美容家であり、アパレルブランドtocco closetを手がける経営者でもある大野真理子さん。
その実家がどこにあって、どんな家だったのかを調べている方は多いのではないでしょうか。
実は大野さんの実家は、神奈川県茅ヶ崎市の商店街にあった一軒の洋品店。今のブランドはすべて、そこから始まっているんです。
・大野真理子さんの実家がある場所と、父が営んでいたお店の業種
・母や兄姉との関係と、美容家になった原体験
・実家の会社からtocco closetが生まれ、独立するまでの流れ
大野真理子の実家は茅ヶ崎のアパレル自営業
「皮膚の変態」として知られる美容家であり、アパレル経営者でもある大野真理子さん。その原点がどこにあるのか、実家のことから順に見ていきますね。
実家は神奈川県茅ヶ崎市の商店街
大野真理子さんの実家があるのは、神奈川県茅ヶ崎市です。
湘南エリアの中心にある、海と生活圏が近い街ですね。
大野さんは1979年7月25日にこの茅ヶ崎で生まれています。
実家は一般的な会社員家庭ではなく、アパレルの自営業を営む家でした。
しかも会社の所在地が別の街にあったというよりは、地元・茅ヶ崎の商店街そのものにお店を構えていたと語られています。
つまり「家」と「商売」がほとんど地続きだったわけです。
ここ、けっこう大事なポイントだと思うんですよね。
生まれた家がそのまま職場でもある環境というのは、子どもにとっては毎日が「仕事の現場を見る時間」になります。
大野さん自身、幼いころから毎晩のように父親の仕事の話を聞いて育ったと振り返っています。
大野真理子さんの実家は、神奈川県茅ヶ崎市の商店街でファッション小売店を営む自営業の家だったということです。
実家がある茅ヶ崎という土地柄
茅ヶ崎市は神奈川県の湘南地域にある市で、海沿いの開放的な雰囲気と、駅前から続く商店街の生活感が同居している街です。
大野さんの実家のお店があったのも、その商店街の一角だと説明されています。
なお、番地レベルの詳しい住所は公表されていません。
ご本人も家族も現在は別の場所で生活しているため、そこは追いかけないほうがいいところかなと思います。
父はファッション小売店を営む経営者
大野真理子さんのお父さんは、大野さんが生まれる前から茅ヶ崎の商店街でファッション小売店を経営していた人物です。
いわゆる街の洋品店・セレクトショップにあたるお店ですね。
名前や顔写真といった個人情報は公表されていませんが、アパレルの自営業という肩書きは複数のメディアで一致して語られています。
このお父さんの存在が、大野さんのキャリアにそのまま直結しています。
大野さんは大学を卒業したあと、就職先として父親のファッション小売店を選びました。
そして2006年、その父の会社の片隅で自身のブランドを立ち上げることになります。
いわば父の会社が最初のゆりかごだった、という形ですね。
個人的にすごくいいなと思うのは、大野さんが父親のことを経営の先生のように語っている点なんです。
毎晩聞かされた仕事の話が、今の経営に役立っていると本人が明言しています。
子どもにとっては退屈だったかもしれない食卓の会話が、20年後に効いてくる。
父親がアパレル自営業だったことは、大野真理子さんが経営者になった直接の土台になっています。
父から受け継いだ家業というバトン
大野さんは2009年に自身の会社を設立して独立していますが、そこで父親と縁が切れたわけではありません。
翌2010年、結婚と同じタイミングで父の家業を引き継いだと説明されています。
自分の会社を持ちながら、実家の事業も背負う。
これ、なかなかできることじゃないですよね。
独立と承継が同時に起きているという、少し珍しいキャリアの形になっています。
母は今も大の仲良しと語る存在
大野真理子さんのお母さんについては、大の仲良しという表現がたびたび使われています。
大野さんは2児の母でもあるのですが、その子育て期間中もお母さんに助けてもらったと語っています。
親子関係が良好なまま大人になり、さらに次の世代の育児まで支えてもらっている。
……なんか、いいですよね。
そしてもうひとつ、お母さんの存在は大野さんの美容の原点でもあります。
大野さんは美容に目覚めたきっかけを聞かれて、母と姉の影響だと答えています。
なんと3〜4歳のころには、母親のお供として百貨店の化粧品カウンターに立っていたそうです。
3歳でデパコスのカウンターデビュー。
これには正直、驚きました。
高校生のころにはすでに自分でシャネルのパレットを買っていたという話もあり、家庭の中に美容が当たり前にある空気があったことがうかがえます。
母親は大野真理子さんにとって、生活の支え手であると同時に、美容家としての原体験を作った人でもあるということです。
両親は金婚式を迎えている
大野さんのSNSでは、ご両親の金婚式に触れた投稿が話題になったことがあります。
金婚式は結婚から50年の節目にあたるお祝いですね。
1979年生まれの大野さんの上に兄と姉がいることを考えると、ご両親の結婚は少なくとも1970年代前半までさかのぼる計算になります。
そこから逆算すると、現在のご両親は70代に入っている可能性が高いと見ていいでしょう。
ただしこれはあくまで公開情報からの推測で、正確な生年は公表されていません。
50年連れ添って、その姿を娘がSNSで祝う。
読んでいてこちらまで温かくなりました。
兄と姉がいる3人きょうだいの末っ子
大野真理子さんは、兄と姉がいる3人きょうだいの末っ子です。
プロフィールでは次女として生まれたと書かれることが多いのですが、これは上にお姉さんがいるためですね。
上から兄・姉・大野さん、という並びになります。
きょうだいの名前や職業といった詳細は公表されていません。
ただ、姉については見逃せない情報があります。
先ほど触れたとおり、大野さんが美容に興味を持ったきっかけとして挙げているのが母と姉の影響なんです。
つまりお姉さんも、幼い大野さんにとっては美容のお手本だったということになります。
末っ子というポジションで、母と姉という2人の年上女性の化粧を間近で見て育つ。
美容家としての土台は、この家庭環境でほぼできあがっていたと言ってよさそうです。
3人きょうだいの末っ子という立ち位置が、大野真理子さんに美容が身近な子ども時代を与えたことになります。
以下に、現在わかっている実家の家族構成を整理しておきますね。
| 続柄 | わかっていること |
|---|---|
| 父 | 茅ヶ崎の商店街でファッション小売店を経営。大野さんの就職先であり、家業として引き継がれた |
| 母 | 大の仲良しと語る存在。子育ても支援。美容に目覚めたきっかけの一人 |
| 兄 | 存在のみ公表。名前・職業などは非公開 |
| 姉 | 存在のみ公表。美容に目覚めたきっかけの一人 |
| 本人 | 1979年7月25日生まれ。3人きょうだいの末っ子(次女) |
3歳から18歳まで湘南白百合学園に通う
大野真理子さんの学歴は、実家の話とセットで見るとよくわかります。
大野さんは3歳から18歳まで、神奈川県の湘南白百合学園に通っていました。
幼稚園から高校までエスカレーター式で上がる、いわゆる一貫教育ですね。
そして1998年に湘南白百合学園高等学校を卒業しています。
湘南白百合学園はカトリック系の女子校で、神奈川県では歴史のある私立校として知られています。
幼稚園から高校まで15年間、同じ学園にいたということは、大野さんの少女時代はほぼ茅ヶ崎とその周辺で完結していたことになります。
実家が地元の商店街にあり、学校も同じエリアにある。
地元との距離が本当に近い生い立ちですね。
私立の一貫校に15年通わせられる家庭だったという点も、実家の経済的な安定を示す間接的な材料になります。
大野真理子さんは、実家のある湘南エリアの私立一貫校で15年間を過ごしたということです。
実家の会社でtocco closetを立ち上げ
ここからは、実家がキャリアに変わっていく話です。
大野真理子さんは2002年に大学を卒業したあと、父親が営むファッション小売店で働き始めました。
そして2006年、父の会社の片隅でアパレルブランドtocco closetを立ち上げます。
自分でゼロから会社を作ってブランドを始めたのではなく、まず実家の中で始めた。
この順番が、大野さんのキャリアの特徴だと思います。
小売店の現場で仕入れや接客を経験した人が、そのまま自社ブランドを作る側に回ったわけですから、机上の企画ではないんですよね。
tocco closetはその後、フェミニンなワンピースを中心としたブランドとして支持を集め、全国展開する規模まで成長しました。
なお、ブランドの立ち上げ時期については2006年とする情報と2009年とする情報の両方が見られます。
これは父の会社の中で企画としてスタートした年と、独立後に本格展開した年が混ざっている可能性が高いと考えられます。
いずれにしても、出発点が実家の会社だったことは各所で一致しています。
tocco closetは、実家であるアパレル会社の一角から生まれたブランドだということです。
父の会社から独立して株式会社PETTERS設立
そして2009年、29歳のときに大野真理子さんは株式会社PETTERSを設立して独立します。
父の会社の中で育てたブランドを、自分の会社として外に出した形です。
翌2010年には結婚し、第一子を出産し、さらに父の家業も引き継いでいます。
29歳から30歳にかけての1〜2年で、独立・結婚・出産・事業承継が全部起きている。
……これはさすがに、想像するだけで大変そうです。
現在、株式会社PETTERSはtocco closetのほか&.NOSTALGISAといったブランドを展開し、全国に19店舗を構える規模になったと紹介されています。
会社は夫の勲さんとの共同経営という体制です。
大野さんはさらに、健康食品を手がける株式会社サウルスや、美容機器を扱う株式会社gaudy villageの取締役も務めています。
実家の商店街の一軒のお店から始まって、今は複数の会社を持つ経営者になっている。
実家のアパレル業を出発点にしながら、大野真理子さんは自分の会社を作り、そこへ家業も引き継いだということです。
以下に、実家からのキャリアの流れを時系列で整理します。
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1979年 | 神奈川県茅ヶ崎市のアパレル自営業の家に誕生(兄・姉がいる末っ子) |
| 1998年 | 湘南白百合学園高等学校を卒業、学習院女子大学へ進学 |
| 2002年 | 大学卒業、父のファッション小売店に入社 |
| 2006年 | 父の会社でアパレルブランドtocco closetを立ち上げ |
| 2009年 | 29歳で株式会社PETTERSを設立し独立 |
| 2010年 | 結婚・第一子出産・父から家業を引き継ぐ |
| 2015年 | 第二子を出産 |
| 2018年 | Instagramを開始し美容家としての活動をスタート |
| 2020年 | スキンケアブランドmukiiを立ち上げ |
| 2024年 | 著書『「皮膚の変態」が本気で選んだ270品』を講談社より出版 |
大野真理子の実家を調べる人向けの関連情報
実家のことを調べていると、大学や家族、今の仕事についても気になってきますよね。ここからは大野真理子さんの周辺情報をまとめていきます。
大学は学習院女子大学で心理学を専攻
大野真理子さんは湘南白百合学園高校を卒業した1998年、学習院女子大学に進学し、心理学を学んでいます。
15年間通った女子の一貫校から、そのまま女子大へ。
アパレルの家に育った人が服飾やデザインの学校ではなく心理学を選んでいるのは、少し意外に感じませんか。
ただ、今の大野さんの仕事を見ると納得できる部分もあります。
ブランドを作るというのは、誰が・どんな気持ちで・何を選ぶのかを読む仕事でもあります。
美容の情報発信も同じで、読者の悩みの中身を言語化できないと届きません。
心理学の4年間が直接そこに効いているかは本人が語っていないので断言はできませんが、選択として一貫性はあるように見えます。
大学卒業は2002年で、卒業後はすぐ父親の会社に入っています。
大野真理子さんの最終学歴は学習院女子大学で、専攻は心理学です。
恋のから騒ぎに出演していた若い頃
大野真理子さんの若い頃について語られるとき、よく出てくるのが日本テレビ系の恋愛トーク番組・恋のから騒ぎです。
大学時代に9期生として出演していたと紹介されています。
ただしこの出演歴については、公式なプロフィールや大手メディアで確認できる情報が見つかりません。
まとめ系サイトを中心に語られている話なので、ここはそう言われている、という受け止め方が正確かなと思います。
もし本当に大学在学中の出演だとすると、1998年から2002年ごろの話ということになります。
番組で語られていたキャラクターとして、若いころからはっきりと意見を述べる人だったという評価も見られます。
今のSNSでの発信スタイル、成分にも価格にもはっきり物を言う姿勢を知っている人からすると、そこは昔から変わっていないんだなと感じるところかもしれませんね。
恋のから騒ぎへの出演は広く語られている一方で、一次情報での裏付けは取れていないという状況です。
夫の大野勲とは2010年に結婚
大野真理子さんの夫は、株式会社PETTERSの代表取締役を務める大野勲さんです。
2人が結婚したのは2010年、大野さんが30歳のときですね。
勲さんは奈良県の出身とされています。
大野さんはSNSで夫のことを地蔵というニックネームで呼んでいて、その呼び名だけでもなんとなく人柄が伝わってくる気がします。
夫婦での共同経営という形も特徴的です。
大野さんがブランドやクリエイティブの側を担い、勲さんが代表として会社の運営を担う。
役割が分かれているからこそ、19店舗まで広げられたのだろうと思います。
結婚・出産・独立・事業承継が同じ時期に重なった大野さんにとって、経営のパートナーが配偶者だったことは大きかったはずです。
夫の大野勲さんは、家庭のパートナーであると同時に会社の共同経営者だということです。
子供は2010年生まれの娘と2015年生まれの息子
大野真理子さんには2人のお子さんがいます。
2010年生まれの娘さんと、2015年生まれの息子さんです。
大野さんはSNSでお二人を娘っち・息子っちというニックネームで呼んでいます。
顔出しや実名の公表はしておらず、そこはきっちり線を引いている印象です。
ちなみに大野家には犬もいて、こちらはひろしと呼ばれています。
家族全員にニックネームが付いているの、なんだかいいですよね。
そして冒頭の実家の話につながるのですが、この子育て期間を支えたのが大野さんのお母さん、つまりお子さんたちにとっての祖母でした。
会社を経営しながら2人を育てるというのは、実家の助けなしには相当きつかったはずです。
大野真理子さんは2児の母で、その子育ては茅ヶ崎の実家に支えられてきたということです。
年収は複数社の経営から推測される
大野真理子さんの年収について、具体的な金額は公表されていません。
ここは正直、はっきりした数字が出てこない部分です。
わかっているのは、大野さんがアパレルの株式会社PETTERS、健康食品の株式会社サウルス、美容機器の株式会社gaudy villageという複数の企業に関わっているということですね。
さらにPETTERSは全国19店舗を展開しています。
一般論として、複数のブランドを持ち全国規模で店舗を展開する企業のオーナー経営者であれば、役員報酬に加えて配当も収入源になります。
ただ、そこから金額を割り出すのはあくまで推測の域を出ません。
会社の売上と個人の年収は別物ですし、経営者は事業への再投資を優先することも多いからです。
ネット上には具体的な金額を挙げている記事もありますが、公式な裏付けのある数字ではないので、参考程度に見ておくのが安全だと思います。
大野真理子さんの年収は非公表で、公開されているのは複数社を経営しているという事実までです。
現在は東京在住でmukiiを展開
最後に、実家を出たあとの大野真理子さんの現在です。
大野さんは現在は東京都在住で、生まれ育った茅ヶ崎からは離れて暮らしています。
活動の中心も大きく広がりました。
2018年にInstagramを始めたことをきっかけに美容家としての活動をスタートし、成分や使用感を率直に語るスタイルで皮膚の変態と呼ばれる存在になっています。
2020年にはスキンケア・インナーケアブランドmukiiを立ち上げました。
2024年には講談社から『「皮膚の変態」が本気で選んだ270品』を出版しています。
美容メディアのVOCEやFRaUでも記事を執筆しており、アパレル経営者という枠を超えた活動になっていますね。
茅ヶ崎の商店街の洋品店から始まって、今は美容とアパレルの両方で発信する立場へ。
実家の話をここまで追ってくると、その道のりが一本の線でつながって見えてきます。
大野真理子さんは現在、東京を拠点にアパレル経営と美容ブランドの両方を手がけているということです。
大野真理子の実家のまとめ
- 実家は神奈川県茅ヶ崎市にある
- 実家は父が営むアパレルの自営業だった
- 父は大野真理子が生まれる前から茅ヶ崎の商店街でファッション小売店を経営していた
- 毎晩聞いた父の仕事の話が現在の経営に役立っていると本人が語っている
- 母とは大の仲良しで、子育て期間も支えてもらったとされる
- 美容に目覚めたきっかけは母と姉の影響だと語っている
- 3〜4歳のころから母のお供で百貨店の化粧品カウンターに通っていた
- 兄と姉がいる3人きょうだいの末っ子で、次女にあたる
- 両親は金婚式を迎えており、現在は70代に入っているとみられる
- 3歳から18歳まで神奈川県の湘南白百合学園に通った
- 大学は学習院女子大学で心理学を専攻し、2002年に卒業した
- 卒業後は父が営むファッション小売店に入社した
- 2006年に父の会社の一角でアパレルブランドtocco closetを立ち上げた
- 2009年に29歳で株式会社PETTERSを設立して独立した
- 2010年に結婚し、第一子の出産と同時に父から家業を引き継いだ
- 夫の大野勲は株式会社PETTERSの代表取締役で共同経営者にあたる
- 現在は東京都に住み、スキンケアブランドmukiiなども展開している

