたっぷり使うようなことも、自分の台所なら自由にできます。

実家を出たタイミングとアイドルを卒業したタイミングが完全に重なっているのが、工藤遥さんの経歴の面白いところです

工藤遥の実家を調べる人向けの関連情報

ここからは、実家と一緒に検索されることの多い話題をまとめておきます。ご家族とのエピソードから現在の活動まで、気になるところをひと通り拾いました。

家族仲の良さが伝わるエピソード

工藤遥さんは、芸能界でも屈指の家族思いとして知られています。

その空気感が伝わるエピソードがいくつか残っているので紹介しますね。

ひとつは給料明細の話です。

明細をご両親に渡すと、はい、弟の学費入りました、と冗談で返される一幕があったそうです。

長女の稼ぎで弟の学費を、という状況を深刻にせず笑いに変える家なんですよね。

お父さんとの距離の近さを示す話としては、小学6年生までお風呂が一緒だったというものもあります。

もうひとつはお母さんの料理です。

モーニング娘。の同期メンバーが泊まりに来たときに出したうどんが、メンバーたちを感動させたと伝えられています。

……なんか、いいですよね。

なお、これらは個人ブログ系の媒体が伝えているもので、公式に確認されたものではありません。

それでも、家族の話をこれだけ具体的に語ってきた人だということは間違いないですね

母がモーニング娘。加入に反対していた

意外に思われるかもしれませんが、実家は最初から芸能活動に前のめりだったわけではありません。

お母さんは当初、モーニング娘。への加入に反対していたと伝えられています。

そこを説得して認めさせたのが、お父さんでした。

10期メンバーを決めたオーディションには約6000人の応募があり、合格したのは4人だけです。

その狭き門を小学生が通ってしまったわけですから、お母さんが心配するのも当然ですよね。

まだ11歳で、学校もこれから中学に上がるというタイミングです。

賛成した側のお父さんが、その後6年間にわたって送り迎えを引き受けることになったと考えると、あの説得はきちんと責任とセットだったことになります。

母の反対を父が説得したという構図が、そのまま工藤遥さんのアイドル期の家族の役割分担につながっていたわけです

ちなみに工藤遥さんがモーニング娘。を好きになったきっかけは、幼稚園の年少のときの発表会だったといいます。

そこで曲に触れてから、加入までおよそ7年。

かなり筋の通った好きだったんですね。

実家の車カルディナとの別れ

送り迎えをしていた実家の車についても、本人が詳しく語っています。

車種はトヨタの白いカルディナでした。

中古で買ったものの、前のオーナーが1年ほどしか乗っていない新車同然の個体だったそうです。

そこから何万キロも走り、やがて買い替えの話が出ます。

このときの気持ちを、工藤遥さんは、ワンピースでルフィたちがゴーイングメリー号を燃やしたときぐらい悲しかった、と表現しました。

理由もはっきり話しています。

自分のアイドル人生となった10代を支えてくれた車だったから。

東京駅への迎えも、郊外の撮影現場までの道のりも、全部この車だったわけですよね。

読んでいてこちらまでしんみりしました。

実家の車は、工藤遥さんにとって家族の一員に近い存在だったということです

中学では水泳部のマネージャーだった

実家での習い事から続いている話も拾っておきます。

工藤遥さんは小学生時代に水泳を習っていて、今もプロフィールの特技欄に水泳が入っています。

中学に上がってからは水泳部に所属したものの、選手ではなくマネージャーを務めていたとされています。

すでにモーニング娘。として活動していた時期ですから、大会や練習に選手として合わせるのは難しかったんでしょうね。

それでも部活そのものからは離れなかった、というのがちょっといい話だと思いませんか。

地元の公立中学で、同級生と同じ部室にいた時間があったわけです。

モーニング娘。卒業から現在までの歩み

実家を出たあとの歩みも簡単にまとめておきますね。

工藤遥さんは2010年1月にハロプロエッグへ加入し、2011年9月29日にモーニング娘。10期メンバーとして発表されました。

このときの年齢が11歳11か月で、モーニング娘。史上最年少記録です。

中学2年だった2013年4月にはビッグコミックスピリッツの表紙・巻頭グラビアを13歳で飾り、こちらも史上最年少とされています。

高校1年の2015年8月にはシングルOh my wish!で初センターを経験。

高校2年で舞台に立ったことをきっかけに、女優を志すようになったといいます。

そして2017年12月の卒業後は俳優業へ。

2018年の快盗戦隊ルパンレンジャーVS警察戦隊パトレンジャー、2020年の映画のぼる小寺さんなどで主演を務めています。

時期 できごと
1999年10月27日 埼玉県で誕生
2010年1月 ハロプロエッグ加入(10歳)
2011年9月29日 モーニング娘。10期加入発表(11歳11か月・史上最年少)
2013年4月 ビッグコミックスピリッツの表紙を13歳で飾る
2015年8月 Oh my wish!で初センター
2017年12月11日 日本武道館で卒業/同じ冬に一人暮らし開始
2018年〜 俳優としてルパンレンジャーVSパトレンジャーなどに出演

実家から通ったアイドル時代と、一人暮らしで始まった俳優時代が、2017年の冬できれいに分かれているのが分かります

身長や愛称などの基本プロフィール

最後に基本情報を整理しておきます。

項目 内容
名前 工藤遥(くどう はるか)
生年月日 1999年10月27日
出身地 埼玉県(実家は川口市とされる)
身長 161cm
血液型 A型
愛称 くどぅー、どぅー
イメージカラー オレンジ
特技 水泳
家族構成 父・母・弟2人の5人家族(長女)

工藤遥加とは別人なので注意

検索するときに気をつけたいのが、名前がよく似た工藤遥加さんとの混同です。

工藤遥加さんは元プロ野球監督の工藤公康さんの娘で、俳優の工藤阿須加さんの妹にあたる方です。

家族構成も出身地もまったく違いますので、実家の情報を調べるときは名前の最後の一文字まで確認してくださいね。

この記事で扱っているのは、元モーニング娘。で俳優の工藤遥さんのほうです

工藤遥の実家のまとめ

  • 工藤遥の出身地は埼玉県と公表されている
  • 実家は埼玉県川口市にあるとされる
  • 出身小学校は川口市立前川東小学校とされる
  • 出身中学校は川口市立上青木中学校とされる
  • 高校は通信制の鹿島学園高校
  • 家族構成は父・母・弟2人の5人家族で本人は長女
  • 弟は2歳下と5歳下
  • 両親は一般人で職業などの詳細は公表されていない
  • 父は仕事の送り迎えを担当し、東京駅や撮影現場まで迎えに来ていた
  • 実家の車はトヨタの白いカルディナだった
  • 母の口ぐせはできないものなんてない、やらないだけ
  • 実家はパン派で、週末の定番は父が名づけた砂糖バターパン
  • 母は当初モーニング娘。加入に反対し、父が説得した
  • モーニング娘。卒業と同じ2017年の冬に一人暮らしを開始
  • 名前の似た工藤遥加は工藤公康の娘で別人

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