ねぶた師・北村一族の家系図は双子の兄弟が起点!北村隆と蓮明、麻子と春一はいとこ同士

ねぶた師・北村一族の家系図は双子の兄弟が起点!北村隆と蓮明、麻子と春一はいとこ同士

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青森ねぶた祭の制作者を調べていくと、必ず行き当たるのが「北村」という姓です。

しかも一人ではなく、北村隆さん、北村蓮明さん、北村麻子さん、北村春一さんと4人も名前が挙がってきます。

実はこの4人、すべて血のつながった一族で、その起点は1948年に生まれた双子の兄弟でした。ねぶた師の家に生まれたわけではないのに一族で祭りの中心を担っているというのは、なかなか驚きですよね。

この記事を読むとわかること
・ねぶた師・北村一族の家系図(4人の続柄と世代)
・北村隆さんと北村蓮明さんが双子で、麻子さんと春一さんがいとこ同士であること
・北村一族がねぶたを始めた経緯と、それぞれの経歴・受賞歴

ねぶた師・北村一族の家系図と4人の関係

北村一族のねぶた師は、確認できる範囲で4人です。

親世代が双子の兄弟、子世代がそれぞれの子ども1人ずつという、非常にシンプルな形をしています。

まずは家系図の全体像から、一人ずつの続柄を順に見ていきましょう。

北村一族の家系図|双子の兄弟と、その子ども2人

ねぶた師・北村一族の家系図は、次の形になります。

世代 氏名 生年 続柄
親世代 北村隆 1948年5月20日 双子の兄
親世代 北村蓮明(本名・明) 1948年 双子の弟
子世代 北村春一 1981年 蓮明さんの長男
子世代 北村麻子 1982年10月 隆さんの娘

4人全員が大型ねぶたを制作するねぶた師です。

一族の中に第6代ねぶた名人が1人、史上初の女性ねぶた師が1人いる形で、青森ねぶた祭の中でも特別な位置を占めています。

北村隆と北村蓮明は1948年生まれの双子の兄弟

北村一族の家系図の起点にいるのが、北村隆さんと北村蓮明さんです。

隆さんは1948年5月20日に青森市で生まれた双子の兄で、弟が蓮明さん(本名・明)にあたります。

双子ですから当然ながら同い年で、二人はほぼ同じタイミングでねぶたの世界に入っています。

小学4年生のころから兄弟でねぶた作りを始め、1962年、中学2年生のときに第2代ねぶた名人・北川啓三さんに師事しました。

「北村兄弟」という呼び名で大型ねぶたの制作を始めたのが1965年のことです。

北村麻子は北村隆の娘|1982年10月生まれ

北村麻子さんは、第6代ねぶた名人・北村隆さんの娘です。

1982年10月生まれで、父に師事してねぶた師になりました。

幼いころからねぶたが日常の中にある環境で育った人で、本人も「父がねぶたに人生のすべてを賭ける姿を、物心がつく前から見てきた」と語っています。

父と同じ道に進むまでには時間があり、ねぶた師を志したきっかけは2007年に父が制作した大型ねぶた「聖人聖徳太子」でした。

北村春一は北村蓮明の長男|1981年生まれ

北村春一さんは、北村蓮明さんの長男として1981年に青森市で生まれました。

麻子さんより1つ年上で、北村一族の子世代では最年長にあたります。

春一さんもすぐにねぶた師になったわけではなく、地元企業や東京での勤務を経てから青森に戻り、父に弟子入りしています。

北村麻子と北村春一はいとこ同士

家系図をたどると、北村麻子さんと北村春一さんはいとこ同士という関係になります。

麻子さんの父・隆さんと、春一さんの父・蓮明さんが双子の兄弟だからです。

つまり二人は、双子の父親を持ついとこ同士で、同じ時期にそれぞれの父から技術を受け継いだことになります。

春一さんのデビューが2011年、麻子さんのデビューが2012年ですから、いとこが1年違いで大型ねぶたの制作者としてデビューした形です。

北村一族の祖父・父親の職業は公表されていない

家系図を上の世代へさかのぼりたいところですが、北村隆さん・蓮明さん兄弟の父親や祖父が何をしていた人なのかは公表されていません。

公式に確認できるのは、兄弟が小学4年生からねぶた作りを始め、中学2年生で北川啓三さんに弟子入りしたという経歴までです。

ねぶた師の家に生まれて跡を継いだのではなく、子どものころに自分たちでねぶたに入っていった兄弟だった、という点は押さえておきたいところです。

北村一族が「ねぶたの家系」になったのは、隆さん・蓮明さんの代からということになります。

北村兄弟の師匠は第2代名人・北川啓三|初代名人の孫弟子にあたる

血縁ではありませんが、北村一族を語るうえで外せないのが師匠の存在です。

隆さんと蓮明さんが1962年に弟子入りしたのは、第2代ねぶた名人の北川啓三さんでした。

この北川啓三さんは、初代ねぶた名人・北川金三郎さんの息子にあたります。

つまり北村兄弟は、初代名人・金三郎さんから見れば孫弟子という位置づけになります。

血の家系図とは別に、初代名人からの技術の系譜が北村一族に流れ込んでいるわけです。

北村一族4人それぞれの経歴と実績

続いて、家系図に並ぶ4人の経歴と実績を一人ずつ見ていきます。

受賞歴を並べると、この一族が青森ねぶた祭の中でどれだけの存在なのかがはっきりします。

北村隆の経歴|第6代ねぶた名人に認定されるまで

北村隆さんは1962年に北川啓三さんへ弟子入りし、1965年に「北村兄弟」として大型ねぶたの制作を始めました。

その後いったん制作を離れる時期があり、1978年に弟の蓮明さんとともに大型ねぶたの制作を再開しています。

単独での制作を始めたのは1984年のことです。

1966年から2011年までに制作した大型ねぶたは81台にのぼり、2012年(平成24年)に第6代ねぶた名人に認定されました。

北村隆の受賞歴|ねぶた大賞12回は歴代最多

北村隆さんが田村麿賞を初めて受賞したのは1993年です。

田村麿賞・ねぶた大賞の通算受賞回数は12回で、これは歴代最多の記録になります。

制作賞・最優秀制作者賞も8回受賞しています。

活動は国内にとどまらず、2001年にはイギリスの大英博物館で「源義経渡海」を、2005年の愛・地球博では「小牧・長久手の戦い」を展示しました。

北村蓮明の経歴|日立連合ねぶた委員会とパナソニックねぶた会

双子の弟・北村蓮明さんも、兄と同じく1962年に北川啓三さんへ師事し、1965年に兄弟で大型ねぶたを制作しています。

1978年からふたたび大型ねぶたの制作を続けており、担当している団体は日立連合ねぶた委員会とパナソニックねぶた会です。

「死ぬまでねぶた師」という言葉を掲げている人で、現役の制作者として活動を続けています。

北村春一の経歴|東京での勤務を経て2011年にデビュー

北村春一さんは地元企業や東京での就職を経て、2007年に青森へ戻りました。

帰郷後に父・蓮明さんへ弟子入りし、2011年にねぶた師としてデビューしています。

デビュー前の2010年には、父とともに「水滸伝 混江竜李俊」の制作に携わりました。

近年は父から制作を引き継いだ団体もあり、2026年の青森ねぶた祭では日立連合ねぶた委員会の「吉野山 桜下の別れ」で知事賞・優秀制作者賞を受賞しています。

北村麻子の経歴|史上初の女性ねぶた師として2012年デビュー

北村麻子さんは2007年に父・隆さんの「聖人聖徳太子」に感銘を受け、ねぶた師を志しました。

2012年、青森市民ねぶた実行委員会からの依頼を受けてデビューし、ねぶた史上初の女性ねぶた師となっています。

2022年には「琉球開闢神話」で優秀制作者賞と市長賞を受賞しました。

2024年には「鬼子母神」で最優秀制作者賞とねぶた大賞を受賞しています。

近年はねぶたの技法を生かした造形作品の制作にも取り組み、国内外でねぶたの魅力を発信しています。

歴代ねぶた名人7人の中での北村一族の位置づけ

ねぶた名人はこれまでに7人が認定されています。

氏名 認定年
初代 北川金三郎 昭和33年
第2代 北川啓三 昭和60年
第3代 佐藤伝蔵 昭和61年
第4代 鹿内一生 平成2年
第5代 千葉作龍 平成24年
第6代 北村隆 平成24年
第7代 竹浪比呂央 令和5年

この7人のうち、北村一族から名人になっているのは第6代の北村隆さん1人です。

初代の北川金三郎さんと第2代の北川啓三さんが親子であることを踏まえると、名人の系譜は北川家から北村家へと技術がつながっている形になります。

まとめ|ねぶた師・北村一族の家系図は双子の兄弟から始まった

ねぶた師・北村一族の家系図をまとめると、次のようになります。

  • 起点は1948年生まれの双子の兄弟、北村隆さんと北村蓮明さん
  • 北村麻子さんは隆さんの娘、北村春一さんは蓮明さんの長男
  • 麻子さんと春一さんはいとこ同士で、デビューは1年違い
  • 祖父・父親の職業は公表されておらず、ねぶたの家系は隆さん・蓮明さんの代から
  • 兄弟の師匠は第2代名人・北川啓三さんで、初代名人・北川金三郎さんの孫弟子にあたる

血縁でつながった4人が、それぞれ別の団体で大型ねぶたを制作しているというのは、青森ねぶた祭の中でも他に例のない形です。

今年の運行でも、北村という名前を何度も目にすることになりそうですね。

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