野村沙亜也さんの家系図を調べていくと、名前の並びだけでは説明がつかない部分に必ずぶつかります。
祖父はあの野村克也さん。ところが、ふたりの間に血のつながりはありません。それでも沙亜也さんは克也さんを「大パパ」と呼び、野球の手ほどきまで受けて育ちました。
父・ケニー野村さん、その父である米軍将校、そしてロサンゼルスで働く沙亜也さんまで。三代にわたって日本とアメリカを行き来してきた一族の家系図を、順番にほどいていきます。
・野村沙亜也さんの家系図(父・母・兄・祖父母・曾祖父)の全体像
・祖父・野村克也さんと血がつながっていない理由と、それでも近かった関係
・家系図から見えるクオーターの背景と、エンゼルス職員としての現在
野村沙亜也さんの家系図|父・母・祖父母をたどって整理する
野村沙亜也さんの家系図は、日本の野球界とアメリカの軍人家庭がひとつにつながった、かなり珍しい形をしています。
登場人物が多いので、まずは全体を一枚に整理してから、ひとりずつ見ていきましょう。
血のつながりと戸籍上のつながりが一致していない箇所があり、そこが「野村克也さんの孫なのに血縁ではない」という話の正体でもあります。
野村沙亜也さんの家系図を一枚に整理すると
報道と本人インタビューで確認できている範囲で、野村沙亜也さんを中心に続柄を並べると次のようになります。
| 続柄 | 名前 | 主な肩書き |
|---|---|---|
| 本人 | 野村沙亜也さん | 元ロサンゼルス・エンゼルス球団職員 |
| 父 | ケニー野村さん(本名・野村克彦さん) | 元プロ野球選手/スポーツアドバイザー |
| 母 | 日本人ピアニスト(氏名は諸説あり) | ロサンゼルス在住 |
| 兄 | 野村克裕さん | トレーニングコーチ |
| 祖母 | 野村沙知代さん | タレント(2017年に死去) |
| 祖母の再婚相手 | 野村克也さん | 元プロ野球選手・監督(2020年に死去) |
| 曾祖父(父方) | アルヴィン・エンゲルさん | アメリカ軍将校 |
| 伯父 | 団野村さん(野村克晃さん) | 選手代理人 |
| 叔父 | 野村克則さん | 元プロ野球選手・コーチ |
こうして並べると、野球に関わる人が父方に集中しているのがわかります。
そしてもうひとつ、母方がアメリカ側ではなく、父方の祖父がアメリカ人だという点も、家系図を読み違えやすいところです。
父はケニー野村さん|1軍出場のなかった元プロ野球選手
野村沙亜也さんの父は、ケニー野村さんです。
本名は野村克彦さんで、1959年2月27日生まれ、東京都目黒区の出身と伝えられています。身長は180センチ。
野球歴もはっきりしていて、1979年にドラフト外で広島東洋カープに入団し、2年在籍したのち日本ハムファイターズへ移りました。日本ハムには1982年から4年間在籍しています。
ただ、1軍の試合に出場した記録はありません。プロの世界に7年近く身を置きながら、最後まで1軍の打席には立てなかったことになります。
引退後は渡米し、スポーツアドバイザーとして活動。その後日本に戻り、現在は東京都内に住んでいると報じられています。
「ケニー」という呼び名の背景
日本名がありながらケニー野村さんと呼ばれているのは、父がアメリカ人だからです。
後ほど触れますが、この父方の血筋が、沙亜也さんが「クオーター」と紹介される直接の理由になっています。
母は日本人ピアニスト|氏名については情報が分かれている
母親については、ロサンゼルス在住の日本人ピアニストだと紹介されています。
グラミー受賞歌手グラディス・ナイトさんのバンドでキーボードを担当し、ホワイトハウスでの演奏経験もあるという、かなり本格的な経歴の持ち主です。
ただし氏名については、媒体によって記載が食い違っています。ケニー野村さんの妻を別の名前で伝えている記事もあり、公式に発表されたものではありません。
そのため、この記事では「日本人のピアニスト」という職業までにとどめておきます。
いずれにせよ、母が日本人であることは複数の記事で共通しており、家系図を読むうえで重要なのはそちらです。
兄は野村克裕さん|トレーニングコーチとして活動
沙亜也さんには、野村克裕さんという兄がいると伝えられています。
職業はトレーニングコーチで、日本を拠点に活動しているとのこと。
父は元プロ野球選手、兄はトレーニングコーチ、そして本人はメジャー球団の職員。選手として名前が並んでいるわけではありませんが、きょうだいそろって野球やスポーツの周辺で仕事をしていることになります。
この情報は単独のソースによるもので、大手メディアで確認できたものではない点は付け加えておきます。
祖母は「マミー」と呼んだ野村沙知代さん
父方の祖母が、タレントとして知られた野村沙知代さんです。
旧名は伊東芳枝さんで、「サッチー」の愛称でテレビに出続けた人物でもあります。
沙亜也さんは沙知代さんを「マミー」と呼んでいたと語っています。祖母を「おばあちゃん」ではなく英語風に呼ぶあたりに、ロサンゼルスで育った孫と日本で暮らす祖母という距離感がにじんでいます。
沙知代さんは2017年に亡くなりました。
祖父・野村克也さんとは血がつながっていない
ここが、野村沙亜也さんの家系図でいちばん誤解されやすいところです。
沙亜也さんは「野村克也さんの孫」として報じられ、本人も克也さんを「大パパ」と呼んでいました。しかし、ふたりの間に血のつながりはありません。
理由は、祖母・沙知代さんの結婚歴にあります。
沙知代さんは1957年4月に、アメリカ軍将校のアルヴィン・エンゲルさんと結婚しました。この結婚で生まれたのが、長男の団野村さんと次男のケニー野村さん。つまり沙亜也さんの父です。
沙知代さんとエンゲルさんは1976年に離婚し、1978年に沙知代さんは野村克也さんと再婚しました。このとき克也さんは、前夫との間に生まれた息子2人を養子として迎えています。
戸籍のうえでは克也さんが父になった。けれども血としてはエンゲルさんの子である。この二重構造が、そのまま孫の代にも引き継がれているわけです。
血縁がなくても近かった関係
血のつながりがないからといって、関係が薄かったわけではありません。
沙亜也さんは克也さんから野球の指導を受けて育ったと語っています。父・ケニー野村さんからはバッティングなど実践的な技術を、克也さんからは野球そのものを教わったという形です。
「どんなに忙しくても時間を作ってくれたことに感謝しています」という沙亜也さんの言葉は、家系図の線の太さとは別のところで関係が育っていたことを示しています。
曾祖父は米軍将校のアルヴィン・エンゲルさん
家系図をもうひと世代さかのぼると、アルヴィン・エンゲルさんに行き着きます。
エンゲルさんは東欧系ユダヤ人の家系を持つアメリカ人で、アメリカ軍の将校として日本に駐在していました。1957年に沙知代さんと結婚し、2人の息子をもうけています。
1976年に離婚した後はアメリカへ帰国。沙知代さんが克也さんと再婚した翌年の1979年に、ハワイで亡くなったと伝えられています。
沙亜也さんから見れば、直接会うことのなかった曾祖父です。それでも、この人がいなければ「野村」という日本の野球一族に、アメリカの血とロサンゼルスという拠点が入ってくることはありませんでした。
家系図でわかる、野村沙亜也さんがクオーターである理由
ここまでの流れを整理すると、沙亜也さんがクオーターと紹介される理由がきれいに説明できます。
- 曾祖父アルヴィン・エンゲルさん=アメリカ人
- 曾祖母・野村沙知代さん=日本人
- その子である父・ケニー野村さん=日米のハーフ
- 母=日本人
- その子である野村沙亜也さん=クオーター
アメリカの血は父方の祖父から一度だけ入り、以降は日本人と重なっているため、割合としては4分の1になります。
ロサンゼルス生まれ・ロサンゼルス育ちで英語も堪能。「野村」という日本的な姓とアメリカでの生活が同居しているのは、家系図を三代さかのぼれば当たり前の結果だったわけです。
家系図の先にある現在|野村沙亜也さんが選んだ野球との関わり方
家系図をたどり終えたところで、次はその血筋がどう働いているのかを見ていきます。
父も伯父も叔父も野球の世界にいる一族のなかで、沙亜也さんが選んだのは選手でも指導者でもない立ち位置でした。
伯父は代理人の団野村さん、叔父は野村克則さん
沙亜也さんの父・ケニー野村さんには、兄と弟がいます。
兄は団野村さん。本名は野村克晃さんで、1957年生まれ。日本人選手のメジャー移籍などを手がけてきた選手代理人として知られています。沙亜也さんから見れば伯父にあたります。
弟は野村克則さん。沙知代さんと野村克也さんの間に生まれた子で、ケニー野村さんとは父が異なる異父弟です。元プロ野球選手で、引退後はコーチを務めています。沙亜也さんから見れば叔父です。
父方をひとつ横に広げるだけで、元選手・代理人・コーチが並ぶ。家系図の枝ぶりそのものが、そのまま野球界の地図になっているような一族です。
ロサンゼルス生まれ、2013年から3年間の日本暮らし
沙亜也さんはロサンゼルスで生まれ育ちました。
ただ、アメリカだけで過ごしてきたわけではありません。2013年から3年間は日本で暮らし、スポーツ関連事業の会社でインターンを経験しています。
この3年間は、家系図のうえでは「日本側」にあたる祖父母や親戚との距離が最も近かった時期でもあります。祖父・克也さんと直接会う機会も、この頃に多く持てたと考えられます。
2018年にエンゼルス入社|ゲストリレーション部門で1年目に受賞
日本での経験を経て、沙亜也さんは2018年にロサンゼルス・エンゼルスへ入社しました。
配属されたのはゲストリレーション部門です。本人はその役割を「主な役割は、球場を訪れるファンの方々やVIPスイートをご利用いただくゲストの案内役です」と説明しています。
日本語と英語の両方が使えることから、日本から訪れるファンのサポートにも力を注いでいました。大谷翔平選手の加入と同じ2018年ですから、球場に日本人が押し寄せた時期とちょうど重なります。
そして入社1年目の2018年、沙亜也さんは球団職員賞(最優秀従業員)を受賞しました。
この知らせを、克也さんは大喜びしたといいます。孫が球場の裏方として認められたことを、野球人の祖父はまっすぐに喜んだわけです。
スポーツ企業との兼務
球団職員として働くかたわら、スポーツ関連企業でマーケティングの仕事も兼務していたと伝えられています。
掲げている目標は「日本とアメリカの橋渡しとなること」。日米にまたがる家系図をそのまま職業にしたような目標です。
2023年5月、始球式のマウンドに置いた2枚の写真
2023年5月26日(日本時間27日)、沙亜也さんはエンゼルス対マーリンズ戦(アナハイム)で始球式を務めました。このときの肩書きは「エンゼルス元職員」です。
背番号18、胸には「NOMURA」の刺繍が入ったユニフォーム。胸元にはヤクルトのピンバッジを着けていました。
そしてマウンドには、野村克也さんと野村沙知代さんの写真を置いています。
投球はワンバウンドになりましたが、そこは本質ではありません。沙亜也さんは「始球式はすごく光栄。おじいちゃんが生きていたらすごく喜んでたと思う」と語りました。
ちなみに、この始球式のために2022年12月、ヤクルトの救援左腕・田口麗斗投手から投球法を教わっています。準備は半年近く前から始まっていたことになります。
「エンゼルスの監督になりたいよ」祖父が最期に語った夢
家系図の話として、最後にどうしても外せないエピソードがあります。
2019年末、親族の食事会でのことです。沙亜也さんはアメリカ土産として、エンゼルスの帽子と大谷翔平選手のTシャツを克也さんに手渡しました。
すると克也さんはすぐに帽子をかぶり、「エンゼルスの監督になりたいよ」と口にしたといいます。
大谷選手についても「二刀流選手で、以前は褒めてなかったんですけど、すごく褒めていました」と沙亜也さんは振り返っています。かつては二刀流に否定的だった克也さんが、孫の前では素直に称賛していたわけです。
野村克也さんが亡くなったのは、その翌年の2020年2月でした。
血のつながりはない祖父と孫。それでも、孫が働く球団の帽子をかぶって最後の夢を語る場面が成立していたことこそ、この家系図がただの線の集まりではないことを物語っています。
野村沙亜也さんの家系図まとめ
ここまでの内容を整理します。
- 野村沙亜也さんの父は元プロ野球選手のケニー野村さん(本名・野村克彦さん)
- 母はロサンゼルス在住の日本人ピアニストだが、氏名は情報が分かれている
- 兄はトレーニングコーチの野村克裕さん
- 祖母はタレントの野村沙知代さん、その再婚相手が野村克也さん
- 克也さんは沙知代さんの連れ子2人を養子に迎えたため、沙亜也さんと血縁関係はない
- 父方の曾祖父は米軍将校のアルヴィン・エンゲルさんで、これが沙亜也さんがクオーターである理由
- 伯父は代理人の団野村さん、叔父は元選手の野村克則さん
- 沙亜也さんは2018年にエンゼルス入社、1年目に球団職員賞を受賞し、2023年5月には始球式を務めた
野村沙亜也さんの家系図は、血縁と戸籍が一致しない場所を抱えたまま、それでも野球という一本の軸でつながっています。
「日本とアメリカの橋渡しになりたい」という本人の目標は、三代かけて出来上がったこの家系図を、そのまま仕事に翻訳したものなのかもしれません。

