養老孟司の家族構成が意外!妻は茶道家で母は94歳現役医師だった

養老孟司の家族構成が意外!妻は茶道家で母は94歳現役医師だった

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『バカの壁』で一躍ベストセラー作家になった解剖学者・養老孟司さんですが、ご家族についてはほとんど語られてきませんでした。

実は、妻は表千家教授の茶道家、娘は銀座の鍼灸師、母は94歳まで現役で診療を続けた小児科医——という個性的すぎる家族構成なんです。

さらに「異父きょうだいがいる」「4歳で父を亡くした」など、養老さんの生い立ちにまつわる意外なエピソードも満載。今回は養老孟司さんの家族構成を徹底的にまとめました。

この記事を読むとわかること
・養老孟司さんの妻・子供・両親・きょうだいの詳細プロフィール
・妻・朝枝さんとの夫婦円満エピソードと夫婦哲学
・母・静江さんが94歳まで現役医師だった驚きの事実

養老孟司の家族構成まとめ!妻・子供・両親を紹介

『バカの壁』で一世を風靡した解剖学者・養老孟司さん。独自の思想と軽妙なキャラクターで多くのファンを持つ養老さんですが、実はご家族についての情報はあまり知られていません。

妻・子供・両親まで、養老孟司さんの家族構成を徹底的にまとめました。

妻・朝枝は表千家教授の茶道家

養老孟司さんの妻は、養老朝枝さんという女性で、茶道表千家の教授を務める茶道家です。

東洋大学文学部でも講演を行ったことがあり、2022年には「百聞は一見にしかず〜伝統文化にみる日本古来の学びの姿勢〜」というテーマで講演されています。

朝枝さんは東京大学の学術的な世界とはまったく別の「茶道」という伝統文化の世界に生きる人。解剖学者と茶道家というのは、なかなかユニークな組み合わせですよね。

鎌倉にある養老家の自宅には茶室があり、朝枝さんは自宅で茶花を育てながら日々の生活を送っているようです。

ちなみに養老さんは大の昆虫好きとして知られていますが、朝枝さんは昆虫にはまったく興味がないのだとか。でも「好きなことなら常識の範囲を超えてのめり込んでもかまわない」という価値観は一致しているそうで、夫婦の関係をうまく保つ根本はここにあるようです。

結婚の時期については公表されていませんが、1982年・1984年に子どもを授かっているとされる情報があることから、おそらく1980年代初頭か、それ以前に結婚されたと考えられます。

夫婦円満の秘訣と笑えるエピソード

妻を変えようとせず、自分が変わったほうが早い——これが養老さんの夫婦円満の秘訣です。

「夫婦は一致する部分がひとつはないと赤の他人になってしまう」とも語っていて、昆虫に興味のない朝枝さんとも”共通する価値観”があるから今も続いているのだと言います。

笑えるエピソードとしては、スーパーマリオにハマった養老さんが「小学生の子供と徹夜でゲームを続けた」というもの。当然ながら朝枝さんに怒られたそうで、父親が率先して徹夜ゲームをやっているのだから、まあ当然ですよね(笑)。

そして有名なのが「昆虫vs茶花バッタ事件」です。朝枝さんが大切に育てていた茶花をバッタが食べてしまい、「こんなことが起こるなら、バッタが食べきれないほどたくさん植えればいい」と養老さんが言ったというエピソード。昆虫愛護派の養老さんらしい返しですが……これで喧嘩にならなかったのかどうか、個人的に気になります。

また、養老さんは「人を見る目がない」と朝枝さんからはあまり信用されていないらしいのですが、「人を見る目がないからこそ朝枝さんと結婚したのでは?」という指摘があり、本人も笑って話していたとのこと。……なんか、この夫婦らしいですよね。

東大を早期退官した直後に妻から「あなた、辞めてからいい顔になったわよ」と言われたというエピソードも有名で、奥様にとっても、そして養老さんご本人にとっても、東大教授という肩書きよりも自由な生き方のほうが似合っていたようです。

娘・暁花は銀座の鍼灸師

養老孟司さんには、養老暁花(ようろうあきか)さんという娘さんがいます。

暁花さんは東京都中央区銀座で「草人木鍼灸治療院」を開業・運営している鍼灸師で、日本伝統鍼灸学会会員および日本メディカル美容鍼協会会員という肩書きを持っています。

治療院では東洋医学と西洋医学の優れたところを取り入れ、ストレッチ・アロマテラピー・タイマッサージなどを組み合わせたオーダーメイドの施術を提供しているとのこと。銀座という一等地でオーダーメイド型の鍼灸院を営んでいるとはなかなかすごいですよね。

養老さんの愛猫・まるの写真集出版記念トークショーには、親子そろって登場したこともあり、一緒にブログを書くなど親子仲は非常に良好なことで知られています。

がん闘病を支えた娘との親子関係

2024年5月、養老孟司さんは小細胞肺がんのステージ2と診断されました。2020年に心筋梗塞を経験していた養老さんにとって、またも大きな試練でした。

このがん闘病において、積極的にサポートにまわったのが娘の暁花さんです。婦人公論の取材で暁花さんは「役立ちたいと見舞いに行っても塩対応。それで心が折れそうになったことも」と語っていました。

それでも暁花さんは鍼灸師としての専門知識も活かしながら、父親のそばにいて支え続けました。「がん治療と向き合う父の姿を見て、自分なりに父への思いを見つめ直した」とも語っており、なかなか読んでいてじんわりくるエピソードです。

治療後、養老さんは通常の生活に戻っており、2024年11月には教え子である東大病院放射線科医の中川恵一先生と共著で『養老先生、がんになる』を出版しています。娘・暁花さんの声も収録されており、親子の絆を感じさせる内容となっています。

息子は建築家?謎に包まれた存在

養老孟司さんには娘・暁花さんのほかに、息子さんもいるとされています。ただし、息子さんについては名前も年齢もほとんど公表されておらず、非常に謎に包まれた存在です。

ひとつの手がかりとなったのが、2014年に防衛大学校で行われた養老さんの講演です。このとき養老さんは「私の息子が」という表現を使い、「息子が東大病院に入院した時の話」をしていたと伝えられています。また「息子は試験なしで入れる学校に入った」とも語っていたようで、息子さんがいることは確かとみられています。

一部のサイトでは息子さんが建築家になったという情報が記載されていますが、これはひとつのソースからの情報であり、確定情報とは言えません。

息子さんについては、現在もほとんど情報が公開されておらず、プライベートを大切にされているようです。

母・静江は94歳まで現役の小児科医

養老孟司さんの母・養老静江(ようろうしずえ)さんは、1899年生まれ〜1995年没の医師で、94歳まで現役で診療を続けた驚異の女医でした。

神奈川県立横浜第一高等女学校を経て東京女子医学専門学校(現・東京女子医科大学)を卒業し、1936年に鎌倉市で「大塚医院」という小児科を開業しました。

94歳まで現役診療を続けたというのは、本当にすごいことですよね。養老孟司さんが長く活躍し続ける姿勢は、こうした母親の影響もあるのかもしれません。

養老さんは幼い頃から母・静江さんの姿を見て育ちました。父親を4歳で亡くし、女手一つで子を育てながら医師として働き続けた母親の存在は、養老さんの価値観や哲学に大きな影響を与えていると考えられます。

静江さんは自著『ひとりでは生きられない〜ある女医の95年』(集英社文庫)も出版しており、そのタイトルの通り”つながり”を大切にしながら生きた女性として知られています。

母・静江さんの「最後まで現役で生き続ける」という姿勢は、養老孟司さんの生き方にも深く刻まれているのではないかと思います。

父の早すぎる死と幼少期の生い立ち

養老孟司さんは1937年11月11日、神奈川県鎌倉市に生まれました。父親は養老文雄さんといい、三菱商事に勤めるエリートサラリーマンでした。

文雄さんは結核療養のために鎌倉に住んでおり、そこで小児科医だった静江さんの書生をしていたとのこと。書生と医師という関係から男女の関係になり、結婚に至ったという経緯があります。当時、母・静江さんのほうが父・文雄さんより9歳年上だったというのも、なかなか印象的なエピソードです。

しかし養老さんが4歳のとき、父・文雄さんは結核で亡くなります。

この「父の死」は、養老さんにとって幼少期に刻まれた非常に大きな出来事でした。父の臨終に立ち会った際、周囲の大人たちに促されながらも「さよなら」の一言が言えなかったというエピソードが、養老さんの著作に残されています。その経験が中学・高校時代の「人と挨拶するのが苦手」という性格に影響したと、養老さん自身が後に分析しています。

そして40歳を過ぎてから通勤途中の地下鉄のホームで、その因果関係にふと気づき、地下鉄の中で涙しながら「そのとき初めて自分の中で父が死んだ」と感じたと告白しています。

「死」を真正面から見つめる解剖学者として歩んだ人生の原点は、この4歳の記憶にあるのかもしれません。

養老孟司の家族構成を調べる人向けの関連情報

養老孟司さんの家族構成についての気になる情報を、さらに詳しく見ていきます。離婚・再婚のうわさや兄弟のこと、孫や愛猫まるの話題など、知っておきたい関連情報をまとめました。

離婚や再婚のうわさはあるのか

ネット上には「養老孟司 再婚」「養老孟司 離婚」というキーワードで検索する方が一定数いるようですが、実際には養老孟司さんは離婚も再婚もされていません。

妻・朝枝さんとは長きにわたって夫婦関係を続けており、「夫婦円満」の秘訣についても本人が積極的に語っています。

「相手を変えようとするのではなく、自分が変わった方が早い」という養老さんの夫婦哲学は、合理的で養老さんらしい考え方ですよね。

離婚や再婚のうわさはまったくの見当違いで、養老孟司さんと朝枝さんは現在も夫婦として生活を共にしています。

兄と姉は異父きょうだいだった

養老孟司さんには、年の離れたきょうだいがいます。11歳上の姉と10歳上の兄です。

ただし、この兄と姉は養老さんとは「異父きょうだい」——つまり父親が違います。

理由は母・静江さんの経歴にあります。静江さんはもともと弁護士と結婚して二人の子をもうけていたのですが、10歳年下の養老文雄さんに恋をして離婚・再婚したという経緯があります。そのため、最初の結婚で生まれた兄と姉は養老孟司さんとは父親が違うわけです。

4歳で父を亡くした養老さんにとって、11歳・10歳年上のきょうだいがいたことは、幼少期の生活においても何らかの支えになっていたのではないかと思います。

孫の存在は語らず

養老孟司さんには娘・暁花さんと息子さんがいるとされていますが、孫については一切公表されていません。

暁花さんの結婚事情も息子さんの結婚事情も不明であり、孫が存在するかどうかさえも公的な情報としては確認できない状況です。

養老さん自身がプライベートをあまり語らない方であることもあり、子供や孫の情報は表に出てきていません。

愛猫まるも家族の一員だった

養老孟司さんの「家族」を語る上で欠かせないのが、愛猫の「まる」です。

まるはスコティッシュフォールドの猫で、NHKの番組などにも度々登場し、その愛らしい姿で多くのファンを獲得していました。2020年12月21日、18歳で心不全のため亡くなっています。

晩年は拘束型心筋症を患い、寝たきりの状態が続いていたとのこと。まるに関する写真集や関連本も複数出版されており、養老家において「まるは家族の一員」であったことは間違いないでしょう。

養老孟司の家族に対する世間の声

養老孟司さんとそのご家族に対するインターネット上の声を見ると、妻・朝枝さんについては「茶道家という職業が養老先生らしい」「昆虫と茶道という真逆の夫婦なのに離婚しないのがすごい」という声が多く、夫婦仲の良さに対して好意的なコメントが目立ちます。

娘・暁花さんについては「銀座で鍼灸院をやっているなんてすごい」「お父さんのがん治療を支えているのがほっこりする」という声が多く、親子関係への好意的な評価が多い印象です。

母・静江さんについては「94歳まで現役の小児科医というのが本物のすごさ」という声があり、女医として生き続けた静江さんへのリスペクトが感じられます。

全体的に、養老孟司さんのご家族に対する世間の評価は非常に好意的で、その人物像・家族像への関心の高さが伝わってきます。

養老孟司の家族構成のまとめ

  • 養老孟司は1937年11月11日生まれ、神奈川県鎌倉市出身の解剖学者・東京大学名誉教授
  • 妻は養老朝枝さんで、茶道表千家教授を務める茶道家
  • 朝枝さんは昆虫に興味がないが「好きなことに没頭していい」という価値観を共有している
  • 夫婦円満の秘訣は「相手を変えようとせず自分が変わる」という養老流の哲学
  • 離婚・再婚の事実はなく、現在も朝枝さんと夫婦を続けている
  • 娘は養老暁花さんで、東京都中央区銀座で草人木鍼灸治療院を開院する鍼灸師
  • 2024年に養老さんが小細胞肺がんと診断された際、暁花さんが闘病をサポートした
  • 息子も存在するとされるが名前・職業・詳細は不明
  • 養老さんの母・静江さんは小児科医として94歳まで現役を続けた驚異の女医
  • 母・静江さんは弁護士との最初の結婚で二人の子をもうけた後、文雄さんと再婚
  • 養老孟司さんには11歳上の姉と10歳上の兄がいるが、二人は異父きょうだい
  • 父・文雄さんは三菱商事勤務で、養老さんが4歳のとき結核で亡くなった
  • 父の死に際し「さよなら」が言えなかった体験が養老さんの幼少期に大きく影響した
  • 孫の存在は公表されていない
  • 愛猫のまるは2020年12月に18歳で死去し、養老家にとって家族同然の存在だった

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