古市憲寿の国籍は公表されていない!韓国説が広まった3つのきっかけ

古市憲寿の国籍は公表されていない!韓国説が広まった3つのきっかけ

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テレビで見ない日はないくらい露出しているのに、古市憲寿さんの国籍を検索する人がとても多いんです。

「韓国籍なの?」「在日って本当?」という言葉と一緒に検索されているのを見ると、気になりますよね。

結論から言うと、古市憲寿さんの国籍を示す資料は本人からも公式プロフィールからも公表されていません。噂が広がったきっかけは①テレビでの韓国・中国関連の発言、②ピースボート乗船という経歴、③2019年の白鵬さんをめぐる発言の3つで、どれも出自の話ではなかったんです。

この記事を読むとわかること
・古市憲寿の国籍について公表されている情報はどこまでか
・韓国籍・在日という話が広まった3つのきっかけ
・生まれ・育ち・父親の出身地など公表されている生い立ち

古市憲寿の国籍について公表されている情報

まずは古市憲寿さんの国籍について、どこまでが公表されている情報でどこからが噂なのかを整理していきます。

韓国説が広まったきっかけは大きく3つ。テレビでの韓国・中国関連の発言、ピースボートに乗船した経歴、そして2019年に白鵬さんの日本国籍取得へ異論を唱えた発言です。

順番に見ていきましょう。

国籍を示す公的資料は確認できない

先に一番大事なところをお伝えしますね。

古市憲寿さんが自分の国籍について公の場で明言した記録は、確認できませんでした。

講演依頼サイトに掲載されている公式プロフィールを見ても、肩書は「社会学者/作家」とだけ書かれていて、国籍の欄そのものが存在しません

ウィキペディアの記事も同じで、生年月日・出生地・学歴・受賞歴は詳しく載っているのに、国籍についての記述はありませんでした。

これ、古市憲寿さんが何かを隠しているという話ではないんですよ。

国籍は戸籍やパスポートに紐づく個人情報で、テレビに出ている人だからといって公表する義務はまったくありません。

実際、俳優でも歌手でもアナウンサーでも、公式プロフィールに国籍を書いている人のほうが圧倒的に少ないですよね。

つまり「書いていない」ことと「隠している」ことは、まったく別の話なんです。

断定できるのは「日本国外にルーツを示す情報がない」ところまで

ではまったく手がかりがないのかというと、そうでもありません。

後で詳しく見ていきますが、古市憲寿さんは東京都墨田区で生まれ、6歳から埼玉県で育ち、日本の高校・大学・大学院を出ています。

父親の出身地も鹿児島県南九州市と伝えられていて、いずれも日本国内です。

公表されている範囲を丁寧に追いかけても、韓国や北朝鮮をはじめとする日本国外にルーツがあることを示す一次情報は、ひとつも見つかりませんでした。

ただし、それは「日本国籍であることが証明された」という意味ではありません。

この記事では、そこを混ぜずに分けて書いていきますね。

プロフィールでは日本の社会学者と紹介

古市憲寿さんがメディアでどう紹介されているかを見ていくと、表記はかなり一貫しています。

公式プロフィール、ウィキペディア、テレビ番組のテロップ、いずれも「社会学者」「作家」という肩書で統一されていました。

大学での立場も公表されていて、日本大学藝術学部の客員教授、慶應義塾大学SFC研究所の訪問研究員(上席)を務めています。

さらに、公的な会議の委員も経験しているんですよ。

講演依頼サイトのプロフィールには、内閣官房のクールジャパン推進委員、そして「経済財政動向等についての集中点検会合」の委員だったことが記載されています。

ここで「政府の委員をやっているなら日本国籍でしょ」と思った方、いるんじゃないでしょうか。

気持ちはすごく分かるのですが、そこは慎重に見たほうがいいところです。

各省庁が設ける有識者会議や懇談会の多くは、そもそも国籍要件を置いていません。

肩書の紹介のされ方は「日本の社会学者」で一貫していますが、それ自体は国籍を証明する資料にはならない、というのが正確なところです。

出生地は東京都墨田区で6歳から埼玉育ち

ここからは、公表されている生い立ちを具体的に見ていきます。

古市憲寿さんは1985年1月14日、東京都墨田区の生まれです。

そして6歳のときに埼玉県川口市へ引っ越しています。

高校は埼玉県立越谷北高等学校で、2003年に卒業しました。

その後の経歴は、まとめて表で見たほうが早いと思います。

項目内容
生年月日1985年1月14日
出生地東京都墨田区
育った場所埼玉県川口市(6歳から)
高校埼玉県立越谷北高等学校(2003年卒業)
大学慶應義塾大学環境情報学部(AO入試で入学・2007年卒業)
留学オスロ大学(ノルウェー/2005〜2006年に交換留学)
大学院東京大学大学院総合文化研究科 修士課程修了
肩書社会学者・作家

こうして並べてみると、はっきりすることがあります。

大学時代の交換留学1年を除けば、生まれてから大学院まで、公表されている経歴はすべて日本国内で完結しているんです。

海外で生まれ育ったとか、途中で日本に移り住んだといった記述は、どのプロフィールにも見当たりませんでした。

父は鹿児島県南九州市出身の公務員

両親についても、公表されている情報があります。

複数のプロフィール系サイトが共通して伝えているのが、父親は鹿児島県南九州市の生まれで、大学進学のために上京したという内容です。

職業は公務員、母親は専業主婦だったと伝えられています。

ただし、ここは注意して読んでほしいところです。

この両親の情報は、古市憲寿さん本人が公式に発表したものとして確認できたわけではありません。

複数のサイトが同じ内容を書いているという状態にとどまるので、確定情報としてではなく「そう伝えられている」というレベルで受け取っておくのが安全かなと思います。

そのうえで国籍の話に引きつけると、ひとつだけ言えることがあります。

父方のルーツとして名前が挙がっているのは鹿児島県であって、公表情報の中に両親が日本国外にルーツを持つことを示す記述は見当たりませんでした。

韓国籍・在日と言われ始めたきっかけ

では、なぜ「古市憲寿 韓国」「古市憲寿 在日」といった言葉が検索されるようになったのでしょうか。

調べていくと、出自に関する資料が出てきたわけではなく、発言と経歴の3点が結びついて広がったという流れが見えてきます。

順番に整理しますね。

①テレビでの韓国・中国関連の発言

ひとつめは、コメンテーターとしての発言です。

古市憲寿さんは韓国や中国のニュースを扱う場面でたびたび自分の意見を口にしていて、そのたびに賛否が割れてきました。

報じられているものでは、韓国に設置された慰安婦をめぐる像について「大騒ぎしすぎた」と述べた例があります。

こうした発言が繰り返されると、内容そのものよりも「なぜこの人はこういうことを言うのか」という関心が先に立ってしまうんですよね。

その関心が本人の属性への詮索に流れる、というのはネット上でよく見る流れかなと思います。

②ピースボートに乗船したという経歴

ふたつめは経歴です。

古市憲寿さんは東京大学大学院の修士課程に在籍していたころ、知人の誘いでピースボートに乗船しています。

そこで乗客と交流した経験が、のちの修士論文の土台になりました。

船内で韓国の人と直接交流したとも伝えられていて、この経歴が「韓国とつながりがある人」という印象につながった面はありそうです。

ただ、これは研究者としてのフィールドワークの話であって、ルーツの話ではありません。

③白鵬の日本国籍取得をめぐる2019年の発言

みっつめが、次の見出しで詳しく取り上げる2019年の発言です。

「日本国籍の取得が義務なのはおかしい」という趣旨の意見を述べたことで、国籍という言葉と古市憲寿さんの名前が一緒に扱われる場面が増えました。

3つとも発言と経歴から連想されたもので、出自を示す資料に基づいた話ではないんです。

白鵬の日本国籍取得に異論を唱えた発言

この発言は日付までしっかり記録が残っています。

2019年4月18日、フジテレビ系「とくダネ!」でのことでした。

大相撲では親方になるための条件として日本国籍の取得が求められています。

そのことについて、当時34歳だった古市憲寿さんはこう述べました。

「本当に日本国籍取得が親方の条件としてふさわしいかどうかという話もある。誰が見ても分かる通り、すごい勝って、実績を残している。そういう人に対して、かつ日本国籍が義務だというのは、ちょっと時代に合わないんじゃないか」

読んで分かるとおり、これは制度に対する意見です。

横綱として実績を残した人に対して国籍の取得を義務づける制度が現代にそぐわないのではないか、という主張なんですよね。

それでも「国籍」という強い言葉と本人の名前が同じニュースの中に並んだことで、検索結果の景色が変わってしまった面はあると思います。

制度への意見と、発言した本人の国籍は、まったく別の話として切り分けて考える必要があります。

ピースボートで韓国の人と交流した経験

ここは古市憲寿さんのキャリアの出発点でもあるので、もう少し詳しく見ていきますね。

東京大学大学院の修士課程に在籍していた古市憲寿さんは、知人に誘われてピースボートに乗り込みました。

そして船に乗る若者たちを社会学の対象として観察し、その分析を修士論文としてまとめています。

この論文をもとにした『希望難民ご一行様 ピースボートと「承認の共同体」幻想』が2010年のデビュー作となりました。

自分が乗り込んだ船の中を観察対象にして本を出す、というのはなかなかの度胸だと思いませんか。

この乗船中に韓国の人と直接交流したと伝えられていて、その後も新大久保に韓国料理を食べに行くことがあるという話も出ています。

ただし、この2つは本人発言として確認できる形で残っているわけではなく、伝えられているレベルの情報です。

仮に事実だったとしても、韓国料理を食べることと国籍が結びつく理由はどこにもありませんよね。

研究のための乗船と、食の好みの話が、いつのまにか出自の噂に読み替えられてしまった構図だと考えられます。

国籍の噂に対する世間の声

古市憲寿さんは、いわゆる炎上コメンテーターとして名前が知られています。

フジテレビ系「とくダネ!」では、共演していた山崎夕貴アナウンサーから「イメージをねつ造する」と抗議を受けたことが報じられました。

また、谷原章介さんから炎上を狙っているのではないかと問われた際には「うそつく方が嫌」と答えています。

2018年にはメディアアーティストの落合陽一さんとの対談が大きく批判された一件もありました。

こうして発言が定期的に話題になる人ほど、経歴や属性を細かく詮索されやすくなります。

国籍にまつわる噂が繰り返し検索されるのも、その延長線上で起きていることかなと思います。

噂の内容を裏づける資料が出てきたわけではなく、注目度の高さが詮索を呼んでいる、というのが実態に近いはずです。

古市憲寿の国籍を調べる人向けの関連情報

ここからは、古市憲寿さんの国籍を調べている方が一緒に気にしている、生い立ちや経歴の情報をまとめていきます。

家族構成から現在の活動まで、公表されている範囲で見ていきましょう。

実家は祖父母と同居する7人家族

古市憲寿さんの実家は、なかなかにぎやかだったようです。

伝えられている家族構成は祖父・祖母・父・母・本人・妹2人の7人で、古市憲寿さんは3人きょうだいの長男にあたります。

妹さんとの関係については、本人が2018年8月15日の番組で語っていて、上の妹とは仲が良い一方、末の妹とは20年近く会っていないと話しています。

同じきょうだいでもここまで距離が違うのかと、ちょっと驚きました。

上の妹さんは結婚していて、2015年に子どもを出産したと伝えられています。

家庭のエピソードとして有名なのが、家にテレビが8台あったという話です。

それぞれの部屋で好きな番組を見るのが当たり前だった、という環境だったそうですよ。

なお、実家が裕福だったのかどうかについては、母親が専業主婦だったことなどを根拠に語られることが多いのですが、収入や資産に関する公表情報はありません。

そこは推測の域を出ない話として受け取っておくのが良さそうです。

学歴は越谷北高校から慶應義塾大学へ

古市憲寿さんの学歴は、なかなかユニークです。

埼玉県立越谷北高等学校を2003年に卒業し、同じ年に慶應義塾大学環境情報学部へAO入試で入学しました。

このAO入試について、本人が2022年6月27日に報じられた場面で「詩を書いて入った」と語っています。

高校時代からコストパフォーマンスを考えてAO入試を狙い、詩のコンクールに応募して受賞歴を作った、という準備の仕方だったそうです。

……戦略的すぎませんか、これ。

意外なのは、小中学校のころは学校になじめず、休みがちだったと伝えられている点です。

集団行動や体育の授業が苦手で、気管支ぜんそくを患っていたことも重なっていたといいます。

一方で学力は高く、春休みのあいだに次の学年の教科書を読み終えてワークブックまで終わらせていたというエピソードも残っています。

学校という場所は苦手だけれど勉強そのものは得意、という子ども時代だったようです。

東京大学大学院での修士論文がデビュー作

慶應義塾大学環境情報学部を2007年に卒業したあと、古市憲寿さんは東京大学大学院総合文化研究科の修士課程に進みました。

そこで書いた修士論文が、そのまま2010年のデビュー作『希望難民ご一行様』につながっています。

その翌年に出した『絶望の国の幸福な若者たち』が代表作となり、若者論の書き手として一気に知られるようになりました。

2013年には日本学術振興会の育志賞を受賞しています。

さらに2018年には初の小説『平成くん、さようなら』が第160回芥川龍之介賞の候補にもなりました。

近年の著作には『昭和100年』もあります。

社会学の研究者としてスタートし、小説家としても評価される場所まで来た、という経歴です。

オスロ大学へ1年間交換留学した経歴

古市憲寿さんの経歴で唯一、日本国外にかかわるのがこの留学です。

慶應義塾大学に在学していた2005年から2006年にかけて、ノルウェーのオスロ大学へ1年間の交換留学をしています。

ノルウェーというのは、留学先としてはかなり珍しい選択ですよね。

福祉国家として知られる国で1年を過ごした経験は、その後の若者論や社会保障をめぐる発言にも影響していそうです。

ここで補足しておくと、この留学はあくまで大学の交換留学制度によるものです。

海外経験があることと国籍はまったく別の話なのですが、「日本人離れした視点」という印象が、噂の下地のひとつになった可能性はあるかなと考えています。

現在の活動とテレビ出演の状況

最後に、現在の活動を確認しておきましょう。

公表されているテレビ出演をまとめると、次のようになります。

番組名放送局立場
ワイドナショーフジテレビゲストコメンテーター
情報プレゼンター とくダネ!フジテレビスペシャルキャスター
めざまし8フジテレビ木曜スペシャルキャスター
中居正広のニュースな会テレビ朝日準レギュラー
真相報道バンキシャ日本テレビゲストコメンテーター
Together〜だれにも言えないこと〜BS-TBSMC

テレビだけでなく、日本大学藝術学部の客員教授、慶應義塾大学SFC研究所の訪問研究員(上席)としての顔も持っています。

作家としての執筆も続いていて、コメンテーター一本の人ではないんですよね。

研究・執筆・テレビの3本柱で活動を続けているのが、古市憲寿さんの現在地です。

古市憲寿の国籍のまとめ

  • 古市憲寿が自身の国籍を公の場で明言した記録は確認できない
  • 公式プロフィールにもウィキペディアにも国籍の記載欄がない
  • 国籍は個人情報であり、著名人でも公表義務はない
  • 公表情報の中に、日本国外にルーツがあることを示す一次情報は見当たらない
  • 肩書は一貫して「社会学者」「作家」と紹介されている
  • 内閣官房クールジャパン推進委員などを務めたが、有識者会議の多くに国籍要件はない
  • 1985年1月14日に東京都墨田区で生まれ、6歳から埼玉県川口市で育った
  • 父親は鹿児島県南九州市の出身で公務員、母親は専業主婦と伝えられる
  • 韓国籍・在日という話は、発言と経歴から連想されたものとされる
  • きっかけの1つは韓国・中国関連ニュースでの発言が繰り返し議論を呼んだこと
  • 2019年4月18日「とくダネ!」で白鵬の日本国籍取得義務に異論を唱えた
  • 大学院時代にピースボートへ乗船し、その経験が修士論文とデビュー作になった
  • 学歴は越谷北高校から慶應義塾大学環境情報学部へAO入試で進学
  • 2005〜2006年にノルウェーのオスロ大学へ1年間交換留学している
  • 現在も研究・執筆・テレビ出演の3本柱で活動を続けている

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