医師で、弁護士で、大学教授で、参議院議員。
古川俊治さんの肩書を並べると、どうしても「どんな家に生まれたのか」が気になります。
調べてみると、埼玉県岩槻に130年近く続く医師の一族に行き着きました。
そして、その家系図をたどった先に、まったく畑違いの有名人の名前が出てきます。
・古川俊治の家系図と、父・古川俊隆が務めた病院での立場
・実家である丸山記念総合病院の系譜と、丸山家の人々
・TRFのSAMと古川俊治がどういう血縁でつながっているのか
古川俊治の家系図|岩槻の医師一族・丸山家とのつながり
先に全体像をお伝えします。
古川俊治さんは、さいたま市岩槻区にある丸山記念総合病院を営む医師一族の出身です。
そしてこの一族の中に、TRFのSAMさんがいます。
古川俊治の家系図を先に整理|古川家と丸山家の関係
関係が入り組んでいるので、まず表で押さえておきましょう。
古川俊治さんの家系図は、古川家と丸山家という2つの家が病院を通じてつながっている構造になっています。
| 人物 | 古川俊治との関係 | 立場 |
|---|---|---|
| 古川俊隆 | 父 | 丸山記念総合病院 名誉院長・元理事長(医師) |
| SAM(丸山正温) | いとこ | TRFのダンサー |
| 丸山正義 | SAMの父 | 産婦人科医・元理事長 |
| 丸山正董 | 丸山正義の実弟 | 前理事長 |
| 丸山正統 | 丸山家の3代目 | 現理事長(産婦人科医) |
ポイントは、古川姓と丸山姓が別々でありながら、同じ病院を運営する一族であるという点です。
古川俊治さん自身も、経歴紹介で「丸山記念総合病院医師一族の出身」と説明されることがあります。
なお、古川家と丸山家がどの代でどう結ばれたのかについて、公式に説明された資料は見当たりませんでした。ここは推測を挟まず、確認できる事実だけを並べていきます。
父・古川俊隆は丸山記念総合病院の名誉院長
家系図の直近の一段はここです。
古川俊治さんの父は古川俊隆さんという医師で、丸山記念総合病院の名誉院長を務めた人物です。
同院の理事長を務めた経歴も伝えられており、一族の中で中心的な立場にいたことがうかがえます。
病院が発行していた広報誌では、誌面の題字を「古川名誉院長」が手がけていたと記されています。
経営の肩書だけでなく、病院の顔として扱われていた立場だったということですね。
古川俊治さんが慶應義塾大学医学部へ進み、外科医になったのも、この環境を抜きには考えにくいところです。
実家は明治29年開業|130年続く丸山醫院の系譜
実家である病院そのものの歴史も、家系図の一部です。
丸山記念総合病院の始まりは、1896年(明治29年)12月に開設された「丸山醫院」です。
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1896年12月 | 丸山醫院を開設 |
| 1951年10月 | 医療法人として承認され「医療法人丸山病院」に |
| 1978年2月 | 総合病院として承認され「総合病院 丸山病院」に |
| 1981年7月 | 法人名を「医療法人 丸山記念総合病院」に変更 |
| 1988年6月 | 法人名を「医療法人 慈正会」に変更 |
明治29年の開業から数えると、2026年でちょうど130年になります。
個人の医院から総合病院へと規模を広げてきた歴史が、そのまま一族の歩みと重なっているわけです。
ちなみに、元歌手の安室奈美恵さんが出産したのもこの病院でした。当時の夫がSAMさんだったからです。
TRFのSAMはいとこ|1歳違いで幼稚園に毎日一緒に通った
ここが、この家系図でいちばん意外な部分だと思います。
TRFのSAMさんは、古川俊治さんのいとこにあたります。
SAMさんの本名は丸山正温さん。1962年生まれで、1963年1月生まれの古川俊治さんとは1歳違いという近さです。
2人は幼稚園へ毎日一緒に通い、一緒に遊ぶ間柄だったと紹介されています。
片方は医師・弁護士・参議院議員になり、もう片方は日本を代表するダンサーになりました。
同じ病院を実家に持ちながら、進んだ道はまったく違ったということです。
なお、一部の記事では古川俊治さんをSAMさんの「叔父」と紹介しているものがあります。ただ、2人の年齢差が1歳しかないことを考えると、いとこ同士とする説明のほうが自然です。
SAMの父・丸山正義と叔父・丸山正董、そして3代目理事長
丸山家の側も見ておきましょう。
SAMさんの父・丸山正義さんは産婦人科医で、丸山記念総合病院の理事長を務めた人物です。
関連記事によれば1928年(昭和3年)生まれで、順天堂の医科大学を卒業後に東京大学医学部の産婦人科で学んだとされています。全財産を抵当に入れて病院を大きくしたという逸話も伝えられています。
SAMさん自身は男4人・女1人の5人きょうだいの次男。文春オンラインのインタビューでは「男兄弟は僕を除いて全員、医者になっています」と語っています。
丸山正義さんの実弟にあたる丸山正董さんが、その後に理事長を引き継ぎました。
そして現在の理事長は丸山正統さん。産婦人科医として祖父・父に続く3代目にあたり、1990年に順天堂大学医学部を卒業、2000年に同院の産婦人科へ入り、2017年に副院長、2023年に理事長へ就任しています。
医師が家業として受け継がれている家、というのがよく分かる並びですよね。
丸山家のルーツは岩槻藩士と婿養子の眼科医(※諸説)
もう少し古い代の話も伝わっています。
丸山家はもともと医師の家ではなく、岩槻藩士の家系だったという説があります。
SAMさんの家系をたどった記事によると、4代前にあたる丸山吉正さんは岩槻藩士で、徳川家茂と皇女和宮の婚礼警護にあたり、明治になって埼玉県庁の租税係を務めたとされています。
その一人娘と結婚したのが眼科医の横田五郎さんで、婿養子として丸山五郎を名乗ったという流れです。この人が岩槻に丸山医院を開いたことで、一族が医師の家系に変わったことになります。
森鴎外や北里柴三郎に師事したという記述もありますが、これらは個人ブログを出典とする情報です。
公的な資料で裏づけられた話ではないため、本記事では「そう伝えられている」という扱いにとどめます。ここは鵜呑みにしないほうが安全です。
古川俊治自身の家族|妻と3人の子ども
本人の家族についても触れておきます。
古川俊治さんの公式プロフィールには、家族として「愛妻 長女 長男 次女」と記載されています。
つまり妻と3人の子どもがいる5人家族ということになります。
ただし、妻の名前や子どもたちの年齢・職業といった具体的な情報は公開されていません。
国会議員としては珍しくない対応で、家族を政治活動の表に出さない方針とみられます。
子どもたちが医師の道に進んだのかどうかについても、確認できる情報は見当たりませんでした。
家系図から見える古川俊治の歩み
ここからは、その家系図の中で本人がどう歩いたかを追います。
医師一族に生まれた人が、なぜ弁護士になり、なぜ政治家になったのか。
経歴を並べると、その順番自体が答えになっていました。
太田小学校から開成中学へ|医師一族の子が13歳で岩槻を出た
出発点は地元の公立小学校です。
古川俊治さんは1970年に(旧)岩槻市立太田小学校へ入学し、1975年に卒業しています。
その後に進んだのが開成中学校・高等学校。国内最難関とされる進学校です。
岩槻から都内の私立中学へ通うことになり、13歳で地元を離れる生活が始まりました。
いとこのSAMさんが獨協中学校・高等学校へ進んでいるので、この時点で2人の道は分かれています。
開成高校を卒業したのは1981年3月。同じ年の4月に、慶應義塾大学医学部へ入学しました。
慶應医学部から外科医へ|家系どおりの進路と、その先
ここまでは、医師一族の子として順当な道のりです。
1987年に慶應義塾大学医学部を卒業し、同年に医師国家試験へ合格しています。
卒業後は慶應義塾大学病院で外科の研修に入りました。1993年に外科専修医を修了し、1994年には博士(医学)を取得しています。
専門は消化器外科で、日本外科学会や日本消化器外科学会にも所属しています。
ここまでなら、「病院を継ぐために外科医になった医師一族の息子」という一行で説明が終わる経歴です。
ところが、この人はここから別の方向へ進みます。
通信教育で文学部・法学部を卒業|33歳で司法試験に一発合格
常識的とは言いがたい経歴がここから始まります。
古川俊治さんは外科医として働きながら、慶應義塾大学の通信教育課程で文学部と法学部を卒業しました。
| 年 | できごと |
|---|---|
| 1993年3月 | 慶應義塾大学文学部人間関係学科(通信教育課程)卒業 |
| 1996年3月 | 慶應義塾大学法学部法律学科(通信教育課程)卒業 |
| 1996年 | 司法試験に合格(初回受験) |
| 1999年4月 | 東京弁護士会に登録、TMI総合法律事務所へ |
注目すべきは合格の仕方です。当時の司法試験に、33歳で初回受験のまま合格しています。
合格率が数パーセントだった時代の試験を、外科医の激務と並行しながら一度で通ったことになります。
医師一族に生まれた人が、そこから外へ広げていった資格が法律だった。これが古川俊治さんという人の特徴です。
オックスフォードでMBA取得|医師・弁護士・経営の三刀流
資格の追加はまだ続きます。
2005年、オックスフォード大学の経営大学院(サイード・ビジネス・スクール)を修了し、MBAを取得しました。
医師免許、弁護士資格、そしてMBA。3つを揃えた人物は日本でもごく限られます。
病院経営という家業を考えると、この3つの組み合わせには一貫した意味が見えてきます。
医療そのもの、医療をめぐる法律、そして医療機関の経営。実家が総合病院である以上、どれも他人事ではありません。
2004年には慶應義塾大学法科大学院の助教授に就任し、2007年4月には医学部外科と法科大学院の両方で教授になりました。
2007年参院初当選から2025年の4選まで
そして政治の世界に入ります。
2007年7月の第21回参議院議員通常選挙に埼玉選挙区から出馬し、初当選を果たしました。
教授就任と同じ年の当選です。医療政策や医事法の専門家として、国政での役割を求められた形になります。
その後の主な役職は次のとおりです。
| 年 | 役職・できごと |
|---|---|
| 2007年7月 | 参議院議員に初当選(埼玉選挙区) |
| 2014年9月 | 参議院財政金融委員長(〜2016年1月) |
| 2016年 | 自民党法務部会長 |
| 2025年 | 参議院議員に4選 |
2025年の参院選では、埼玉選挙区で4回目の当選を決めています。
報道では「守りの戦い」と表現され、当選確実の場面でも「信頼してもらえる政党にならなくては」と硬い表情で語ったと伝えられました。
岩槻の病院に生まれ、開成から慶應医学部へ進み、外科医のまま法律を学び、政治家になった。家系図をたどると、その一つひとつが実家の医療とつながっていることが見えてきます。
古川俊治の家系図についてのまとめ
- 古川俊治は1963年1月14日生まれ、さいたま市岩槻区(旧岩槻市)の出身
- 実家はさいたま市岩槻区の丸山記念総合病院を営む医師一族
- 父は古川俊隆で、同院の名誉院長・元理事長を務めた医師
- 病院の広報誌では題字を「古川名誉院長」が手がけていた
- TRFのSAM(本名・丸山正温)はいとこにあたり、1歳違いで幼稚園に毎日一緒に通った仲
- SAMの父・丸山正義は産婦人科医で元理事長、その実弟・丸山正董が前理事長を務めた
- 現在の理事長は丸山正統で、産婦人科医として3代目にあたる
- 病院の始まりは1896年(明治29年)12月開設の丸山醫院で、2026年で130年になる
- 丸山家はもとは岩槻藩士の家系で、婿養子に入った眼科医から医師の家になったと伝えられる(出典は個人ブログ)
- 安室奈美恵が出産したのもこの丸山記念総合病院だった
- 本人の家族は公式プロフィールに「愛妻 長女 長男 次女」と記載されている
- 妻や子どもの詳細は公開されていない
- 岩槻市立太田小学校から開成中学・高校を経て、1987年に慶應義塾大学医学部を卒業
- 外科医として働きながら通信教育で慶應の文学部・法学部を卒業した
- 1996年に33歳で司法試験へ初回受験で合格し、1999年に弁護士登録
- 2005年にオックスフォード大学経営大学院でMBAを取得した
- 2007年に慶應義塾大学教授、同年7月に参議院議員へ初当選
- 2025年の参院選埼玉選挙区で4選を果たしている

