新作歌舞伎『風の谷のナウシカ』の演出・振付を手がけ、フィギュアスケートショー「氷艶」まで動かしてきた尾上菊之丞さん。
「尾上」という姓から、歌舞伎の尾上菊五郎さんの一族なのだろうと思って家系図を調べる方がとても多いんです。
ところが実際に系譜をたどると、そこには血のつながりがまったく出てきません。
・尾上菊之丞の家系図を、父・母・姉・妻・子まで一本の線で整理した全体像
・尾上菊五郎家や尾上松緑家と血縁がないのに「尾上」を名乗っている理由
・名跡の代数と家元の代数が1つずれている、尾上流だけの特殊な数え方
尾上菊之丞の家系図|羽鳥家三代と尾上流四代家元の系譜
先に結論からお伝えします。
尾上菊之丞さんの家系図は、「羽鳥(はとり)家」という一族の血縁と、「尾上流」という日本舞踊の流派の芸の系譜が、二重に重なった構造になっています。
この2つを分けて見ないと、どうしても混乱してしまうんですね。
まずは血縁のほうから整理していきます。
尾上菊之丞の家系図を一枚で整理すると
現在の尾上菊之丞さんは三代目です。名前を継いだのは2011年8月のことでした。
血縁関係で見た家系図は、次のようになります。
| 続柄 | 名前 | 肩書き・備考 |
|---|---|---|
| 父の叔父 | 初代 尾上菊之丞(羽鳥友吉) | 尾上流 二代家元。1909〜1964年 |
| 父 | 二代目 尾上菊之丞/尾上墨雪(羽鳥紀雄) | 尾上流 三代家元。1943年生まれ |
| 母 | 非公表 | 元宝塚歌劇団の娘役 |
| 姉 | 尾上紫(羽鳥友加里) | 日本舞踊家・女優。1974年生まれ |
| 姉の夫 | 西川扇左衛門 | 日本舞踊家(西川流) |
| 本人 | 三代目 尾上菊之丞 | 尾上流 四代家元。1976年生まれ |
| 妻 | 尾上あぐり(羽鳥あぐり) | 尾上流 名取 |
| 子 | 長女・長男(嘉人) | ともに舞踊の稽古を続けている |
ご覧のとおり、この表のどこにも歌舞伎の尾上菊五郎さんは登場しません。
ここが「尾上菊之丞 家系図」で検索した方が最初につまずくポイントです。
血縁で見れば、あくまで羽鳥家という一つの家の三代の物語なんですね。
父は二代目尾上菊之丞、現在の尾上墨雪
尾上菊之丞さんの父親は、二代目尾上菊之丞を名乗っていた尾上墨雪(おのえ ぼくせつ)さんです。
本名は羽鳥紀雄さん。1943年4月6日に東京で生まれました。
9歳だった1952年に初代尾上菊之丞に師事し、1964年に二代目尾上菊之丞を襲名して尾上流三代家元を継いでいます。
踊りの世界一本かと思いきや、学歴は青山学院大学経済学部という経歴の持ち主です。1966年に卒業しています。
そして2011年8月、長男に名前を譲るタイミングで「初代 尾上墨雪」と改名しました。
名前を譲った側が新しい名跡の初代になる、という形ですね。
墨雪さんの仕事の幅はかなり広く、経歴を並べるとその大きさが見えてきます。
| 年 | できごと |
|---|---|
| 1966年 | 新橋『東をどり』の演出・振付指導を開始 |
| 1972年 | 七代目尾上菊五郎と『よきこと会』を発足 |
| 1986年 | 『冬夏会』を発足 |
| 1990年 | 大阪・花の万博の振付 |
| 1992年 | セビリア国際万博の振付(自身も出演) |
| 2001年 | 共立女子大学文芸学部で舞踊学講師に就任 |
| 2002年 | 第58回 日本芸術院賞 |
| 2018年 | 旭日小綬章を受章 |
日本芸術院賞と旭日小綬章を受けているという時点で、日本舞踊界での位置づけが分かると思います。
「創作と古典は伝統の両輪、創造のない伝統はない」というのが墨雪さんの持論だそうです。
この考え方は、そのまま息子である三代目にも受け継がれています。
母は元宝塚歌劇団の娘役
母親についても触れておきます。
尾上菊之丞さんの母親は、元宝塚歌劇団の娘役だった女性です。
姉の尾上紫さんのプロフィールに「日本舞踊尾上流三代家元・尾上墨雪と、元宝塚歌劇団娘役の母との間に生まれた長女」と記されています。
ただし氏名や在団時期は公表されていません。
一般の方として生活されているため、そこは伏せられているようですね。
とはいえ、父が日本舞踊の家元、母が宝塚出身。
菊之丞さんが後年、宝塚歌劇団の作品の振付も手がけるようになったことを思うと、家庭の空気そのものが舞台と地続きだったのだろうと想像できます。
姉は日本舞踊家で女優の尾上紫
きょうだいは姉が一人います。
姉は日本舞踊家で女優の尾上紫(おのえ ゆかり)さんです。
1974年8月30日生まれで、菊之丞さんより1歳半ほど年上になります。本名は羽鳥友加里さん。
東京・銀座で育ち、幼稚園から大学まで青山学院に通いました。父と同じ学校ですね。
3歳のときに新橋演舞場で初舞台を踏み、十八代目中村勘三郎の『鏡獅子』で胡蝶役を務めるなど、子どものころから歌舞伎の舞台にも立っています。
1991年に「尾上紫」の名を許され、日本舞踊尾上流の名取師範として活動を続けてきました。
そして2000年からは女優としても本格的に活動を開始します。
| 作品 | 内容 |
|---|---|
| TBS『あっとほーむ』 | 愛の劇場で主演 |
| NHK大河ドラマ『葵 徳川三代』 | 出演 |
| NHK大河ドラマ『平清盛』 | 出演 |
2025年には松尾芸能賞優秀賞と芸術選奨文部科学大臣賞を受けています。
弟が家元を継ぎ、姉が舞踊家と女優の二足のわらじで評価される。
きょうだいそろって芸の世界に残った、めずらしい家です。
姉の夫は西川流の日本舞踊家・西川扇左衛門
家系図をさらに広げると、日本舞踊の別の流派ともつながります。
尾上紫さんの夫は、日本舞踊家の西川扇左衛門(にしかわ せんざえもん)さんです。
結婚したのは2012年3月20日でした。
西川扇左衛門さんは西川流の舞踊家で、人間国宝である西川扇藏さんの内弟子を務めたのち、2007年に師範となった人物です。
つまり尾上流の家元の姉が、西川流の師範と結婚しているということになりますね。
舞台で夫婦共演することもあるそうです。
日本舞踊の五大流派のうち2つが、この一組の夫婦でつながっているわけです。
初代尾上菊之丞は父の叔父にあたる
ここが家系図でいちばん誤解されやすい部分です。
初代尾上菊之丞は、三代目にとって「父の叔父」にあたります。
つまり菊之丞さんから見れば大叔父ですね。父と子で一直線に続いてきた名跡ではないんです。
初代の本名は羽鳥友吉さん。1909年1月31日に東京で生まれ、1964年8月13日に亡くなっています。
経歴を追うと、この人の人生そのものが尾上流の歴史になっています。
| 年 | できごと |
|---|---|
| 1919年 | 六代目尾上菊五郎の部屋子となり「尾上琴次郎」として歌舞伎デビュー |
| 1920年代初め | 舞踊へ転向し、藤間流に入門 |
| 1948年 | 尾上流 二代家元を継承し、初代尾上菊之丞を名乗る(披露公演は同年6月・新橋演舞場) |
| 1954年 | 渡米公演を実施 |
| 1964年 | ハワイで客死 |
代表作には『二人椀久』『石橋』『紀州道成寺』などがあります。
初代が亡くなった1964年8月に、甥である羽鳥紀雄さんが二代目を襲名しました。
叔父から甥へ、そして甥から実の息子へ。
これが羽鳥家の三代の流れです。
妻は尾上流の名取・尾上あぐり
三代目の結婚についても見ていきます。
尾上菊之丞さんの妻は、尾上あぐり(羽鳥あぐり)さんです。
ご本人の経歴がかなり異色で、京都出身、15歳でイギリスに留学しています。
ロンドン大学を卒業したあと、ロンドン王立芸術大学院で絵画を学んだという方です。
帰国後に日本の伝統芸能に触れて衝撃を受け、日本舞踊のほか能・茶道・華道なども学んでいったと伝えられています。
そして2006年に尾上流の名取となって「尾上あぐり」の名を許され、同じ年に結婚しました。
芸術を学ぶために海外へ出た人が、帰ってきて日本舞踊の家元の妻になる。
この経歴は、あくまで一般メディアが正面から報じたものではなく、詳細については確定情報として扱えない部分もあります。
ただ、名取として尾上流の名を持っていること自体は、この家の在り方をよく表していると思います。
子供は一男一女、長男・嘉人は歌舞伎の舞台へ
次の世代についても、すでに動きがあります。
尾上菊之丞さんには長女と長男がいて、長男は嘉人(よしと)さんといいます。
菊之丞さん本人が連載の中で、息子について具体的に語っているんです。
昨年12月に尾上流での初舞台を踏んだ息子にとって、これが役者としてのデビューになりました
2022年12月に尾上流で初舞台を踏み、翌年に尾上右近さんの自主公演『研の會』で役者としてデビューした、という流れですね。
そのときの様子について、菊之丞さんはこう続けています。
嘉人はというと、右近さんはじめ『研の會』の皆さまのおかげで、お芝居が大好きになったようです。また出たいな!
父としての顔がのぞく、やわらかい言葉ですよね。
なお長女についても2011年生まれで舞踊の稽古を続けていると伝えられていますが、お二人ともまだ未成年のため、ここでは詳しく触れないでおきます。
尾上菊之丞と尾上菊五郎家の関係|血縁ではなく芸の系譜
ここからが本題です。
なぜ血縁がないのに「尾上」を名乗り、襲名披露には尾上菊五郎さんが出演したのか。
その答えは、家系図ではなく流派の成り立ちのほうにあります。
日本舞踊の尾上流を創ったのは六代目尾上菊五郎
まず押さえておきたい事実があります。
日本舞踊「尾上流」を創流したのは、歌舞伎の六代目尾上菊五郎です。
尾上流の公式サイトによれば、もともとは三代目の梅壽菊五郎が創立する予定だったものを、時を経て尾上宗家である六代目菊五郎が実現させたとされています。
つまり尾上流の初代家元は、六代目尾上菊五郎その人なんです。
「尾上」という流派名は、歌舞伎の尾上家(音羽屋)から来ています。
菊之丞さんが「尾上」を名乗っているのは、この流派を受け継いでいるからであって、羽鳥家が尾上の血筋だからではありません。
ここが分かると、家系図の見え方が一気に変わってきます。
初代菊之丞は六代目菊五郎の部屋子から舞踊へ
では、羽鳥家はどうやって尾上流に入ったのか。
きっかけを作ったのが初代尾上菊之丞、羽鳥友吉さんでした。
初代は1919年に六代目尾上菊五郎の部屋子となり、歌舞伎役者「尾上琴次郎」としてキャリアを始めています。
部屋子というのは、役者の家に住み込みで入る弟子のような立場です。
その後、踊りの才能を見込まれて舞踊の道へ転じ、藤間流で修業を重ねました。
そして1948年、創流者である六代目菊五郎のあとを受けて尾上流の二代家元となり、初代尾上菊之丞を名乗ります。
つまり羽鳥家と尾上家の関係は、血ではなく師弟で結ばれているわけですね。
家系図を探しても血のつながりが出てこないのは、当然といえば当然でした。
名跡の代数と家元の代数が1つずれる理由
ここで、多くの人が混乱する数え方の話をしておきます。
尾上流の家元の代数と、尾上菊之丞という名跡の代数は、実は一致しません。
| 家元の代 | 名前 | 継承年 |
|---|---|---|
| 初代家元 | 六代目 尾上菊五郎 | 創流 |
| 二代家元 | 初代 尾上菊之丞 | 1948年 |
| 三代家元 | 二代目 尾上菊之丞(現・尾上墨雪) | 1964年8月 |
| 四代家元 | 三代目 尾上菊之丞 | 2011年8月 |
初代家元だけが「尾上菊五郎」で、二代家元から先が「尾上菊之丞」になっているため、ちょうど1つずれるんです。
現在の菊之丞さんが「三代目尾上菊之丞であり、尾上流四代家元」と紹介されるのは、このためですね。
「三代目なのに四代家元?」という違和感の正体は、創流者が歌舞伎役者だったことにあります。
数字のずれ自体が、この流派の出自を物語っているわけです。
父・墨雪と七代目尾上菊五郎の「よきこと会」
血縁はなくても、両家の交流は途切れていません。
1972年、父の尾上墨雪さんは七代目尾上菊五郎とともに『よきこと会』を発足させています。
七代目菊五郎は、寺島しのぶさんと八代目尾上菊五郎(前名・五代目尾上菊之助)の父にあたる人物です。
舞踊の家と歌舞伎の家が、同じ会を立ち上げて活動してきた。
この関係があるからこそ、2011年8月の三代目襲名披露舞踊会にも尾上菊五郎さんら歌舞伎俳優が名前を連ねました。
会場は国立劇場の大劇場、期間は8月29日から31日までの3日間です。
血縁のない家の襲名に、歌舞伎の宗家が出演する。
ここに、芸の系譜というもう一つの家系図が見えてきます。
歌舞伎の尾上菊五郎家・尾上松緑家とは別の家
念のため、はっきり切り分けておきます。
「尾上菊之丞 家系図」で検索すると、歌舞伎の音羽屋の家系図が並んで出てくることがあります。
ただし歌舞伎の尾上菊五郎家・尾上松緑家と、日本舞踊尾上流の羽鳥家は、まったく別の家です。
整理すると、こうなります。
| 項目 | 日本舞踊 尾上流 | 歌舞伎 尾上菊五郎家 |
|---|---|---|
| 姓 | 羽鳥 | 寺島 |
| 屋号 | — | 音羽屋 |
| 分野 | 日本舞踊 | 歌舞伎 |
| 現在の当主 | 三代目 尾上菊之丞 | 八代目 尾上菊五郎 |
| 両家の関係 | 血縁なし。六代目尾上菊五郎が尾上流を創流した師弟の縁 | |
ちなみに、寺島しのぶさんの夫はフランス人アートディレクターのローラン・グナシアさんです。
菊之丞さんと寺島しのぶさんが夫婦だという情報を目にすることがありますが、これは事実ではありません。
同じ「尾上」という名前が、こうした取り違えを生みやすくしているんですね。
「歌舞伎への憧れと葛藤があった」本人の言葉
この二重構造を、いちばん強く感じてきたのは本人だったようです。
菊之丞さんは連載の中で、子ども時代についてこう振り返っています。
私は舞踊の家に生まれましたので、子どもの頃に歌舞伎の舞台に立つことはありませんでした。歌舞伎への憧れがあり、若いころは葛藤もありました
尾上の名を持ち、歌舞伎役者たちに踊りを教える家に生まれながら、自分は歌舞伎の舞台には立てない。
この葛藤が、後年の仕事に直結しています。
新作歌舞伎『風の谷のナウシカ』の演出・振付、フィギュアスケートショー「氷艶」、宝塚歌劇団の作品。
舞踊の枠を越えて舞台そのものを作る側に回ったのは、この時期の思いと無関係ではないはずです。
ちなみに歌舞伎俳優の尾上右近さんは、踊りの手ほどきを受けた相手として父・墨雪さんと菊之丞さんの名前を挙げ、恩返しをしたいと語っています。
血ではつながらない家に、次の世代の役者たちが集まってくる。
それが尾上流という家の形なのだと思います。
尾上菊之丞の主な経歴と受賞歴
最後に、三代目本人のプロフィールも整理しておきます。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 三代目 尾上菊之丞(おのえ きくのじょう) |
| 生年月日 | 1976年3月生まれ |
| 出身 | 東京都 |
| 肩書き | 日本舞踊尾上流 四代家元/日本舞踊協会 理事 |
| 初舞台 | 1981年(5歳)国立劇場『松の緑』 |
| 前名 | 尾上青楓(1990年〜) |
| 襲名 | 2011年8月 |
2歳から父に師事し、5歳で初舞台。1990年に「尾上青楓」の名を許されています。
主宰する会は舞踊会「尾上会」「菊寿会」、そして狂言師の茂山逸平さんとの二人会「逸青会」です。
受賞歴も並べておきます。
| 年 | 受賞 |
|---|---|
| 1995〜1997年 | 日本舞踊協会 新春舞踊大会賞 |
| 2010年 | 舞踊批評家協会新人賞 |
| 2012年 | 花柳壽應賞新人賞 |
| 2018年 | 舞踊批評家協会賞 |
| 2020年 | ベストドレッサー賞 学術・文化部門 |
| 2022年 | 松尾芸能賞優秀賞 |
藤間流宗家の藤間勘十郎さんとは「K2 THEATRE」を運営し、京都芸術大学でも講師を務めています。
京都の花街舞踊の演出振付も手がけており、活動範囲は日本舞踊の内側にとどまりません。
尾上菊之丞の家系図についてのまとめ
- 尾上菊之丞の家系図は「羽鳥家の血縁」と「尾上流の芸の系譜」が二重に重なった構造になっている
- 現在の菊之丞は三代目で、2011年8月に襲名すると同時に尾上流四代家元を継承した
- 父は二代目尾上菊之丞、現在の尾上墨雪(本名・羽鳥紀雄)。1943年生まれで2018年に旭日小綬章を受章
- 母は元宝塚歌劇団の娘役だが、氏名や在団時期は公表されていない
- 姉は日本舞踊家で女優の尾上紫(本名・羽鳥友加里)。1974年生まれで大河ドラマにも出演している
- 姉の夫は西川流の日本舞踊家・西川扇左衛門で、2012年3月に結婚した
- 初代尾上菊之丞(羽鳥友吉)は三代目にとって大叔父にあたり、父の叔父という関係になる
- 初代は1919年に六代目尾上菊五郎の部屋子となり、歌舞伎役者から舞踊家へ転じた
- 妻は尾上流の名取・尾上あぐりで、ロンドン大学とロンドン王立芸術大学院で学んだ経歴を持つ
- 子供は長女と長男の二人。長男の嘉人は2022年12月に尾上流で初舞台を踏み、翌年に役者デビューした
- 日本舞踊の尾上流を創流したのは歌舞伎の六代目尾上菊五郎で、彼が初代家元にあたる
- 名跡の代数と家元の代数が1つずれるのは、初代家元だけが「尾上菊五郎」だったため
- 父の墨雪は1972年に七代目尾上菊五郎と『よきこと会』を発足させ、両家の交流が続いている
- 歌舞伎の尾上菊五郎家(寺島家・音羽屋)や尾上松緑家とは血縁がなく、まったく別の家である
- 菊之丞と寺島しのぶが夫婦だという情報は誤りで、寺島しのぶの夫はローラン・グナシアである
- 本人は「歌舞伎への憧れがあり、若いころは葛藤もありました」と語っており、その思いが新作歌舞伎や氷艶の仕事につながっている

