ギャル霊媒師として一気に知られるようになった飯塚唯さんですが、実家がどんな家なのか気になっている方は多いのではないでしょうか。
調べていくと、実家は東京都江戸川区の船堀にあって、ご両親が居酒屋を営んでいるという話が出てきます。
しかも占い師としてのキャリアが始まった場所が、その実家のお店だったというから驚きですよね。
・飯塚唯の実家がある場所と、両親が営む居酒屋おとみのこと
・占い師としてのキャリアが実家の居酒屋から始まった経緯
・霊媒師家系三代目を継いだ実家の家族構成と、店名をめぐる情報の食い違い
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飯塚唯の実家は船堀の居酒屋
ギャル霊媒師として知られる飯塚唯さんの実家について、まず気になるのは「どこにあって、何をしているお店なのか」ですよね。
ここでは、実家の場所・家業・そして実家が飯塚唯さんのキャリアにどう関わってきたのかを順番に見ていきます。
実家は東京都江戸川区の船堀にある
飯塚唯さんの出身地は東京都江戸川区です。
これは占いポータルや複数のプロフィール系記事で共通して書かれている情報で、ほぼ確定と見てよさそうです。
そのなかでも実家があるのは、江戸川区のなかの船堀(ふなぼり)というエリアだと紹介されています。
船堀は都営新宿線の船堀駅を中心にした下町で、駅前にはタワーホール船堀という区の施設が建っている、商店街と住宅が入り混じったにぎやかな町です。
いわゆる高級住宅街ではなく、生活感のある町並みというのが正直なところ。
ギャル霊媒師という華やかな肩書きから受ける印象と、下町の空気感のギャップに、ちょっと驚いた人もいるんじゃないでしょうか。
飯塚唯さん本人も、ブログのなかで「久々に実家に帰って母と話した」と書いていて、今も実家との行き来がある様子がうかがえます。
さらに、本人のX(旧Twitter)では「江戸川区船堀の鑑定場にて対面鑑定」という告知も出しています。
活動の拠点そのものが、生まれ育った町から大きく離れていないんですね。
つまり飯塚唯さんの実家は、東京都江戸川区の船堀にある下町の家庭ということになります。
船堀という町の位置関係
船堀駅は都営新宿線で新宿から30分ほど、都心へも出やすい立地です。
渋谷109で働いていた時期や、渋谷の占いの館に所属していた時期のことを考えると、実家から都心へ通える距離だったことが分かります。
両親が営む居酒屋おとみ
飯塚唯さんの実家でいちばん語られているのが、ご両親が居酒屋を営んでいるという点です。
店名は「おとみ」と紹介されており、船堀にある大衆的な居酒屋だとされています。
店舗情報サイトでも船堀に「おとみ」という居酒屋の掲載があり、場所は江戸川区船堀2丁目、船堀駅から徒歩6分ほどの位置です。
ただし、こうしたグルメサイト側に「飯塚唯さんの実家」という記載があるわけではありません。
人物と店を結びつけているのはあくまで芸能系の記事側なので、その点は頭に置いておいてください。
営業を始めたのは1990年頃という情報もあり、これが正しければ30年以上続く町の老舗ということになります。
飯塚唯さんは1988年生まれとされているので、物心ついたときにはもう家にお店があった、という育ち方だったのかもしれません。
カウンター越しに常連さんの話を聞きながら育つ環境は、人の悩みを聞く今の仕事とどこかつながっている気もしますよね。
実家の家業は、船堀で長く続く居酒屋おとみだというのが各所で共通して語られている内容です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 店名 | おとみ |
| 業態 | 居酒屋 |
| 所在地 | 東京都江戸川区船堀2丁目(船堀駅から徒歩約6分) |
| 経営 | 飯塚唯の両親 |
| 営業開始 | 1990年頃とされる |
占い師としての出発点は実家の居酒屋
ここが実家の話でいちばん面白いところなんですが、飯塚唯さんの占い師としてのキャリアは、実家の居酒屋から始まっています。
本人が2014年にアメブロへ書いた記事に、こんな一文があります。
「私の占い経歴 元々は実家の居酒屋から始まり……マルキューとの掛け持ちでやってました」
マルキューはもちろん渋谷109のこと。
昼はギャル系ショップの店員として109に立ち、実家の居酒屋でも占いをやっていた、という時期があったわけです。
同じ記事のなかでは「最近また実家の居酒屋で営業前に場所借りて占いやお祓いをしている」とも書かれています。
営業前の誰もいない店内で、テーブルを一つ借りて鑑定する。
想像すると、なんだかすごく人間味のある光景じゃないですか。
有名になってからも実家の店を鑑定場所として使っていたというのは、今のテレビやYouTubeでの姿からは想像しにくい部分かもしれません。
実家の居酒屋は、飯塚唯さんにとって単なる家業ではなく、占い師としての最初の仕事場でもあったということです。
実家は霊媒師家系の三代目を継いだ場所
飯塚唯さんの家は、いわゆる霊媒師家系だと本人が公言しています。
系譜としては、曾祖母が初代、祖母が二代目、そして飯塚唯さんが三代目という並びです。
本人はブログで「うちは霊媒師家系で二代目のおばあちゃんが亡くなって、すぐに私が三代目になって」と書いています。
占いポータルの記事では、先代が40歳で他界した際に一族のなかから三代目として選ばれた、という書かれ方をしています。
年齢や経緯の細かい部分はソースによって表現が違うので、そこは幅を持って読んだほうがよさそうです。
ただ「祖母の死をきっかけに、一族のなかで自分が継ぐことになった」という大枠は各所で一致しています。
2021年12月のブログでは、実家に帰って母親と先代たちの話をした、という内容も投稿されています。
継承の話が実家のリビングでされているというのが、この家の特殊さを一番よく表しているように思います。
飯塚唯さんの実家は、霊媒師の役割が三代にわたって受け継がれてきた家でもあるんですね。
曾祖母はフィリピンにルーツがある
家系をさかのぼると、初代にあたる曾祖母はフィリピン出身だと紹介されています。
母方のルーツがフィリピンにあり、そこから霊媒師の流れが始まったという説明です。
飯塚唯さんに「ハーフなのでは」という検索が付きまとうのも、このあたりが背景にありそうです。
母は居酒屋を営みながら霊視もこなす
実家の話でもう一人外せないのが、お母さんの存在です。
お母さんは普段はお父さんと一緒に居酒屋を切り盛りしながら、霊視やお祓いもできる人だと紹介されています。
つまり実家は「居酒屋を営む家」であると同時に「霊的なことを扱える人が複数いる家」でもあるわけです。
一方で、お母さん自身は祖母から技術を学びながらも、継承する覚悟がつかずに正式には継がなかった、という記述もあります。
これは1つのソースにしか見当たらない話なので断定はできませんが、もし本当なら、母が受けなかった役割を娘が引き受けたという構図になります。
家業のカウンターに立ちながら、家系の重さと距離を取り続けた人がいて、その隣で娘が三代目になった。
……なかなか、簡単に飲み込める話ではないですよね。
実家の霊媒師の系譜は、母を一段飛ばす形で飯塚唯さんに渡ったと語られています。
弟の摩鎖弥も実家から霊媒師の道へ
飯塚唯さんには弟がいて、名前は摩鎖弥(まさや)さんといいます。
摩鎖弥さんも霊媒師として活動していて、姉である飯塚唯さんの一番弟子という立ち位置です。
得意分野は悪魔祓いや呪詛解除とされ、生霊・死霊の霊視や心霊写真の鑑定も手がけているそうです。
姉弟でYouTubeにも出演していて、供養や除霊の現場に一緒に立つこともあるとのこと。
同じ家で育った兄弟が、そろって同じ道に進んでいるというのは、この家の空気そのものを表しているように思います。
飯塚唯さんのブログでは、弟の髪をカットしてあげている様子も紹介されていて、仕事の関係とは別に姉弟としての距離の近さも伝わってきます。
実家からは飯塚唯さんだけでなく、弟の摩鎖弥さんも霊媒師として世に出ているということです。
弟の年齢
摩鎖弥さんは誕生日が2月9日で、2025年2月の時点で29歳という情報があります。
これは1つの記事にのみ書かれている内容なので、目安として受け取ってください。
実家の居酒屋をめぐる情報の食い違い
実家の店については、ネット上で少しややこしい情報の混ざり方が起きています。
SNSの投稿で「飯塚唯さんの実家の居酒屋」として、まぐろの気晴れ屋という看板の店を訪ねたという内容が出回っているんです。
ただ、検索して確認できる青空酒場まぐろの気晴れ屋は北九州・小倉にある店舗で、船堀の居酒屋おとみとは別のお店です。
店名だけが独り歩きして、まったく違う土地の店と結びついてしまった可能性が高いと考えられます。
こうした情報は一度広まると訂正されにくいので、お店側にとっても迷惑な話ですよね。
実家の店名として各所で共通して挙がっているのは居酒屋おとみであり、まぐろの気晴れ屋との関係は確認できません。
飯塚唯の実家を調べる人向けの関連情報
実家の話とあわせてよく検索されているのが、出身地や学歴、そして今の活動に至るまでの経歴です。
ここからは、実家から先の飯塚唯さんの歩みを整理していきます。
出身地は東京都江戸川区
改めて整理すると、飯塚唯さんの出身地は東京都江戸川区です。
生まれ育った町も、実家の居酒屋も、そして現在の鑑定場も、いずれも江戸川区・船堀という同じエリアに集まっています。
芸能活動が広がっても地元から離れないタイプの人なんだな、という印象を受けますよね。
高校は都立葛西南高校との情報
学歴については、出身高校が東京都立葛西南高校だとする記事があります。
葛西南高校も江戸川区内にある学校なので、家からそう遠くない高校に通っていたことになります。
ただ、この情報は1つの記事にしか見当たらないため、確定情報として扱うのは避けたほうがよさそうです。
高校時代に霊に取りつかれたことがきっかけで霊能力に目覚めた、という話もありますが、目覚めた時期については15歳・18歳頃・高校時代とソースによってばらつきがあります。
渋谷109の店員から占いの館へ
高校卒業後、飯塚唯さんは渋谷109のショップ店員として働き始めます。
ブランドはDelyleで、正社員として入社したという記述もあります。
ギャル文化にどっぷり浸かっていた時期と、霊媒師としての修行の時期が重なっていたわけです。
その後、友人を霊視した結果が当たると評判になり、渋谷の占いの館からスカウトを受けて占い師としてのキャリアが本格化しました。
109のショップ店員、実家の居酒屋、占いの館。
この3つを行き来していた20代前半の姿を想像すると、ギャル霊媒師という肩書きが後付けの演出ではないことがよく分かります。
実家の居酒屋と渋谷という2つの現場が、今のスタイルをつくったということですね。
本名は武内唯で2015年に入籍
飯塚唯さんは2015年12月24日に入籍しており、現在の姓は武内だと紹介されています。
つまり本名は武内唯さんで、飯塚唯は旧姓のまま使っている活動名ということになります。
旦那さんは一般の方で、長く交際した末の結婚だったとされています。
実家の姓をそのまま看板に残しているあたりに、家系を継いだ人としての意識が表れているのかもしれません。
現在はYouTubeやテレビでも活動
現在の飯塚唯さんは、YouTubeチャンネルの登録者が60万人以上とされ、年間およそ1万人を鑑定しているという紹介がされています。
コムドットをはじめとするYouTuberとのコラボやテレビ出演も増え、活動の場は大きく広がりました。
それでも対面鑑定の告知には「江戸川区船堀」の名前が出てくるわけで、実家のある町が今も活動の一部であり続けているのが分かります。
飯塚唯の実家のまとめ
- 飯塚唯の出身地は東京都江戸川区
- 実家は江戸川区のなかでも船堀エリアにあるとされる
- 実家の家業は両親が営む居酒屋
- 店名は「おとみ」と各所で紹介されている
- 店舗情報サイト上の所在地は船堀2丁目、駅から徒歩約6分
- 営業開始は1990年頃という情報がある
- グルメサイト側に本人の実家という記載はなく、紐づけは芸能系記事による
- 占い師としてのキャリアは実家の居酒屋から始まった
- 渋谷109の店員と占いを掛け持ちしていた時期がある
- 有名になった後も実家の店を営業前に借りて鑑定していた
- 実家は霊媒師家系で、曾祖母が初代・祖母が二代目・本人が三代目
- 初代の曾祖母はフィリピンにルーツがあるとされる
- 母は父と居酒屋を営みつつ霊視やお祓いもできると紹介されている
- 弟の摩鎖弥も霊媒師で、姉の一番弟子として活動している
- 実家の店として広まっている「まぐろの気晴れ屋」は北九州の別店舗

