大塚アリスの実家は神戸!母が5歳で通わせた町のバレエ教室と留学先の分かれ道

大塚アリスの実家は神戸!母が5歳で通わせた町のバレエ教室と留学先の分かれ道

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ロシア帰りのバレリーナとして注目を集めている大塚アリスさん。

関西弁でおしゃべりする姿と、舞台の上の張りつめた表情のギャップに惹かれた方も多いのではないでしょうか。

その原点は、5歳のときにお母さんが「チュチュを着せたら可愛いかな」という軽い気持ちで連れて行った、実家近くの小さなバレエ教室でした。

そこから世界最高峰のワガノワへ。この道のりが、正直、想像以上に壮絶だったんです。

この記事を読むとわかること
・大塚アリスの実家がどこにあるのか
・実家近くの教室からワガノワ・バレエ学校にたどり着くまでの道のり
・帰国後に実家のある関西で踊っていた時期と、東京へ出た理由

大塚アリスの実家は神戸のバレエ教室から始まった

大塚アリスさんの実家がどこにあるのか、そして実家での暮らしがバレリーナ人生にどう影響したのかを、本人のインタビュー発言をもとに整理していきます。

実家の場所だけでなく、そこにいたからこそ生まれた苦労と選択が見えてきますよ。

実家があるのは関西・神戸

大塚アリスさんの実家は関西地方にあります。

本人のインタビューでは、5歳でバレエを始めた場所を「地元・神戸のバレエスクール」とはっきり語っています。

5歳の子どもが通う習い事の教室は、当然ながら自宅から通える距離にあるものです。

つまり、幼少期に暮らしていた実家は神戸市かその近郊にあったと考えるのが自然でしょう。

東洋経済オンラインの密着記事でも「実家のある関西」という表現が使われていて、こちらは神戸を含む広い言い方になっています。

2つの情報を重ねると、大塚アリスさんの実家は兵庫県神戸市周辺にあるとみて、まず間違いなさそうです。

番地レベルの住所や実家の外観などは公表されていませんが、ここは公表しないのが当たり前ですし、詮索するところでもないですよね。

コンクールの出場歴も神戸との縁を裏づけている

実家の場所を補強する材料がもうひとつあります。

大塚アリスさんの受賞歴の中に「第29回こうべ全国洋舞コンクール 第7位」があるんです。

もちろん全国コンクールなので他県からも出場者は来ますが、地元開催のコンクールに出ているというのは、生活圏がその近くにあったことを示す一つの手がかりになります。

ほかにも、びわ湖洋舞コンクールinもりやま(滋賀)で第1位・滋賀県知事賞を受けていたり、京都のコンクールでスカラシップを獲得していたりと、10代の頃の活動範囲は関西一円に集中していました。

5歳で母に連れられ地元の教室へ

バレエを始めたきっかけは、本人の意思ではありませんでした。

5歳のとき、お母さんに連れられて神戸のバレエスクールに入門したのが最初です。

しかもお母さんはバレエ経験者だったわけではなく、動機は「チュチュを着せたら可愛いかな」という、かなり軽いものだったそうですよ。

のちに世界最高峰の学校へ進む人のスタート地点が、こんなにも普通のご家庭の感覚だったというのが、個人的にすごく好きなエピソードです。

そして当の本人はというと、しばらくバレエが好きになれませんでした。

「毎日同じことを繰り返す」レッスンがつまらなくて、小学4〜5年生の頃までは辞めたい気持ちのほうが強かったと語っています。

転機になったのは発表会でした。

バリエーション(ソロで踊る見せ場)を任されたことで、初めてバレエに火がついたそうです。

実家近くの教室で、母親の思いつきから始まり、発表会のソロで火がついた。これが大塚アリスさんのバレエ人生の入口です。

実家近くの教室は海外を目指す人がいなかった

ここからが、実家が神戸だったことの意味が効いてくる話になります。

大塚アリスさんが通っていたのは、本人いわく「神戸の小さなバレエ教室」でした。

そして、こう語っています。

「海外に行ったり、バレエ団に入ったりするような人はほかにいませんでした」

つまり、本気でプロを目指す環境ではなかったということです。

これ、けっこう大きなハンデだと思いませんか。

東京の名門教室なら周りに同じ方向を向いた仲間がいて、情報も指導ルートも整っています。

そこが最初から無い状態で、ワガノワという世界の頂点を狙うことになったわけです。

地元の先生が呼んだロシアメソッドの指導者

環境を変えたのは、地元の先生の判断でした。

教室に法村友井バレエ団の杉山聡美さんを招き、ロシアメソッドの指導を受けられるようにしてくれたんです。

最初は週1回。

その後は法村友井の教室そのものに週2〜3回通うようになりました。

小さな教室の先生が、自分の生徒のために外部の専門家を引っ張ってくる。

読んでいてこちらまで温かくなる話ですが、その先には苦い経験も待っていました。

特別扱いされたことで先輩からいじめを受け、トゥシューズがなくなるようなこともあったと本人が明かしています。

そりゃきついですよ、10代でこれは。

母が勧めたボリショイを断った理由

実家を出てロシアへ渡る直前、大塚アリスさんは大きな分かれ道に立たされました。

10代の頃から複数のコンクールに出場し、ヨーロッパの学校からスカラシップや入学許可をいくつも受け取っていたんです。

ところが、そのすべてを断っています。

理由は「ワガノワのじゃなきゃ嫌」という一点でした。

京都のコンクールで得たスカラシップでミュンヘン・インターナショナル・バレエスクールに1か月留学したときには、同世代の真剣さに衝撃を受けて、さらに火がついたそうです。

そして横浜で行われた、ワガノワ・バレエ学校の教師が審査員を務めるコンクール兼入学オーディションを受けます。

ボリショイとノボシビルスクは即決、ワガノワだけが保留だった

結果は複雑なものでした。

学校 オーディションの結果
ボリショイ・バレエ学校 スカラシップの申し出あり
ノボシビルスク・バレエ学校 スカラシップの申し出あり
ワガノワ・バレエ学校 仮のスカラーのみ。追加でビデオ提出を求められた

言われたとおりにバー、センター、バリエーションをスタジオで撮影して送ったものの、返事はなかなか来ませんでした。

ここで、お母さんがこう言います。

「ボリショイならすっと行けるんだから、そっちでいいんじゃない?」

親としては当然の言葉ですよね。

目の前に確実な道があるのに、返事の来ない学校を待ち続ける娘を見ていたわけですから。

それでも大塚アリスさんの答えは変わりませんでした。

「やっぱり私はワガノワ・バレエ学校に行きたい」

そして最終的に、ワガノワからの合格通知が届きます。

実家で交わされたこのやり取りこそ、大塚アリスさんの進路を決めた一番の分岐点だったといえます。

高校は1年間だけ通い、2年生のタイミングでロシアへ。

ロシア語の勉強はしないままの渡航だったというから、驚きです。

帰国後に実家のある関西で踊った日々

実家を離れたあと、大塚アリスさんはもう一度、関西に戻ってくることになります。

経歴を時系列で整理するとこうなります。

時期 出来事
2016年〜2018年 ワガノワ記念ロシアバレエアカデミーに留学(リュドミラ・コワリョーワに師事)
2018年〜2020年 モスクワのRussian State Ballet Theater Gordeevに所属
2020年頃 新型コロナの流行で一時帰国。実家のある関西を拠点に活動
2023年4月 谷桃子バレエ団に入団し、拠点を東京へ
2024年4月 ファーストアーティストに昇格

帰国のきっかけは、中国ツアー中にコロナの状況が悪化したことでした。

ロシアに戻ったあとビザの更新が問題になり、芸術監督から「飛行機も飛ばなくなったらそれこそ不法滞在になってしまうから、一度日本に帰っておいで」と勧められて帰国を決めます。

本人としては一時帰国のつもりだったはずです。

ところがその後、ロシアによるウクライナ侵攻が起きて、戻る道が完全に閉ざされてしまいました。

これは、さすがに気の毒だと思いました。

実家のある関西でフリーとして踊る日々が続きますが、そこで壁にぶつかります。

「男性だったら発表会などいろいろ仕事もあるけれど、女性はやはり難しい」

この一言、日本のバレエ界の現実がぎゅっと詰まっていますよね。

そして「これをいつまで続けていけるんだろう」という迷いの中、知人から谷桃子バレエ団のオーディション情報を聞き、応募します。

実家のある関西での約3年間は、大塚アリスさんにとって足踏みの時間ではなく、東京行きを決断するための助走期間だったといえます。

実家や家族についての世間の声

大塚アリスさんの実家や家族については、ファンの間でもたびたび話題になっています。

とくに注目されているのが、バレエ一家でも英才教育でもない普通のご家庭から、世界最高峰の学校へ進んだという点です。

バレエは費用も時間もかかる習い事で、親のバックアップが欠かせないとよく言われます。

その中で「チュチュを着せたら可愛いかな」から始まって、海外留学まで送り出したご家族への評価は高く、堅実に応援し続けた家庭という見方が多いようです。

一方で、お母さんが「ボリショイでいいんじゃない?」と現実的な提案をしていた点も、共感を集めています。

やみくもに背中を押すのではなく、確実な選択肢も示したうえで最後は本人の意思を尊重する。

個人的には、この距離感がすごくいいなと思いました。

なお、お父さんの職業や兄弟姉妹の有無については、本人からも報道からも語られていません。

公表されていないものを推測で埋めるのは避けますが、ここまで表に出てこないということは、ごく一般のご家庭なのだろうと考えるのが自然でしょう。

大塚アリスの実家を調べる人向けの関連情報

ここからは、実家を調べている方が一緒に気になりやすいポイントをまとめます。

年齢や受賞歴、いまの暮らしぶりまで、まとめてチェックしていきましょう。

年齢は26歳で2023年に上京

大塚アリスさんの年齢は、2025年時点の取材で26歳と紹介されています。

逆算すると1998年から1999年頃の生まれということになりますね。

ワガノワへの留学が2016年からで、そのとき高校2年生に上がるタイミングだったという発言とも矛盾しません。

生年月日そのものは公表されていませんが、経歴の年号と年齢はきれいにつながっています。

実家を出たのが高校2年、東京に出たのが2023年。

10代の大半をロシアで、20代前半を実家のある関西で過ごし、いまは東京にいるというのが大塚アリスさんの現在地です。

ワガノワ記念ロシアバレエアカデミーへの留学歴

大塚アリスさんが2016年から2018年まで学んだのが、ワガノワ記念ロシアバレエアカデミーです。

マリインスキー・バレエに直結する、世界最高峰のバレエ学校として知られています。

指導にあたったのはリュドミラ・コワリョーワさん

本人によれば、このクラスは「メインで選ばれた生徒たちが揃う」クラスで、例年マリインスキーに入団できるのは1〜2人なのに、その年は結果的に半分以上が入団したそうです。

え、そうだったの、って感じですよね。

とんでもない激戦区に、ロシア語も分からない状態で放り込まれたわけです。

生活も過酷でした。

朝は座学、そのあとクラシックバレエのクラス。

クラスが伸びて昼休憩がなくなり、移動しながら昼食をとる日が普通だったといいます。

デュエットのクラスではリフトの着地に失敗してケガをし、救急車で運ばれた経験も。

ギプスをしてもらったのに「いつの間にか歩きやすくなっていて、なんでだろうと思ったらギプスが折れてしまってた」という話には、正直、笑っていいのか迷いました。

試験前だったため、完治しないまま試験に臨んだそうです。

コンクールの受賞歴は7つ

大塚アリスさんの主な受賞歴は次のとおりです。

コンクール 成績
第4回わかやま全国バレエコンクール 第3位
第3回ふくおか全国バレエコンクール 第4位
エドゥケーショナルバレエコンクール 第1位・審査委員特別賞
第29回こうべ全国洋舞コンクール 第7位
Asian Grand Prix 2017 第4位
第4回びわ湖洋舞コンクールinもりやま 第1位・滋賀県知事賞
European Ballet Grand Prix 第2位

関西のコンクールから始まって、アジア、ヨーロッパへと舞台が広がっているのが分かります。

実家近くの、海外を目指す人がいない教室から、ヨーロッパのグランプリで2位に入るところまで来ているわけです。

谷桃子バレエ団で1年でファーストアーティストへ

2023年4月、大塚アリスさんは本団の新人ダンサーとして谷桃子バレエ団に入団しました。

そして2024年4月にファーストアーティストへ昇格しています。

入団からわずか1年でのステップアップです。

近年の出演では、2025年5月の公演『ドン・キホーテ』で森の女王を務めました。

また、谷桃子バレエ団の75周年記念ガラ公演では『ジゼル』と『瀕死の白鳥』を踊っています。

『ジゼル』は地元の小さなガラコンサートで踊った経験があったものの、『瀕死の白鳥』は初挑戦だったそうですよ。

YouTubeの密着動画で知名度が一気に伸びた

大塚アリスさんの名前が広く知られるようになったきっかけは、バレエ団の公式YouTubeでした。

チャンネル登録者数は10.8万人

バレエ団の公式チャンネルとしては異例の規模です。

その中で公開された密着動画が話題を呼び、東洋経済オンラインの取材にもつながりました。

東京の部屋は約25平米のピンク基調

実家を離れた大塚アリスさんが現在暮らしているのは、東京都内の住宅街にあるマンションの一室です。

広さは約25平方メートルで、インテリアはピンクを基調にまとめられています。

部屋にはバレエシューズやストレッチグッズ、マッサージガンといったメンテナンス用品が並んでいるそうです。

「好き」だけでは続けられないと語る一方で、体をケアする道具はきちんと揃っている。

プロとしての日常がにじみ出ていて、なんだかじんわりしますよね。

愛犬スーちゃんはロシア名から

大塚アリスさんの愛犬の名前はスーちゃんです。

正式には「スベトラーナ」で、そこから縮めた愛称になっています。

スベトラーナといえば、大塚アリスさんが憧れていたバレリーナ、スヴェトラーナ・ザハロワさんと同じ名前です。

ワガノワを目指すきっかけになった人の名前を、愛犬に付けている。

ここ、けっこう好きなんですよね。

ちなみに本人のInstagramは「@alice.otsuka」で、関西弁のトークとお菓子好きな一面もファンの間ではおなじみです。

大塚アリスの実家のまとめ

  • 大塚アリスの実家は関西にあり、幼少期は神戸のバレエスクールに通っていた
  • 実家の具体的な住所や外観は公表されていない
  • バレエを始めたのは5歳で、母親に連れられて入門した
  • 母親はバレエ経験者ではなく「チュチュを着せたら可愛いかな」という動機だった
  • 小学4〜5年生までは辞めたい気持ちが強かったとされる
  • 発表会でバリエーションを踊ったことがやる気の転機になった
  • 実家近くの教室には海外やバレエ団を目指す人がいなかった
  • 地元の先生が法村友井バレエ団の杉山聡美を招き、ロシアメソッドを学ぶようになった
  • 特別扱いされたことで先輩からいじめを受けた経験がある
  • ヨーロッパの学校からの誘いはすべて断り、ワガノワ一本に絞った
  • 母親はボリショイ・バレエ学校を勧めたが、本人の意思でワガノワを選んだ
  • 高校は1年で離れ、2年生のタイミングでロシアへ渡った
  • 2016年から2018年までワガノワ記念ロシアバレエアカデミーに留学した
  • コロナ禍で一時帰国し、実家のある関西を拠点にフリーで踊っていた
  • 2023年4月に谷桃子バレエ団へ入団し、翌年ファーストアーティストに昇格した

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