日活の黄金期を支えた「エースのジョー」こと宍戸錠さん。
あの濃い顔立ちから、出身や国籍が気になって検索した方も多いのではないでしょうか。
調べてみると、ご両親の出身地は福島と横浜。ところがお母さまは台湾生まれで、奥さまは旧満州の大連生まれという、時代を映したような一家だったんです。
・宍戸錠の国籍について公表されている情報の範囲
・父と母それぞれの出身地と、母が台湾で生まれた事情
・息子・宍戸開のハーフ説がどこから生まれたのか
宍戸錠の国籍と出身地・両親の出自
まずは公表されているプロフィールと、ご両親それぞれの出自を順番に見ていきます。
先にお伝えすると、国籍そのものを直接示す資料は公になっていません。ただ、生まれた場所とご両親のルーツはかなり細かく分かっています。
公表プロフィールの出身地は大阪市北区
宍戸錠さんは1933年(昭和8年)12月6日生まれ。
出身地は大阪府大阪市北区とされています。
資料によっては大阪の桜宮(現在の都島区にあたる一帯)と書かれているものもありますが、いずれにしても生まれも育ちも大阪という点は共通しています。
2020年1月18日に東京都世田谷区の自宅で亡くなり、享年86でした。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 本名 | 宍戸錠(芸名と同じ) |
| 生年月日 | 1933年12月6日 |
| 出身地 | 大阪府大阪市北区 |
| 没年月日 | 2020年1月18日(86歳) |
| 所属 | 日活(1954年ニューフェイス1期生) |
| 愛称 | エースのジョー |
ここで先にお伝えしておきたいことがあります。
国籍というのは戸籍にひもづく個人情報で、芸能人であっても本人や家族が公表しない限り外部から確認する手段はありません。
ですのでこの記事でも「国籍は◯◯です」と言い切ることはしません。
代わりに、公表されている出生地・ご両親の出身地・経歴といった確認できる材料を並べていきますね。
父・左義右は福島県伊達市の生まれ
お父さまの名前は宍戸左義右(さぎう)さん。
1898年(明治31年)9月、現在の福島県伊達市にあたる土地で生まれています。
つまり父方のルーツは東北なんですね。
左義右さんは大阪へ出て、工作機械や銅工具を扱う「岡金商店」という会社を起こした実業家でした。
満州事変にともなう特需で大きな収益を上げたと伝えられており、当時としてはかなりの成功者だったようです。
宍戸錠さんが子どもの頃に不自由のない暮らしをしていたという話が残っているのは、この家業が背景にあります。
名前の「錠」に込められた両親の願い
宍戸家は兄2人・姉1人・弟1人という5人きょうだいで、錠さんはその三男でした。
子だくさんだったため「この子を最後にしたい」、つまり子作りに錠前を掛けるという意味を込めて「錠」と名付けられたと語られています。
……なんというか、昭和初期らしい豪快なネーミングですよね。
母・文は横浜出身だが台湾で生まれた事情
お母さまの名前は文(ふみ)さん。
出身は神奈川県横浜市とされています。
ただ、ここが少しややこしいところで、文さんの父(宍戸錠さんから見れば母方の祖父)が台湾総督の副官を務めていた関係で、文さん自身は台湾で生まれたと伝えられているんです。
「台湾生まれ」という一語だけを見ると、海外にルーツがあるように受け取る方もいるかもしれません。
ただ当時の台湾は日本の統治下にあり、赴任した官吏の家族が現地で子どもを産むこと自体はごく普通に起きていました。
祖父の職務と家族の赴任という文脈を踏まえると、母方も日本の官吏の家系だったと読むのが自然です。
父と母の出会いは大阪のオフィスビル
文さんは関東大震災をきっかけに大阪へ移り住みます。
同じく大阪で商売をしていた左義右さんと同じビルで働いていたことから知り合い、結婚に至ったそうです。
震災がなければこの出会いもなかったわけで、人の縁って本当に分からないものだなと思います。
外国籍を示す一次情報は確認できない
ここまでを整理すると、確認できる範囲では次のようになります。
| 確認できること | 内容 |
|---|---|
| 本人の出生地 | 大阪府大阪市北区 |
| 父の出身 | 福島県伊達市(1898年生まれ) |
| 母の出身 | 神奈川県横浜市(出生地は日本統治下の台湾) |
| 母方の祖父の職業 | 台湾総督の副官 |
| 本人・家族による国籍の公表 | 確認できない |
本人のインタビューや公式プロフィール、そして訃報を報じた大手メディアの記事を見ても、国籍そのものに触れた記述は見当たりません。
同時に、外国籍であることを示す一次情報も確認できませんでした。
日本で生まれ、日本人の両親のもとで育ち、日本の映画会社である日活で俳優として活動した。公表されている経歴はこの一本です。
断定できる公的資料はありませんが、外国にルーツがあることを裏づける情報も存在しない、というのが現時点で言えるすべてです。
「エースのジョー」の風貌が印象を左右した
ではなぜ「宍戸錠 国籍」という検索が生まれるのでしょうか。
ひとつには、あの彫りの深い顔立ちがあると思うんですよね。
宍戸錠さんは1954年、約8,000人の応募者の中から日活ニューフェイス1期生に合格しました。
当初は二枚目路線でしたが、日活には石原裕次郎さんや小林旭さんという強力なスターがすでにいて、埋もれかねない状況でした。
そこで自ら希望して頬にシリコンを入れる手術を受け、アクの強い個性派へと路線を変えたんです。
この一手が大当たりして「エースのジョー」の愛称が定着し、日活映画170本以上に出演するスターになりました。
ふっくらと張った頬に濃い眉という独特の風貌は、この選択によって作られたもの。
生まれ持った顔立ちというより、役者としての戦略が生んだイメージだったわけです。
日本人離れした顔という印象が国籍への疑問につながっているのだとしたら、その出発点はご本人の職業的な決断だった、と考えると腑に落ちるのではないでしょうか。
宍戸錠の国籍を調べる人向けの関連情報
ここからは、宍戸錠さんの家族や経歴について気になりやすいポイントをまとめていきます。
息子・宍戸開さんのハーフ説など、国籍の話題と一緒に語られやすいものから見ていきましょう。
息子・宍戸開の韓国ハーフ説が生まれた理由
宍戸錠さんの長男が俳優の宍戸開さんです。
1966年9月4日、東京都生まれ。
この宍戸開さんに「韓国ハーフではないか」という説がついて回っています。
ただ、ご両親はどちらも日本で活動していた俳優・女優で、韓国とのつながりを示す情報は確認できません。
色黒なのはサーフィンが趣味で日焼けしているからだ、と説明されています。
父・錠さん譲りの彫りの深い顔立ちに、日焼けした肌が重なった結果、そう見られやすくなったということなんでしょうね。
親子2代でルックスから出自を推測されてきた、というのが実際のところです。
名前は「錠を開いて表へ出る」
宍戸開さんという名前は、父が「錠」だから息子はそれを開く、という発想から付けられたそうです。
さらに弟は「表(ひょう)」さんで、3人並べると「錠を開いて表へ出る」になります。
ここ、知ったとき思わず唸りませんでしたか。ちょっと見事すぎますよね。
妻・宍戸游子は旧満州の大連生まれ
宍戸錠さんの奥さまは女優の宍戸游子さん(本名・昌子さん)です。
游子さんは1933年、旧満州の大連(現在の中国大連市)で生まれています。
学習院女子教養学園を卒業後に日活へ入り、女優として活動していました。
同じ日活のスターだった錠さんと1962年に結婚。
2010年4月16日に亡くなっています。
母は台湾生まれ、妻は大連生まれ。
戦前戦中の日本人が海を渡って暮らしていた時代を、そのまま家族史に写し取ったような一家だと言えます。
弟・郷鍈治と義妹のちあきなおみ
4歳年下の弟は、俳優の郷鍈治さんです。
そして郷鍈治さんの妻が歌手のちあきなおみさん。つまり宍戸錠さんにとっては義理の妹にあたります。
この2人を引き合わせたのは、実は錠さん本人でした。
1973年のドラマ『くるくるくるり』でちあきなおみさんと夫婦役を演じていた時期に「誰かいい男を紹介してくれない?」と言われ、弟の鍈治さんを紹介したのだそうです。
場所は赤坂の『ポイント・アフター』という店だったと語られています。
郷鍈治さんは1992年に病気で亡くなり、ちあきなおみさんはその後、表舞台から姿を消しました。
錠さんが生前、義妹に向けて「復帰して弟のために歌えよ」という思いを語っていたことも報じられています。
……この話、正直ちょっと胸に来ますよね。
頬にシリコンを入れて路線を変えた経緯
先ほど触れた頬の手術について、もう少し詳しく見ておきます。
「エースのジョー」という愛称は日活の宣伝部員が名付けたもので、宍戸錠さん自身が「ハリウッドの三流ギャング映画的な殺し屋ジョーをやりたい」と希望したことがきっかけだったと伝えられています。
その役柄に合う顔を作るために選んだのが、頬への注入手術でした。
そして2001年には、注入されていた異物(オルガノーゲン)を摘出する手術を受けています。
入れたときも話題になり、取り出したときもニュースになる。
顔そのものがキャリアの代名詞になっていた、稀有な俳優さんでした。
「錠」という名前は両親の願いから
名前の由来については前半でも触れましたが、家族の並びで見るともう少し面白くなります。
| 続柄 | 名前 | 備考 |
|---|---|---|
| 父 | 宍戸左義右 | 1898年9月生まれ・福島県伊達市出身の実業家 |
| 母 | 宍戸文 | 神奈川県横浜市出身・台湾生まれ |
| 長兄 | 文平 | 1927年12月生まれ |
| 次兄 | 晃 | 1931年6月生まれ |
| 本人 | 錠 | 三男・1933年12月生まれ |
| 弟 | 郷鍈治 | 俳優・1992年病死 |
「これで打ち止め」という願いを込めて名付けられた錠さんの下に、結局もうひとり弟が生まれているんですよね。
その弟が同じく俳優になり、ちあきなおみさんと結婚したのですから、願いが叶わなかったおかげで生まれた縁とも言えます。
学歴は宮城県白石高校から日大芸術学部へ
学歴についても触れておきます。
宍戸錠さんは宮城県白石高等学校を卒業し、日本大学藝術学部演劇科を中退しています。
大阪生まれなのに高校は宮城、という点を不思議に思う方もいるかもしれません。
戦中戦後の混乱期に転居した家庭は珍しくありませんが、宍戸家がどういう事情で宮城に移ったのかを説明した一次情報は確認できませんでした。
ここは推測で埋めずに、事実だけを置いておきますね。
日大藝術学部の在学中にあたる1954年に日活ニューフェイスへ合格し、そのまま俳優の道へ入っていきました。
2020年に86歳で死去した死因
宍戸錠さんは2020年1月18日、虚血性心疾患のため東京都世田谷区の自宅で亡くなりました。86歳でした。
1月21日に家族が自宅で発見し、警察と救急によって死亡が確認されたと報じられています。
葬儀は本人の意思により密葬で行われました。
長女の紫しえさん(旧名・宍戸史絵さん)は、晩年は穏やかに過ごしていたとコメントしています。
娘夫婦と暮らし、孫にアクションを教える日々だったとも伝えられています。
最後までスクリーンの中の役柄そのままに、体を動かしながら過ごした人生でした。
宍戸錠の国籍のまとめ
- 宍戸錠は1933年12月6日、大阪府大阪市北区の生まれ
- 国籍そのものを示す公的資料は非公開で、本人・家族による公表も確認できない
- 外国籍であることを裏づける一次情報も確認できない
- 父は宍戸左義右で、1898年9月に現在の福島県伊達市で生まれた実業家
- 父は大阪で岡金商店を起こし、満州事変の特需で財を成したとされる
- 母は文で、出身は神奈川県横浜市
- 母は祖父が台湾総督の副官だった関係で台湾生まれとされる
- 両親は大阪の同じビルで働いていたことがきっかけで結婚した
- 「錠」の名は子作りに錠前を掛けるという両親の願いに由来する
- 兄2人・姉1人・弟1人の5人きょうだいの三男
- 弟は俳優の郷鍈治で、その妻が歌手のちあきなおみ
- 妻は女優の宍戸游子で、1933年に旧満州の大連で生まれた
- 長男は俳優の宍戸開で、韓国ハーフ説は日焼けと顔立ちによるものとされる
- 頬のシリコン注入は個性派へ路線転換するための本人の希望だった
- 2020年1月18日に虚血性心疾患のため86歳で死去した

