西郷輝彦の妻の実家は静岡県!見合い話を追って実家に駆けつけた求婚とは?

西郷輝彦の妻の実家は静岡県!見合い話を追って実家に駆けつけた求婚とは?

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昭和歌謡の御三家として知られた西郷輝彦さん。

その西郷さんを最後まで支えたのが、19歳年下の妻・今川明子さんです。

ネットでは「妻の実家はどこ?」という検索がずっと続いていて、そこには一度聞いたら忘れられない求婚エピソードがくっついているんですよ。

見合い話を聞きつけた西郷さんが、車に飛び乗って実家まで駆けつけた——ちょっと信じられない話ですが、これが再婚のきっかけでした。

この記事を読むとわかること
・西郷輝彦の妻・今川明子の実家がどこにあるのか
・実家まで車を飛ばした求婚エピソードの中身
・19歳差の再婚が1990年に決まるまでの流れ

西郷輝彦の妻・今川明子の実家と馴れ初め

まずは検索で一番知りたいであろう、妻の実家の場所と、そこで起きた求婚エピソードから見ていきますね。

実家の話と馴れ初めの話は、この夫婦の場合ほとんど地続きなんです。

妻は事務所で働いていた今川明子

西郷輝彦さんの妻は、今川明子さんという方です。

今川というのは西郷さんの本名(今川盛揮)の姓で、明子さんは結婚後にこの姓になりました。

もともとは西郷さんの事務所に勤めていたスタッフで、事務仕事や接客をこなす裏方の立場だったと伝えられています。

芸能界の人というより、事務所を回す側の人だったわけですね。

ここ、けっこう大事なポイントだと思っていて、明子さんは最初から「西郷輝彦のファン」として近づいたわけではないんですよ。

仕事の現場で顔を合わせ、そこから関係が深まっていったという順番です。

つまり明子さんは芸能人ではなく、西郷さんの仕事を内側から支えていた一般の女性だったということになります。

実家は静岡県にあると各媒体が記載

本題の実家ですが、複数の媒体が共通して書いているのは静岡県という一点です。

西郷さんが求婚のために向かった先も静岡、明子さんが「帰って見合いをする」と言った先も静岡、と話がきれいにそろっています。

さらに補強材料として、三女の今川宇宙さんのプロフィールに静岡県生まれ・東京都育ちと書かれているんですね。

母方の実家が静岡にあるなら、出産のタイミングで里帰りしていたと考えるのは無理のない読み方です。

ここは筆者の推測になりますが、娘の出生地が静岡である事実は、実家が静岡にあるという話とうまくかみ合っています。

実家の所在について確度が高いと言えるのは「静岡県」までで、市町村レベルは媒体によって書き方が割れているのが実態です。

熱海駅前の土産店という記述もある

もう一歩踏み込んだ情報として、実家は熱海駅前で土産店を営んでいたと書いている記事があります。

観光地の商売をしている家で育った、という説明ですね。

ただしこれを書いているのは一つの媒体だけで、他の記事は「静岡県」で止めています。

裏取りが一媒体にとどまる話なので、ここでは断定せず「そういう記述がある」というところまでにしておきます。

別の記事では「社長令嬢だった」という書き方も見られましたが、こちらも出どころは一つだけでした。

出会いは選挙応援のウグイス嬢

2人の出会いの場は、なんと選挙の応援演説の現場です。

静岡県で行われた国会議員の選挙戦に、西郷さんが応援に入っていました。

そのとき明子さんはウグイス嬢として現場にいたと伝えられています。

芸能人と事務所スタッフの出会いというと事務所の中を想像しがちですが、実際は選挙カーの走る屋外だったわけです。

え、そこで出会うの!?って感じですよね。

その後、明子さんは西郷さんの事務所で働くようになり、仕事を通じて関係が深まっていきました。

静岡での選挙応援が接点になり、事務所勤務へとつながっていったのが2人の出発点です。

見合い話を追いかけた実家での求婚

そして、この夫婦の話でいちばん語り継がれているのがここです。

ある日、明子さんが西郷さんに「静岡に帰って見合いをするので、事務所を辞めたい」と切り出しました。

普通なら「そうか、頑張って」で終わる場面ですよね。

ところが西郷さんは、翌日には車を飛ばして静岡の実家まで追いかけ、その場で結婚を申し込んだと伝えられています。

「本能のまま車に飛び乗って」という言い回しで紹介されることもあります。

……これ、なかなかできることじゃないですよ。

見合いという具体的な期限が目の前に迫って、はじめて自分の気持ちに気づいたということなんでしょうね。

つまり2人の再婚は、明子さんの実家という場所そのものが舞台になって決まったわけです。

「妻の実家」というキーワードがこれだけ検索されているのは、場所を知りたいというより、このエピソードの記憶が残っているからかもしれません。

向かった先は熱海か修善寺か

ちなみに、西郷さんが駆けつけた先については媒体ごとに書き方が違います。

熱海と書くものと、修善寺と書くものがあるんですね。

どちらも静岡県内ではありますが、熱海は県東部の海沿い、修善寺は伊豆半島の内陸側で、同じ場所ではありません。

ここは情報が割れているので、本記事では「静岡県内の実家」という表現にとどめています。

19歳差での再婚は1990年

2人が結婚したのは1990年です。

西郷さんは1947年2月5日生まれなので、このとき43歳。

明子さんは19歳年下と各媒体が一致して書いています。

年齢差についてだけは、どの記事も同じ数字で並んでいるんですよ。

項目 内容
妻の名前 今川明子
実家 静岡県(熱海とする記述あり)
年の差 西郷輝彦より19歳年下
出会い 静岡での選挙応援・ウグイス嬢
結婚 1990年
子供 娘3人

なお明子さんの現在の年齢については、「2022年時点で56歳」と書く記事と「再婚当時25歳」と書く記事があり、この2つは計算が合いません。

確度が高いと言えるのは「19歳年下」「1990年に結婚」という2点で、生年そのものは公表されていないと考えるのが自然です。

生まれた娘3人と実家のつながり

西郷さんと明子さんの間には、娘が3人生まれています。

続柄 名前 生年
長女 今川貴恵 1990年
次女 今川朝祐衣 1993年
三女 今川雅梨乃(芸名・今川宇宙) 1996年

長女の貴恵さんは結婚した年に生まれていて、あの実家への求婚から本当に一気に家庭ができていったことが分かります。

三女の宇宙さんが静岡県生まれである点は、先ほど触れたとおり実家の場所とつながる材料ですね。

長女と次女の出生地は公表されていないため、そこまでは分かりません。

実家と再婚に対する世間の声

この求婚エピソードは、ネット上でもたびたび話題になっています。

「昭和のスターらしい強引さ」「令和だとちょっと真似できない」といった受け止め方が目立ちます。

一方で、見合いの直前に実家まで駆けつけたという展開そのものをドラマみたいだと面白がる声も多いです。

実家の場所については「熱海なの?修善寺なの?」と食い違いを指摘する声もあって、確かにここは読んでいて引っかかるところですよね。

場所の特定よりも、実家まで会いに行ったという行動のほうが強く記憶されているのが、この話の受け取られ方です。

西郷輝彦の妻の実家を調べる人向けの関連情報

ここからは、妻の実家を調べている人が一緒に検索している話題をまとめていきます。

西郷さん自身の実家や、5人いる子供のことも押さえておくと全体像がすっきりしますよ。

妻・今川明子の現在は再婚せず

西郷輝彦さんは2022年2月20日に前立腺がんのため75歳で亡くなりました

明子さんはその後も再婚しておらず、現在も西郷さんの妻という立場のままです。

西郷さんは2011年に前立腺がんの手術を受け、2017年に再発を公表しています。

その闘病期間、明子さんは介護に専念していたと伝えられています。

10年以上に及ぶ闘病を、事務所時代からずっと近くで支え続けたことになりますね。

……これは、静かにすごい話だと思います。

表舞台に出る立場ではないため、現在の詳しい生活ぶりは公表されていません。

本人の実家は鹿児島の呉服屋

「西郷輝彦 実家」で検索すると、妻の実家ではなく西郷さん自身の実家の話も出てきます。

西郷さんの出身は鹿児島県鹿児島郡谷山町(現在の鹿児島市)です。

本名は今川盛揮さんで、西郷輝彦は芸名になります。

実家は呉服屋を営んでいたとされ、歌手になりたい一心で17歳のときに家出をしたという話が伝わっています。

母方の実家は日向国飫肥藩の家老職の家柄だったという記述もありますが、これらは一つの媒体が書いているもので、裏取りは十分ではありません。

確かなのは鹿児島県の谷山町出身という点で、家業の話はそこまでの確度がないと見ておくのが安全です。

子供5人と家系図に並ぶ名前

西郷輝彦さんの子供は、2度の結婚を合わせて5人です。

続柄 名前 母親
長男 辺見鑑孝 辺見マリ
長女 辺見えみり 辺見マリ
次女(今川家の長女) 今川貴恵 今川明子
三女(今川家の次女) 今川朝祐衣 今川明子
四女(今川家の三女) 今川宇宙 今川明子

長男の鑑孝さんはミュージシャン・プロモーターとして活動し、現在はプロモーション会社の代表を務めています。

長女の辺見えみりさんはタレント・女優として広く知られていますね。

家系図として並べると、辺見姓の2人と今川姓の3人という形になります。

前妻・辺見マリと離婚した理由

西郷さんの最初の結婚相手は歌手の辺見マリさんです。

1972年に軽井沢で結婚し、1981年に離婚しています。

当時の報道では、西郷さんが多忙で週に一度しか帰宅できなかったことや、性格の不一致が理由として伝えられました。

後年、辺見マリさんは「根っこにはお互いの両親との関係がしっくりいかなかったことがあった」という趣旨の発言をしています。

ただしこの発言を伝えているのは一つの媒体で、報道された理由とは角度が違う話です。

離婚後も2人は交流を続けていたと伝えられていて、そこは少し救われる話ですよね。

三女は今川宇宙として芸能活動

3人の娘のうち、芸能活動をしているのは三女の雅梨乃さんです。

今川宇宙という芸名で、モデル・タレント・イラストレーターとして活動しています。

1996年生まれで、ミスiD2015のファイナリストに選ばれた経歴があります。

2022年に父を亡くした後も活動を続けており、所属事務所を退所してフリーになったことを自身で報告しました。

異母姉にあたるのが辺見えみりさんです。

父が芸名で活動していたのに対し、宇宙さんは本名の姓である今川を芸名に使っているのが面白いところですね。

西郷輝彦の妻の実家のまとめ

  • 西郷輝彦の妻は今川明子
  • 妻の実家は静岡県にあると複数媒体が記載
  • 熱海駅前の土産店とする記述もあるが単独ソース
  • 社長令嬢だったとする説も出どころは一つだけ
  • 実家に向かった先を修善寺とする記事もあり食い違いがある
  • 出会いは静岡県での国会議員の選挙応援
  • 当時の明子はウグイス嬢として現場にいた
  • その後は西郷の事務所にスタッフとして勤務
  • 見合いのため辞めたいと告げられ西郷が実家へ向かった
  • 車を飛ばして駆けつけその場で求婚したと伝えられる
  • 結婚は1990年で年の差は19歳
  • 2人の間に生まれたのは娘3人
  • 三女の今川宇宙は静岡県生まれ東京都育ち
  • 西郷自身の実家は鹿児島県谷山町で呉服屋とされる
  • 西郷の没後も明子は再婚しておらず現在も妻

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