坂ノ上茜さんの実家がどこにあるのか、気になっている方は多いのではないでしょうか。
実は坂ノ上茜さん、1st写真集の撮影地に自分の実家を選んでいるんです。しかもそれを提案したのは本人でした。
この記事では実家のある場所から、父方の実家で待っている祖母の一品、そして番組で涙した両親との対面まで、坂ノ上茜さんと実家の関係をまとめています。
・坂ノ上茜の実家が熊本県のどこにあるのか
・父・母・兄と、父方の実家に暮らす祖母のこと
・写真集や『町中華で飲ろうぜ』で語られた実家のエピソード
坂ノ上茜の実家は熊本市|場所と家族
写真集の撮影地に自分の実家を選んだ女優さん、そう多くはないですよね。ここでは坂ノ上茜さんの実家がどこにあるのか、そしてどんなご家族が待っているのかを、本人の発言やSNSをたどりながら見ていきます。
実家は熊本県熊本市にある
坂ノ上茜さんの実家がある場所から確認していきましょう。
各種プロフィールで公表されている出身地は熊本県熊本市です。
1995年12月5日生まれで、女優として本格デビューしたのは2015年の特撮ドラマ『ウルトラマンX』でした。
上京したのは大学進学のタイミングで、それまでの十数年を熊本市で過ごしています。
番地レベルの住所はもちろん公表されていませんが、「熊本市内」という点については本人の発言・所属事務所のプロフィール・報道のいずれもが一致していて、ここはブレがありません。
ご本人のInstagramにも、帰省したときの投稿がたびたび登場します。
「先日、実家の方に帰省してました! 新しく大きな複合施設ができていたり、熊本城も少しずつ復旧して観覧できるエリアが拡大していたり」という一文からは、熊本城が生活圏に入っている距離感が伝わってきますよね。
熊本城の周辺というのは熊本市中央区にあたるエリアで、市の中心部です。
つまり坂ノ上茜さんの実家は、熊本市の中心部からそう遠くない場所にあると考えられます。
もっとも、これはあくまで投稿の書きぶりから読み取れる範囲の話で、本人が「中央区です」と明言したことは一度もありません。
一般の方が暮らしているお宅ですから、ここから先を詮索するのは野暮というものかなと思います。
「父方の実家」は別にある
少しややこしいのですが、坂ノ上茜さんは「実家」と「父方の実家」を使い分けて発信しています。
2025年1月にXへ投稿されたのが、こちらの一言でした。
「父方の実家に帰ったらいつも食べとるよ〜!って祖母がごぼ天うどんくれた」「九州帰ったら、バリうま食べ〜」。
投稿には2,050件以上の高評価がついていて、熊本弁まじりの文面がまた良いんですよね。
ここで言う父方の実家にはお祖母さまが暮らしていることが分かります。
ごぼ天うどんは九州でおなじみのメニューで、帰るたびに出てくる定番なのだそうです。
……なんか、いいですよね。
帰省先が二か所あって、どちらにも「いつもの味」が待っている。
熊本市親善大使にも就任している
地元との関わりは、プライベートの帰省だけにとどまりません。
坂ノ上茜さんは2023年4月23日に熊本市親善大使へ就任しています。
熊本日日新聞のインタビューでは、熊本の魅力を発信する立場としての思いも語っていました。
実家がある街の顔として声がかかるというのは、地元での信頼の表れでもありますよね。
父は元国体の熊本県代表投手
続いてご両親です。まずはお父さんから。
坂ノ上茜さんのお父さんは一般の方なので、名前も顔写真も公表されていません。
ただ、芸能系メディアの調査記事では元・国体の熊本県代表に選ばれた投手だったと紹介されています。
国体(国民体育大会)の都道府県代表というのは、その県のアマチュア選手の中でも上位に選ばれた人だけが立てる舞台です。
現在も草野球でピッチャーを続けているとされていて、野球からずっと離れずにいるお父さんという像が浮かびます。
ただしこの情報の出どころは個人メディア1件で、公式に確認できる資料は見つかりませんでした。
お父さんの野球歴については、複数のメディアで裏が取れている情報ではない点を踏まえて読んでおくのがよさそうです。
始球式の練習にも付き合っていたという話
お父さんの野球つながりで、こんなエピソードも伝えられています。
坂ノ上茜さんは過去に2回、プロ野球などの始球式でマウンドに立っています。
1回目は2023年5月23日、神宮球場のヤクルト対阪神戦で行われた「熊本市デー」でのこと。
このときは惜しくも右に逸れてワンバウンドになってしまいました。
2回目は同じ年の2023年9月9日、熊本・リブワーク藤崎台球場で行われたヤマエグループ九州アジアリーグの試合です。
このときはノーバウンドでキャッチャーミットまで届かせることに成功しています。
1回目の悔しさを4か月足らずで返したわけで、その間の練習にお父さんが付き合っていた、という話も出ています。
親善大使としての登板を父娘で仕上げていたとしたら、これは沁みますね。
母はオーディション応募を後押し
次はお母さんです。
坂ノ上茜さんが芸能界に入るきっかけになったのは、2009年6月21日に結果が発表された「アミューズ全国オーディション2009 THE PUSH!マン」でした。
応募者31,514人の中からファイナリスト13人に選ばれ、俳優・ルックス部門賞を受賞しています。
3万人超という数字を見ると、あらためてすごい競争率ですよね。
このオーディションへの応募を後押ししたのがお母さんだった、と芸能系メディアは伝えています。
当時、坂ノ上茜さんはまだ中学生。
自分から芸能事務所へ応募する年齢ではありませんから、家族の誰かが背中を押したというのは自然な話です。
お母さん自身も一般の方で、おっとりした雰囲気の女性だと紹介されています。
母と祖母が現場に喜んでいたという話
お母さんの人柄がにじむ話が、本人のインタビューにも残っています。
写真集の制作にまつわる取材の中で、坂ノ上茜さんは俳優の大谷良平さんと会えたことをお母さんとお祖母さまが喜んでいた、と明かしていました。
そのうえで、自分が仕事をしている姿を「見てもらって、安心してもらえたらいいなと思います」とも語っています。
娘の共演者に反応するお母さんとお祖母さま、というのがまた微笑ましいんですよね。
坂ノ上茜さんにとって実家は、仕事を見せて安心してもらいたい相手がいる場所でもあるようです。
兄が1人いて仲の良い兄妹
坂ノ上茜さんは一人っ子ではありません。
複数の芸能系メディアが伝えているところによると、お兄さんが1人いるそうです。
お兄さんも一般の方なので、名前も顔写真も公表されていません。
ただ、坂ノ上茜さんのSNSには兄妹で出かけた話がたびたび登場します。
「兄弟と焼き肉に行った」という投稿が確認できるほか、服を貸し借りするほど距離が近いとも伝えられています。
大人になってから兄妹で焼肉に行ける関係というのは、けっこう貴重ですよね。
そのほか、お兄さんはテコンドーの経験者で、洋服のセンスが良いという情報もあります。
ただしこのあたりは出どころが個人メディアに限られるので、確定した情報として扱うのは避けておきます。
写真集『あかねいろ』で実家を撮影
坂ノ上茜さんの実家が話題になっている最大の理由が、実はここです。
2021年2月12日、坂ノ上茜さんは1st写真集『あかねいろ』(光文社/撮影・矢西誠二)を発売しました。
この写真集、全編が熊本県で撮影されています。
商品説明にはこうあります。生まれ育った熊本県で撮影され、実家や通っていた高校、友達と青春を過ごした熊本の街など、坂ノ上茜のルーツを辿った一冊になっている、と。
タレントさんの写真集で実家が舞台になること自体が、そもそも珍しいですよね。
しかも、この撮影地を選んだのは事務所やカメラマンではなく本人でした。
Real Soundのインタビューで、坂ノ上茜さんは「実家や通っていた高校で撮影したいと提案しました」と語っています。
つまり実家が写真集に載っているのは、本人からの提案があったからです。
両親は撮影を見守っていた
自宅にカメラと照明とスタッフが入る、というのはご両親にとってなかなかの出来事だったはずです。
インタビューによると、ご両親は撮影を許可したうえで、スタッフの邪魔にならないように見学していたそうです。
止めることもせず、はしゃぐこともせず、そっと見ている。
娘の仕事場になった自宅で、あえて一歩引いた距離を取るというのが、ご両親らしいというか。
読んでいてこちらまで温かくなりました。
タイトル「あかねいろ」は名前の由来でもある
写真集のタイトルにも、実家にまつわる意味が込められています。
坂ノ上茜さんによると、夕焼けは「茜」という名前の由来そのもの。
だから撮影でも夕焼けは優先項目だったといい、天候にも恵まれたことから「晴れ女だったのかな」とコメントしています。
名前の由来については、産院の窓から見えた夕日に照らされた湖が茜色に輝いていたから、と伝える記事もあります。
こちらは出どころが1件のみなので確定情報とは言えませんが、「夕焼けが由来」という点は本人の発言と一致しています。
生まれた土地の夕焼けから名前をもらって、その土地で撮った写真集にその色をタイトルとして付ける。
……ちょっと出来すぎなくらい、きれいな一周ですよね。
なお、この写真集は2022年8月に86ページ増の電子版としても配信されています。
帰省中は「基本グータラ」と語る
実家に帰った坂ノ上茜さんが何をしているのか、というのも気になるところです。
これについては本人がはっきり答えています。
Real Soundとぴあエンタメ情報の取材で、「実家に帰ったときは、基本グータラしています」と話しているんです。
飾らないですよね、この答え。
続けて、上京して一人暮らしを始めてから生活の大変さを実感した、とも語っています。
洗濯も食事も掃除も自分でやる暮らしを経験したあとの実家は、そりゃあ天国です。
そのうえで、写真集の撮影で改めて地元を歩いたことについては「素敵な場所で育ったんだなと思いました」と振り返っていました。
グータラできる場所であり、離れて初めて価値が分かった場所でもある。それが坂ノ上茜さんにとっての実家のようです。
帰省のきっかけは母の誕生日
帰省の理由が分かる投稿も残っています。
Instagramには「先日、母の誕生日と友達の結婚式があったので実家のほうに帰り」という一文がありました。
お母さんの誕生日で熊本に帰る。
言葉にすると当たり前のようですが、上京して仕事が忙しくなってもそれを続けているというのは、やっぱり家族との距離が近い証拠かなと思います。
町中華の熊本回で両親がサプライズ登場
坂ノ上茜さんの実家がテレビで大きく取り上げられたのが、BS-TBS『町中華で飲ろうぜ』の熊本回でした。
坂ノ上茜さんはこの番組のレギュラーとして知られていて、ORICON NEWSの取材では毎回のように餃子を注文する餃子好きぶりと、「若い世代にも良さを知ってほしい」という思いを語っています。
その番組で、故郷・熊本を舞台にした凱旋企画が組まれたんです。
高校時代の思い出の場所をめぐりながら店を訪ねていく構成で、本人は「この番組に出会うまで、出身校の近くにこんな歴史のある町中華があることを知らなかった」とコメントしていました。
地元なのに知らなかった店が、実は通学路のそばにあった。
こういう発見、ありますよね。
番組では、従兄弟が住んでいたという帯山エリアの町中華「栄蘭亭」(1975年開業)も訪れています。
何も知らされずに両親と対面して涙
この回の山場が、番組側が用意したサプライズでした。
何も知らされていない坂ノ上茜さんの前に現れたのが、ご両親だったんです。
不意打ちで実家の家族が出てくる演出で、坂ノ上茜さんは涙を流したと伝えられています。
……これはもらい泣きしますよ。
対面ではご両親の口から、幼少期の破天荒なエピソードや、「カツカレーやカツ丼を食べたことがなかった」という謎の理由まで明かされたそうです。
娘としては全部バラされる形になったわけで、笑うしかないですよね。
実家のご両親がテレビカメラの前に出てきたのは、確認できる範囲ではこの回が唯一です。
実家についての世間の声
坂ノ上茜さんの実家まわりの話題は、SNSでもよく反応が集まっています。
X(旧Twitter)に投稿された「父方の実家に帰ったら祖母がごぼ天うどんをくれた」という一言には、2,050件以上の高評価がつきました。
熊本弁まじりの文面と、九州のソウルフードであるごぼ天うどんという組み合わせが刺さったんでしょうね。
Instagramの帰省投稿も同様で、実家近くの複合施設の話や熊本城の復旧状況の話に、2,270件以上の高評価が集まっています。
Facebookのグループでは、『町中華で飲ろうぜ』で紹介された実家の餃子について「家庭によって全然味違うお料理たち」といったコメントのやり取りも見られました。
こうして並べてみると、坂ノ上茜さんの実家ネタが受けている理由がなんとなく分かります。
派手なセレブ話ではなく、うどんと餃子と帰省という、誰の実家にもありそうな景色で語られているからだと思います。
坂ノ上茜の実家を調べる人向けの関連情報
ここからは実家そのものから少し視野を広げて、学歴や本名、結婚の噂といった周辺の話題をまとめます。実家と同じくらい検索されているテーマばかりですよ。
中学・高校は熊本市内で過ごした
学生時代を過ごしたのも、当然ながら実家のある熊本市内です。
出身高校は熊本県立第一高等学校で、これは複数のメディアが一致して伝えている情報です。
写真集『あかねいろ』ではこの高校でも撮影が行われました。
本人によると、訪れたのは成人式以来5年ぶりだったそうです。
在学当時の学年は女子のみで、校則が厳しかったといい、「おしゃれも二年生になると先生に怒られるのが面倒になってしまった」と振り返っています。
……分かります、その諦め方。
一方、中学校については熊本市内とされているものの、具体的な学校名は公表されていません。
中学時代は新体操やパフォーマンス、歌、ダンスに取り組んでいたと伝えられていて、プロフィールの特技欄にある新体操とバトントワリングはこの頃の積み重ねと見てよさそうです。
芸能事務所のオーディションに応募したのもこの時期でした。
| 時期 | 学校・出来事 |
|---|---|
| 中学時代 | 熊本市内の中学(校名非公表)/新体操・ダンスなどに取り組む |
| 2009年6月 | アミューズ全国オーディション2009でファイナリスト13人に選出 |
| 高校時代 | 熊本県立第一高等学校に在学 |
| 2015年 | 『ウルトラマンX』で女優として本格デビュー |
| 2018年3月 | 東京の大学を卒業 |
大学は公表されていない
進学を機に上京したことは分かっていますが、大学名については事情が違います。
坂ノ上茜さんは大学名を公表していません。
公になっているのは2018年3月に東京の大学を卒業した、という事実までです。
ネット上では成蹊大学とする説を挙げる個人メディアがある一方、検索の関連ワードには東京女子大学が並ぶなど、情報が割れています。
どちらの説も本人や事務所の発言に基づくものではないため、ここで断定することはできません。
現時点で確実に言えるのは、熊本の実家を出て東京の大学に進み、2018年3月に卒業したというところまでです。
女優としてのデビュー作『ウルトラマンX』が2015年ですから、大学在学中から本格的に仕事をしていた計算になりますね。
本名は公表されているのか
「坂ノ上茜」が本名なのかどうかも、よく検索されているポイントです。
結論から言うと、本名かどうかについて本人・事務所からの公式なアナウンスは確認できません。
個人メディアの中には本名だとするものと芸名だとするものが混在していて、情報が一致していない状態です。
ただ、名前の由来については本人が語っています。
「茜」の由来は夕焼けで、それが写真集のタイトル『あかねいろ』にもつながっている、という話でしたよね。
生まれたときに付けられた名前の由来を本人がインタビューで語っている点を踏まえると、少なくとも「茜」という名前は生まれたときからのものと考えるのが自然かなと思います。
もっともこれは筆者の見方であって、公式に確認された話ではありません。
旦那や結婚の噂はあるのか
坂ノ上茜さんの検索候補には「旦那」「結婚」といったワードも並んでいます。
これについては、結婚の発表は確認できません。
事務所からのリリースも、本人からの報告も出ていない状態です。
1995年12月5日生まれで2026年時点では30歳。
年齢的に結婚を意識して検索されるタイミングではあるので、候補ワードに上がってくること自体は自然な流れですよね。
なお、所属事務所は2025年5月にアミューズからFORYOUへ移籍しています。
約16年在籍した事務所を離れた時期と検索が増えた時期が重なっているため、移籍の話題が結婚の噂と混ざって広がった可能性もありそうです。
これは筆者の見立てなので、確定した話ではありません。
熊本市親善大使として地元に恩返し
最後に、実家のある熊本と現在の坂ノ上茜さんの関わり方を見ておきます。
前述のとおり、坂ノ上茜さんは2023年4月23日に熊本市親善大使へ就任しました。
写真集『あかねいろ』が発売された2021年のインタビューでは、地元・熊本への思いを語り、「これからは私が恩返ししていく番」という言葉も出ています。
25歳のときの言葉ですが、その2年後に親善大使という形になったわけです。
熊本日日新聞の取材では、熊本の魅力を伝える〝伝道師〟としての活動にも触れられていました。
始球式2回のうち1回が神宮球場の「熊本市デー」、もう1回が熊本市内の藤崎台球場だったことも、この流れの中に位置づけられます。
実家を離れて10年以上たった今も、坂ノ上茜さんの仕事の軸には熊本があり続けているということですね。
坂ノ上茜の実家のまとめ
- 実家は熊本県熊本市にあり、番地などの詳細は非公表
- Instagramの投稿から熊本城が生活圏に入る距離感がうかがえる
- 「父方の実家」は別にあり、祖母が暮らしている
- 父方の実家に帰るとごぼ天うどんが出てくるのが定番
- 父は一般人で、元・国体の熊本県代表投手とされる(単独情報)
- 父は現在も草野球で投手を続けているとされる
- 母は一般人で、アミューズのオーディション応募を後押ししたとされる
- 母と祖母は共演者の大谷良平に会えたことを喜んでいたと本人が明かしている
- 兄が1人おり、焼き肉に行ったり服を貸し借りする仲
- 1st写真集『あかねいろ』は全編を熊本県で撮影し、実家と出身高校が舞台になった
- 実家での撮影は本人の提案で、両親は邪魔をせず見学していた
- 帰省時の過ごし方は本人いわく「基本グータラ」
- 『町中華で飲ろうぜ』の熊本回では両親がサプライズ登場し、本人が涙を流した
- 出身高校は熊本県立第一高等学校で、中学は熊本市内(校名非公表)
- 大学名・本名・結婚については公表されておらず、2023年4月に熊本市親善大使へ就任

