宮崎謙介の実家は福知山と新宿の2つ!母が暮らす築100年の家とは

宮崎謙介の実家は福知山と新宿の2つ!母が暮らす築100年の家とは

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宮崎謙介さんの実家を調べると、東京都新宿区と京都府福知山市という2つの地名が出てきます。

実は福知山にあるのはお母さんが今も暮らしている家で、宮崎謙介さん自身が公式ブログで実母がここで暮らしていると明かしているんです。

大正時代から残る古民家に、幼い頃に遊んだ小川。調べていくと、政治家時代のイメージとはまるで違う風景が出てきました。

この記事を読むとわかること
・宮崎謙介が生まれ育った実家が東京都新宿区であること
・福知山にあるのが母の暮らす築100年前後の古民家であること
・父の実家がある静岡県裾野市と、京都3区から出馬した本当の理由

宮崎謙介の実家は福知山にあるのか

宮崎謙介さんの実家と呼べる場所は2つあります。生まれ育った東京都新宿区の家と、お母さんが今も暮らしている京都府福知山市の家です。

どちらに何があるのかを、本人の発信と報道からひとつずつ整理していきますね。

生まれ育った実家は東京都新宿区

まず結論からお伝えします。

宮崎謙介さんが生まれ育った実家は、東京都新宿区にあります。

京都3区(伏見区・向日市・長岡京市など)から選挙に出て2期にわたって衆議院議員を務めた人なので、地元は京都でしょ、と思っていた方も多いのではないでしょうか。

私も最初はそう思っていました。

でも、複数のプロフィール資料が揃って東京都新宿区出身と記載しています。

基本的なプロフィールを整理すると、次のようになります。

項目 内容
名前 宮崎謙介(みやざき けんすけ)
生年月日 1981年1月17日
出身地 東京都新宿区
学歴 早稲田大学高等学院 → 早稲田大学商学部(2003年卒)
経歴 日本生命保険 → インテリジェンス → ドリコム → 2007年にネオトラディション創業
議員歴 2012年12月に京都3区で初当選(31歳)、2014年に2期目、2016年2月に辞職
現在 8infinity株式会社 代表取締役/タレント

ちなみに、新宿区のどのあたりに実家があったのか、その家が今も残っているのかまでは公表されていません。

ご両親のうち父親は会社勤めの一般の方、母親も一般の方なので、そこまで細かい情報が出てこないのは自然なことだと思います。

福知山にあるのは母が暮らす家

では、なぜ福知山という地名が繰り返し検索されているのか。

答えははっきりしていて、福知山にあるのは、宮崎謙介さんのお母さんが今も暮らしている家です。

これは推測ではなく、本人が公式ブログではっきり書いています。

2022年8月13日の記事で、宮崎謙介さんは福知山に辿り着きました、私の実母がここで暮らしていますと綴っているんですよね。

さらに、それが一時的な滞在ではないことも裏づけられています。

3年後の2025年10月19日、サンケイスポーツが報じた宮崎謙介さんの発言がこちらです。

「母が京都の福知山の山奥の方にいるんですけど、家の隣は山なんですよ」

つまり2022年から2025年まで、少なくとも3年以上にわたってお母さんが福知山で生活していることになります。

福知山市は京都府の北部にある町で、京都市内からは電車でおよそ1時間半ほどの距離です。

同じ京都府とはいえ、選挙区だった伏見区とはまったく別のエリアですね。

実家を生まれ育った家という意味で使うなら新宿区、親が暮らしている家という意味で使うなら福知山。

どちらの言い方も間違いではない、というのが正確なところかなと思います。

母の家は大正時代から残る古民家

福知山の家について、宮崎謙介さん自身がもう少し詳しく書いている投稿があります。

2022年8月16日、息子さんを連れて帰省したときの記事です。

福知山の田舎に、母のところに、大正時代から残るこのお家は息子にとっても新鮮みたい、という内容が綴られていました。

大正時代といえば1912年から1926年ですから、少なく見積もっても築100年前後ということになります。

都心で暮らす息子さんにとっては、たしかに別世界だったでしょうね。

この帰省は数日にわたっていたようで、翌日には福知山は雨、雨遊びを考えてみた結果、というタイトルの投稿もされています。

雨で外に出られない息子さんのために、家の中でどう過ごすかを考えている様子が書かれていました。

……なんか、いいですよね。

大正から残る古い家で、雨の音を聞きながら親子で過ごす夏休み。

議員時代の華やかなイメージとはまったく違う、素朴な時間がそこにはあるようです。

家の前の小川は幼い頃の遊び場

もうひとつ、この家がたまたま母が移り住んだ場所ではないことをうかがわせる記述があります。

同じ2022年8月13日の投稿で、宮崎謙介さんはこう書いているんです。

このお家の前に流れる小川は、私が幼い頃に遊んでいた場所です

そして記事を、変わらない場所、懐かしい場所、という言葉で締めくくっています。

幼い頃に遊んでいたということは、少なくとも子ども時代から通っていた家だということですよね。

生まれ育ったのは新宿区でも、夏休みや連休のたびに足を運んでいた家が福知山にあった。

そう考えると、宮崎謙介さんにとって福知山が実家と呼びたくなる場所であることも、なんとなく分かる気がします。

なお、この家が母方の生家なのか、それとも後から移り住んだ家なのかについては、本人からの明言はありません。

ただ、幼少期から変わらずそこにあったという書きぶりからは、母方の縁のある土地である可能性が高いと考えられます。

隣の山からクマが柿の木にやってくる

福知山の家について、いちばん新しい情報が2025年10月に出ています。

サンケイスポーツが報じたところによると、宮崎謙介さんはお母さんの暮らす家の周辺について、こんなふうに語っていました。

母が京都の福知山の山奥の方にいるんですけど、家の隣は山なんですよ、柿の木なんかにもクマが来た跡があったりして、また来たんだわ、って。

クマが来た跡がある、というのをまた来たんだわで受け流せるあたりに、その土地での暮らしの長さがにじんでいます。

これには正直、驚きました。

近年は全国的にクマの出没が増えていて、ニュースでも取り上げられる機会が多くなっていますよね。

宮崎謙介さんもこの取材のなかで、共存できてはいるものの変化も出てきていると話しています。

家の隣が山という立地からも、福知山の家がかなり山あいにあることが分かります。

同じ京都府でも、観光地としてイメージされる京都市内とはまったく違う環境ですね。

父の実家は静岡県裾野市の農家

母方が福知山なら、父方はどこなのか。

こちらもはっきりしていて、お父さんの実家は静岡県裾野市にあります。

裾野市は富士山の南麓に位置する市で、宮崎謙介さんは公式ブログで、この裾野市の墓へ親子3代でお墓参りに行ったことを投稿しています。

新宿区で生まれ育ち、母の暮らす福知山へ通い、父方の墓参りには静岡へ。

一人の人物の実家を巡る話としては、なかなか広範囲ですよね。

一部の情報では、この裾野市の家は代々農業を営んできた家とされています。

ただしこれは一つの情報源にしか見当たらなかった話なので、確定情報としては扱わないほうがよさそうです。

また、お父さんは大きな病気を経験されているとも伝えられています。

悪性リンパ腫を患い、放射線治療と抗がん剤治療を経て回復されたという内容で、複数回にわたる治療だったとされます。

これはきつかったでしょうね……。

ご本人もご家族も、相当な時間を病気と向き合って過ごされたはずです。

なお、治療の詳しい回数や病名の内訳については情報源によって記述に幅があるため、ここでは大きな病気を乗り越えられたという事実にとどめておきます。

父は元商社マンで三菱商事の噂もある

お父さんの職業についても触れておきますね。

宮崎謙介さんのお父さんは、商社に勤めていた元商社マンです。

これは複数の情報源が一致していて、ほぼ確定と考えていい内容です。

そのうえで、ネット上には三菱商事に勤めていたのではないかという噂が根強くあります。

ただ、この噂については注意が必要です。

三菱商事という具体的な社名を挙げている情報源はいくつかあるものの、いずれも確固たる証拠があるわけではないと自ら断ったうえで書いています。

宮崎謙介さん本人が勤務先を明かした発信も、報道も見当たりません。

では、なぜ三菱商事という社名が出てきたのか。

私なりに整理すると、次の2点が重なった結果ではないかと考えています。

ひとつは、後述する幼少期の海外駐在です。

2歳から7歳という長期の家族帯同駐在ができる商社は限られるため、大手総合商社が連想されやすいという事情があります。

もうひとつは、早稲田大学高等学院という私立の付属校から早稲田大学商学部へ進んだ学歴です。

教育費のかかるルートを歩んでいることから、収入の高い企業を想像した人が多かったのだと思います。

つまり三菱商事説は、確認された事実ではなく、周辺情報から逆算された推測だと見るのが妥当です。

2歳から7歳まではフィリピン暮らし

お父さんの仕事に関して、はっきりしている事実がひとつあります。

宮崎謙介さんは2歳から7歳までの約5年間、フィリピンで暮らしていました。

理由はお父さんの商社勤務による海外駐在です。

1983年頃から1988年頃にあたる時期で、物心がつくかつかないかの年齢を海外で過ごしたことになります。

日本に帰国した後は早稲田大学高等学院に進学し、そのまま早稲田大学商学部へ進みました。

幼少期を海外で過ごした経験は、後に東大生・京大生向けの就職支援会社を立ち上げたり、31歳で国政に挑戦したりという行動力にもつながっているのかもしれませんね。

両親が離婚したのは高校生のとき

ここは少しデリケートな話になります。

複数の情報源が一致して伝えているのが、宮崎謙介さんが高校生の頃にご両親が離婚しているという内容です。

高校生といえば1996年から1999年前後、宮崎謙介さんが15歳から18歳だった時期にあたります。

多感な時期に家庭が大きく変わるというのは、想像するだけでしんどいですよね。

離婚の理由については、異性関係が絡んでいたとする記述も見られます。

ただこれは本人の口から語られたものではないため、ここでは踏み込まず、事実として確認できる範囲にとどめておきます。

この経緯を踏まえると、福知山の家にお母さんが一人で暮らしている状況も、自然に理解できるのではないでしょうか。

そしてもうひとつ触れておきたいのが、離婚後もお母さんが息子を支え続けているという点です。

2014年12月の衆議院選挙では、お母さんが京都市内を応援に回っていたと伝えられています。

福知山から京都市内まで足を運んで、息子の選挙を手伝う。

……なんだか、じんわりしますよね。

2022年には孫を連れた息子が福知山を訪ねてきて、2025年にはクマの話がテレビで語られている。

家族の形は変わっても、つながりは続いているようです。

京都3区から出たのは伏見区に親戚がいたから

最後に、この記事の入り口だった、なぜ京都なのかという話に戻ります。

宮崎謙介さんが2011年に自民党京都府第3選挙区支部長に選ばれ、翌2012年に京都3区から立候補した理由は、本人の説明としてはっきり残っています。

京都市伏見区に親戚がおり、幼い頃から馴染みがあったから、というのがその理由です。

つまり京都との縁は、選挙のために作ったものではなかったわけですね。

ここで整理すると、宮崎謙介さんには京都に関わる場所が2つあることになります。

場所 何があるか 根拠
京都市伏見区 親戚が住んでおり、幼い頃から馴染みがあった 立候補理由として本人が説明
京都府福知山市 母が暮らす大正時代からの古民家 本人ブログ・2025年の取材発言

どちらも同じ京都府内ですが、伏見区は京都市の南部、福知山市は府の北部で、距離にすると100kmほど離れています。

選挙区だった伏見区と、母が暮らす福知山はまったく別の場所ということですね。

実家が福知山という検索が生まれた背景には、この2つの京都が混ざってしまったこともあるのかもしれません。

いずれにせよ、宮崎謙介さんにとって京都は、政治のために選んだ土地ではなく、子どもの頃から縁のあった場所だったということになります。

立候補の前に京都大学で講師も務めていた

京都との接点は、親戚や母の家だけではありません。

宮崎謙介さんは2011年に自民党京都3区の公募に合格する前年、2010年に京都大学大学院工学研究科の非常勤講師に就任しています。

当時、宮崎謙介さんは東大生・京大生に特化した就職支援会社を経営していました。

その縁で講師の話が来たと考えるのが自然でしょうね。

親戚が住む伏見区、母が暮らす福知山、そして仕事で通った京都大学。

立候補の時点で、宮崎謙介さんには京都との接点が複数あったことになります。

なお、この非常勤講師の経歴は講演事務所のプロフィールにのみ記載されていた情報なので、その点は補足しておきますね。

宮崎謙介の実家が福知山にあるのか調べる人向けの関連情報

ここからは、宮崎謙介さんの実家や福知山について調べている方が一緒に気にすることの多い話題をまとめていきます。

兄弟のこと、奥さんと子どものこと、そして現在の活動についてですね。

兄が2人いる3人兄弟の末っ子

宮崎謙介さんは兄が2人いる3人兄弟の末っ子です。

お兄さんは2人とも一般の方なので、名前も年齢も職業も公表されていません。

芸能活動や政治活動をされているという情報もないため、ごく普通に社会人として生活されているものと思われます。

とはいえ、兄弟仲についてはいくつか手がかりがあります。

3兄弟が定期的に集まっており、2020年12月と2022年5月に集合したことが報告されているという内容です。

成人した男兄弟が3人揃うのは、そう簡単なことではありません。

ご両親が離婚された過去があることを思うと、3人が今も集まり続けているというのは、けっこう温かい話だなと感じます。

なお、この兄弟の集まりに関する情報は一つの情報源にしか見当たらなかったため、参考程度に受け止めてくださいね。

嫁は元衆議院議員の金子恵美

宮崎謙介さんの奥さんは、元衆議院議員の金子恵美さんです。

2人は2012年に同期で初当選した議員同士で、2015年に結婚しています。

金子恵美さんは新潟県の出身で、新潟市議会議員、新潟県議会議員を経て国政へ進んだ経歴の持ち主です。

義理のお父さんにあたる金子由征さんは、新潟県の月潟村で村長を務めた方でした。

宮崎謙介さんにとっては再婚で、前の奥さんは加藤鮎子さんです。

2006年に結婚し、2009年に離婚しています。

現在は金子恵美さんとの結婚生活が10年を超え、夫婦でメディアに出演する機会も増えていますね。

子供は2016年生まれの長男

宮崎謙介さんと金子恵美さんの間には、2016年2月に長男が誕生しています。

2026年現在で10歳になる計算ですね。

前述した2022年8月の福知山への帰省も、この息子さんを連れてのものでした。

大正時代から残る古民家を新鮮みたいと眺めていたのが、当時6歳だった息子さんということになります。

築100年前後の家で、おばあちゃんと孫が夏を過ごすという構図ですね。

家族の写真や名前などの詳細は公表されていないため、息子さんについて分かっているのはこのくらいです。

現在は会社経営とタレントの兼業主夫

議員辞職後の宮崎謙介さんが今どうしているのかも、よく検索されている話題です。

現在は8infinity株式会社の代表取締役として経営コンサルティングを手がけながら、タレントとしてテレビに出演しています。

8infinityは2016年、議員辞職と同じ年に設立された会社で、シンクタンク・経営コンサルティング事業を行っています。

7社の企業顧問も務めているとされ、講演活動も行っていますね。

さらに宮崎謙介さんは、政界を引退した後は兼業主夫であると宣言しています。

奥さんの金子恵美さんもコメンテーターとして活動されているので、家事と育児を分担しながら夫婦で仕事をしている形です。

2025年10月にお母さんとクマの話をしていたのも、こうしたテレビ出演の場でのことでした。

家族の話を自分の言葉で語れるようになっているのは、なかなかできることではないと思います。

宮崎謙介の実家と福知山のまとめ

  • 宮崎謙介が生まれ育った実家は東京都新宿区
  • 新宿区の実家の詳しい場所や現存の有無は非公表
  • 福知山にあるのは母が暮らしている家
  • 本人が公式ブログで実母がここで暮らしていると明言している
  • 福知山の家は大正時代から残る古民家
  • 家の前の小川は宮崎謙介が幼い頃に遊んでいた場所
  • 2022年8月には息子を連れて福知山へ帰省している
  • 2025年10月の取材でも母が福知山で暮らしていることを語っている
  • 家の隣は山で、柿の木にクマが来た跡があるという
  • 父の実家は静岡県裾野市にあり、親子3代で墓参りをしている
  • 父は元商社マンだが、三菱商事勤務は根拠のない噂とされる
  • 2歳から7歳までは父の海外駐在でフィリピンに住んでいた
  • 両親は宮崎謙介が高校生の頃に離婚している
  • 京都3区から立候補したのは伏見区に親戚がいて幼い頃から馴染みがあったため
  • 選挙区だった伏見区と母が暮らす福知山は同じ京都府内でも約100km離れている

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